EP-148 持続可能な開発目標
「お弁当に野菜を入れるのって難しいよね」
「分かる。俺はいつもプチトマトのありがたみを感じているよ」
「調理の手間が要らないもんね。栄養があって彩りも添えられるし。そう言えばナツメ君はプチトマトのヘタってどうしているの?」
「俺は取るようにしている。ヘタがあると悪くなりやすいし、ヘタの根本には菌やカビが付いていることが多いからね」
「なるほど。食中毒は怖いからね」
休み時間にナツメ君と雑談をしながら尻尾のお手入れをする。そんないつもと変わらない日常に一雫を垂らし、波紋を広げる者が現れた。
「なぁ、詩音。俺の机に抜け毛を置くのはやめてくれないか」
「片付けてくれても良いんだよ」
「自分でやれ」
机の上に形成された抜け毛の小山越しに良介が苦言を呈する。そうか、そんなに欲しいならもっとプレゼントしてあげよう。抜け毛ならいくらでも湧いてくるからね。
「まったく。丁寧に手入れされているのがまた腹が立つ」
「えへへ」
「褒めてないからな。褒めたけれども」
「複雑な心境だね」
しかしこの抜け毛。本当にいくらでも湧いてくるのだ。換毛期のときなんて冗談抜きで大きなゴミ袋が一杯になったから。
何か有効利用はできないものだろうか。もふもふ加減には自信があるから、クッションとかぬいぐるみの中身とかに使ってくれないだろうか。引き取ってくれるならコーヒーくらいご馳走しても良い。
「しーちゃん、もし良かったらその抜け毛を貰っても良い?」
「別に良いよー」
「他人の毛なんて何に使うつもりなの」
「誤解を招く言い方はしないでくれないかな」
「勘違い必至の発言ではあるわよ」
「本当にやましいことはないから安心して。何なら皆んなも一緒に来て良いからさ」
どことなく自信ありげな狐鳴さん。私としては処分できればどうでも良いから構わないけど。
呪いの人形とか作られるのは嫌だけど、狐鳴さんはその辺り信頼できるから心配はいらない。
放課後、私達は足取りの軽い狐鳴さんの後をついて行く。案内されたのは手芸部の部室。本当にぬいぐるみを作るのかな。
「人形ちゃーん。遊びに来たよー」
「はーい」
少し間を開けて部室の扉を開けた女子生徒は部活動見学のときに会った子だった。可愛いぬいぐるみをくれたからよく覚えている。
ちなみにあのぬいぐるみは部屋の机の上で私を毎日見守っているよ。
「狐鳴さん。今日はどのような用件で?」
「今日は特別ゲストを連れてきたよ」
「こんにちは」
「ひにょあぁ!?」
私に気付いた瞬間、何かに突き飛ばされたかのように仰反る人形さん。思わず近付こうとすると即座に体勢を立て直し、もの凄い勢いで扉を閉められた。
思わず尻尾が萎れてしまう。知らない間に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。
「平気平気。人形ちゃんに限ってそんなことあり得ないから」
「ごめんなさい。その、部屋の中が散らかっていて。すぐ片付けるから」
片付けというよりは部室をまるごと改装しているような音が響き渡る。少し覗いた限りではそれなりに片付いているように見えたけど、一体何を片付けているのだろうか。
しばらくして部屋に案内してもらった私達は空いている席に適当に着く。結構な大所帯で来てしまったけど、掃除してもらったから狭さは感じない。
「それでえっと私に何かご用でしょうか」
「人形ちゃんはさ、羊毛フェルトって知っている?針で突いて立体の形を作るやつ」
「ニードルフェルトですね。勿論知ってますよ。道具も持っていますし」
「流石だね。実はそれを動物の毛でやって欲しくて」
「抜け毛アートというやつですね。ペットの抜け毛でその子の分身を作る。大切な思い出を形に残すことができる素晴らしい芸術だと思います」
「だよね。材料はあるから作ってくれないかな」
そう言って狐鳴さんは私の抜け毛が詰まった袋を人形さんに渡す。それを見た彼女は一目でその正体に気付いたみたい。
私の抜け毛は特徴的な色をしているからね。白銀から瑠璃色へのグラデーション。背後で揺れる尻尾と同じその色を見れば大抵のヒトは分かると思う。
「これは、まさか。夢にまで見た最高レアの究極素材では」
「ゲームじゃないんだから」
「そんなものこいつの家に行けば溢れかえっているぞ」
「この前も掃除機が詰まって大変だった」
「作るのは喜んでやらせていただきますが、ニードルフェルトは少し時間がかかるんです。明日また来た頂けますか?」
「そんなに急がなくて良いよ。こっちが無理を言って頼んでいるんだもん。できたときに連絡してね」
「分かりました」
「材料が足りないなら教えてくれ。こいつが無限に生産するから」
流石に換毛期でもないのにまとまった量は用意できないよ。戌神さんに頼んでカットしてもらえば別だけど。
でも愛音なら隠し持っているかも。コスプレ衣装を作るのにサンプルを集めていたと話していたから。帰ったら時間あるときに聞いてみようかな。
「ところで言ノ葉さんの毛を使うのは良いとして、あれで一体何を作ってもらうの?」
「私が見たやつでは抜け毛の持ち主の姿を作っていたよ。ペットの写真とか映像を参考にしてポーズを決めて、ミニチュアのもふもふを作るの」
「犬や猫なら良いけど、詩音さんはヒトなのよ。そこはどうやって再現するつもりなの」
「それはほら、しーちゃんが純度100%のもっふぃーだったときの世界線を想像して生み出してもらおうかなと」
「もっふぃーってなんだよ。新しい造語を作るなよ」
もっふぃーかどうかは分からないけど、私は満月の夜には狼の姿になるから別の世界線というわけではないんだよね。これは家族以外には秘密だから知らないのも無理はない。
私としてはあんこのミニチュアがあると可愛いと思う。でもあんこは毛が短いから難しいかも。ひのえちゃんとかこのと君なら良い感じのものができるかな。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
抜け毛アートを人形さんに以来した翌日。早くも彼女から完成の連絡があった。厳密にはその日の夜に狐鳴さんにメッセージが届いたのだとか。
私はお礼として用意したマフィンを持って手芸部の部室に向かう。
「よくもまぁ、綺麗なやつがそんなにあったな」
「あわよくば枕にするつもりだったみたい」
「しーちゃんの香りがする枕、だと」
「それは多分シャンプーの匂いよ」
「いつか布団の中身まで入れ替えそうだね」
話しをしながら部室に着くと、昨日と同じように狐鳴さんが声をかける。その直後響き渡る激しい騒音。
気になって覗こうとするともの凄い勢いで閉められてしまった。鼻が取れるかと思ったよ。
「毎回ごめんなさい。今日も部屋の中が散らかっていて」
手芸部はそんなにものが散らかりやすいものなのだろうか。私は普段ボタンをつけ直すくらいしかやらないからよく分からないや。
「それでは人形さん。早速例のブツを見せてもらおうか」
「見せてもらう。もっふぃーなしーちゃんの姿を!」
「もっふぃー?まぁ、はい。とりあえずこんな感じです」
部室の真ん中に置かれたテーブルの上に鎮座しているそれはまさしく狼の姿の私だった。白銀の体毛に先が瑠璃色の尻尾。翡翠色の目から首まわりから胸の辺りにあるふわふわな毛まで再現されている。
強いて違いを挙げるのなら、全体のシルエットが私よりも細く、切れ目で大人びて見えることかな。私が将来格好良い大人にならばこうした容姿端麗な姿になるのかもしれない。
その為には相当な努力をしないといけないと思う。美容とか今まで全く興味が無かったけど、ちょっと頑張ってみようかな。
「す、凄い!しーちゃんは狼になると可愛いというより、綺麗で格好良い美人さんになるんだね」
「いや、その。私がそうなら良いなと思って作っているだけなので」
「俺は丸くてふわふわな毛玉になると思っていた。何となく」
「それはそれで良し」
「これを1日で作るなんて凄いね。狐鳴さんではないけど欲しくなる気持ちが分かるよ」
「材料さえあればポーズを変えたり色々できますよ」
材料と言われても他人に渡せるような綺麗なものとなるとあんまり無いよ。結構こまめに掃除して片付けているから。
でも愛音ならいくらか保管しているかも。コスプレ衣装のサンプルとして集めていたから、その残りとかあると思うし。
「こういう手芸は普段やらないから楽しかったです」
「別に要らないものだから欲しいならあげますよ」
「本当ですか?嬉しいです!ありがとうございます」
私は不要なものを処分することできて、人形さんは新しい手法で手芸を楽しむ。両者両得の関係が今ここに生まれた。
もしかしてこれがSDGsというやつなのかもしれないね。
鳥「折角だから部室の中を物色しようよ」
人「えっ」
狐「面白そうだね。この棚の引き出しとか何があるのかな」
人「駄目です!そこは開けては駄目です!」
鮫「ど、どうしたの急に。凄い剣幕だけど」
人「なんでもありません」
狼「人形のロッカーはこれか」
人「触らないで!」
猫「そ、そこまで嫌なのね。ごめんなさい」
人「あっ、いえ。こちらこそ突然怒鳴ってごめんなさい」
詩「皆んな、人形さんが困ることをやったら駄目だよ」
人(言えない。言ノ葉さんのぬいぐるみを無理矢理詰め込んで隠しているなんて口が裂けても言えない)




