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正体

 アカリさんの言葉に、その場の時間が完全に止まった様な錯覚を覚えた。多分僕だけでなく、アカリさん以外の全員がその感覚に陥っていたと思う。


 僕は過去最大級に焦っていた。何に焦っているのかも分からないぐらいに、頭が混乱している。そもそも何で自分の正体がバレちゃいけないんだっけとか、そんな事も分からない程だ。


「その様子だと、やっぱりそうなんだね?アイが言ってた事が本当なら、ユウリにも全く同じ事が言えるなって思っただけなんだけどな」


 それはそうだ。アイが小さい頃から頭が良くて大人びていたというのも、全ては前世の記憶があったからだ。そして僕の成績が異常な程良いのも、大人びているのも料理が出来るのも、全く同じ理由だ。


 1番近くに居たアカリさんが、その共通点に気付かない訳がない。そもそもアカリさんは初めて会った時から、僕は妹に似ていると言っていた。その時から僕とアイを重ねて見ていたからこそ、アイの話した内容が僕にも当てはまると真っ先に気付いていた。


「……そうです。僕は、いえ、僕も前世の記憶を持っています。ただ僕の前世には、アイが言うような呪文は存在しなかったので、多分違う世界だと思いますけど」


 僕は観念して、異世界転生を繰り返す中で初めて自分の正体について告白した。役割を果たすために、誰にも言う事が無かった事実を初めて口にした事で、何だか少しだけ心が軽くなった気がする。


 たったこれだけの言葉でそういう気持ちになるという事は、僕は僕自身が思っていた以上に、正体を隠し続ける事が負担になっていたという事だ。


 ただ全部を話してしまうかと言うとそうでは無い。僕は前世の記憶だけでは無く、その前も更にその前も、数え切れない程の世界での記憶がある。


 だから直近の世界での記憶をいくつか繋げて話すことにした。丁度都合の良いことに、魔法は存在しないけど、国同士でのいざこざが多く戦争にも多く参加した経験もあったので、その事をメインで話しておく。その方が、僕がこの世界で戦い慣れているという事の説明もしやすかった。


「そっか……ユウリもそうだったんだ。どうせなら同じ世界の出身だったら良かったな、なんてね」


 その可能性については僕も少しだけ考えた。アイ達の話しを聞いた限り、似たような世界に転生したこともある。だけどただ似ているだけで違うという事もあり得るし、もしかしたら都合が悪くなってしまう可能性もあった。


 だって僕は、何も正義の味方だけをやっていた訳では無いのだ。転生先によっては極悪人になったり、無能な王様になったりした事もあった。


 もし同じ世界に生きていた事があったとしても、その時にアイ達と敵対していた可能性だってある。戦うことも多かったと言っていたので、僕が敵軍の将だったりしていたらかなり気まずいだろう。


「黙っててすみません。でも僕にも、中々言えない事情があったんです」


「うん、分かってる。っていうか普通そんな事誰にも言えないよ。あたしはユウリもアイも、素直に話してくれた事がうれしい」


「それじゃあアカリさん、僕たちに協力してもらえますか?」


 この言葉は本来アイが言うはずだったセリフかもしれない。でも話しの流れ的には、僕が言ってしまっても問題ないだろう。


「勿論。2人の事情も分かったし、あたしも異次元に興味が出てきた。アイ達が居た世界が危険だって言うなら、尚更2人の事を守ってあげなきゃね」


 断られるとは思っていなかったけど、思っていた以上にあっさりと引き受けてくれた。もしかしたら事情がどうであれ、僕たちが素直に本当の事を言えばアカリさんは協力するつもりだったのかもしれない。


「ありがとうございます。アカリさん、大好きです」


「えへへ。知ってる」


「ねぇユウリ、私は?」


「勿論アイも大好きだよ」


 緊張の糸が切れたのか、アカリさんもアイも急に僕に抱きついてきた。いつもの事ではあるんだけど、2人が見ている前ではちょっと恥ずかしい。


「おいおい、そういうのは誰も見てない所でやってくれ。大体アイは今も昔も二股されてて良いのか?」


「ちょっと!いくらアラタでも怒るよ!ユウリもあの人もそんなんじゃないもん!」


「おっさんさいてー。そんな言い方無くない?」


「今のはアラタが悪いな。私だって怒るぞ」


「い、いや、すまん。言葉が悪かった、そんなつもりじゃなかったんだ……」


 確かに今のアラタさんの言葉はデリカシーが無かった。なんて、二股を掛けている僕の立場で言えた事では無いんだけど、でもちゃんと気持ちがあるなら良いんじゃないかと思う。元の世界では違ったけど、価値観というのはそれぞれの世界や文化でまるで違う。大事なのは、ちゃんと幸せになれるかどうかだ。


 それから僕たちは改めて今後について話し合う。どうやら既にシイナさんが異次元の調査チームを作る準備は整えつつあったという事で、近い内に僕とアカリさんもそのチームに招集される事になるらしい。


「あたし達が協力しないって言ったら、そのチームはどうなってたの?」


「どうにもならないよ。私はアイなら説得出来ると信じていたからな」


「もう、シイナはいつもそうやって私を追い込むんだから」


 僕が前世の記憶があるという事を話して少し気が楽になったのと同じ様に、アイ達も以前よりも気楽に話せているような気がする。やっぱり隠し事を続けるというのは心に負担が掛かるみたいで、今回そういった事も全て解消出来たのは良かった。


「それとユウリには悪いが、またあの部屋に行ってもらう事になる。その前後に検査をしてもらって、どの程度魔力が吸収されていくのかを確認したい。危険だということは承知しているが、やってもらえるか?」


「勿論です。ああいう風になるって分かってれば、身構えておけますから」


「助かる。魔力が完全に無くなった事が確認されたら、改めてあの機械を調べる。それと並行して、一応ユウリの力も見せてもらうぞ。強いというのは知っているが、それでも向こうの世界が危険だという事に変わりは無い」


「気を付けてね、アラタはとんでもなく強いから。でも姉さんと互角のユウリなら大丈夫か」


「ははは……まぁアカリさんに関しては相性とか、手の内を知ってるっていう部分があるからね。今回は流石に胸を借りるつもりでいくよ」


 取り敢えず目先の予定については決まったので、最後に連絡先を交換してから今日は一旦解散した。気付けば結構な時間も経っていたし、これ以上はお店にも迷惑がかかる。なんて考えていたら、シイナさんは通常の料金に更に上乗せして払っていた。あれも経費で落ちるんだろうか。


 その後は折角出かけたという事もあったので、3人で少し寄り道してから帰ることにした。行き先は特に決まっていないけど、ただ何となく歩き回っているうちにアカリさんから1つ提案があった。


「ねぇねぇ。折角だからさ、あたし2人が居た世界の料理も食べてみたいな。今晩とか何か作ってよ」


「うーん……私の方は結構難しいかも。料理そのものっていうより、食材がかなり独特だったから再現するのは難しいかな……」


「実を言うと、僕は既に結構作ってますよ?何なら初めて2人に披露したパスタなんかもそうですし」


「そうだったんだ!?全然気付かなかった」


「ユウリの料理って結構手順が独特だなって思ってたけど、そういう事だったのね」


「この世界に合いそうなものを選んで作ってたからね。食材にはあまり違いが無かったから、割りと簡単だったよ」


 異世界の中には見た目は同じなのに味や栄養が違っている事や、その逆であることも結構多い。異世界で試行錯誤しながら味噌や醤油を再現する作品もあったけど、この世界のものはほとんど元いた世界の食材と変わらなかった。


 そういった中で違いを見出すとすれば、伝統料理なんかは結構分かりやすいかもしれない。一般的に知られている製法や食材とは決定的に違う部分というものが存在するので、そういうものはこの世界でも再現する価値があるだろう。


 異世界に来て初めて異世界談義が出来たという事もあって、僕はちょっとだけ嬉しくなっていた。まだ色々と話したいところだけど、外でこれ以上この話題を出すのも良くないので一旦控えておく。どうせ帰ってからもずっと一緒にいるので、その時に思う存分話せばいいだろう。


「その点、やっぱりアカリさんは凄いよね。僕もアラタさんも、アイだって前世では戦うことが多かったから強いのは分かる。でもアカリさんはそうじゃないでしょ?」


「それに姉さんは勉強だって、私に負けたくないって言って凄い頑張ってたもんね。この子は凄いなーってずっと思ってた」


「褒められるのは嬉しいんだけど、何か上から目線じゃない?いや確かに記憶がある分だけ、人生経験で言えば上なのかもしれないけど……」


 家に帰るなり、先程の続きとばかりに話しを続けた。最初こそアカリさんは僕たちが居た世界について興味津々だったけど、話しを続けるうちにやはりアカリさんだけ少し置いていかれてしまう事が多くなってしまった。なので僕としてはちょっと残念だけど、この話題もほどほどにしておく。


 翌日から僕の仕事はとても忙しくなった。研究チームを発足するにあたって、ある程度の業務は消化しておく必要があった。


 僕は検査を受けて魔力量を調べてから例の部屋に行って魔力を吸収し、また検査をするというのを数日に渡って繰り返す必要がある上に、通常業務の方もこなさなくてはいけない。しかも魔法の使いすぎで倒れたという事になっているので、しばらくは動作確認にはいかずにずっと魔法式の改良と新魔法の開発にかかりきりだ。


「忙しい……倒れたから安静にしておけっていうのは何だったんだ?これなら動作確認でずっと魔法を使ってた方がよっぽど楽だよ」


 アラタさんに力を見せるという話しもあったけど、まだ1度もそんな時間が取れていなかった。しかもほぼ1日中パソコンと向き合いっぱなしなので、流石にそろそろ身体が鈍ってしまう。


「お疲れ様。ユウリのおかげでもうほとんど仕事は終わりよ」


「へ?いつの間に?」


「気づいてなかったの?ユウリが1人で、数人分のペースで仕事してたんだから当然でしょ。むしろ全然加減してくれないから、ずっと動作確認の為に職員が出ずっぱりだったよ」


 言われてから気付いたけど、確かに最近いつもより人が少なかった。だから余計に僕の所に仕事が回ってきて、それをすぐに終わらせるから動作確認の為に試験室に行かなきゃいけなくて、という事が延々と続いていた。


「皆も毎日ヘトヘトになってるから、むしろペースを守るためにもユウリには少し外に出てもらってた方がいいかもね。という訳で、明日からはアラタの所に行く時間を作っていいよ」


 それは申し訳ないことをした。試験室がフル稼働しているという事は、その間は誰かが魔法を使い続けているという事だ。僕は魔力が有り余っているから余裕があるけど、普通の人はそんなに魔法を使い続けていたら体調を崩してしまう。


「あんまり気にしないで良いよ。たまに締め切りに追われるとこういう状況になることもあるから、皆にとっても良い訓練になったと思う」


「そう?それならまぁ良かったかな」


「でもそんなに周囲も見えてないくらい集中するなんて、何かあったの?」


「あーいや、集中すると周囲が見えなくなるのは学生時代からの癖で……それで周囲を困らせちゃった事もあったくらい」


 アカリさんが言うには、声も掛けられないオーラを発しているとの事だけど、そう言う本人が平気で話しかけてきているので少し盛っていると思う。ただどちらにしても、この世界での僕の悪癖みたいになってしまっているので、なるべく治すように努力していこう。

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