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最後の大陸

 本来のゲームにおける復活のパスワードは、必ず最後にセーブした地点である協会の中などからゲームが再開される。ただ魔法によって開かれた扉の先は全て街の中では無く、フィールド上のどこかに繋がっていた。


 この最後の大陸に繋がるパスワードもその類に漏れず、パッと見には何の目印も無い所に繋がっている。それでも僕たちは最初の調査ですぐにこの地点がどこか把握していた。


「あの祠も懐かしいね。まだ転移の魔法陣は稼働してるんだろうか?」


「多分してるんじゃないかな?あの街に世界中の人が集まってるんだとしたら、魔法陣無しじゃ移動しきれないでしょ」


「世界中の人か……あれで全部じゃないと良いね」


 ゲームをプレイしている時に会うことが出来る人物は限られているけど、描かれていないだけで実際にはもっと多くの人々がこの世界に暮らしている筈だ。それこそ名も無い村なんてのはそこら中にも存在しているし、そうでなければ労働力や食料供給が間に合うはずが無い。


 最初の調査で少しだけ見えた街の中は、非常に賑わっていた。ただ街の大きさからして世界中の人々を受け入れられる筈が無いのは分かりきっているので、僕たちの調査が及んでいない世界のどこかには、まだ少なからず人々が住んでいる筈なのだ。


「私が先頭で街に入るよ。後ろにユウリ、その後ろにアカリだ」


 街の前まで来た所で、ゲーム的に言えば僕たちの隊列を入れ替えた。街の人と話しをするにしても、見た目が1番大人なシイナが先頭に立っていた方が良いということ、そして僕は守られる存在ということで、2人の間に挟まれる位置に居るということを考慮した結果だ。


 ちなみにアカリさんは使い魔、もとい小型ロボットを抱えていて、その僕たちの様子をアイ達に送っている。このロボットを隠すという意味合いでも、この隊列は有効だった。


「……2人とも気を付けて。あまり歓迎されてない雰囲気」


 1番後ろに居るアカリさんが、小声で僕たちに忠告する。僕たちが街に入った途端、街中の視線が一斉に僕たちに向いてきたのだ。その視線は当然人間だけでなく魔物によるものも含まれているけど、シイナはその異様な雰囲気にもまるで気圧される事無く歩を進めていく。


「失礼。お三方はどちらの村から?」


 ある程度街の中心まで歩いてきた所で、1人の若い女が話しかけてきた。この瞬間言葉が通じないかもしれないという懸念は無くなった事になる。


 その女は一見すると丸腰で、一般人の様に見えるけど実態は全く違う。身体はよく鍛えてられているし、服の下には武器と防具が仕込まれている。


 そして僕たちは気付かない振りをしているけど、周囲は既に取り囲まれていた。眼の前の女は囮か、もしくはこの中で最も腕の立つ人物のどちらかという事だろう。


「私達は違う世界から来た。誰か私達に、この世界の現状を教えてはくれないだろうか」


 僕たちが何者かと聞かれた時の対応について正体を隠しておくべきか、勇者の生まれ変わりだと言うべきか、異世界から来たと言うべきか、僕たちは何度も議論してきた。


 最初に消された案は正体を隠すというものだった。誠実では無いというのもあるけど、それ以上に僕たちが互いの正体を隠していた事ですれ違っていたという実体験が大きかった。


 残った2択で後者を選んだ理由は、勇者の生まれ変わりであることを明かすという案に対して、アカリさんの断固たる反対があったからだ。その理由としてアカリさんは、アイ達が語った魔王を倒した後の出来事を理由に挙げていた。


「ユウリ達は……最後は追われる立場だったんでしょ?勇者が生きていたって知ったら、どういう扱いを受けるか分からないよ」


 その言葉は僕以外の3人には強烈に響いていた。実際に当時を知らない僕以上に、3人は辛い思いをしている。魔王は精霊様が勇者を探していたという様な事を言っていたけど、精霊様の意思が人間たちにも正確に通じているかは分からない。


 そうなると必然的に、勇者だと名乗らずに異世界人だと伝える事になった。嘘はついていないし、必要な情報だけを与えるにはこれしか無かった。


 ただ当然それにもリスクは存在している。この世界において異世界と言えば、基本的には魔王がやってきた魔界の事を指す。しかし今は魔物と共存しているので、そこは問題無いと思う。


 厄介なのは、勇者である僕やぁぃ達を襲ってきた正体不明の何者かの存在だ。明らかにこの世界の存在とは思えないその何者かは、異世界からの来訪者だと言って良いだろう。


 この世界の人達がその存在を認知しているか、していたとして仲間か敵か分からない。もし敵だったとして僕たちが同郷の存在だと思われてしまえば、その際には襲われてしまう可能性も存在する。


「異世界から……それを証明する事は?」


「出来ないとも。逆に、どうすれば信じてもらえるだろうか?」


「我々があなた達を信じる必要はありません。こちらの言葉に従って頂けなければ、実力行使をするだけです」


「ならば出来る限り従うとしよう。要求はあるだろうか?」


「服を脱いで、武器を持っていない事を示して下さい」


 途中の雰囲気から予想はしていたけど、やっぱりそう来てしまったか。武装解除そのものは致し方ないとは言え、出来れば両手を挙げる程度のもので許してほしかった。


 何故ならこの手の話になった時に、絶対に言うことを聞けない人がこちらにはいるのだ。


「従えません。どうぞ、実力行使に来て下さい」


「……今何と?先程出来る限り従うと」


「従えないって言ってんの。女3人を大勢で囲っておきながらそこまでしなきゃいけないほど弱いなら、あたし達があんたの言う事を聞く理由も無いって話」


「お前達、その女を捕えろ。他の2人は少しの間見逃してやれ、こちらの力を見せれば黙って従うだろう」


 一応僕とシイナの事は見逃してくれるみたいだけど、多分その必要は無い。


「アカリさん、例え魔物でも殺しちゃ駄目ですよ」


「善処する。このロボットは代わりに持っといて」


 僕がロボットを受け取ると、アカリさんは一歩前に踏み出した。その瞬間、これまで隠れて包囲していた兵士や魔物たちが続々と姿を現した。


「来るなら早くして。あたしは見ての通り丸腰だけど、本当に裸になるまで近づかないつもり?」


「馬鹿な女だ。素直に言うことを聞いておけば、少し恥ずかしい目に会うだけで済んだのによ」


 その兵士の一言でいとも簡単にアカリさんの怒りが頂点に達した。ゆっくりと兵士の元に歩いていったかと思えば、その腹部をただ力任せに殴りつける。その拳は容易く鎧を打ち抜いて鳩尾に突き刺さり、兵士は言葉も無くその場に崩れ落ちる。


「こいつ、武闘家か!だがいつの間に単体強化呪文を!?」


「油断するな!まとめてかかれ!」


 1人を瞬殺したことで一気に警戒が強くなるけど、それでも全くアカリさんの相手にはならなかった。兵士たちは手も足も出ないままに倒されてしまい、あろうことか魔物が持っていた巨大な木槌による攻撃も素手で防いでいた。


 それだけ圧倒的な力の差を見せつけて尚、アカリさんは余裕の表情を崩さない。これでもまだ本気では無いと察した兵士たちの心は折れてしまった。


「見ての通りあたしは武器を持っていないと示したけど、2人にも同じ様に示してもらう?」


「その必要は無い。悪いがここまでされた以上、お前達を拘束させてもらう」


 アカリさんの行動は当然女の敵愾心に火を付けてしまっていた。これだけ圧倒したにも関わらずまだ戦いを挑む姿勢は単なる無謀か、余程の自信があるという事に他ならない。


 既に女性は自身に単体強化呪文と単体防御呪文を掛けていて、油断なく武器を構えている。それだけで、戦闘訓練の授業を受けている特待生達よりも遥かに強いという事が伺えた。どうやら無謀ではなく、自信があるからこその行動だったらしい。


「待ってくれないか。私達は争う為にここに来たわけでは無い。こちらの非礼も詫びよう」


「それなら相応の態度があるだろう。まずそちらの女が使っている妙な呪文を止めさせろ」


 妙な呪文とは、アカリさんが使っている強化魔法と硬化魔法の事だった。似たような呪文がアースガイアにも存在しているとは言え実際には別物であり、事実他の兵士たちは勘違いしている程だった。それを見抜くということからも、やっぱりこの女性は只者では無い。


 シイナがアカリさんに目配せして魔法の使用を止めさせると、合わせて女性も自らにかけていた呪文を解いた。相変わらず警戒はしている様子だけど、一応こちらの話しを聞くつもりにはなってくれた。単純に敵愾心を煽られたというだけでなく、アカリさんに話しが通用しないなら何としてでも止めないといけないというつもりだったようだ。


「不本意だが、その謎の呪文と実力を見せられては、異世界から来たというお前達の言葉を信じる他無い。名前は何と言う?」


「私はシイナだ。先程戦っていたのはアカリ、こっちの子供はユウリだ。貴方の名前も教えてくれないか?」


「いりすだ。この街の兵士たちを纏めている」


 その名前を聞いた途端シイナの身体がピクリと反応したけど、それ以上いりすの事について探ったりはしない。


「付いてこい。この街の実質的なリーダーの元に連れて行ってやる」


「良いのか?」


 いりすは質問に答えず黙って歩いていってしまう。いりすの立場からしても街中を好き勝手歩き回られるより、自分の目が届く所に居てもらったほうが良いという事んなんだろう。僕たちにはその後をついて行く以外の選択肢は無く、素直に案内されることにした。


 向かった先はこの街の教会だった。中にはお祈りをしている街の人と神父、そして神父に似た格好をした老人がいる。多分その老人こそがこの街のリーダーなんだろうと直感で分かった。


「神官様、少しよろしいでしょうか?」


「……外が騒がしかったようですが、そちらの方々と関係があるようですね?場所を移しましょう」


 神官様と呼ばれた老人はこちらの話しを聞くまでも無く事情を察し、別室に案内してくれた。かなり高齢に見えるけど足取りもしっかりしているし、その目には揺るぎない力強さが見て取れる。


「こちらの3人は異世界から来たと自称しています。実力を試した所、兵士たちでは手も足も出ませんでした」


「それはそうでしょうね。この方々は……特にこちらのお嬢さんは特別な力をお持ちのようだ」


 神官はシイナでもアカリでも無く、僕のことをじっと見つめている。その視線に既視感を抱いた瞬間、僕はこの老人を知っているという事に気付いた。


 この神官は、転職を司る神殿に居た人物だ。それもただの神官では無く、当時責任者として僕たちに魔を払う宝玉の情報をくれたあの人に間違いない。20年という年月で年老いてしまっているけど、この人の目を僕ははっきり覚えている。


 これは正直に言ってかなり際どい状況だ。この神官には僕に宿っている勇者の力の存在も、簡単に見抜かれてしまう。僕たちが議論の末にその事を隠していたのに、それが全く意味を成さなくなってしまうのだ。


「まさか、2度も勇者様にお会いすることが出来るとは思っても居ませんでした。これも精霊様の導きなのでしょうか」


 ただ僕が気付いた所で、神官の言葉を遮ることは出来なかった。無理に遮った所で結局不審に思われてしまうだけだし、神官がその気になればいつでも伝える機会はあるのだ。


 それだったらやっぱりこの人の口から真実を伝えてもらったほうが良い。それにこの場で口にするんだったら、勇者の扱いもそこまで悪いものにもならない筈だ。もし忌み嫌われているなら、裏でこっそりいりす達に伝えて暗殺でもした方が良いのだから。


「やっぱり神官様はお気づきでしたか。あの頃から変わらない、素晴らしい目をお持ちでいらっしゃる」


「おぉ、姿が変わられて尚私の事を覚えていて下さったのですね。精霊様にお声掛け頂いた時に、勝るとも劣らない喜びでございます」


 神官様は感無量とばかりに両手を合わせて祈り始めている。どうやら懸念していた程、勇者の存在は悪く扱われていない様で、こればかりは僕も一安心だ。


 ただその横で、いりすが呆然と立ち尽くしているのが目に入った。勇者に刃を向けた事に気付いて叱責を恐れているのかと思ったけど、全くそんな事は無かった。それどころか全く予想だにしていなかった言葉がその口から溢れる。


「こんな少女が……私の父さんだった人なの?」


 シイナが俯きながら頭を振っている。いりすという名前に反応していたのってつまり、自分の子供と同じ名前だったからなのか。ということはこの女性は僕とシイナ、正確には勇者あと賢者いの娘ということでもあった。

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