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それぞれの記憶

 流石に平日の業務時間中には話しが出来ないので、休日に改めて場所を用意して集まることになった。シイナさんが普段よく使うという、セキュリティがしっかりしていて個室がある飲食店を予約しているらしい。


 国のお偉いさんが使うだけあって店も綺麗というか、とても高級感が有るような所だ。そんな所に僕みたいな子供が来ても怪訝な顔ひとつされないあたり、従業員の教育も徹底されている。


「一応この店のシステムなんでね。先に料理が運ばれてきてしまうから、話しは食事後で良いかい?」


「はい、それで大丈夫です」


 普通はコース料理は時間を掛けて順番に運ばれてくるものだと思うけど、この店ではすぐに全皿が運ばれてきた。食器の片付け等はセルフになってしまうけど、料理自体は保温されるように魔法が掛けられているので味に変化は無い。その分だけ店員の出入りを減らして、ゆっくりと話し合いが出来るようにという店側の配慮だ。


「うん、流石に美味しいね」


「あたしはユウリが作る料理の方が好き」


 そう言って貰えるのは嬉しいけど、それは僕がアカリさんの好みの味付けを知っているからだと思う。もしくは高級料理は、意外と好みが分かれやすいというのもあるかもしれないけど、流石に同じものを作ったらプロには敵わない。


「さて、話しをする前に俺から1つ報告させてくれ。ユウリの魔力が増加した件についてだ」


「何か分かったんですか?僕の魔力が増え始めたのは、異次元と繋がった事が原因かなと予想していたんですけど」


 今は仕事の時間内では無いので、僕といういつも通りの一人称で喋ることにする。特に今日は大事な話しをしなければならないので、余計な所に気を使いたくなかった。


「……流石に予測は付いているか。ユウリの過去の検査結果等も調べさせてもらったが、時期的に間違い無いと思う。まずはその事について、俺から謝罪させて欲しい。俺が作った魔法式と実験のせいでユウリに……」


「ダメです。その謝罪は受け入れられません」


 謝罪の言葉を遮ってまで僕が拒絶した事で、アラタさんに顔を顰められた。ただ僕も別に下手に出てきた人を威圧するつもりで言った訳でも無いので、ちゃんとその理由を説明する。


「結果的に事故に巻き込まれたという事になるかもしれませんけど、そのおかげでアカリさんやアイと出会う事が出来たんです。謝罪されるにしては、僕は良い思いをし過ぎています」


「……そうか。そこまで言うなら俺もこれ以上は辞めておこう」


「ありがとう。私もユウリに会えて嬉しいよ」


 この事だけは、僕としてもしっかり宣言しておきたかった。それだけ2人と一緒に居れる事は嬉しいし、だからこそ切っ掛けを作ってくれたこの魔力は、ちゃんとした事に使わないといけないと思っている。


 それにはやっぱり、この力を使って異次元の事をしっかり解明するべきだと思う。それ以外にも使い道はあるかもしれないけど、それが1番自然な形だ。だからちゃんと納得できる形で、皆と協力出来る様になりたい。


「そろそろ説明しましょう。これから私達が話すことは到底信じられないかもしれないし、もしかしたら受け入れられないかもしれない。でも絶対に嘘はつかない、それだけは信じて欲しい」


「分かってる。でもそれを判断するのは、アイの言葉を聞いたあたし達だよ」


 アカリさんの言葉に僕も同意を示すように頷く。アイの表情には、緊張とは違う覚悟と言うべきものが宿っていた。


「それじゃあまず私達の関係から説明するね。私達は、前世からの知り合いなの」


 なるほど、そう来たか。これは僕も予想していなかった展開だったけど、言われてみれば何故その可能性に辿り着けなかったのかと思う。普通ならそんな荒唐無稽な話しを思い浮かぶ訳が無いけど、僕の境遇なら勘付く事も出来た筈だ。


 案の定アカリさんは全く信じていないというか、よく意味が分からないといった顔をしていた。それでも話の腰を折る事無く、アイの話しを最後まで聞こうとしている。


「知り合いって言うよりも仲間、戦友って言ったほうが良いかもしれない。私達は前世で互いに助け合って、命がけの戦いをしてきた。その記憶が有るから、今もこの2人とは信頼関係が続いてるの」


「……一応聞くけど、証明する方法はある?」


「勿論無いよ。でも私の事をよく知っている姉さんなら、不自然に思ったこともあるんじゃない?私は生まれた時から魔力の才能が有るだけじゃなくて、勉強だって他の誰にも負けなかったでしょう?当然だよね、前世で生きていた知識があるんだから、ちょっと文化が違ったって、子供の勉強レベルぐらいどうって事なかった」


 つまり、アイも僕と同じ様に転生者なのだ。そしてアイだけでなく、シイナさんとアラタさんの2人も同じ世界からやってきたという事になる。


「じゃあ今のアイはアイじゃなくて、その前世の誰かなの?」


「そんな事は無い。私は前世の記憶もあるけど、ちゃんと姉さんの妹のアイだよ。この記憶の事だって本当は誰にも言うつもりは無かったし、子供の頃にはアイとして生きるって決めてた」


 今のアイは前世の誰かでは無い、それは僕も同じ気持ちだった。何度も異世界を転生してきた僕だけど、今はこの世界に生きるユウリだ。元の世界に居た俺でも、最初に転生した勇者あでも無い。それだけは自信を持って言えるし、誰かに否定させるつもりもない。


「私達が出会ったのも、互いの正体に気付いたのも全部偶然だった。でも気付いたからには無視できなかったの」


「ここから先は私から話そう。何故私達の前世の記憶が互いにバレたのか、それはアラタと私の何気ない会話から始まったんだ」


 シイナさんとアラタさんの2人は、特待生の同期だったそうだ。今の立場を考えれば分かることだけど、2人とも当時から優秀で、言ってしまえば僕とアカリさんの存在ぐらい抜きん出ていたらしい。


「勿論この時点の私達は、互いに前世の記憶を持っているなんて事は知らない。知っていたら多分付き合う事は無かっただろうしね」


「え?2人はそういう関係だったんですか?」


「おい、わざわざ言う必要無かっただろ」


「悪いね、つい口が滑ってしまった。まぁ別に良いじゃないか。それこそ将来も約束するぐらいには親密な関係だったよ」


 シイナさんはあっけらかんと言っているけど、アラタさんは凄く顔を赤らめている。ただ1つ気になるのは、既に過去形となっている事だった。


「前世の事を知ったら何ていうか……そういう関係でいるのが気まずくなってしまってな。別に嫌という訳では無いんだが、少し後ろめたさがあってな」


「私は気にしないって言ってるんだけどね。っていうかアラタ、ここで私を逃したら他に相手がいないんじゃないのかい?」


 どうやらアラタさんの方が、過去の事を気にしてしまって遠慮してしまっているらしい。確かにこう言ってしまうのは失礼かもしれないけど、アラタさんはかなりいかつい感じなので、女性の好みという点では意見が割れやすいと思う。


「話しを戻そうか。卒業後は互いに今居る所に就職して、2人とも頭角を現していったよ。そこで例の魔法式の開発依頼が研究所に来たんだ。その時の私達はとても親密な間柄だったからね、本当は守秘義務とかもあるんだけど、今日は仕事でこんな事があったなんてのも普通に話してたんだ」


「そこで俺はシイナに雑談のつもりで、もし異次元があったとしたらどんな場所に行ってみたいかと質問してみたんだ。そうしたらあろうことか前世の出来事を、あたかも自分が妄想する異次元と称して語り始めたんだ。俺とシイナは仲間だったから、当然シイナの妄想は俺の記憶とも一致していたよ」


「その時は、本当に顔から火が出るくらい恥ずかしかったよ。まさか今付き合ってる男が、前世の仲間だなんて想像も出来ないだろう?」


 2人は恥ずかしがりながらも笑いながら話しをしていて、嘘をついていたり演技をしているようには見えない。僕自身はこの話しを信じても良いと思っているけど、アカリさんはどう思っているんだろう。


 ただこれでもまだ話しは半分程度だ。2人がどうやって互いの事を知ったのかは分かったけど、まだアイとの関係性については語られていない。


「すまない、つい脱線してしまうな。もし異次元が存在してそこに行けるかもしれないとなったら、当然元の世界にと思うだろう?ただ思うのは簡単だが、実現するのは到底不可能だ。本当に存在するかも、存在していたとしても特定の世界を探し出すことが出来るかも分からない」


「だが偶然にも、俺はそこに辿り着けるかもしれない方法を見つけてしまった。詳しいことは守秘義務で話せないが、行けるかもと分かった以上やらない理由は無かった。そんな時に現れたのがアイだったんだ」


 ここでようやくアイの名前が出てきた。時期的には多分、アイが研究所にスカウトされるより少し前の事だろう。ただこの時点では、アイが転生者だと分かるだけの情報は無いはずだ。


「私の元には学校の情報も入ってくる。学生であるにも関わらず、新魔法を次々に開発していく生徒がいるとなれば、当然注目もするさ。だが注目はしていたものの、ただの学生なら巻き込むつもりは無かった」


「新魔法が開発されたとなれば、当然俺達がその内容を確かめる事になる。そして俺が確認した魔法の殆どは前世で使われていた魔法……向こうの世界では呪文と呼ばれていたが、それと同じ様な効果を持つものばかりだったんだ」


 アイはその呪文の知識があったから、それを魔法式で再現しようとしてたって事か。まぁ確かに慣れ親しんだ呪文がまた使えたらっていう気持ちは分からなくもない。


 でもそうするとアイが名付けたっていう上級氷結呪文は、前世のものを再現した魔法だという事になる。それってつまり……いやまさかね。


 僕はアイが開発した上級氷結呪文を見たことが無いし、中身が全く同じかどうかなんて分からない。それに名は体を表すなんて言うし、同じ名前の魔法なら似たような見た目にもなるだろう。


「当然そんな人物が居れば、同郷かもしれないと思うだろう。私もアラタに出会ってなければ、単なる偶然としか思わなかったかもしれないが、私達以外にも前世の記憶を持つ者が居るのかもしれない。そう思ってアイに接触してみたら、案の定だったという訳だ。同じパーティの仲間だったというのは、予想外だったけどね」


「それから私も2人の話しを聞いて、異次元の調査に協力することにしたの。私も2人と同じで、もう一度あの場所行けるかもしれないってなったら、その気持ちを止めようがなかった」


 これでアイ達の話しは終わりだった。この時点で僕の心はもう決まっていたけど、あとはアカリさん次第だ。僕がアイに出した条件は、僕とアカリさんの2人が納得できる説明をすること。僕だけが納得していても、アカリさんが拒絶したら結局今の関係性は崩れてしまう。


 僕は口にこそしないけど、アイの目を真っ直ぐに見て頷いた。一応これで僕は納得したという意思表示を見せたけど、アカリさんはまだ口を開かない。


「無理に納得して欲しいとは言わない。でも私は嘘はついていないし、誰かに騙されてるとかそういう事も絶対に無い」


「……うん。あたしも3人の話しを聞いて、表情を見て、多分嘘はついてないなって思った。でもまだ納得出来ないのは、ユウリの事なんだよ」


「僕は僕の意思でと言った筈ですけど……」


「本当に?その魔力が異次元からもたらされたものだから無関係じゃない、とか思ってない?ユウリは自分からこの件に関わる理由を探してた訳じゃないって言い切れる?」


 それを言われると、僕は違うとは言い切れない。何故なら僕はどの異世界においても、自分の役割を探し、その役目を遂行しようという考えが行動の根本にあるからだ。


 僕は異次元の話しを聞いた時点で、間違いなくこの世界での役割はこの異次元の調査にこそあると考えていた。そういうバイアスがあったからこそ、3人の話しを疑うこと無く信じて、協力する事に抵抗が無いという点も多少は有る。


「僕がやりたい事を見つけた、とは思ってくれないんですか?」


「ユウリがそう言うならあたしは信じるよ。そうなの?」


 これは参った。惚れた女の弱みとはこの事を言うのか、僕はアカリさんに対して嘘をつく気になれなかった。そして黙ってしまったという事は、否定していると言っている様なものだ。そんな僕の様子を見たアカリさんは、トドメとばかりに更に核心的な言葉を言い放った。


「ユウリもさ、前世の記憶とかあるんじゃないの?」

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