別れ
戦いが終わり3人の元へと戻った。僕が切り離した空間もちゃんと修復しておいたので、ここで激しい戦いが繰り広げられていたなんて事は、当事者にしか分からない程キレイに元通りになっている。
ぐったりしている3人に魔力を分け与えて回復しようとすると、回復力の高いアカリさんだけは先に立ち上がっていた。
「……びっくりした。魔力不足で倒れたのもこれで2回目か。戻ってきたってことは、倒したんだよね?」
別に確認はしていないけど、元神は間違いなく死んでいる。何故なら奴が死んだ瞬間に、僕のステータスが爆発的に伸びていたからだ。魔王は倒した所で大した経験値にならないなんて言っていたけど、そんな事は無かった。
過去の転生で限界突破している僕のレベルは、未だに際限なく上昇し続けているけど、それでも急激と言って良い程レベルが上がっていたのだ。それだけでなくこの世界には無かった称号やスキルも覚えていて、いよいよ手がつけられない領域にまで達してしまっていた。
「勿論ちゃんと倒してます。僕だけでは勝ち目の無い相手でした、3人が居てくれて本当に良かったです」
「ユウリならそんな事も無さそうだけど、でも私の力が少しでも役に立てたなら良かった」
「……全くだ。根こそぎ魔力を持っていきおって。遠慮とか、せめて事前に言っておくとかあるだろうに。どういう仕掛けだったのだ?」
まだ起き上がれない2人に膝枕してあげながら魔力を与えるていると、安堵と文句の言葉が同時に聞こえてきた。まだ少し休んでいたほうが良いだろうし、その間に元神の正体や能力等を掻い摘んで3人に説明する。
「ユウリを転生させてる神様か。それでさっき、あいつに向かって感謝しながら怒ってたんだね」
「我は気でも狂ったのかと思ったぞ……いや待て、2人とも冗談だ」
魔王が冗談を言った瞬間、アカリさんとアイから殺気が漏れたのを感じて慌てて謝っている。そうしてすぐ4人で笑い合うことが出来るぐらいには、魔力も回復し休息が取れていた。
そうなるといつまでもここでのんびりしている訳にもいかない。元神がアースガイアに対して、何もしていない筈が無いだろう。僕たちのもとに差し向けられた天使は大した数では無かった為、残りはそちらに向かわせている可能性が高い。
今の僕たちに取っては大した事が無い相手だけど、本来なら簡単に倒せる相手では無い筈だ。いくらこの戦いの元凶を倒したとしても、世界が滅んでしまっていたら元も子もない。
「しかし、どうやって帰るのだ?我も先程から精霊に連絡を取ろうとしているが、こちらからでは全く反応が無いのだ」
「向こうに行く手段ならこの扉を使えば良い。街の教会に繋がってるからすぐ救援に行ける」
僕は最後の街の教会に繋がる復活のパスワードを用いて、次元の扉を開いた。一方通行ではあるものの、どこからでも指定した地点に繋がるというこの魔法の良い点が存分に活きる形だった。
4人が扉をくぐった所で、すぐにこの魔法を消しておく。残しておく必要も無いし、このタイミングでアラタ達が扉を開こうとしていたら、何かおかしな干渉が起きてしまう可能性がある。
教会を出ると、外では予想通り戦いが続いていた。数では負けているけどそれでも押し負けていないのは、僕が置いていった装備が役に立っているからだと思う。性能は間違いなくこの世界の最高品質のものよりも上なので、ステータスに換算すればレベルがいくつも上がっているぐらいの効果があるはずだ。
「魔王、ここは任せるよ」
「何?今こそ勇者の出番であろう?」
「親玉を倒した以上、大勢は決してる。それなら後はアースガイアの人達で終わらせた方が、今後の収まりが良いんじゃない?」
元神を倒した事で、これ以上事態が悪化する事は無い。つまり今残っている天使たちさえ倒してしまえば、この戦いは終わるのだ。確かに僕が参戦すれば一瞬で片がつくかもしれないけど、魔王1人が加勢に行くだけでも事足りる。
全て異世界の勇者に頼り切って終わらせるよりも、アースガイアの人々と魔王が手を取り合って戦いを終わらせた方が、この世界の未来にも良い影響が残る筈だ。僕たちはその間、傷付いた人達を回復してまわろう。
「聞け、皆の者!敵の親玉は魔王である我と、異世界の勇者が倒した!後は目の前の敵を倒せば、この戦いは完全勝利だ!」
魔王は僕の意図を察して、その場で空高く飛び上がり大声を挙げた。その言葉は全世界にまで聞こえているのでは無いかという程遠くまで響き、同時に喝采が沸き起こる。大勢が決したこと、そして魔王という心強い存在が加勢に来てくれた事で、これ以上無い程に士気が高揚していた。
それからの戦いは一方的なものになった。数で押していた天使たちは魔王への対処で手一杯になり、数の有利を人間たちに押し付けることが出来なくなっていく。そうなれば強力な装備と高い士気を持った兵士と魔物達が、1体ずつ確実に天使を仕留めていける。
そしてその戦いの先頭に立っているのはいりすだった。元々の実力だけでなく、僕が渡した剣と鎧の性能もあり、今魔王が行っている敵を引き付けるという役割をいりすがずっと担っていたのだ。その役割から開放された事で自由に動ける様になり、これまで以上のハイペースで天使をなぎ倒している。
「これで……最後だ!」
「皆の者!我々の勝利だ!」
いりすが最後の天使を倒した所で魔王が勝利宣言を出し、街中が歓喜に包まれた。負傷者は大勢いるけど、死者は1人も居ないという奇跡的な結果だ。その分多くの魔物が倒されたという事らしいけど、魔王が言うには魔力で簡単に増やせるので気にしなくて良いという話しだった。
「さらっと言ってるけど、この後も魔物を増やすってつまりそういう事だよね?」
「アイの心配も分かるけど、それも分かっててユウリは魔王を送り出したの?」
「ここまで一緒に戦って来たのに、終わったらはいまた敵同士とはならないと思うよ。これからアースガイアは、人間と魔物達が共存していく世界に変わっていくんだ」
決して人間達がこの戦いの後の事を考えて、魔王の戦力を減らすために魔物を盾にしていたという訳では無い。むしろ魔物側がその頑丈な身体を使って、積極的に人間たちを守っていたのだ。そこにはいがみ合っていた過去の歴史は全く感じられず、良き隣人として接していこうという意思が存在していた。
本来ゲームの歴史であればあり得ない事だけど、この世界は僕が関わってからそのゲームの常識を遥かに逸脱している。ならばすでにここは僕が知るゲームの世界では無く、正真正銘アースガイアという世界になっているという事だ。
「勇者様、こちらにいらっしゃいましたか。精霊様からお話がありますので、少々お時間を頂けますか?」
僕たちは歓喜の輪には加わらず、少し離れた場所から眺めていると神官様がやってきた。勿論こちらからも話しをしたいと思っていた所なので、すぐに神官様の家に向かう。
「え……精霊様って、まさか、本当に?」
そこにはなんと、実体化した精霊様と思しき女性が居た。その姿は僕にとって忘れようも無いお方の姿と全く一緒だった為、びっくりしてしまった。
「よくぞこの世界を救って下さいました。勇者あ、そして勇者ユウリ、2度に渡る貴方の活躍に感謝しています」
「あ、いえ、とんでもありません」
どうやら見た目が同じなだけで、中身はそのまま精霊様みたいだ。それは当然その筈なんだけど、あまりにも似ていた為驚いてしまった。もしかして精霊様も、僕が思い描く天上に住む女性のイメージをそのまま反映してくれているのだろうか。
「また、勇者の仲間である2人にも感謝しています。特にそちらの方も、勇者と共に2度も力を貸してくれましたね」
「私にとってこの世界は故郷であり、故郷の為に戦うのは当然です」
「家族の故郷を守る為に力を貸すのは当然だよ」
「そう言って頂けて嬉しく思います。私としては、御三方には何か褒美を与えたいと考えています。何かお望みのものはありますか?」
思ってもいなかった言葉に、僕たちは顔を見合わせてしまった。いきなり褒美と言われてもすぐには浮かばないし、そもそもそんなつもりもなかったのだ。何もいらないと言うのも少し勿体ない気もするけど、こういう気持ちは無理して受け取るものでもないし断る事にした。
「それでしたら、せめて皆さんがお持ちのその力は回収せずにおきましょう。元の世界に帰られてからも、何かと便利でしょう?」
確かにそれは有り難い。特に僕の今の地位なんかは精霊様から貰った魔力が前提にあったので、これをそのまま持ち帰れるというのは充分褒美に値する内容だった。
これで一旦精霊様が僕たちに感謝するターンは終了し、ここからはこの世界の在り方について話しがあった。
「今回の件を受けて、私は残りの力を使い、この世界を完全に他の次元から隔離しようと考えています」
「……それが良いと思います。もう内側に敵はいないでしょうし、魔王や神族とはまた違う勢力からの侵攻が無いとは限りませんから」
ただそれは、僕たちの世界との交流も完全に絶たれるという事だ。一方的な干渉ではあったけど、それでも2度とこの世界に来ることが出来ないというのはかなり寂しい。
しかも父と呼んでくれた2人の娘はこちらに残るのだから、今生の別れという事になる。でも本来僕たちは出会うことは無かったのだから、贅沢を言ってはいけない。
「そういえば、魔王はどうなりますか?本人はこの戦いが終われば消えると言っていましたが……」
「その予定でしたが、この世界で生きてもらいましょう。人間達に勇者の娘がいるように、魔物達にも統率者が必要でしょうから」
それを見越して最後の大役を魔王に託してきたのだから、これは予定通りと言った所だ。これで僕たちは後顧の憂い無く、この世界を去ることが出来る。
それからいりす達に最後の挨拶をする為、精霊様に少しだけ時間を頂く。神官様の家を出ると、外はすっかりお祭り騒ぎだった。皆が酒を酌み交わしながらも、僕たちの姿を見るなり感謝の言葉を口にしてくれた。
「2人とも、こんな所にいた。少し時間良いかな?」
先程の僕たちが歓喜の輪から離れて人々を眺めていたように、2人も今はこの街を見渡せる場所で、喜ぶ人々の姿を見ながら何か話しをしていた。
「その様子、別れの挨拶と言った所か?」
「まぁ、そんな所かな。ところで魔王、この世界で生きていける事が決定したよ」
「なぬ!?いや、そんな重要な事をあっさり言うでない!心の準備が出きんではないか!」
「ところで2人は何の話を?」
「無視をするな!丁度今その事で、いりすとるりあに魔物の統治について説明しておったのだ!」
魔王は本当に面倒見が良いし、よく突っ込んでくれる。久しぶりに会った時は好き勝手出たり引っ込んだりされてこっちが困惑していたけど、残虐設定も何も無いと知った今の魔王はとても親しみやすい。これ以上無い程のキャラ崩壊だった。
ただ、このキャラ崩壊は悪くない。以前神族の介入や精霊様の力について出来の悪い2次創作と評したけど、この2次創作にも良いところはあったみたいだ。特に人間と魔物が共存していく未来を築き上げ、ハッピーエンドで幕を閉じる所なんかは最高だ。
あの元神もここまでの事を見越して原作改編をしていたなら、僕もあそこまで怒ることは無かったのに。でもこういった展開もきっと、お決まりの安っぽい話しだと切り捨てるんだろう。それがセンスが無いと言われる所以だという事に気付けなかったから、あんな最後を迎えることになったんだ。
まぁ今はあんな元神の事を考えている場合じゃない。最後の別れを告げる為にここに来たんだから、ちゃんと別れの言葉を口にしないといけないのだ。
だというのに、僕の口は一向にその言葉を言おうとはしない。それどころか口は何も言わない癖に、目からは雫が溢れ出しそうになっていた。娘の前でかっこ悪い所は見せたくなかったんだけど、どうにも今だけは身体が全く言う事を聞いてくれなかった。
「もう、泣かないでよお父さん。私まで泣きたくなっちゃうじゃない」
「いりすよ、無茶を言うな。父上はまだ子供なのだ。子供が泣いて何が悪い」
「るりあだって、泣きそうな顔してる癖に」
空気を読んだ魔王が、るりあの身体から一旦出ていってくれた事にひっそりと感謝しつつ、結局僕たちは無言のまま3人で抱き合い涙を流した。それだけで僕の気持ちは2人に伝わったし、2人の気持ちも僕に伝わった。
最後の機会なのに誰も喋らないけど、それはそれで良かったと思う。この世界の勇者は無口だと決まっているし、何より僕と2人の娘は正真正銘勇者なのだから。




