激務に追われ
それから数日が経ち、この日は朝から魔力量の検査を行い例の部屋に向かった。ここ数日でちょっとずつ魔力の吸収を繰り返した事で、魔法式に残っていた魔力はほとんど尽きかけている。僕の体調さえ保てば、今日にでも全ての魔力を吸い尽くすことが出来るはずだった。
「絶対無理はしないでね」
「分かってます。でも実際の所、最初よりも大分慣れてきてるので大丈夫です」
急激な魔力の増加で体調を崩したのも最初のうちだけで、慣れてしまってからは全然平気だった。今持っている魔力の総量に対して、吸収する魔力量の割合は急激に減っていくので、その辺りが影響しているのかもしれない。
やっぱり今日も結界を解いた時点では体調に変化は無く、部屋の奥に行っても何とも無かった。魔力を吸収すると言っても僕は特に何もせず、ただ近くにいるだけで勝手に僕の身体に流れ込んでくる。
その間アカリさんはずっと測定器の画面と僕の状態を交互に見続け、異変がないことを確認していた。それから数分してアカリさんから声が掛かる。
「魔法式の魔力は完全に無くなったよ」
「分かりました。これでこの作業も終了ですね」
「一応医務室まで送っていくよ。その後私はアラタに報告しに行くから、ユウリも検査結果が出たら来て」
僕たちは部屋を出ていき、厳重なセキュリティを掛け直してから医務室に向かう。僕は再度魔力量を検査してもらい、結果が出てからアラタ所長の元に向かった。
「失礼します。検査結果を持ってきました」
「あぁ、入ってくれ」
所長室にはアラタ所長とアカリさんだけでなくアイも来ていた。シイナさんは職場そのものが違うので、これで全員が揃ったという事になる。
「今日の検査も異常無しか。よし、これで本格的に進めることが出来るな」
僕の魔力量の増加と魔法式の魔力の現象は、ほぼ同量の数値で推移していた。ほぼというのは、僕の魔力の増加の方が若干多いせいでそういう表現になっている。理由として考えられるのは、僕はまだ成長期なので、魔力の吸収が無くとも勝手に少しずつ増えていくからだ。
その分を差し引けば同量と言って差し支えないので、魔法式が僕以外の何かに作用していたという可能性は考慮しなくても良さそうだ。
「午前中は一旦様子を見て、午後になったら機械を回収しに行く。3人も付いてきてくれ。それとアカリとユウリ、万が一に備えて午前中の訓練は無しだ」
あれから僕も、アラタ所長とアカリさんの2人と一緒に訓練を行っていた。アカリさんが近接寄りの万能タイプという戦闘スタイルなのに対して、アラタ所長は見た目通りとことんパワータイプだった。勿論他の魔法が使えないという訳でも無いけど、本人の性格的にそっちの方が向いているという事らしい。
特に驚いたのがその頑丈さだった。攻撃力だけならアカリさんの強化や、僕の魔法の方が僅かに上だったけど、その攻撃を持ってすらアラタ所長は傷一つ付かなかった。
確かにこれだけの実力を備えているなら、警備員なんていらないという意見が出るのも頷ける。職員達をどこか一箇所に集めてアラタ所長がそこを防衛すれば、並の犯罪組織では突破することなんて出来ないだろう。その間に応援を呼べば制圧出来るのだから、アラタ所長が倒されない限りは安全と言って良い。
その後、僕は検査等で遅れた分を挽回する為に、午前中は気合を入れて仕事に取り掛かる。それを見た周囲の職員は戦々恐々としていたけど、午後はまた机から離れるので動作確認待ちの魔法式が積み上がるという事は無い。
「チーム結成の話しはいつ頃出るの?」
「機械を回収して安全が確認されたらシイナが指示をくれるから、早ければ明日かな」
「正直あたし達がちょいちょい一緒に動いてるのは皆も知ってるし、今更形に拘る必要あるの?」
「勝手に動いてるのと、指示が出て動いてるのでは全然違うよ。まず予算も出るし、業務の調整だってやりやすくなるんだから」
この所、頻繁に僕やアカリさんがアラタ所長の元に行っている事は多くの人に見られている。別にそれ自体は隠さなければいけない事では無いけど、異次元に関する事という点だけは秘密にしておかないといけなかった。
公にはまだ理論だけの段階で、実験を行った事は公表されていない。あの部屋に厳重なセキュリティが施されているのも、近いうちに何か大きな実験をするのだろうという憶測が飛び交う程度の認識だ。
「それと、やっぱり世間への影響も考慮して研究内容は公表しない事にしたみたい」
「まぁ既に向こうへの道は開けていますって言ってるようなものだからね。まだ早すぎると思うよ」
僕達も最近は異次元や異世界といった単語はなるべく使わない様に、向こうとかあっちとか、そういったニュアンスの言葉を用いて表現するに留めていた。しっかり安全を確認するとか、ゆっくりと噂を流して抵抗感を薄くしておかないうちに公表するのはまずい。
食後に所長室に集まってから4人で例の部屋に向かった。当たり前だけど、もう結界を解いても僕に魔力が流れてくるという事は無い。体調不良の心配が無い事で改めて室内を確認すると、確かに魔法によって環境が整えられているのが分かる。
「やはり魔力の反応は無いな。回収するぞ」
最後にもう一度測定器で確認した後、魔法式が入っている機械を回収した。外には持ち出さずに部屋内にある機械を使って、全員で魔法式を確認する。
「何ですかこの魔法式は……全然見たことも無いですね」
「これを作ったからアラタは所長にまでなれたのよ。ここの文字列なんて意味分かんないでしょ?」
「この文字列は、言ってしまえば異次元の座標を特定する為の鍵……何だと思う。いくつかパターンはあるが、全て同じ異次元に繋がっている筈だ。他の場所に繋げる為の鍵はまだ見つけられていない」
「思うとか筈とか、作った本人でもまだ分かんない部分があるんだ?」
「……俺もまさか繋がるとは思っていない中で、試行錯誤しながらだったんだ」
確証は無かったけど、試してみたら成功してしまったというのが良かったのか悪かったのか。一体どうやったらこの意味不明な文字の羅列を思いつく事が出来るのか、それが不思議でならない。
その意味不明な文字列は、数えてみると20文字で構成されている。普通に読んでも意味のある言葉や、何かを示す式になるという事は無いと思う。
或いは僕が神様から与えられたバイリンガルの能力で、無理やり意味不明な文字に表されている事も考えたけど、アイとアカリさんも同じ文字列に見えているのでその可能性は無さそうだ。
「2人が見ても……やっぱり分かんないよね」
「流石にこれは僕にもお手上げかな」
「あたしも分かんない」
「まぁ式の改良は俺がやろう。3人は他の作業を頼む」
式の改良以外の作業にどんな事があるかというと、この部屋の中のセキュリティの強化、異次元と繋げた後の魔法式に魔力を供給し続ける為の魔法式の開発、向こうの世界で役に立ちそうな魔法式の開発等がある。
最後の作業に関しては向こうの世界に魔物がいるという事なので、こちらの世界の常識に当てはまらない事が起きる可能性を考慮しての事だ。
魔物を倒すための魔法は勿論、傷の治癒や解毒といったものも必要になる。この点は僕が今までプレイしてきたゲームの知識を生かして、想定できる事態には全て対応出来るようにしておきたい。
「どれも既存の魔法が無いから、新しく開発する必要がある。大変だと思うが頼んだぞ」
「まぁそれが今の僕の本職ですからね。任せて下さい」
「学生の時と同じだね。ユウリが作って、私が実演する」
「今は私もいるんですから、姉さんにはその時の倍は働いて貰わないといけませんね」
この日は一旦ここで解散したけど、翌日にはチームの結成が発表された事で、すぐにこちらの作業に着手しはじめる。とは言っても僕とアイに関しては元の仕事も兼任しなければならないので、専念するという訳にはいかなかった。
ただどちらの作業においても、僕がやることは変わらなかった。大量の魔法式を改良して溜まった仕事を消化したら、すかさず異次元用の魔法式の開発に取り掛かる。1度で完成させようとはせず、治癒の魔法や解毒の魔法、索敵の魔法等をほとんど調整せずにアカリさんに丸投げして実践してもらう。
その間に再び通常業務をこなしていると、アカリさんが改善点をいくつも見つけて僕に返してくれるので、そこを修正してまた実践してもらう。これを繰り返す事で、1つずつ着実に新魔法を開発していった。
「仕事の性質上、2人が作った魔法式を申請する事は出来ないけどさ、全部申請したらすごいお金になるよね?」
「この件が終わったら、特別ボーナスを貰わないといけませんね。今のうちからシイナさんに言っておこうかな」
「私もそうしよっかなー。そしたら3人で仕事辞めちゃおっか?」
流石にそれは冗談だけど、そんな冗談を言わないとやってられないほど大変だった。もしかしたらアイは結構本気で言っているかもしれないけど、もし本当だったら僕も一緒に辞めてしまってもいいかもしれない。
少なくともこの異次元の事が解決すれば、僕のこの世界での役割も終わる筈だ。その後の人生は今までも結構自由に生きてきたし、今回は大分早いけどお金があるなら早期退職も視野に入れておこう。
ある程度魔法の開発も進んだ所で、シイナさん以外の4人で集まり、開発した魔法を共有する場を設けた。魔法はただ開発しただけでは無く、僕たちが皆使えるようになっておかないといけないのだ。
「2人とも……流石だな。ここまでとは……」
「そうね……私も久しぶりに……疲れたわ……」
ただでさえ忙しく時間が無いと言うことで、4人で一気に魔法を覚える為に使いまくった。その結果、アラタ所長とアイもバテる程の魔力を1日のうちに消耗していた。
「まぁ僕は2人の何倍も魔力を持っているから平気なんですけど、アカリさんは何で平気なんですか?」
「何でだろうね?多分回復が早いんだと思うけど、ちゃんと調べた事が無いから分かんないや」
アカリさんは魔法式を調整する時に使っているので、わざわざ参加する必要は無いんだけど、見本を見せると申し出てくれたので有り難くお願いしていた。そして同じ回数だけ魔法を使っている筈なのに、やっぱり汗1つ搔いていない。
「まぁこれで皆も使えるようになった訳だし、もうそろそろ1回目の時期も決めれるんじゃない?」
「……ふぅ、そうだな。だが繋ぐ時はシイナも呼ぶ。シイナも今頃1人で練習しているだろうし、向こうの都合を確認してからだな」
次に5人が揃った所で改めて調査開始という事になる。取り敢えず明日すぐにでもという話では無いので、一旦は通常業務の方に集中することが出来そうだ。僕も魔力的な消耗は無いとは言え、激務でそこそこ身体は疲れている。1度英気を養うには丁度良い期間になりそうだ。




