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異次元への扉

 シイナさんの都合が付く日も判明し、いよいよ準備は大詰めとなる。部屋を覆っている結界を更に強力なものに改良し、併せて魔力タンクとして利用できる魔法式も開発したことで、非常時にも結界は維持される様になった。


 タンクには現状、最大で平均的な特待生5人分ぐらいの魔力を保持できる。ただ当然この式に魔力を貯めるという事は、それだけ魔力を消費するし、多少は損失も出てしまうので用意には非常に手間が掛かってしまう。


 しかしその手間の分だけこの魔力タンクは有用なものだったので、今回のチームの仕事とは別に新魔法として申請しておいた。


「いよいよだね。皆、準備は良いかい?」


 一応チームリーダーはアラタ所長だけど、号令はシイナさんが取る事になっている。シイナさんは国からの視察という名目になっていて、最終責任者という立場でもあるので当然だ。


 シイナさんの合図で、全員が個人用の結界を張る。これも今回の為に開発したもので、主に外部からの魔力を遮断する為のものだ。前回は何故か僕に魔力が流れてきたけど2度目が無いとも限らないし、その対象は僕ではないかもしれない。その為、全員が対策を講じる必要があった。


「繋げるぞ!」


 以前この部屋の隅に落ちていた機械と全く同じ形をした機械に、アラタ所長が魔力を込めていく。改良された魔法式に魔力が満ちると同時に、何もなかった空間が裂けたかのように見た目が変異していく。


 その裂け目は徐々に大きくなると共にやがて光が溢れ出し、その向こう側にはっきりとこの研究所では無い、ゴツゴツとした岩場の様な景色が映し出されていた。完全に異次元への扉が開かれた瞬間だ。


「前回はこの時点ですぐに扉が閉じてしまったが……」


「魔法は安定してるよ。タンクからの供給もしっかり行われてるし、このままならあと20分は保つはず」


 アイが各種測定器の操作をしながら現状を報告してくる。これだけ改良を重ねてタンクまで用意したのに、たった20分しか猶予が無かった。それとも20分も余裕があると言ったほうが良いのか、それは今後の技術の発展次第だ。


「部屋内にも異常な魔力は検知されません」


「よし、1人ずつ結界を解いていくぞ」


 結界を解いた瞬間大量の魔力が流入してくるなんてこともなく、全員何事も無く結界を解くことが出来た。これでまず第一関門突破といったところだ。


「ここからは時間との勝負だ。手筈通り行くよ」


 前回はすぐに扉が閉じてしまったので、向こう側の景色を見ることしか出来なかったらしいけど、その短い時間に魔物が居たことも確認出来たというのは幸いだったんだろう。今回は今のところ、向こう側の景色には何も映っては居ない。


 まずはこの景色が、ちゃんと向こう側に繋がっているかという事を確認していく。ただ映像が投影されていただけでした、なんて状況だったらこの実験の意義自体が無くなってしまいかねない。


 それを確かめる為に、僕が重力操作魔法を開発した時と同様に向こう側に物を投げ入れてみる。ただ今回は投げ入れる物には紐をくくりつけておいた。本当に空間が繋がっているのなら、向こう側に投げ入れた物を引っ張り出してその変化を観測しなくてはならないし、向こう側に物を置きっぱなしにして良くない影響が出ても困る。


 物を投げ入れる役目を担うのはアカリさんだった。扉に近づき紐をくくりつけたペンを投げると、そのペンは裂け目に吸い込まれ、向こう側の景色にポトンと落下した。紐は途中で切れたりすること無く繋がったままだ。ゆっくりと紐を引っ張りながらその様子を映像に残しつつ、アイが機械を操作して各種要素を観測していく。


「特に魔力反応はありません。空気の組成も全く変化してないので、出入りする際には余計なものがくっついて来たりしないものと考えて良いと思う」


「念のため、そのペンは容器に入れて密閉しておいてくれ。直接手で触れたりするなよ」


 僕がそのペンを念動魔法で用意していた密閉容器に入れる。空気や魔力といったものは持ち込んでいないみたいだけど、細菌の類いが付着していないとも限らない。


「今度は念動魔法で向こう側に物を送ってくれ」


 次は僕が魔法を使って、これまた糸が括り付けられたコインとりんごを同時に向こう側に送り込んだ。金属や食べ物に何かしらの変化が起きないか、そして空間を隔てて魔法を発現させ続ける事が可能かという事を確かめるためだ。


 結果としてこれはどちらも問題なかった。数分間に渡って僕は魔法を維持することに成功していたし、コインとりんごも見た目には何の変化も無い。勿論これらも回収して容器に保存しておく。


 それらの作業をしていたら、残りの予定時間はあと5分程という所に迫っていた。最後に空き瓶を向こう側に送って空気を採取し、後は自然に扉が閉じるのを待ちながら観測を続ける。


「魔物は現れませんでしたね?」


「常に徘徊しているという訳でも無いんだろう。それにもしかしたら、似た風景の違う場所と繋がっていたという可能性もある」


 同じ異次元の違う場所とも、違う異次元に繋がったとも取れる言葉だけど、これは前者の意味で言っているのは間違いない。ただその事も今後の調査で確認していく必要があった。


「もうすぐタンクの魔力も無くなるよ。依然として安定して……待って、魔力反応有り!」


「皆、結界を貼れ!」


「違う!魔法式じゃなくて、この部屋に魔力が満ちてる!」


「アラタ!式への魔力供給を切れ!」


「分かった!」


 突然の異常事態にも、3人は冷静に対処していく。その指示を聞きながら、僕とアカリさんは部屋の同じ場所を睨みつけていた。そこに何か違和感があるという見解で一致した僕らは、臨戦態勢に入っている。


「3人とも気を付けて、何か来るよ!ユウリ!」


「足止めします!重力操作魔法!」


 僕がその違和感に対して魔法を発現させると同時に、部屋中に満ちていた魔力が突然実体を持って具現化した。そこにはとても人間とは思えない皮膚の色をした巨人が現れ、同時に僕の重力操作魔法に巻き込まれて膝を付いている。


「アイ!上級氷結呪文!」


「分かった!」


 僕が咄嗟に指示を出すと、阿吽の呼吸でアイが動いた。巨人に対して凄まじい威力の冷気が吹き付けられ、四肢を凍らせていく。


「会話は!?」


「無駄だ!あいつに言葉は通じない、あれが魔物だ!」


「なら仕留めるよ!」


 アラタ所長は前世の記憶があるからともかくとして、アカリさんは何の躊躇も無く魔物の命を奪い取る判断を下しているのが本当に頼もしい。


 2人が突撃していくのを見て重力操作魔法を解除する。アカリさんが凍った四肢を次々に砕いていく中、アラタ所長は生成魔法で大きな両刃の剣を作り出して魔物の胴体を切りつけていた。


「アイ、しっかり観測しておいてくれよ」


「勿論、最初から全部映像も取ってるし測定器も動かし続けてるよ」


 巨人の魔物は出現当初からずっと動きを封じている為、何も出来ずに攻撃を受け続けている。ただ一向に倒せる気配がなく、戦闘は膠着状態に陥った。


「くそ!しぶといな!」


「これ本当に効いてるの?何か傷が治ってない?」


 アカリさんが指摘した通り、アラタ所長がいくら剣で切りつけても、魔物はすぐに傷が治ってしまっていた。他に爆発魔法等も使っていたけど余り効果は無く、アカリさんが砕いた四肢も少しずつ再生している。


 そこで僕は2つの仮説を立てた。1つは単純に再生力が強すぎるため、多少の傷では全くダメージになっていない可能性。そしてもう1つはアイが放った魔法だけが特別だった可能性だ。


 上級氷結呪文は、アイの前世で使われていた呪文を模して作り出したものだ。そしてこの魔物も同じ世界に存在する魔物ということから、もしかしたら魔法では無く呪文でしかダメージを与えられないのかもしれない。それを確認するためにも、もう一度あの魔物の動きを封じる必要があった。


「2人共一旦下がって下さい!もう一度動きを止めます」


 再び重力操作魔法を使い魔物の動きを止める。その間にも魔物の傷は治っていき、それどころか出現時よりも力が増しているのか、重力に抗い動き出そうとしていた。


「アイ!他に使える呪文はある!?」


「ごめん!まだ上級氷結呪文しか無い!」


「そういう事なら私に任せろ!上級火炎呪文!」


 アイは今回の為ににいくつも魔法を開発していたけど、そのどれもが普通の攻撃用魔法で、呪文を模した魔法の開発は行っていなかった。


 それでも僕の意図を汲んでくれたシイナさんが、即座にアイのものとは別の呪文を使用した。魔物に向かって巨大な火球が飛んでいき、その身を焦がしているが倒すまでには至っていない。しかし魔物が動きを止めたことからも、明らかにダメージは大きい様子だった。


「効いてはいるけど、私の魔力が保つかどうかだね」


 上級火炎呪文は威力に見合うだけの魔力を消費している様で、そう何発も使えるものでは無さそうだ。ここで一気に畳み掛けたい所だけど、アイが使える氷結呪文とシイナさんが使う火炎呪文では明らかに相性が悪い。炎と氷の合成呪文はロマンがあるけど、ぶっつけで使って良いようなものでは無い。


「アカリさん!こっちに来て!」


「どうしたの?」


「僕の胸ポケットから端末を出して下さい。その中に僕が今開発中の呪文があります。まだ動作確認も出来ていない代物ですが、成功すればあの魔物も倒せるはずです」


「ユウリが呪文を……?ううん、今は考えてる場合じゃない。姉さん!私達が時間を稼ぐから、その間にお願い!」


 本当はこの呪文を見せたくは無かった。何故なら僕は、アイ達が居たという世界に心当たりがあったからだ。それにこの魔物だって見覚えがある。それでもまだあの作品はいくつも続編があるから、僕が居た所とは違うかもしれないと、そう心の中で言い訳をして気付かない振りをしていた。


 でも今はもう四の五の言っている場合じゃない。ここでこの魔物を倒さないと、この世界に被害が広がってしまうし、何よりアカリさんやアイ達を危険な目に合わせてしまう。僕自身の都合なんて気にしている場合じゃなかった。


 アカリさんがその魔法式を確認している間も、僕はずっと重力操作魔法を維持し続けている。シイナさんも魔力が尽きるまで上級火炎呪文を放ち続け、打ち止めとなった所でアイが上級氷結呪文を放つ。


 そして凍らせた身体をアラタ所長が砕き、再び重力で魔物を囚える。徹底的に動けないように拘束し続けたことで、充分に時間を稼ぐことが出来ていた。


「準備できたよ!」


「お願いします!」


「いくよ!上級電撃呪文!」


 直後、眩い閃光とともに巨大な雷が魔物に突き刺さる。目を焼かれそうな光はすぐに収まり、それと同時に肉眼で魔物が消滅している事も確認したが、それだけでは安心できない。


「魔力の反応は!?アイ!」


「えっ、あ!?えっと……反応無し!完全に消滅してるよ」


「少しの間様子見だ。次元の扉は閉じているが、まだ何か起きるかもしれない」


 シイナさんとアラタ所長は冷静にその場を纏めているけど、それでも僕の方を気にしている。アイが一瞬呆けていたのも僕のせいだろう。唯一アカリさんだけは無反応だけど、それも逆に違和感があった。


「アカリさん?」


「あ、あぁ。ごめん、ちょっと気を失ってた。倒せたの?」


「恐らくは……大丈夫ですか?」


「何とかね……とんでもない量の魔力を食うんだもん、魔法を使って気を失うなんて初めての感覚だよ」


 立ったまま気絶してたというアカリさんに手を貸しながら、ゆっくりとその場に座らせる。ただアカリさんは本当に魔力の回復が早いみたいで、すぐに立ち上がれるぐらいには元気を取り戻していた。


「そろそろ事態は完全に終息したと言って良いだろう。色々と確認したいことは多いけど、まずはここの後片付けをするよ」


 戦いは一方的な展開だったけど、強力な呪文を何発も使った影響で室内は荒れていた。僕とアカリさんはその掃除をしつつ、シイナさん達で収集したデータの確認をしている。これだけ激しい戦闘があったにも関わらず部屋の外には音や振動、そして魔力なども全く漏れていなかった。

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