魔王の提案
魔王のせいで色々とツッコミたい事が多かったけど、一旦落ち着いて状況を整理しよう。
目の前に居る女性は勇者あと戦士ぁぃの娘、つまり僕とアイの娘であり名前はるりあと言うらしい。賢者いの娘であるいりすとは腹違いの姉妹で、少しだけいりすの方がお姉ちゃんになる。
そのるりあは、何故か魔王に身体を乗っ取られている。魔物が王様の身体を乗っ取って好き放題していた事もあったので、魔王も同じ事が出来てもおかしくは無い。
でも聞いた話では人間たちとは協力関係にあるという事なので、身体を乗っ取っているというよりは貸しているという状況かもしれない。僕たちの世界に魔王が現れた時も力を消耗している旨を言っていたので、身体を実体化させるよりもこの方が燃費が良いんだろう。
ただ魔王はかつての威厳と残虐性はどこへやら、勘違い中二キャラになってしまっていた。以前の接触でも割りと親しみやすさを感じたけど、今のほうが落差が激しかった。それでも魔王としての実力は確かなはずであり、精霊様がわざわざ協力を頼むほどなので、現状を打開する何かを持っているのかもしれない。
「現状を打開?当然だ。我と勇者の力を持ってすれば、神族などという訳の分からん奴らなど一捻りよ」
「精霊様が言うには、今の僕では力不足らしいんだ。魔王の見立てではどうなの?」
「何だと?精霊がその様な事を……勇者よ、こちらに来い。少し見てやろう」
魔王が偉そうな態度で手招きするけど、見た目は普通の女性のものなので違和感が凄い。言われた通り傍まで近づくと、魔王は僕の手を取りながらじっと目の奥を覗き込んできた。めちゃくちゃ顔が近いんだけど、一体これで何が分かるのだろうか。後ろで3人が慌てている気配がするけど、気にかけている場合では無い。
「どうやら貴様の力には制限が掛かっているようだな。今のままでもこの世界の誰よりも強いだろうが、その力の本質はまるで発揮できておらんな」
「そんな事まで分かるんだ」
「我は魔界の王だぞ?この世界の埒外にある力こそ我の根源そのもの。その本質を見抜くなど造作も無いわ」
精霊様が言う力不足とは、どうやら僕が実力を発揮できていない事にあったらしい。ただその原因が分かった所で、どうすれば改善されるかが分からなければどうしようもない。
それと気になるのは、魔王が言うこの世界の埒外にある力というものの存在だ。僕たちの世界における魔法の事を言っているのかもしれないけど、この世界の存在にはこの世界の呪文でないと効果が薄くなる筈だ。それはこれまでの魔物との戦闘で判明している事なので間違いないはずだ。
「あの神族を名乗る者たちは、この世界の存在では無い。我や貴様の様な、外の世界の力が必要になると精霊は考えているのだろうな」
「それで精霊様は、この世界の人じゃなく僕に力をくれたのか。それじゃあ魔王……」
「む、すまんがそろそろ時間の様だ。後のことはるりあに聞くが良い」
またも魔王は話の途中でその存在を消してしまった。人の身体を借りれば力の消耗が抑えられるとは言っても、魔王の存在を保つというのはかなり燃費が悪いらしい。
るりあの身体から急に力が抜けて、倒れそうになるのを慌てて支える。後ろで僕と魔王の会話を聞いていた3人も慌てて駆け寄り、るりあの顔を覗き込むとすぐに目を開けた。
「そんなに我の寝顔を覗き込むのが楽しいか?」
「あれ?魔王?」
「我はるりあ、伝説の勇者の娘であるぞ」
どうやら魔王の残念さが娘にも感染ってしまっているらしい。もし魔王が協力関係に無ければ何よりも先に討伐してやる所だけど、今はあんなのでも力があるに越したことはない。
「魔王の癖が感染っただと?何を言う、それは逆だ。魔王が我に影響されているのだ」
ちょっとだけ訂正が必要だ。僕の娘は元々残念な子だったらしい。確かに持っている魔力なんかは凄いものがあるけど、魔王や当時の僕たちと比べると大したことは無い。それよりも凄いのは、魔王の自我にすら影響を与えた精神だろう。それが良いか悪いかと言うと何とも言えないし、精霊様がこの子に力を与えなかった理由も何となく察せられる。
「起きたばかりの所悪いんだけど、魔王にはるりあから話しを聞くように言われてるんだ」
「父上が真の力を発揮するには、どうすれば良いかという話であろう?」
口調が少し気になる所だけど、物わかりの良さは流石僕たちの娘といったところだ。親バカでは無く客観的に見てもそうだと思う。
「見たところ、父上の身体にはこの世界のものでは無い力が宿っておるな。それが枷になっている故、取り外してやれば良い。方法に心当たりはあるか?」
「……引き継ぎ設定オン。これで良い?」
「ほう!その力、勇者という枠組みに収まる様なものでは無さそうだな」
これは僕自身予想していた事でもあった。今の僕が元の世界とアースガイアの知識と魔力を上回る力を手に入れるには、これまで培ってきたスキルやステータスを引き継ぐ以外に無い。
でも僕はこれを本当にやって良いのかという事だけが疑問だった。ただの自分ルールとは言え、これまで緊急事態を除いて使った試しは殆ど無いし、この力を誰かに見せた事も無い。
ただるりあは、この力の存在を既に見抜いていた。見抜かれてしまっている以上隠し続ける事は出来ないし、この世界では隠し事をするのは辞めようと決めたばかりでもある。
「すごい……ユウリはまだこんな力を秘めていたんだ」
「黙っていてすみません。以前話した、僕が色んな世界を生きてきた時の力なんです。軽々しく見せるようなものでも無いと思って、これまでは使わずにいました」
「仕方ないよ。こんな力を持ってたら多分誰も近寄らないし、危険人物として命を狙われてもおかしくないもん」
アカリさんとアイも引き継ぎ設定をオンにした僕を見て、思わず息を呑んでしまった程だ。あれだけ親しくしてくれていた人達ですら恐れる力は、仕方が無いとはいえやっぱり見せたくは無かった。
すると突然2人は僕の手を取り握りしめてきた。びっくりして2人を見ると優しく微笑みかけてくれている。これはあれか、どんな力を持っていても僕は僕だという風に言ってくれているのか。
「ほほう……やはり母上は父上に惹かれるのか。その身体同士では苦労もするだろうに、健気な事だな」
「るりあさんは、私の事が分かるの?」
「娘に対してさん付け等と他人行儀は辞めて欲しいものだな。我が母上の事を見紛うと思うのか?」
これにはるりあを残念な子と思っていた自分を恥じた。魔王も神官様も、僕が勇者だという事は見抜いたけど、他の仲間達の事までは気付いていなかったのだ。それをるりあは、この僅かな時間で会話もしていないアイがぁぃであると見抜いていた。
「ということはいりすの母上であるい殿と、村の守護神たるああああ殿も近くに居るのか?」
その質問に僕は簡単には答えられない。アラタの事はまだ良いとして、シイナは既にいりすと対面しているにも関わらずその事を隠していた。それには相応の覚悟があっただろうし、いりすを苦しめたくないという思いやりの気持ちもあるのだ。
僕が言って良いものか悩んでいると、持っていた通信機が振動している事に気付いた。どうやらシイナ達が直接話しをしてくれるみたいだ。僕は通信機の音量を上げて、全員に声が聞こえる様にする。
「初めましてるりあさん。私はユウリの仲間でシイナと言う」
「面白い道具を持っているな。それで遠く離れた者とも会話が出来るのか?」
「流石、ご理解が早くて助かる。先程の質問だが、ユウリに代わって私から答えさせてもらおう。私がいりすの母で、い本人だ。ちなみに横にはああああも居て、名前はアラタと言う」
「ほうほう、これはまた面白い状況だな。姉上はどういう心境だろうな」
何故かるりあは楽しんでいるけど、心配なのはいりすだ。前回シイナといりすは会っているけど、その時には事実を隠していた。その事で変に恨まれたり、何かわだかまりを残すような事になってしまわないだろうか。
「別にどうもしないわ。ユウリさんが私の本当の父親じゃないのと同じで、シイナさんだって本当の母親じゃない。もう私達の両親は死んでるのよ」
「さっぱりしておる。どうやらいりすは母親似の様だな?」
「そうみたいだな。私もどちらかというとそういうのはあまり気にしないタイプだ。ちなみに、隣に居るああああとはこちらの世界で結婚する予定だ」
「えぇ!?ああああ様と!?」
それまで冷静にしていたいりすが急に大声を出したので、こちらも驚いてしまった。自らの失態に顔を赤らめているいりすを、これまたるりあが面白そうに笑いながら見ている。
「姉上は村の守護神であるああああ殿の英雄譚を良く聞いていたからな。憧れの人物と母親が再婚するとあっては、流石に驚きもするというものか」
「おいるりあちゃん、その守護神っていうのは辞めてくれ。俺はそんな大層なもんじゃない」
「その様に謙遜される事はありません。前世でのアラタ様の活躍は、まだ幼かった私も覚えてしまう程村の皆から聞かされていました。それだけ皆から尊敬されていたああああ様は……」
その後興奮したいりすがああああの武勇伝をこれでもかと語り始め、アラタが恥ずかしくなって辞めてくれと頼みこむまで続いた。ちょっと、いやかなり歪んだ形だけど、家族団らんの時間を過ごせたような気持ちになる事が出来て少し楽しかった。
「気付けば長い時間話し込んでしまった様だ。魔王も回復した故、今一度呼ぶことも出来るが?」
「それならお願い。まだ聞いておきたい事もあるからね」
どうやら魔王は、姿を現していない間は少しづつ力を回復しているらしい。延々と使い減りするだけだと無闇に呼ぶわけにもいかないけど、そういう事なら話せるうちに話しを聞いておいた方が良い。
まず魔王に確認すべきことは、僕の力が引き継ぎ設定によるものだけで足りるかという事だ。次いで魔王が把握しているこの世界と精霊様の現状であり、昔の事や魔王が協力している理由なんかは出来る限り後回しで良い。
「勇者よ、よくぞここまで来たな」
「それはもう良いって」
「いや、先ほどまでのまがい物では無い、真の勇者が来たとなれば言わない訳にはいかんだろう」
その言葉だけで、懸念していた僕の実力という点は解消されていることが分かった。となればこの後は現状確認をしてから、今後の方針を決めていけば良いということになる。
魔王が言うには、時が来れば精霊様の力で抑えていた神族が勝手に向こうからこちらに攻めてくるらしい。今神族はアースガイアには居らず、当然僕たちの世界とも違う所にいるとの事で、こちらから攻め込む事は出来ないそうだ。
こちらの準備が整えば、精霊様に抑えるのを止めてもらって良いのではないかという案は却下された。というのも精霊様が抑えてくれているおかげで、相手の力も徐々に弱っているらしい。そうしてギリギリの所まで弱らせて、僕たちが確実に勝てる様にするそうだ。
逆に言えばそこまでしなければならないほどの存在という事であり、その事実に僕たちの間にも緊張感が高まる。
「時に勇者の妻とその血縁者よ。貴様らもこの戦いに参加するつもりか?」
当然だとばかりに2人は首を縦に振るが、それを見て魔王は顔を顰める。その様子を見た2人は不満の表情をはっきりと顔に出しながら決意を伝えた。
「今のユウリと私じゃ実力がかけ離れているのは分かってる。でもこの世界は私にとっても故郷だし、現状を見て見ぬ振りは出来ないよ」
「あたし自身はこの世界に思い入れは無いけど、2人が戦うのを黙って見てるつもりは無い。誰がなんと言おうと戦うよ」
「まぁ勇者の仲間とはそういうものだ。別に止めはせんし、加護がある以上勇者さえ死ななければなんとでもなるが……」
どうやら止めようとしているのでは無く、単に身を案じてくれているらしい。キャラ崩壊に関しては今更だし素直に有り難いんだけど、変なことを言い出さないかと何故か急に不安になってきた。
こういう時の嫌な予感というものは割と当たるものだし、魔王が何かを思いつく前に一旦話しを打ち切った方が良さそうだ。
「2人は僕が……」
「そうだな。勇者よ、2人にも少しばかり力を与えてやると良い」
「えっと……どうやって?」
「貴様の知識に無いのなら我が教えてやっても良いが、聞くか?」
魔王の怪しい企み顔が気になったので、一応2人には聞こえない様に耳打ちをしてもらう。案の定人に聞かせられる様なものでは無かったので、僕はこれまでの生きてきた知識やスキルを使ってどうにか2人を強くする方法を考える事になった。




