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扉の先へ

 アースガイアの調査は長期に渡って継続され、気付けば調査チームを結成してから丸1年が経とうとしていた。その間に多くの地点に繋がるパスワードも見つけ出し、アースガイア側に観測機を持ち込んで、向こうの地形データも広く収集出来ている。


 ただそれだけ調べたにも関わらず、現地人はまだ見かけた事はなかった。街の様なものはいくつか見つけているけど、現地人との接触は許可が降りていないので遠くから観察しているだけだ。それにしても街の中から冒険者や行商人が出てくる瞬間を1度も見ていないので、もしかしたら既に捨てられた街という可能性もある。


「ただそうすると、人が住んでいる場所は大分減ってしまっている事になるな」


「それにしては風化していないように見えるけど……あたしには、街が捨てられたのはつい最近っていう風に見えるかな」


 見つけた街も四六時中監視している訳では無いけど、1年間も観察し続けて1人も見かけないというのは流石に考え難い。アカリさんが言うようにどの街も捨てられたというのなら、出て行った人々はどこかに集まっている筈だ。


「まだ接触の許可は出ないの?」


「残念ながらな。上の人間は考えることも多いし、調整に時間が掛かるものなんだ」


「どっちにしても、まずは誰でも良いから見つけないと交渉の余地も無いんだけどね。少し寂しいけど、むしろもう誰もいなくなっちゃってるっていう方が調査はしやすいんだけどな」


 アイは冗談めかして言っているけど、それが本心で無いというのはこの場にいる全員が分かっている事だ。自分の子孫たちが既に居なくなっているなんて事は考えたくないけど、現状ではその可能性も少なからずある。今のうちからその可能性を頭に入れておいたほうが、本当にそうだった時に心の傷が小さく済むと考えているのかもしれない。


「ところでアラタ、アースガイアからこっちに繋がる魔法式は出来た?」


「何とかな。ユウリの力が無ければ完成はいつになったことやら……本当に助かったよ」


 これまで扉を開いてきた魔法式は全て、こちら側からパスワードを入れた地点に繋がるという魔法だ。万が一にもアースガイアに取り残されたら、残った人に扉を開けてもらうしか無かった。なのでこの研究所の実験室に繋がる扉を開く魔法式を開発して置くことで、万が一取り残されても自力で帰って来る事が出来る様になる。


 ちなみにこの魔法は、どこからでもこの部屋に繋がるという内容の魔法になっているので、例えば僕の自宅でこの魔法を使うと直接この部屋に来ることも出来る。とんでもなく利便性の高い魔法なんだけど、この世界の在り方や交通事情の全てを破壊してしまいかねない魔法なので、今後数十年は一般公開される事はないだろう。


「パスワードも判明した分はほとんど調べたけど……となると、ついに最後のパスワードを入れる時が来たかな」


「最後のパスワード?そんなの聞いてなかったぞ?」


「使うことは無いと思ってたから言わなかった。このパスワードは多分最後の大陸に繋がってるから、これまでと比べて危険度は段違いだよ」


 かなりの広範囲を調べたアースガイアの中で、唯一手つかずの場所が最後の大陸だ。魔王が居た大陸であり、強力な魔物が多く出現する危険地帯という事で、いきなりそこに繋がるパスワードを使う事は無いと考えていた。


「あそこか……確か最後は吹雪も止んでいたが、今はどうなっているだろうな」


「あの大陸は癖が強い魔物が多かったよね。勇者様が対処法を知らなかったら、何度も全滅してたと思う」


「アイがそこまで言うなんて相当だね。でも今なら、それ用の対策呪文も作れるでしょ?」


「勿論。あそこに行く可能性も考えてたから、既に魔法式の下地は作ってあるよ」


 僕たちは当然の様に魔法式を作りまくっていたけど、これを全部申請したらとてつもないボーナスが手に入る筈だ。それこそ以前アイが言っていた様に、仕事を辞めてしまっても問題無い程の金額になることは間違いない。


 ただあまりやりすぎると、国から危険人物扱いされてしまいかねない。功績以上に、これだけ多様な魔法式をほとんど時間も掛けずに作り出す人物を野放しにしては、国の安全上良くないというのは僕でも分かる。


「そこを調べるのも良いんだけど、精霊様についても何か調べられないかな?」


「精霊様か……加護があったおかげで僕たちは痛みも無く戦えた上に、死んでも生き返れたし、あれほどの力を持った存在が今どうしているかっていうのは気になるね」


「だが調べるにしても、当時から何も情報は無かったしな……死んでも生き返れるなんて、転生者の俺からしたら、そういうもんかという程度の認識でしか無かった」


 自分は異世界に来たんだと自覚していれば、ここはそういう世界なのだと簡単に納得してしまえると僕は身をもって知っている。そしてこれまたアカリさんは精霊様について知らないので、この機にアースガイアについてまだ語っていなかった設定を話しておく。


「その精霊様、多分まだいると思うよ。今まで魔物を処理してた時、あたしは1度も痛みを感じたことは無かった」


「本当?でも精霊様の加護は勇者様のパーティ以外には……ってそうか。ユウリが勇者様だから何もおかしくないか」


「でも勇者だったのはあの時だけで、この世界の僕は変哲のない普通の家の生まれだよ?どうして精霊様がただの女の子に加護なんて……」


「それなんだが、ユウリの魔力はアースガイアから流れてきたものだろう?もしかしたら、その魔力は元々勇者のものだったんじゃないか?」


 アラタの推測は何の根拠も無い。ただ根拠は無いながらも、状況的には充分に有り得そうな推測だった。アースガイアで元の僕の身体が死に、加護を与えていた精霊様はその力を回収して次の勇者を探していた。そんな時に次元の扉が開き、その向こうの世界で勇者の魂を持つ僕を見つけて力を授けた、と言った所だろう。


「じゃあ次の調査の時に確認してみよう。適度な強さの魔物が現れたら、まず僕が攻撃を受けてみるよ。それで痛みを感じなければ精霊様の加護が働いていると……痛った、何でつねったんですか?」


「いや、加護があるなら痛くないかなって……」


「流石に扉が開いてないと精霊様の力も届かないんじゃないか?」


「それもそっか、ごめんね」


 アカリさんは絶対わざとやっている。つねった場所が僕のおしりなのもただセクハラしたかっただけだと思う。


 こうして次の目的は精霊様の加護の確認、そして最後の大陸の調査と順番に進めていく事になった。ただ以前の様にステータスが見えている訳でも無い上、もしも加護が無かった場合に魔物から攻撃を受けてしまうと結構まずい。


 という訳で最も弱い魔物が出てくるまで何度も扉を開き、そこからちょっとずつ強い魔物が出てくる場所に移動して効果の程を確認していく。結構時間は掛かってしまったけど、アラタの推測通り扉が開いている時は、確実に精霊様の加護の影響を身に受けていた。


「当然攻撃を受けないに越したことは無いが、これで最後の大陸に行くのも少しは安心だな」


「ユウリ、どうしたの?もしかしてどこか怪我でもしてた?」


「いや、それは平気なんだけど少し気になる事があって……改めて3人の最後の記憶を思い出したら、ちょっと違和感があるんだよね」


 僕は突然抱いた違和感について3人に説明した。精霊様の加護がある間は死んでも棺桶の状態で保存されるし、パーティが全滅したら最後にお祈り(セーブ)した地点からやり直す事になる筈だ。


 ただ3人が最後にどこでお祈り(セーブ)したかは知らないけど、そうならなかったという事は、その時既に精霊様の加護が無かったという事になる。


「もっと言えば、加護が有る限り疲れとか普通の病気だって無くなる筈。なのに僕は体調を崩して動けなくなってしまったという事は、その時点で加護は無くなってたって事だよね?」


「そうだと思うけど……何が問題なの?魔王を倒したんだから加護は必要無くなっただけじゃないの?」


「魔王がいないから加護が必要無いっていうのは分かる。それなら逆を言えば、加護が有るうちは魔王がいるっていう事じゃない?今の僕に加護が有るってことは、アースガイアには魔王がいるかもしれない」


「そんな事……あり得ない話しでも無いのか」


 ゲームの世界をよく知っているアラタは、続編でもまた魔王が現れるという事を知っている。アイも信じたくは無さそうだけど、魔王が捨て台詞としていずれ魔界から侵略者が現れると言っていたのを聞いている。今の状況を鑑みれば、その可能性が充分に有り得るということはすぐに理解出来た。


「一旦最後の大陸に行くのは待った方が良いな。シイナにも伝えて、国の方針も少し気にしたほうがいいだろう。下手に魔王を刺激して、こちらに軍勢を送り込まれても不味い」


 ただ魔物が現れるというだけならば、現在開発してある呪文と僕が持っている知識だけでも問題無い。しかし魔王がいるとなれば話しは全くの別で、単純な危険性だけで無く政治的にも厄介なことになる可能性が高い。


 魔王は魔物の軍勢の中でも数少ない人間の言葉を理解する存在であり、応じてくれるかは別としても話しが出来る存在だ。以前であれば倒さなくてはならなかったけど、今の僕たちが一方的に仕掛けて魔王を倒してしまえば、僕たち側が侵略者という事になってしまうのだ。


「戦わずに済むならそうしたいけど、話しが通じる相手なのかな?」


「それは話してみないと分からないよ。どうなるにしても、情報を集めないことには始まらない」


「魔王の事を調べる為にも、尚更現地人とは接触しておきたいところなんだがな。今出来る事は、各地の観察ぐらいしか無いか」


 既に僕が知る限りの有用な呪文は開発し尽くしてしまった。ここで一旦手詰まりになってアースガイアの調査が滞るとなると、通常業務が捗ってしまう。つまりどういう事かというと暇な時間が増えてしまうという事だった。


 これまでアースガイアの調査と通常業務を並行して行ってきたのに、突然その内半分の仕事が減ってしまう。かと言って生まれた時間を全て通常業務に費やしてしまうと、それはそれで以前の様に他の職員の仕事量まで増やしてしまいかねない。


「仕事が出来すぎて職場を崩壊させかねないって……困った若手ですな」


「本当にね。仕方がないから窓際に追いやって、新魔法の開発でもやっておいてもらおうかしら」


「えぇ……急に僕に対する風当たりが強くなってない?」


 言い方的には仕事が出来ない職員に対して無理に仕事を振っているみたいな感じだけど、実際にはその逆だった。僕が仕事をしすぎると他の職員の仕事が無くなってしまうか、また魔力的に厳しい時間が続いてしまう事になる。


「おっと、どうやらその必要は無さそうだ。今シイナから連絡が来たが、ようやく現地人との接触許可が降りたみたいだ。現地人に対する扱いの取り決めもあるみたいだから、一緒に確認しておこう」


 次の調査予定日を決めつつ、シイナから送られてきた取り決めの内容を確認しておく。中身は現地人に対して人権を認めるとか、決してこちらから攻撃してはならないといった、極力平和的に事を進めようという上の意向が伺える。当然その事については全く反対は無い。


 それだけでなく、万が一の事態における対応策まで用意されていた。調査チームとこちらの世界の安全確保が最優先であるという事や責任の所在など、これを見る限り僕たちが不利益を被るような事は無いように計らわれていた。この辺りの調整の為に時間がかかっていたんだろう、その分シイナには感謝しないといけない。


「これを見る限り、平和的に事が進められるならほとんど自由にやって良いって感じだね」


「まぁこっちも命が掛かってるからね。あまり縛り付けられるようじゃ、まともな調査なんて出来なくなっちゃうし」


 不慮の事態には魔物との戦闘だけでなく、現地人との争い事というものも想定される。現地人の戦力が如何程のものなのか、今の段階では比較する手段が無いので絶対に戦いたくはない。安全に、平和的に、それは当然国が求める最重要事項なのだ。それが崩れた瞬間に扉を封鎖する事になるので、ここだけは僕たちも絶対に守らなければいけない。

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