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人間と魔物と

 翌日、アースガイアの調査を行う前に昨日3人で話していた事を、アラタとシイナにも伝えておく。予想通り理解は出来るけど納得していないと表情ではあったものの、そもそもの方針として可能な限り敵対しないというものがあるので受け入れてくれた。


「もし会話をする事になったら、その時はユウリに頼むよ。私じゃあ多分、敵意むき出しになっちゃうからね」


「分かった。人間相手には予定通りシイナが話してね」


 僕とシイナで担当を分けることにして調査を開始する。昨日タンクを大量に準備したので、1日中扉を開いていても魔力は足りるはずだ。自前の魔力も合わせれば、多分明日の午前中ぐらいまでなら継続して調査が出来る。シイナの予定も明日までという事で、丁度そこが今回のタイムリミットだ。


 まず最初に昨日調べた街を改めて見に行くことにする。案の定魔物がずりずりと建物を這って掃除していて、特に変わった所は見られない。変化がないという事を確認できたので、すぐに次の場所に向かうことにした。


 その後も扉のパスワードを変えつつ他の街も調査し、午前中のうちにこれまで見つけた街の全てを確認していく。途中でこちらの部屋に魔物が出現する事もあったけど、その全てはアカリさんがすぐに葬り去っている。何度も見た魔物の動きと弱点は既に把握しているので、1人に任せてしまっても全く問題にならなかった。


 一旦休憩を取るために扉を閉じ、実験室の中で僕たちはお弁当を開いていた。食堂に行っても良かったんだけど、移動に時間が掛かってしまうし調査の事を外で話すわけにもいかない。アカリさんとアイの分は当然僕が用意し、アラタとシイナは弁当を持参していた。


「まさか本当に魔物が掃除しているとはね。やつらは一体どういうつもりなんだ?」


 昼休憩中に午前の調査で分かった事を纏める中、シイナは信じられないと頭を振っていた。魔物と話しをするつもりでいた僕たち3人ですらその光景が信じられなかったのだから、シイナが感じた衝撃は計り知れない。


 あの最弱で名高いゼリー状の魔物が、雑用として各地に派遣されているというのはまだ分かる。ただその魔物が出現しないエリアに存在する街は、全く別の魔物が建物の保全をしていたのだ。


「しかもすぐに姿を消したって事は、街に住んでるって訳でも無さそうだ」


「これは否が応でも、魔物側からも話しを聞く必要がありそうだね」


 アースガイアの人間が既に滅んでいるという可能性も現実味を増すと同時に、ならば何故魔物があんなことをしているのかという疑問も強くなる。そもそも建物なんて魔物には必要無いものの筈であり、それを残しておく事に何の意味があるというのか。


 午後の予定は、その事を踏まえて遂に最後の大陸に向かうことにした。これ以上は漫然と調査したところで推測が積み重なるだけだと判断せざるを得ない。現状から次に進むためには、人間か魔物かに関係なく会話による情報収集が必須だ。


「ところでユウリ、今更だが本当に言葉が通じるのか?」


「絶対とは言えないけど、この世界以外の色んな言語を知ってるからね。可能性はゼロじゃないと思う」


「ま、私達は勇者様の能力を信じるだけなんだけどね」


 正確には勝手に翻訳されるので、言語を知っている訳では無い。それでも相手に会話をするだけの知性が存在しているのなら、その言葉は翻訳されるので問題ないはずだ。


 改めて準備を済ませて最後の大陸に繋がる扉を開く。アースガイアは何度も調査をしているけど、ここの扉を開くのは始めてなので全員が警戒していた。


 扉が開かれた向こう側の景色はとても綺麗なものだった。最初に訪れた時の様な吹雪は全く無く、雪は完全に溶けきっている。あまりに穏やかな景色なので、繋げる場所を間違えてしまったかと思うほどだ。


「こんな所に魔王が居たって本当?あたしがイメージしてたのと随分違う」


「逆にこんなに良い所だから、真っ先に魔王は攻めたんじゃないかな。ちなみに、ここは間違いなく最後の大陸で合ってるみたいだよ」


 アイは測定器が示すデータから、この穏やかな景色は間違いなく最後の大陸のものだと断言した。ならばこの大陸の中央には街が存在する筈なので、そこへ向かっていつものロボットを移動させる。その間も実験室には魔物は現れず、何の問題も無く街に辿り着いた。


「おいおい、嘘だろ?どうなってるんだ?」


「本当にここは私達が居た世界なのか?」


 街の様子がモニターに映った瞬間、アラタとシイナはそう声を漏らしていた。2人だけでなく、僕たち3人も驚いていたけどその反応は逆のものだ。


「やっぱり、悪い魔物じゃなかったんだね」


「これなら話しも聞けそうじゃない?」


「皆落ち着いて、まずは様子見からだよ」


 その街では間違いなく、人間と魔物が共存していた。見間違いなんかでは無く、どちらか一方が従属しているという訳でも無い。言葉が通じていない魔物もいるのか、身振り手振りで互いにコミュニケーションをとる姿は、かつて殺し合っていた間柄とは思えない。


「魔力反応!この部屋にでかいのが来るよ!」


 タイミングの悪いことに、その街に入ろうとした所でアイの声が響いた。僕はロボットを一旦街から遠ざけて、部屋の中に現れる魔物へと意識を集中する。これまで倒してきた魔物と違い、最後の大陸で出現する魔物の強さは一線を画す。アカリさんの実力なら大丈夫だとは思うけど、初見の敵ということでもあるので警戒する必要がある。


「マジで……どうなってんだよ!何でお前が出てくるんだ!」


「……こいつ、今までと違ってヤバい感じがする。もしかしてアレが?」


「そう、見間違う訳が無い。アレが以前僕たちが倒した魔王だよ。だけど……皆待って!まだ攻撃しないで!」


 魔王の輪郭は既にほとんど出来上がっているけど、実体化にはまだ時間が掛かりそうだ。この時点で攻撃してもダメージを与えられないという事はこれまでの調査でも分かっている。


 ただ攻撃するなという指示はそういう意味では無く、実体化した後も攻撃をしないでくれという事だ。とてつもなく危険かもしれないが、これは元々調査方針として決められていた事でもある。


 現れるのが言葉の通じない魔物であったなら、こちらから攻撃をしてしまっても問題はなかった。野生動物に襲われた際に身を守るために攻撃をしても、動物愛護がどうのと責められはしないだろう。


 しかし相手が魔王となれば話しは別だ。例え危険な存在であったとしても、言葉が通じる相手であれば会話を試みる必要がある。テロリストを制圧する前に交渉の場を設けるのと同じだ。そしてその会話の相手が人間以外であった場合、話しをするのは僕の役目だった。


「大丈夫、魔王はいきなり襲ってきたりはしない。以前もそうだったでしょ?」


 残虐という設定の中にも、製作者の優しさが垣間見える一面を持っているのがこの魔王なのだ。つまり1度だけなら会話の機会がある。それを逃してしまえば、恐らく死闘を繰り広げることになるだろう。


「我は魔王。よくぞここまで……いや、ここは我の城では無いな。あやつが呼び出したという訳でも無さそうだが……?」


 現れた魔王も見慣れぬ景色に混乱している様子で周囲を見渡している。しかし僕たちの存在に気付き、その中でも僕の事をじっと見つめてきていた。


「貴様……まさか勇者か?そうか、姿を変え生き延びていたか。ならばあの精霊の探しものも見つかったという訳か」


「確かに僕は勇者だった存在だ。久しぶり……で良いのかな?」


 魔王は勝手に1人で納得しながら頷いている。一応話しが通じそうな雰囲気でもあるので、なるべくフレンドリーに接して敵意が無い事を見せておく。


「貴様ら人間の感覚で言えば久しいと言うのだろうな。我からすれば20年など大した時では無いがな。だがこれでようやく反撃出来るでは無いか。貧弱な人間如きと手を組むのは耐え難がったが、貴様がいるのなら……」


「ちょっと待って!反撃って何?今の魔王は人間に手を貸してるの?精霊様は今どうしてるの?」


「む……?貴様、精霊の指示で動いていた訳では無いのか?」


 僕の予想通り魔王と会話をすることは出来たけど、今の魔王にはどうにも違和感がある。この僅かなやり取りでも魔王はとても多くの情報を語っていたけど、確認しなくてはいけない事が多すぎた。


 魔王の言葉を信じるのなら、魔王は今人間たちと手を組んでいる。しかも精霊様とも面識が有るようで、恐らく精霊様に何か要請されている様子だった。その辺りに関しても詳しく聞いておかなければならない。


「なるほどな……ならばその話しは直接人間共に聞くが良い。我はこうしているだけでも力を消耗している。決戦の時まで温存しておかねばならんのだ。ではな」


「え?ちょ、ちょっと!?」


 僕が様々な質問を投げかけると、魔王はそれだけ言い残して姿を消してしまった。魔力の反応も完全に消え去っているみたいで、アイも呆気に取られつつも首を横に振っている。と思ったら再びほんの少しだけ魔力の反応が復活した。


「それと貴様ら、あの様な使い魔では敵と見間違われるぞ。しっかり己の姿を見せることだな」


 突如部屋中に魔王の声が響きこちらに注意してくれた。使い魔というのは、恐らく僕たちがアースガイアに送り込んでいるロボットの事だろう。確かに見たことも無い物体が動き回っていたら、怪しまれるのも仕方がない。


 というかあの魔王は、この事を教える為にわざわざ貴重な力を使って知らせてくれたのか。残虐設定はどこかに消えさり、気の利く良い魔王になってしまっているな。


「……色々と腑に落ちない事は多いが、行くしか無さそうだな」


「誰が行くの?話の流れ的にユウリは確定だろうし、ユウリを守るためにあたしは絶対付いていくよ」


「人間と話しをするっていうことなら私も行かないとだな。アラタとアイはこちらに残って、万が一に備えていてくれ」


「分かった。だがその前に一旦扉を閉じて準備をしておいた方が良さそうだな」


「そうね。今日は長丁場になりそうだもの。残業の申請もしておかなきゃね?」


 時計を見ると終業時刻はまだ先ではあるものの、この後の事を考えるとまず間違いなく定時を過ぎてしまうだろう。そうなる前に申請を出しておかないと、強制的に退去させられる事になってしまう。いくら所長のアラタが居ると言っても、ルールには従わなければならない。


 残業の申請を出して夜食なども買い込み、徹夜仕事になってしまっても問題無いというところまで準備を済ませた。これでようやくこちら側の準備は整い、いよいよアースガイアの人々と初対面する時が来た。


 魔王は僕たちと戦ってから20年ほど経っていると言っていた。20年という時間が長いのか短いのか、それは単純に経過時間だけでは計ることが出来ない問題だ。平和な時代で何も事件が起きていないのか、動乱の時代を生き延びるのに必死だったのか、それだけでも大きく感じ方は違う。


 ただ僕たちの名前を忘れ去るというのにはまだ早すぎるだろう。それにもし無事であれば、いとぁぃが生んでくれた子供たちが生きていてもおかしくは無い。親だと認めてもらうことは出来なくとも、何かしてあげられる事があればしてあげたい、なんていうのは身勝手な想いだろうか。


「覚悟は良いか?扉を開くぞ」


「3人とも気を付けてね」


「大丈夫。誰が相手でもあたしが必ず2人を守るから」


「……流石にちょっとばかし緊張するね。よし、それじゃあ行こうか」


 これまで何度も見てきた扉も、いざこの先に踏み出すとなると全く違ったものに見えてくる。そうして僕はユウリとして初めてアースガイアの大地を踏みしめた。

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