隠し事
戦闘後は、業務時間終了までずっとデータの整理を行っていた。その間アイ達は僕に聞きたいこともあっただろうけど、そのことには一切触れずに作業に集中している。
「3人ともどうしたのかな?」
アカリさんも様子がおかしい事には気付いているけど、当然心当たりなんて無いのでただ困惑しているだけだった。その事がとても申し訳ないし、その件については後で僕がしっかり説明しなければならない。
「そろそろ時間だね……皆、すまないがこの後時間を貰ってもいいか?またあの店で話しがしたい」
「そうですね。僕からも是非お願いしたいです」
「分かった。話してくれるんだね?」
僕とシイナさんのやり取りに、アカリさんは頭の上にはてなマークを浮かべていたけど、それについては後で話しをするので少しだけ待ってもらいたい。
一旦シャワー室を借りて全員で汗を流し、念のためしっかり消毒もしておく。まだ効果の確認は出来ていないけど、今回の為に新しく開発した解毒魔法も使っておく徹底ぶりだ。それだけ異次元の痕跡を外に持ち出してはいけないという事でもある。
そして例の高級店に行き、お高い料理を一通り頂いてから話しを始める。その口火を切ったのは、勿論僕だった。
「まず皆さんに謝らなければいけません。僕は自分の正体について、全て明かしていませんでした」
「ユウリの正体?ユウリもアイ達と同じで前世の記憶があるって……」
「それ自体は嘘では無いですが、正確な言い回しでは無かったという事です。単刀直入に言うと僕は前世だけでなく、その前も、更にその前の記憶も、ずっと前からの記憶を持っています。そしてその記憶の中には、アイ達が居た世界に酷似した場所の記憶があるんです。それが、僕が呪文を独自に開発出来た理由です」
「酷似した世界?でもユウリが作った呪文は、紛れも無く私達の世界の呪文だったよ?それでも同じ世界って言えないの?」
アイ達から見れば全く同じ呪文を作った以上、そう見えるかもしれない。でも僕の口からそうとは断言出来なかった。最初に僕が転生したゲームの世界はたくさんの続編が発売されていて、同じ魔物や呪文が使い回されている事もある。
その上同じ世界だけど、時間軸が違うという作品もあるのだ。だから僕から言えるのは、同一タイトルのゲームの世界である事は間違いないけど、同じナンバリングのゲームの世界だったかは分からないという事だけだ。
「1つ聞いていいかい?私達の世界では、あの呪文は勇者にしか使えないと言われていた呪文なんだ。もしかしてユウリも、その世界に居た時は勇者だったのか?」
「……そうです。僕は勇者として、その世界の魔王を倒しました。結構あっさり信じてくれるんですね?」
「まぁ今更だし、あの呪文を見せられちゃあね。それにユウリほどじゃないけど、私とアラタももっと前の記憶を持ってるからね」
「実を言うと、俺とシイナも元々は違う世界からアイの世界に転生してきたんだ。俺が元居た世界は今の世界と結構似た世界でな、そこでやっていたゲームとアイの世界が似てたんだよ」
ちょっと待ってくれ、その話は聞いたことがあるぞ。という事はアラタ所長はもしかすると、いやシイナさんもそうなのか。
「私はその前の世界の記憶でも魔法を使って、戦いに明け暮れる日々だったよ。この世界に来てようやく普通の生活が出来ると思っていたら、結局また魔物と戦う事になってしまったけどね」
前の世界では、魔法を使って戦いに明け暮れていた。これも聞いたことがある話だ。ここまで聞いておいて気付けないほど僕は察しが悪い人間じゃない。
「もしかして3人は……戦士と、盗賊と、魔法使いでしたか?その後盗賊は賢者に、魔法使いは戦士に転職しませんでしたか?」
「……嘘だろ?ユウリ、お前まさか……」
それまではやっぱりそうだったかと分かった風な表情だった3人も、僕の言葉を聞いた瞬間に驚愕の表情に変わっていた。でもそれは僕だって同じだ。まさかそんな偶然があるはずが無いと、心の何処かでその可能性を排除し続けていた。
「ああああ、い、それに……ぁぃ。本当に、3人がそうなの?」
今考えてもなんてひどい名前なんだろう。でも僕の名前だってあだったんだ、人のことは言えない。この世界では発音しにくいその名前も、実際に言ってみれば驚くほど僕の口には馴染んだ。
「勇者様!ずっと……ずっと会いたかった!」
ぁぃが席を立ち僕の胸元に飛び込んできて、僕も抱きしめるようにして受け止める。そうか、アイはぁぃだったんだ。将来を約束した仲だったけど僕はその後の記憶が無いから、ぁぃがその後どんな風に僕に寄り添ってくれていたかは知らない。その辺りの事は後々聞いておこう。
そうするとアラタはああああで、シイナがいという事になる。いもぁぃと一緒にその後を約束していたけど、この世界での関係を考えるとどう接したら良いか分からない。
「えっと……シイナも僕の胸に飛び込んでくる?」
「ははは!流石に私はそこまでじゃないよ。会えて嬉しいという気持ちはあるけど、歳下の女の子は流石に守備範囲外だ。だが、これでアラタとも心置きなく結婚出来るな?」
「なに!?いや、まぁそれはそう……なのか?確かにあが居るかもしれないと思って遠慮してた部分も大きいが、いやしかし、まさか勇者様が女の子になっていたとはな。けどやっぱり、二股してるのは変わらなかったじゃないか」
前回は盛大に怒られたアラタの発言も、今回ばかりは笑いが起きた。全くの別人だったら失礼極まりない話だけど、同じ人物が2度も二股を掛けていたら言い逃れは出来ない。
アカリさんにとっては全く意味の分からない話しをしている筈だけど、感動の再会という空気を読み取ってくれたのか、少しだけ目尻に涙を浮かべながら微笑んでいた。やっぱりアカリさんは良い人過ぎて、これは二股せざるを得ない。
「さて、アカリも待たせてしまって悪かったね。そろそろさっきの件について話し合おうか」
「ユウリもアイも幸せそうだったから平気、全然待たされてないよ」
「そう言って貰えるのは有り難いんだが……アイ、いい加減ユウリから離れたらどうだ」
「……また後でね」
これからいくらでも時間があるんだから、そこまで名残惜しそうにしなくても良いと思うんだけど、それだけ想ってくれるているという事で悪い気はしない。ともあれ今は昔話に花を咲かせるより、先に話しておくべき事があった。
「まずあの場で簡易的に調べた結果だが、向こうの世界の環境はこちらの世界と大差無いと言っていいだろう。魔物が現れるという1点を除いてだがな」
大気組成や細菌の類いなども、特に大きな違いは見られなかった。これでまずは第一関門と言っても良いだろう。向こうの世界でも生きていくことが出来るという最低限の事が分かった。
「それと物や魔法が行き来出来たという事からも、あの魔法式を用いれば自由に行き来できるのも間違い無いはずだ。徐々にサイズを大きくして、虫や実験動物といった生物を送って慎重に確認する必要はあるけどね」
「でもその実験の度にあんな魔物が現れるんじゃ、とてもじゃないけどリスクが高すぎない?毎回あたしが気絶する事になっちゃうよ」
「それについては俺に1つ案がある。実はあの世界は、地域によって魔物の強さが違うんだ。今回倒した魔物はかなり強い魔物だったが、場所さえ変えられればもっと弱い魔物しか現れない筈だ」
「問題はどうやって場所を変えるかよね。アラタも式の改良は大分行き詰まってるんでしょ?」
アイの指摘にアラタは言葉を詰まらせてしまうが、誰もあの魔法式については理解しきれていないので強く言うことは出来ない。最悪の場合、何度も死闘を繰り広げながら調査するしか無いと皆が覚悟していた。
ただ僕は1つ試しておきたい事があった。それが有効であるかどうかを確認するためにも、アラタには聞いておく必要がある。
「ねぇアラタ、あの魔法式に記述された謎の文字列って、もしかして復活のパスワード?」
「何でユウリが知って……いや、そうか。ユウリもそういう世界を生きていた事があるんだな?」
「何だい、その復活のパスワードっていうのは?」
復活のパスワードとはまだゲームが出来たばかりの頃、セーブ機能という便利なものが存在していなかった時代の名残だ。途中まで進行させたゲームを中断する時にパスワードを発行しておき、次にプレイする時にそれを入力することで続きから再開することが出来る様になる。
アラタが以前居た世界にも似たゲームがあったという話しを聞いていたので、もしかしたらと思ったがどうやらビンゴだったみたいだ。
「あの式に記述しているのも、すごく有名なパスワードをそのまま使っただけなんだ。そんなものでまさか繋がるとは思わなかったよ。それで他のも試そうと思っていたんだが、俺は世代じゃなかったから他のパスワードを知らないんだ」
その仕組み上、パスワードさえ知ることが出来れば他の誰かのデータもプレイする事が出来る。自分で育てた最強データを公開するような人もいたぐらいなので、ゲーマーなら誰でも知っている様な有名なパスワードもあったりした。
「それなら僕もいくつか知ってるのがあるから、試してみよう」
「ならそっちの件は2人に任せようか。最後にこれが1番の問題だが、魔物への対処法だ。多分ユウリの推測通り、向こうの世界の呪文じゃないと効果が薄い。これらの開発も喫緊の課題だね」
「それについても僕から1つあるんだけど、アラタが作った剣もほんの少しだけど効いてたよね?武器に関しても、呪文と同じことが言えるんじゃないかな?」
「なるほど、武器も向こうの世界のものを再現してみる価値はありそうだね」
こうして次々に話しがまとまっていく。もし僕たちが互いの正体を隠したままだったら、ここまで順調に事は進まなかっただろう。やっぱり隠し事は良くないという事が今回で1番の教訓だ。
「ねぇ、どうでもいい事かもしれないけど、向こうとかあっちじゃなくて、ちゃんと分かりやすい名前を付けておかない?」
「それなら俺にいい案がある。アースガイアっていうのはどうだ?」
僕がいた世界のゲームでは違う名前だったけど、多分アラタの世界ではそういう名前だったんだろう。それでも名前のニュアンス自体はかなり似ているし、どこの世界でも同じ様な思考回路の人間がゲームを作っているのかもしれない。
「僕に異論は無いよ。アイが唯一の出身なんだし、アイが決めて良いんじゃない?」
「私もそれで構わないと思う。何か格好いい響きで良いね」
こうして異次元の世界にアースガイアと名付けた所で解散した。業務時間が終わってからそのまま集まっていたので、それなりに遅い時間になってしまっている。いくら社会人とは言っても、年齢的にこれ以上遅くなってしまうのはあまり良くない。
今回の一件で、全員の隠し事も全て曝け出した事になった。まぁ主に僕の隠し事が1番大きかったんだけど、今後はもっと連携が取れるようになっていく筈だ。
「そうだ、これだけは聞いておかないといけないんだった。実は僕、魔王を倒した後の記憶が残ってないんだ。申し訳ないんだけど、あの後どうなったのか教えて貰って良い?」
「……そうだったのか。別れた後すぐに様子がおかしくなったと聞いていたから、何かあったんだとは思ったんだが」
「いずれにしても今日はもう遅い。悪いけどその時の事は、アイから話しておいてくれないか?」
3人の顔が一瞬だけ曇ったのを僕は見逃さなかった。もしかしたら辛いことを思い出させてしまうかもしれないけど、先に言った通りこれだけは聞いて置かなければならない。それ次第で僕の今後の行動、ひいては転生後における展開についても考えていかなくてはいけないかもしれないのだから。




