強くなるために
2人を強くすると言っても、長期的な修行をするような時間は取れないため、その手段は限られてくる。時間さえあれば僕がかつて使っていたスキルを教えたり、特殊な修行空間を作り出すといった事も出来ただけに、もっと早いうちから見越しておけば良かったと今更悔いる事になっている。
ちなみに魔王が提案してきた手段はいくつか有るけど、供物を捧げるとか、アダルトなアレにはお決まりの体液を云々するとか、そういった内容ばかりだった。魔族的にはなんてこと無いんだろうし、僕自身過去の異世界で実際に経験した事があるけど、ここはそういう世界では無い。今更世界観に拘っている場合では無いのかもしれないけど、それ以前に2人には常識的な一線を越えて欲しくなかった。
「ちなみに魔王は偉そうな事言ってるけど、今の実力はあたし達と対して変わらないよね?」
「この世界における我の力は精霊によって抑えられている。精霊の力が弱まればそれだけ我の力も増す故、戦いの時には今より力が出せる様になる」
という事は、かつて僕が勇者あだった時に倒した魔王も全力では無かったという事になる。どの程度まで力を抑えられていたのかは分からないけど、口ぶりからしてもかなり期待して良さそうだ。
そしてその魔王のセリフから、2人を強くするための手段についても思いつくことが出来た。魔王の様に、この世界の埒外にある力が精霊様の力で抑えられてしまうのなら、僕たちの世界の魔法も同様に力が抑えられているという事になる。それが魔物に対して、魔法の効果が薄かった原因と考えれば辻褄は合うはずだ。
逆を言えば精霊様の力が弱まっている次の戦いでは、アースガイア由来では無い力が有効的になるという事だ。呪文を再現するために無理をして威力や範囲の調整をしてきた魔法式も、僕たちの世界仕様に書き換えても問題無いはずだ。
「2人とも、少し手を貸して欲しい。これまで作った呪文の魔法式のリミッターを全部取っ払ってくれる?」
「そんな事して良いの?それだと逆に威力が出せないんじゃ……」
「それは魔物に対して、というか精霊様の力が影響しているからだよ。戦いの時には精霊様の力は全て無くしてもらおう」
「待て勇者よ、そんな事をしたら加護が働かなくなるぞ?」
魔王が指摘するリスクも当然理解している。精霊様の影響を無くすという事は当然加護の力も失うという事だ。この加護があるお陰で以前は痛みを知らず、死んでも生き返れるという破格の条件で戦うことが出来ていた。
でもそれが僕たちの戦力を低下させることに繋がっているのなら、いっそのこと加護を無くしてしまっても良い。そうする事で魔王も僕も全力が出せるようになるし、アカリさんとアイの2人も今よりもっと戦えるようになる。加護があっても負ければ意味がないのなら、より勝率を高める為にその選択をしても良いはずだ。
「死ななければ良いんでしょ?あたしは賛成、足手まといでいるよりずっと良い」
「私もよ。でもユウリからその選択をしてくれるとは思わなかった。私達の身を案じて危険なことはさせないんじゃないかと」
「優しい勇者じゃなくて失望した?」
「全然。頼ってくれて嬉しい」
「惚気おって……だがその意気は買おう。そこまで言うのであれば、我も少々協力してやる」
魔王はどこからかグラスを2つ取り出すと、突如自らの腕を切り落とした。その身体は僕の娘のものだぞ、というツッコミを入れる間もなく腕はすぐに再生している。そして切り落とした腕から溢れ出す血をグラスに注ぎ始めた。
「我の魔力だ。これで勇者の魔力量にも劣らぬ様になるだろう。味なんてせんからグイっといけ」
流石魔王の思考は人間とは違った。倒した相手の血肉を喰らって強くなるというのもよくある話だし、もしかすると魔族の間ではこれも普通の出来事なんだろうか。いくらなんでも強くなるためとは言え、これを飲もうとは思えない。
などと思っていたら、2人とも恐る恐る手を差し伸べているではないか。2人とも待って欲しい、それは正しく悪魔の契約に他ならない。いくら魔王の魔力とは言っても、見た目は人間の生き血なのだから、そんな人の道を踏み外した様な事をしなくても良い。
「飲まないならその血を私に分けて欲しい。私だって強くなりたいんだ」
ちょっといりすさん、貴方まで冷静さを失わないでくれ。しかもその言葉を受けて、2人とも覚悟を決めた様な表情になってしまっているじゃないか。
「待って、2人ともそんな事をしなくても僕が」
「何だ、いりすも欲しかったのか。仕方ない、今回は出血大サービスじゃ」
「いやもうこれ以上娘の身体を傷付け……!?」
魔王がまたるりあの腕を切り落とすのかと思ったら、今度はいりすに抱きつきキスをしていた。そういえばさっき、魔王は粘液の接触で力を与える事が出来るという様な事も話していた。してはいたけどもちょっと急すぎるし、いりすも突然の出来事に硬直してしまっている。
「あれをするくらいなら……」
「私の初めてはユウリと……」
そして気付けば、2人もグラスに注がれた魔王の魔力を飲み干していた。キスか生き血を飲むかの2択で、迷わず後者を選ぶぐらい僕を大事に想ってくれているのは嬉しい、なんてそんな事を言っている場合では無い。この方法は倫理的な問題以外に、もう一つきつい問題が待っているのだ。
「う……何?急に寒気が……」
いりすが顔を真っ青にしながらその場に蹲ると、間もなくアイとアカリさんも急に身体の不調を訴え始めた。僕だって、勇者の力という名の魔力を大量に吸収した際には倒れるぐらいにきつかった。でも僕の場合は先に半分近くの魔力を手に入れてから、残りの魔力を吸収していたのだ。
半分程度の量でも倒れそうになるほどきつかったのに、それ以上にもなる魔力を1度に受け入れて平気でいられる筈が無い。アカリさんは脂汗を掻きながらも、深呼吸をして身体を落ち着けているけど、アイは頭痛に苛まれているのか頭を抱えながら蹲っている。いりすに至っては完全に意識を失ってしまっているけど、もしかしたらその方が楽だったかもしれない。
「いりすは無理だったか。自らの力で抑えられん様では、魔力が定着せんのだ。無論、るりあは抑えておったがな」
やっぱりるりあの方は何か特別な力を持っていそうだった。ゲームの世界としての話しをするなら、恐らく次の主人公はるりあの血筋から現れるに違いない。隔世遺伝とかもあるかもしれないので絶対とは言えないし、そもそもこの子が結婚出来るかが疑問に残るけど。
こんな呑気なことを考えていられるのも、今の僕は2人を見守ることしか出来ないからだ。こうなってしまった以上、無事に魔力を制御してくれる事を祈るしか無いので、今のうちに魔王と話しをしておこう。
まず気になっていた魔王が協力してくれる理由についてだけど、単に自分たちの様な魔界出身の者以外が、この世界を征服しようとしているのが許せなかったからだそうだ。ちょっと信じられないけど、この魔王の性格を見れば充分に有り得そうな理由だと感じた。
魔王が復活した方法はいりすが言っていた通り、精霊様は肉体が滅び魂だけになった魔王を捕まえていたそうだ。ちなみに今の魔王の状態も長くは続かないらしく、この戦いが終われば再び魂は精霊様の元に還っていく事になるという。
「魔王はそれで良いの?見返りとか求めなかったの?」
「我は一度敗れた身だ。今更生にしがみつこうなどとは思わんし、そんな事をしておったら次の魔王に笑われるわ」
こういう潔さは大物っぽいけど、先程まで見せていた突拍子の無さや残念キャラっぽい点でトントンという感じだ。格好いいけどちょっと抜けてる、良い意味で親しみやすい奴の様な気がする。今2人は苦しんでいるけど、それも魔王が2人の身を案じてくれたからこその結果だし悪いやつでは無い。魔王に対する評価としては絶対におかしいけど、それすらもこの魔王らしさなんだろう。
なんて話しをしていたら、2人は何とか魔力の制御に成功したみたいだ。まだ息は荒いけど顔色も徐々に良くなってきている。
「ふー……あたしにかかればこの程度何の問題も無いよ」
「強がり言って……私は危うく吐きそうだったのに。っていうか抑えろって言われなきゃ吐いてた」
引き継ぎ設定をオンにしたことで見えるようになっている2人のステータスを確認すると、明らかにおかしな数値が並んでいる事に気付いた。魔王の魔力を制御したんだから魔力の数値が上がっているのは分かるんだけど、何故か力や素早さ等の数値まで異常な程に上昇している。
流石に僕ほどの能力値では無いにしても、普通の人間は軽く超えている。どういう事か魔王に説明を求めると、至ってシンプルな答えが返ってきた。
「魔力が多い魔族は、身体も強いというのは普通だろう?そもそも魔力の質が違うのだ」
僕たち人間が扱う魔力は魔法にしか作用しないけど、魔族が持つ魔力は身体にも作用するという事らしい。精霊様から魔力を貰った僕はそのまま魔力しか増えないけど、魔王から貰った2人は他のステータスまで上昇したという結果だ。
急激に力が強くなったことで、普段の生活が少し不便になったりするかもしれないけど、慣れてもらうしか無いと思う。魔力が制御できたんだから、その辺の調節だってすぐに上手くやれるはずだ。
「それなら僕にも魔王の魔力を頂戴よ」
「魔王の力を欲する勇者なぞ聞いたことが無いわ。普通逆だろうに。そもそも魔力そのものが相反して取り込めんと思うぞ?2人に我の力を授けたのも、貴様らが精霊の力に頼らんと言ったからだ」
そういう事だったのか。確かにそういう事情が無ければ、魔王の魔力を扱えそうな者を選別して力を与えていけば、もっと早く戦力は増強出来ていた筈だ。
「事前に教えておいて欲しかったけど、ありがとう。お陰で早く強くなることが出来た」
「構わぬ。貴様らは我の魔力に耐えうる資質があったというだけの事。普通はいりすのように、力も得られず気を失うのが関の山だ」
そのいりすはまだ意識を取り戻していない。本当に大丈夫なのかと心配になるけど、ちゃんと息はしているし、僕のステータス画面にも異常無しと出ているので問題は無い筈だ。目が覚めるまではこの場から動けないけどそれも仕方無い。
「そういえば、私達が魔力を飲む前に何か言いかけてたよね?何だったの?」
「あー……魔王の魔力じゃなくて、僕の力を分ける魔法式を作るつもりだったんだけど、その必要も無くなっちゃったね」
恐らく僕の力と魔王の魔力は相反するという事なので、今から2人に力を分け与えようとしても効果はなくなってしまう。
「そんな……あたしは魔王の魔力なんかよりもユウリの力の方が欲しかったのに……」
「というか、それならあんなに辛い思いもしなくて済んだんじゃない?」
「だから止めようとしたのに、2人とも話しを聞かないんだもん」
「我は知らんぞ。全ては自己責任だ」
2人は力を手にしたものの、結果的にがっくりと肩を落とす結果になってしまった。ただいつまでもそんな事で時間を浪費している暇は無く、気を取り直して先程も話していた呪文の改良をお願いする。
作業に集中しだすと2人とも流石の集中力で、あっという間に式の書き換えと改良を済ませていた。その後はこの場を借りて魔法の試し打ちを行い威力の確認を行う。
「精霊の力の下でこの威力か、魔法とやらも中々ではないか」
魔王は興味津々に僕たちの魔法を観察していた。本当は早くるりあの身体から出ていって魔力を回復しておいてもらいたいんだけど、色々してもらった反面強く言う事も出来ない。
それに今すぐ戦いが起きるという訳でも無いし、何より魔王はこの戦いが終わったら消えてしまう。それなら最後に、共に戦う仲間として同じ時間を過ごすのも有りかもしれない。




