最後の転生
「勇者様、この声は貴方にしか聞こえていません。よく聞いて下さいね」
「何でしょうか?何か伝え忘れていた事でも?」
アースガイアから帰還している途中、僕は精霊様に声を掛けられていた。怪訝に思いながらも今は異次元の狭間を移動中であり、余計な事をして訳の分からない所に飛ばされてしまっても困るので、目を閉じたままその言葉に耳を傾ける。
「覚えていますか?私は貴方を転生させた女神です」
「……偶然では無かったんですね。接触してきたということは、やっぱりあの元神を殺してしまったのはまずかったですか?」
「殺してしまった事は問題無いのですが、それが原因で問題が起きてしまいました」
言っている意味が分かり辛いけど、つまりどういう事なんだろうか。何か問題が起きているという事だけは分かるけどそれ以外の事は何も分からない。
「あの元神については、我々が処分を下す筈でした。それを貴方が代わりに行ってくれた事には感謝と、ご迷惑をおかけした事のお詫びをさせて下さい」
「いえ、それは大丈夫です。あの時にも言いましたけど、僕はそのおかげで大事な出会いをすることが出来たんですから」
僕の異世界転生を覗いている神様達は、僕と元神の会話を見ていたし聞いていた筈だ。だからこそ僕はあいつを殺してしまった事がまずかったかもしれないと思っていたのだ。
神様達の揉め事に首を突っ込むような事をしてしまったし、あいつも僕が力を持ちすぎる事で破滅すると言っていた。神すら容易に殺し得る力を持った僕が脅威認定され粛清されてしまうという、元神を真似て言えばお決まりの展開が起きる事を警戒していた。
でもどうやらそういう話しでは無いらしいというのは、女神様の雰囲気からも分かる。もしそうなら、いちいち僕に話しかけてくるまでも無くその場で殺してしまえばいいだけだ。
「実は貴方が神を殺した事で、魂に掛かっている負荷が許容量を超えてしまいました。次の転生時に無事でいる確率は限りなく低く、恐らく魂の崩壊を招くでしょう」
女神様はその言葉の意味を簡単に説明してくれた。どうやら僕の引き継ぎ設定によるステータスの上昇やスキルの獲得といったものは、そのまま僕の魂に負荷として蓄積されていたらしい。それがあの元神を殺した事による異常なレベルアップと、常識はずれなスキルを獲得してしまった事で、許容量を超えてしまったそうだ。
更に度重なる転生によって魂そのものも擦り切れていたので、これ以上の転生が難しくなっていたらしい。パソコンに言い換えるなら、耐用年数ギリギリの古いSSDに、大容量のデータを保存するという暴挙を行ってしまったという事だ。もうデータの移行すらままならない、本当にいつ壊れてもおかしくない状態だという。
「そうですか……でもそれほど不味い状態なのに、今は何とも無いんですね?」
「あの神については元々こちらの落ち度ですから、今回の異世界転生に限っては全力で保証させて頂きます」
つまりあの元神を倒した時点で、僕は魂が崩壊して死んでいてもおかしくなかったという事だ。本当にこの力が、破滅をもたらす結果になってしまったという事だけは少し癪だったけど、女神様が僕を全力で守ってくれていたというのなら感謝の言葉しかない。
それに僕は、このいつ終えるのか分からない異世界転生にはとても満足していた。嬉しいことも辛いこともたくさん経験したけど、今回の転生が最後になるというのなら、これ以上無い結果だったと言える。
なにせ異世界での初恋相手と再会出来たし、最後の転生先でも本気で好きになれる人に出会っている。しかもその2人と何の確執も無く一緒に居られるというのは、異世界ハーレムと言ってしまっても過言では無い。人生の幕切れとしては文句のつけようが無かった。
「楽しんでくれていて何よりです。私も貴方を選んだ甲斐がありました」
「こちらこそ、選んでいただいてありがとうございます。ちなみに、他の神様達から僕の異世界転生はどういう評価だったんですか?」
「それなりに評価を頂いていましたよ。とは言え転生先のジャンルがあまりに多かったので、固定のファンは付かなかったみたいですね。酷評された時もありましたが、それも仕方がないでしょう」
それは本当に仕方がない事だろう。何せすごくハートフルな感じの異世界に行った直後に、バッドエンディングしか存在しないような異世界に行ったりもしたのだ。前作を見て期待してしまった神様が居たとしたら、そのギャップで発狂していてもおかしくない。
ただやっぱり、それなりの評価という所に落ち着いてしまっていたか。これだけ多くの異世界を経験したんだから、1度くらいは覇権と呼ばれているんじゃないかと思っていたけど、現実は甘くなかった。やっぱり数を撃てば当たるというものでも無いんだな。
「僕の魂が崩壊した後はどうなるんですか?」
「その魂の生前の行いによって、新たな魂に生まれ変わる事になります。いわゆる輪廻転生だと思って頂いて構いません」
「結局は転生するんですね?」
「勿論前世の記憶はありませんけどね。基本的には人間や何かしらの動物に生まれ変わりますが、そこから新たな神が生まれることも有ります。滅多に無い事ですが丁度席に1つ空きがあるので、可能性はあるかもしれませんね?」
これはもしかして、僕があいつを殺してしまった事で空きが生まれたという事なのか。元々処分を下す予定だったと言っていたけど、それがどの程度のものを予定していたのかまでは分からない。もし殺しはしないという事だったのなら、その神の席が空くことは無かった筈だ。
「それほど恐れなくても大丈夫ですよ。あの神は始末されても問題ありませんでしたし、先程も言ったように、この異世界転生に限っては全力で保証致します」
「それなら良かったです。あと気になるのは、アイ達の魂の事です。何故3人は前世の記憶を持って転生出来たんですか?」
「それに関しては全くの偶然でした。今の貴方の世界で言うアラタとシイナは、最初の転生時にそういう設定が付加されていたので、2度目もそのまま設定が適用されてしまったのだと思います。本来ならあり得ない事ですがね」
なるほど、2人に関してはその説明で何となく分かるような気がする。でもアイに関しては、元々は完全にあのゲームの世界の住人だった筈だ。それについてはどういう事だったんだろうか。
「あくまで憶測になってしまいますが、1つは貴方が殺した神の力による影響が考えられます。貴方の世界を壊したいという願いの結果、貴方が大事に思っていた人ごと壊すために転生させられたというものです」
そんな理屈は出来れば認めたくない。最後の最後まで、あの憎たらしいチャラ男のお陰でアイと出会えたなんていうのは後味が悪すぎる。ただこれはあくまで憶測の1つという事らしいので、他のものも聞いておこう。
「もう一つの憶測は、可能性は低いと思われますが、今私が身体を借りているこの精霊の力によるものです」
「精霊様の力ですか?」
流石に僕も、その線は薄いんじゃないかと思わざるをえない。確かに強大な力を秘めているのは間違いないけど、それはゲーム内での話だ。こうして現実世界の神様達と同じ様に、若しくはそれを超える程の力でアイの魂を転生させたとはいくらなんでも考え難い。
「しかし、そうでなければ説明が付かない部分もあるのです。我々は間違いなく、貴方の転生先には干渉していません。では誰がこの魂を転生させたのか。あなたが殺した神である可能性も言及しましたが、それは不自然なのです」
そう、確かに言われてみれば不自然ではあった。アイはぁぃだった時にあいつの陰謀によって殺されている。そして神様達が転生に干渉していないと断言するのなら、ぁぃの魂は他の見知らぬ誰かに生まれ変わっている筈だ。
思えばああああといも、ぁぃと同じ様にこの世界に転生してきた。ただでさえ3人の転生者が偶然同じパーティになる事が奇跡的だったのに、もう一度違う世界で巡り合うなんて事が起こるのだろうか。そんな奇跡を信じるぐらいなら、精霊様の加護を信じた方が余程現実的だろう。
「考えても結論が出ないなら、僕は信じたい方を信じる事にします」
「それが良いでしょう。そろそろ貴方の身体も元の世界に着く頃です。これが本当に最後の機会になってしまいますが、他に聞いておきたい事はありますか?」
「いえ、もう大丈夫です。本当に長い間、お世話になりました」
こうして僕は女神様との会話を終え、ユウリとして元の世界に帰っていった。それから間もなくしてアラタとシイナが結婚し、僕も色んな経験をしながらアカリさんとアイの2人と、短くも長い一生を共に過ごした。本当に、本当に幸せな最後の時間だった。
「あれ、ここはどこだ?アカリさん、アイ?」
そう呟いた所で俺は身体の異変に気が付いた。なんだこの野太い声は、死の間際に風邪でも引いてしまったのだろうか。
それだけでは無い。いつの間にか俺の身体は若い男のものになっているじゃないか。性別を変える魔法は開発したけど、結局若返りの魔法は開発出来なかった。だから俺は老いに負けて、それでも良いかと笑って2人に看取ってもらう所だったんじゃないのか。
もしかして、女神様が言っていた魂の崩壊が起きずに、無事に転生してしまったんだろうか。確かに無事で居る可能性は低いとしか言われていなかったしな、などと思いながら身体を起こした瞬間に全てを悟ってしまった。
「嘘だろ……まさか今までの全部が、夢オチだったなんて事があるのか……?」
よくよく見れば、この身体は異世界転生をする前の俺のものじゃないか。それにこの天井だって、別に見知らぬ天井でも何でもない。ここは紛れも無く俺の家だ。あー俺も異世界転生してーなーと呟きながら寝たあのベッドの上だ。
「……死ぬか。死んで、あの世でアカリさんとアイに……いや、それも無理か。別の魂に生まれ変わるんだもんな……」
夢の中での話しが現実の事だと思ってしまう程度に、俺の頭は混乱していた。それほどまでに現実感を帯びた生々しい夢だった。今だってこうして手を振りかざすだけで、魔法が使えるんじゃないかと錯覚してしまう程だ。
それにあれだけの体験を夢の中でしていたとして、その全ての出来事を記憶しているなんて事があるのだろうか。それこそ俺が最初に考えた前世の記憶を引き継ぐという設定でも無ければ、とてもでは無いけど俺の脳みそに収まる様な内容では無い。それでもこの手から魔法が発現しないという現実が、痛いほど俺の胸に突き刺さる。
「そりゃそうか。あんなに良い女が2人もなんて、あり得ないもんなぁ……」
ただこの一点だけ、本当にこれだけが惜しくて仕方が無かった。あの2人と出会えた事が夢だったというのは、女神様が言っていたちょっといい夢を見れたという事になるんだろうか。俺は結局、異世界転生の試験に落ちてしまっただけだったのか。
「それなら何で転生後の記憶を……って、全部夢だった。まぁそう思ってしまえば、楽しい夢だったって事にも出来るのか」
でも俺は、この記憶をただの夢だったと風化させてしまうのは惜しいと思った。それからの行動は早く、俺のちっぽけな脳みそがこの記憶を消去してしまわないうちに、ただひたすらパソコンに日記を書き記していった。
寝る間も惜しんで、覚えている全ての記憶を文字に起こしていく。それが出来たのも、丁度今が大型連休だったからだ。だからこそ俺は自宅で酒を飲みアニメを見ながら、あんなことを呟いて寝る余裕があったのだ。
結局連休の大半をこの作業に費やし、気付いた頃にはもう休日も残り1日という所に迫っていた。最後の方は折角の休みに何をやってんだという気持ちにも少なからず、いや、全くそうなりはしなかった。それどころか日記に記す程に当時の記憶を鮮明に思い出し、心が興奮に打ち震えていた。
「この気持ちの昂り、どうやって静めたものか……とりあえず、残りの1日で溜まったアニメでも見るか」
何はともあれアニメだ。これこそ俺の生きがいであり、ここまで異世界転生を好きになった元凶でもある。だと言うのに、俺は以前ほどアニメの良さが分からなくなっていた。
いや、分からなくなった訳では無い。面白いのは面白いんだけど、何か物足りないのだ。夢とは言え、自分が魔法を使える疑似体験をしてしまったせいだろうか。
「これなら俺の夢の方が面白いんじゃ……いや、流石にそれは自惚れが過ぎるな。でも俺は今確かに物足りなさを感じてる……」
あの夢が、他のどんなアニメよりも面白いと言える自信は無い。それでも俺がアニメでは物足りないと感じた何かが、この夢の中には眠っているのだ。
そう分かった途端、俺の身体は自然とパソコンに向かっていた。そしてあろうことか、無料の小説投稿サイトでアカウントを作成し始めている。
「いや待て、このボタンを押したら本当にこの夢が世に出回ってしまうんだよな……?」
あれよあれよと言う間に、昨日までに書き記していた日記をコピペしながら、それを自作小説として世に解き放とうとしていた。しかし投稿ボタンを押下する直前になって、途端に冷静さを取り戻す。
改めてその文章を見ると酷いものだった。日記としてただ書き殴ったものだからと言い訳をしてみても、それにしても出来が悪かった。こんなものを世に送り出してしまったら、間違いなく黒歴史確定だ。
「危なかった……テストを提出する前にちゃんと見直せって教えてくれた先生に感謝だな」
俺は物書きとしての勉強なんてしてこなかったなりに、その日記を校正する。この時点で俺は、冷静になって投稿を辞めるという選択肢は完全に消え去っていた。
またも気付いた頃には、休日が終わろうかという時間になっていた。流石に時間が足りず、1度に全てを見直す事は出来なかったが、何とか1話分程度の文章を校正する事が出来た。
「後はタイトルをどうするかだな。やっぱり最近のトレンド的にも、分かりやすい方が良いんだろうな」
考えた末に、この夢に無限転生という名前を付けた。実際には有限となってしまった夢だけど、何回も転生を繰り返すという意味では分かりやすいだろう。
投稿ボタンを押下する前に、最後にもう一度だけ自分の文章を見直してみる。最低限誤字脱字はチェックしたけど、本当に小説として成り立っているかどうかは分からない。
さっきも言ったけど物書きとしての勉強なんてしてこなかったし、見様見真似で作った文章の良し悪しを判断するスキルは持ち合わせていない。そういえば夢の中でも、作家になった事は無かったなと今更思った。
そんな素人の作品が評価される事なんて、まずあり得ないだろう。でも今の俺は、他人の評価なんて求めていなかった。確かに評価されれば嬉しいんだろうけど、それ以上にあの夢の世界をこの世に残しておきたいという気持ちが強かった。
それは夢だったかもしれないけど、俺は確かに多くの人達と色んな世界を生きた。それだけは絶対に確かなものであり、俺がその世界を生きていた証として、この文章をこの世に残しておきたい。ただその気持ちだけが、今の俺を突き動かしていた。
女神様は、魂が生まれ変わる際に新たな神が生まれる事があると言っていた。そして丁度今、神様の席には空きがあるとも。
1つ、大きく深呼吸をした後、意を決して投稿ボタンを押下した。それは崩壊した筈の俺の魂が生まれ変わり、女神様の言っていた空席に腰を据えたという事だ。この瞬間、俺という存在は1つの物語を創りだした作者になった。
なんて格好つけて投稿したは良いものの、全然PVは伸びていない。でもそれで良いのだ。見てくれている人がいないという訳でも無いし、最初に言った通り俺は、評価してもらいたくて投稿している訳じゃない。
「それでもこうやって感想を貰えると嬉しいよな。なになに?ユーザー名A.I、第1話とても面白かったです。好きな内容だったので姉や友人にもオススメしちゃいました……か。感想ありがとうございます。これからも投稿していくので楽しんで頂けると嬉しいですっと」




