街に住むもの
ある程度調査が進んでからは毎回シイナが参加するという事は無くなっていたので、久しぶりに5人が集まり扉を開くことになった。当然今回の目的は現地人を探し出して接触することにある。
ただ扉を開けていられる時間も伸びているとは言え、1度でそこまで進められるかは分からない。街の中に人々が残っているか、まだ確認出来ていないのだ。それを確認してからシイナを呼んだほうが良さそうな気もするが、その途中で不意に接触してしまっては不味いので、1度接触に成功するまではシイナもこちらに参加し続ける事になる。
「よし、開けるぞ」
すっかりこの扉を開けることにも慣れているが、今回ばかりは少し緊張感がある。それでも魔法の発現に失敗するなんてことは無く、無事に扉は開かれた。
「それじゃあこの子を送りますね」
僕は小型の四足歩行ロボットを魔法で遠隔操作しながら扉の向こうに送り込んだ。既に人間がアースガイアに乗り込んでも問題ないと思われるところまで調査は進んでいるけど、今回は何が起きるか分からないという事で、生身で乗り込む様な事はしない。
こちらの部屋ではアイはいつも通り各種機械を操作しながら状況を観測し、アカリさんは魔物が現れた時に対処するべく警戒している。シイナとアラタは僕の傍で、ロボットから送られてくる映像と音声を確認しながら指示をだしている。
「これだけ近づいても、何の音も聞こえてきませんね」
これまでの調査でも外から集音器などを使って街の中の様子を確認したけど、特に何の結果も得られていない。その事もこの街に人が住んでいないという根拠にしていたけど、改めてこの目で確認するまで確証とは言えなかった。
魔物対策として街の側面には高い防壁が設置されている事が多く、正面の入り口にまで行かないと中の様子を見ることが出来ない。壁をよじ登る事も出来るには出来るけど、今回は現地人との接触が目的なので、堂々と正面から入る事にする。不法侵入してくるような輩を、歓迎しようなどとは思わないだろう。
「やっぱり……誰もいないみたいですね」
ロボットに搭載されたカメラや集音器等で周囲の状況を確認しても、やはり何の反応も無かった。ただ事前の予測通り街の内部はほとんど荒れた様子は無く、つい最近までは人々が住んでいたかの様な雰囲気を残していた。
「ユウリ、街の隅に行ってみて。微弱だけど魔力の反応がある」
僕たちは映像と音に集中していたけど、アイはロボットに備え付けられたその他測定器の様子をずっとモニターしている。その測定器が微弱ながら反応した事をアイは見逃さなかった。
向かう先は路地裏の奥で、人が住んでいてもわざわざこんな所に来る人はいないだろう。しかもそこから検出されたのは魔力反応という事で、間違いなく何かがあると考え慎重にそこへ向かった。
「あれは……魔物だな。一体こんな所で何を?」
そこに居たのはこの世界で最も弱いとされる、青いゼリー状のあいつだった。周囲には誰もいないので、人間を襲っているという訳では無さそうだ。
「いやそれ以前に、人を襲う以外の目的で魔物が現れる事ってあるのか?勇者様はその辺何か知ってるのかい?」
シイナの疑問も最もだが、ゲームの続編では魔物を仲間にしたり、或いは悪意を持っていない魔物と共存している人も少なからず居た。でもこの世界ではそんな事は無かった筈だし、こうしてシンボルエンカウントの形で現れるかというのも考えられなかった。
「少し様子を見てみよう。近くに人が隠れているのかもしれない」
もし襲われそうになっているのだとしたら、この程度の魔物なら今操作しているロボットでも簡単に倒すことが出来る。威力は多少落ちてしまうけど、ロボットを介して遠隔で呪文を放つ事が出来るのだ。
しかしこの魔物は建物に張り付いて隅から隅まで移動していき、一つの建物を一周したかと思えば次の建物に移動していく。その行動の意味はしばらくの間分からなかったけど、数件の建物を移動した所で魔物が何かを吐き出した。
「何だこれ?」
「魔力の反応は無いよ。構成されてる物質は……木くずと砂がほとんどだね」
「ねえ、これってもしかして掃除してるんじゃない?」
それまでずっと黙って見ていたアカリさんが指摘し、改めて魔物が通った跡を確認する。その指摘通り、魔物が通った跡には砂埃などはほとんど付着していなかった。
「まさか、偶然だろ?あんな身体だから、勝手に汚れがくっ付くだけじゃないのか?」
「でもそれにしては、どの建物も全然汚れてないよね。外から見た時に風化してない様に見えたのも、あの魔物のおかげだったのかも」
「どちらにしても害は無いみたいだし、放っておいて良いだろう。次の街に行ってみよう」
この時にはまだその魔物に対して半信半疑だったけど、次の街に向かった事で魔物に対する評価が変わった。最初に調べた街よりも大きいその街には、3匹もの魔物がやはり建物をはいずり回りながら掃除をしていたのだ。
「やっぱりこの魔物は街を維持するために動いてるんだよ。何か可愛いし、良い魔物なんじゃない?」
「良い魔物か……本当にそんなのいるのか?これだって、魔王の何かの作戦とかじゃないのか?」
アカリさんはすっかりこのゼリー状の魔物の事を気に入ってしまっているけど、アラタとシイナはそうはいかない。なにせこの魔物は弱いとはいえ、それでも人を襲う危険な存在である事には変わりないのだ。特に実際に戦っていたからこそ、その考えを簡単に改める事は出来ない。
「そろそろ時間よ。今日の所は一旦引き返しましょう」
扉の限界時間が来てしまった事で、中途半端な所で今日の調査を終えてしまった。結局現地人を見つけることは出来なかった上に、何故か魔物が街を掃除して回っているという謎まで増えてしまった。
「あの魔物に言葉が通じれば情報が引き出せたかもしれないんだがな……」
「そういう魔物はいないのかい、勇者様?」
「……2人も言葉が通じる魔物には出会ってる筈だよ。2つの国の王様を乗っ取ってた奴らがそう。あとは魔王もかな」
「言葉は通じても、会話が出来るか分からない奴ばっかりだな。一定以上の力を持ってる魔物なら可能性があるって事か」
「それなら街を一通り調べた後は、強い魔物を探して話しを聞くって事だね?」
危険だけど、アカリさんの案を採用する以外に進展させる術は無さそうだ。強い魔物を探すということは、必然的に最後の大陸へ向かうという事にも繋がる。そして魔王が居るとすればそこだろうという事も考慮して置かなければならない。
「まぁ元々調べに行くつもりだったんだし、やる事が1つ増えただけと思っておくとしよう。俺達は明日すぐにでも行けるが、シイナはどうなんだ?」
「私もその方が都合が良い。明後日まで予定は空けてるから、そこまでには何かしらの成果が欲しいな」
「そうと決まれば、僕とアカリさんで魔力タンクの式を補充しとくよ。アイ、悪いけど今日の残りの業務は……」
「分かってる。でも無理はしないでね」
魔力タンクは仕様上、どうしても大量の魔力を消費するので1つの式に魔力を満たすのは大変な重労働になる。僕のように魔力が尋常じゃないほど多いか、アカリさんの様に魔力の回復が早い人で無いと1つのタンクを魔力で満たすのに数日は掛かってしまう。
それを明日までに出来る限り多く用意しておく必要があるので、僕たちは残りの時間はずっと実験室に籠もり作業をしていた。
「ねぇ、ユウリはあの魔物についてどう思う?」
「悪いやつには見えませんでした。魔王の支配が弱い魔物が人間を襲わず自由に生きるという事も充分に有りえますけど……多分そうでは無いでしょうね」
「やっぱり何か思う所があるんだね?」
「2人は……もしかしたらアイも、魔物や魔王が善良である可能性を否定すると思ったので、あの場では言いませんでした」
僕は魔物と共存、あるいは手懐けて共に戦うという世界を知っている。でもゲームの知識を持っているアラタですら、その可能性は考慮せず魔物の善性を疑っていた。
「あたしも、少なくともこの部屋に現れた同種の魔物とは違う気がした。もしかしたらあの子達もこっちに気付けば気が変わって襲ってきたのかもしれないけど……どうにもそういう雰囲気じゃなかった気がするんだよね」
アカリさんはモニター越しの魔物の殺気も感じることが出来るのだろうか。家でも扉越しの部屋で何が起きていたか察知しているぐらいだし、それぐらいは出来るのかもしれない。僕みたいなチート能力持ちでは無いはずなのに、本当にこの人は凄いな。
「あ、また年長者面してあたしの事評価してるな?」
「本当に凄いですね。何で分かるんですか?」
「ユウリの事なら何でも分かるよ。次に言うセリフも当ててあげようか?」
「「いや、怖いんで辞めておきます」」
僕は背筋がゾッとした。昔見た漫画で似た様なことをするキャラが居た気がするけど、現実でやられるとめちゃくちゃ怖い。アカリさんだったからまだ良かったものの、見知らぬ他人とか敵だったらこの時点で心が折れてしまいそうだ。
「うわ、本当に当たっちゃった。やっぱりあたしとユウリは心が繋がってるんだね~」
「一方的に繋がってこないで下さい!僕にアカリさんの心は読めませんよ!?」
こんな冗談を言いながらも、2人で終業時間までタンクを量産していく。流石の僕も多少疲れを感じたけど、それでも一晩寝れば完全に回復してしまう。アカリさんの回復速度は凄いけど、1度に回復している量では僕の方が多いだろうし人のことは言えないかもしれない。
「2人とも流石に疲れたんじゃない?今日は私がご飯を作るよ」
家に帰ると珍しくアイがそんな提案をしてきた。アカリさんの心は読めないけど、アイは結構分かりやすい所がある。こういう時は決まって何か話したいことがあるのだ。
「実はちょっと2人に聞きたいことがあるんだけど……」
「何?もしかして今日の調査の事?」
「うん。あの魔物たちの事なんだけど……ううん、あの魔物だけじゃなくて、もし魔王がいるなら話しを出来ないかなって。危険なのは分かってるけど……」
どうやらアイも僕達と同じ考えを持っていたらしい。単純に魔王と話せるロマンなどでは無く、魔王だって侵略しようとしている世界の事は調べているだろう。もしも話しが聞けたとすれば、大きな情報源になるはずだ。
ただ魔王が本当に居たとして、僕たちに協力してくれるとは限らない。もしかしたら既に人間は滅ぼされた後で、家を掃除していた魔物も乗っ取った街を再利用するために遣わされているという可能性もある。
「大丈夫だよ。あたし達も同じ話をしてた所。悪いやつには見えないねって」
「まぁこっちから攻撃しない決まりになってるから、結局相手の出方次第になるけどね」
「じゃあ2人にも私達の意見を伝えておかないとね。2人は……どう思うかな?」
やっぱりアイはその事を不安に感じていたみたいだ。2人とも話せば分かってくれるとは思うけど、心がどう思うかは分からない。
いずれにしてもまだ少しだけ時間はある。魔王が居たとして、接触するとしてももう少し現地調査を行った後だ。その間にアラタとシイナにもきちんと話をしておいて、僕たち全員の意思を統一しておこう。




