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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
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EP-14 心残り

 小鳥のさえずりが聞こえる。春先によく耳にする声だ。メジロかな。それともウグイスかな。動物の名前はあまり詳しくないから分からないや。

 どうやらこの耳は眠りが浅いと周りの音を拾ってしまうらしい。早起きには困らなさそうだ。


「洗顔、化粧水、美容液、クリーム、日焼け止め。夜は洗顔の前にクレンジング」


 脳に刷り込まれた呪文を唱えながら朝の身支度を整える。まだ朝の7時にもなっていない。流石に早過ぎたか。

 テレビでも付けようかと思ったけど皆んなはまだ寝ているからあまり音は立てたくない。

 ここで気を利かせてママの代わりに朝ご飯でも作れば格好良いだろうけど生憎私に高度な料理スキルは無い。家族の半分は黒くて香ばしいウェルダントースターを食べることになる。


「そうだ」


 この時間はまだそれほどヒトが出歩いていない。人目につかないよう出かけるなら今がチャンスだ。

 この姿で出かけるなんてあり得ないけど、こればかりは誰かに代わってもらうことはできない。私自身が行かないと。

 そして出かけるのなら準備が必要だ。ハンカチとティッシュは必須。飲み物はいつもなら道中で買うけど今日は水筒にお茶を入れて持って行く。大人気ない大人買いをみたばかりだから節約精神がやや高まっているのだ。

 これら諸々を手近にあったエコバッグに詰めて出かける事を書き置きに残す。朝ご飯までには帰ります、っと。


「行ってきます」


 万が一にも落ちないように深々と帽子を被る。この姿になってから1人だけの外出は初めて。肌を撫でる風が漠然とした不安を煽る。


「尻尾を隠すため。我慢我慢」


 少しでも露出が少ないものをと足首まである長いスカートを選んだけどズボンの方が絶対に良い。いくつか買ったのにクローゼットに入っていないなんてどうなっているんだ。

 目的地はさほど遠くないけど身体が縮んだ影響で歩幅が小さい。加えて人目を気にして出歩くのは普段より気が疲れる。


「でさ、そのネット小説の最新話が更新されたんだけど。これが相変わらず面白い訳よ」

「へー。それ何ていうタイトルなんだ?」


 野生の男子高校生達が現れた!男子高校生達はこちらに気付いていない。

 某RPG風のメッセージが脳内に再生しながらも近くの草垣に身を隠す。これだと私の方が野生のモンスターだな。

 どうして2人が高校生だと分かったのかというと、相手が学校の体操服を着ているからだ。きっと運動部の朝の練習があるのだろう。しかもあれは桜里浜(おりはま)高校の体操服。今年から私が通う高校だ。


「それ確か今度書籍化するって前に聞いたことあるぞ」

「マジか。俺それ絶対に買うわ!」


 草垣越しに私の前を通り過ぎる2人。結構離れても会話の内容が聞き取れる。我ながら凄い地獄耳だな。

 それにしても高校生か。試験は合格したけど入学するとなればこの姿で通学するんだよね。中身は男で目の色も髪の色も他とは違うこの姿で。

 絶対に気味悪がられる。後指を指される。虐められる。それとも紫音では無いからと入試合格も無かったことになるかも。

 それはそれで辛い。受験勉強頑張ったのにな。


「無し無し。この話は無し」


 この話に関しては考えないことにする。問題を先送りにしても何の解決にもならないけど、いま悩んだところで解決なんてしない。

 落ち込んだ気持ちを払拭するべく、最近どこかで聞いたメロディを口ずさみながら私は先へ進んだ。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 途中で小休憩を挟みつつ到着したのは長い石階段。この先には寂れた小さな社がある。そこを棲家にしているのが一匹の野犬であるイノリだ。

 男のとき、ママ達と腹を割って話す前に心の拠り所にしていたこの場所は私にとって大切な居場所だ。事故に遭ったときから姿を見ていないけど、できることならもう一度会いたい。

 長い石階段を登る。だったそれだけでも日頃運動をする機会が無い私にはそれなりに苦しい。じんわりとかいた汗を拭い、合間にお茶を飲みつつようやく登り切る。


「ふぅ」


 熱を帯びた体に風がそよいで気持ち良い。動物の多くは汗をかかないと聞いたことがあるけど、この体は違うみたい。ヒトと同じで良かった。

 神社は前に来たときとあまり差が無かった。精々暖かくなって草木の背が伸びたくらいか。お賽銭の代わりという訳では無いけれど簡単に手入れをしておこう。

 根っこから抜くように意識して雑草を駆逐していく。たまに少しだけやるぶんには以外と楽しいものだよ。

 気が済んだところでお茶をもう一口。そこそこの時間が経ったけどイノリの姿は見えない。

 やっぱり車に轢かれたとき助けられなかったのかな。だとしてもその安否を確かめる術は私には無い。

 強く深く。それでいて細い。それが私とイノリの関係だから。


「また来るね」


 もしかすると私のように違う形で生まれ変わっているのかも。そんなことを考えつつ社に手を合わせて私は石階段を降りて家路に着いた。

紫「ただいまー」


父「シオーン!お前いままでどこに行っていたんだぁ!パパは心配したぞおぉぉ!」


紫「わぅ!?いきなり抱き付かないでよ」


父「もう絶対に離さないからなぁ!」


紫「頬を寄せないで!髭、髭が擦れて痛い!」


母「こらぁ!女の子に乱暴するんじゃない!」


紫「待ってママ。フライパンは駄目。フライパンを振りかぶるのは駄目。パパの脳天に狙いを定めたら駄目ぇ!」

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