力を得た理由
アラタはユウリを医務室に送った後、緊急の用件と言ってアイを呼び出した。またそれとは別に、アカリの端末にも連絡を入れた。こちらは何も言わずとも、医務室に向かってくれるだろうと見越しての事だ。
「どうしたの?緊急の用件だなんて、というかユウリと一緒じゃないの?」
「その事で呼んだんだ。気をたしかに、落ち着いて聞いてくれ」
アイはアラタの言葉で、ユウリに何かあったと察する。ただ当のアラタが冷静でいた事で、アイも落ち着いて話しを聞くことが出来た。
「予定通りユウリをあの実験室に連れて行ったんだが、中に入るなりユウリは体調を崩した。急いで医務室に連れて行ったが、外に出てからはすぐに復調していた」
「急な体調不良……ユウリの身体に何があったか分からないの?」
「今頃は検査結果が出ているかもしれないが、まだ分からない。ただユウリが体調を崩した時に、あの魔法式にも異変があったんだ。これを見てくれ」
アラタは測定器から抜き出したデータをアイにも見せていた。そこにはアカリが毎日記録していたデータが入っていて、以前からの傾向にもあったように魔法式の魔力は緩やかに減少している。
しかし今日ユウリに指摘されてアラタが測定した所、式に残っていたほとんどの魔力が失われていた。
「俺達が入った直後にこうなったんだ。ユウリの体調不良と何か関係がある可能性が高い」
「確かにその可能性は高いけど……私達は何とも無かったのに、なんでユウリだけこんな事に?」
「それはこれから調べないと分からない。すぐに復調したとは言え、あの式に残っていた魔力は相当な量だ。しばらくは安静にしておいた方が良いだろう」
「分かってる。ユウリの働きのおかげで仕事にもかなり余裕が出来てるし、休みを取ってもらうことにする」
それからアイとアラタで、ユウリに関する扱いについて口裏を合わせる様に情報を流す事にする。異次元との接触に関する事で、原因不明の出来事があったという事が公になれば、今後の計画にも支障が出てしまい不味いのだ。シイナにも報告して情報管理は徹底しておく必要がある。
「後は姉さんがどう考えているか……それは私が説得するしかないか」
アイは異次元の事を調べなければならない理由が有るが、アカリはそうでは無い。慕っているユウリの身に危険があったとなれば、この計画に疑問を持つということも充分に考えられる。その可能性があるからこそアラタはアカリをこの場に呼ばず、ユウリの元に送る事でアイと話し合う時間を作り出していたのだ。
この日の夜、僕は修羅場を迎えていた。結局僕は、この日はずっと医務室で休んでいて、終業時刻にアカリさんとアイが迎えに来てくれた。
ただ2人は互いに一言も喋らなかった。家に帰ってからようやく口を開いたかと思えば、大喧嘩が始まってしまった。
「何で説明できないの!?ユウリが危険な目に遭ったんだよ!」
「だからまだ調査中だって言ってるでしょ!ユウリの身体に何が起きたのか調べる為にも、調査しなきゃいけないの!」
「そうしたらまたユウリが危険な目に遭うかもしれないでしょ!大体、そこまで異次元に固執する理由も教えてくれないのは何で!?アイはあの2人に何か吹き込まれたんじゃないの!?」
「2人は関係無い!2人がいなくたって、私はあの世界を調べないと……」
「何も知らない世界とユウリ、どっちが大切なの!」
「そんなの……そんなの分かんないよ!私にはどっちも大切なの、選べないよ!」
アカリさんは理解出来ないと怒っているし、事実僕も何故アイがそこまで頑なに理由を話さないのか理解出来ない。アイは何とか説得しようと言葉を探しているけど、結局何も口にすることが出来ずに泣き出してしまった。
もうこれ以上は見ていられない。本当はこんな事したくないけど、これ以上言い合わせていたら、修復できないところまで関係が崩れてしまう気がする。それだけは絶対に阻止したい。
「あの……僕からも良いですか?と言うか、僕の気持ちも聞いて下さい」
「……何?」
「まず、2人とも喧嘩しないで。僕は見ての通り大丈夫なんだから、少し冷静になって欲しい。危険な目に遭う事以上に、今こんな喧嘩をしてる事の方が苦しいよ」
僕の言葉を聞いてくれたアカリさんはそ、れ以上アイに言い寄るのを辞めてくれた。それからアイが泣き止むのを待って、僕は話しを続ける。
「まず大前提だけど、僕は巻き込まれたなんて思ってない。異次元の事については、自分で決めて関わろうと思った。アイだって本当は巻き込みたくなかったから、僕の才能の事とかを隠しておいてくれたんでしょ?」
「そうだけど……でも結局」
「シイナさんが僕に目を付けたのも、僕たちの戦いを見たからで全くの偶然。それが無くてもいずれはバレてたよ。僕の力は隠しきれるものじゃない」
自分で言っていると自惚れている感が凄いけど、多分事実だと思う。どっちにしろ何もなければ研究所に行こうと考えていたし、そうすれば僕はすぐに実績を積み上げる筈だ。そうしてシイナさんかアラタ所長に目を付けられて、結局は巻き込まれる流れになるのは目に見えている。
「だからアカリさんが心配してくれてるのに申し訳ないけど、僕は異次元の調査に関わって行く。それだけは変えるつもりは無い」
「……ユウリがそのつもりでも、あたしは止めるよ。アイにそんなつもりが無いっていうのが分かっても、あの2人がどうかは分からない。悪い人じゃないとは思うけど、だから信用できるっていうのは違う」
アカリさんも少しだけ分かってくれたけど、やっぱり譲れないラインがあるみたいだ。それも当然の事だと思うし、僕が逆の立場でも同じことを考えると思う。アカリさんにも納得してもらう為に、やっぱりもう一歩踏み込んだ話しが必要だった。
「僕も本心ではあの2人は大丈夫、信頼出来るって思ってるけど、そんな思い込みだけで判断して良い事じゃないのは分かってる。だからアイ、僕に条件を出させて欲しい」
「条件?」
「あの2人とアイの関係を教えて欲しい。それと何故そこまで異次元に拘るのか、それが分からないと僕は協力できない。もしアイが1人で判断出来ないなら、2人に相談しても良いよ」
「えっと……でもユウリは調査に関わっていくって」
「関わっていくとは言ったけど、協力するとは言ってないよ。もしアイから納得出来る理由が聞けなかったら、僕は1人でも調査する。どうやって調査するんだ、なんて言わないでね?それとも僕が、その程度の魔法式を作れないとでも思ってる?」
僕が出した条件に、アイだけじゃなくてアカリさんも驚いていた。アイ達の計画もアカリさんの気持ちも関係なく、僕は1人でも調査をすると宣言した。
ただこれは、僕にとっても結構な賭けになる。アイが条件を飲んでくれなければアイとは離れる事になるだろうし、アカリさんも僕を止めるために決別して戦うことにもなるかもしれない。
本当は僕だってそんな事したくは無いけど、色々考えた結果こうすることしか出来なかった。今更どちらかの気持ちだけを汲んで、もう一方を傷付けるという選択なんて取れない。
「……分かった。ちゃんと私達の事を話すよ」
「シイナさん達には確認しなくて良いの?」
「いい。でも、2人を同席させても良い?」
「それは勿論。むしろ、全員でちゃんと意思統一して話してくれた方が有り難いかな」
「じゃあ2人の都合が付く日を確認しておく。姉さんも……遅くなっちゃったけど、聞いてくれると嬉しい」
「うん。あたしも言い過ぎた。ごめんね」
良かった良かった。とりあえずこの場は一旦収まってくれて、2人も一応は仲直りしてくれた。ただやっぱり仲直りしたばかりというのはぎこち無さが出てしまうもので、そういう雰囲気を壊すためには僕が一肌脱ぐしかないだろう。
「あーあ、ホッとしたら急にお腹空いちゃったな。でも料理するのも面倒だなー」
「なにその棒読み。でも良いよ、今日は私達が料理を作るから」
「っていうか、ユウリは1度倒れたんだからゆっくり休んでないとだよ。お風呂でもお世話してあげるからね」
「うむ。2人とも良きに計らってくれたまえよ」
こうして僕の世話をさせる事で、2人は協力せざるを得なくなる。決して僕がハーレムを堪能したいからでは無い。わざとふざけた事を言って雰囲気を明るくしようとするのは、いつもはアカリさんがしてくれていた事だ。
そんなこんなで、僕は2人に甲斐甲斐しく世話をしてもらう事で英気を養い、翌日もすぐに仕事に戻るつもりだった。
「ダメに決まってるでしょ!しばらく安静にしてないと!」
「あぅ……でもまだ有給もあまり無いし……」
「その辺は私がどうにかしておくから。それと、今度から全部1人で動作確認の魔法を担当するのは無しの方向でいくから。手伝ってた人が、ユウリが倒れたのは自分が無理をさせたせいだって謝ってきたんだよ?」
結局2人から働くなと怒られてしまい、翌日は家でお留守番をする事になった。僕のせいで安全に関するガイドラインが厳しくなって、やりづらい環境になったらやだなぁ。でも今そういう話しが出るという事は、遠くない未来でもそういう問題が起こり得るという事なので、仕方ないのかもしれない。
一方で、今1人になって考える時間が生まれたというのは有り難い面もあった。あの時起きた事について整理しておきたいし、アイ達の話しを聞いた後の展開についても予想して準備をしておきたい。
「アイがシイナさん達と出会ったのが3年前で、僕の魔力が増えたのも大体3年ぐらい前……多分偶然じゃないよね」
3人が実験を行った正確な時期というのは聞いていないけど、僕の魔力が急増した事と実験は無関係では無いと思う。部屋に入った途端、僕の魔力が急増した事からもまず間違いない筈だ。
ただ何故僕だけにその減少が起きたのか、それは全く分からない。僕の事を見ている神様からしたら、そういうイベントがあった方が話しが面白くなるという、いわゆるご都合主義で済む話なんだろうけどそれで済ませる訳にはいかない。
「ご都合主義か……案外それもあるのかな?向こうの世界には魔物がいるみたいだし、多分僕はこの世界の誰よりも魔物に詳しい筈」
もしもこの世界にも神様が居るのなら、人類に魔物の脅威が迫った時、一体誰に力を与えるだろうか。僕が神様だったら、やっぱり強い人や戦う勇気がある人に力を与えて勇者の役割を与える。その点僕は、1度勇者を経験しているので適任だ。
ただこの世界には僕以上に強い人、というかアカリさんが存在している。僕よりもアカリさんに力を与えた方が効率的な筈なので、やっぱりこの理由では成立しない。
「この世界の神様のせいじゃないとすると……アラタさんは流石に無理があるか。そこまでの事を式に組み込むのはまず不可能だろうし、やっぱり偶然なのかな?」
僕を転生させた神様達は、勝手に脚本をいじらないと約束してくれているので疑うことは出来ない。結局今の僕には情報が足りないので、分かりようが無いという事だけが分かった。
というわけで、次はアイの話しを聞いた後の展開について想定をしておく事にする。今更嘘を混ぜてくるという事もないだろうし、いくつかのパターンを想定しておけば良いはずだ。
「3人の関係について……ネットで知り合った、だけじゃあ弱いよね。もっと根本的な強い信頼関係みたいなのが見えたし。3人に共通する何かがあるとするなら、思想とか宗教?聞いたこと無いなぁ」
僕は元の世界でもこの世界でも、アイ達3人の様に信頼し合っているという人が居た事はない。いや、アカリさんとアイは信頼してるのでいない訳じゃないか。
でも僕たちの共通点なんて、それほど多い訳では無い。僕とアカリさんに関しては学校では浮いた存在だったとか、部屋が同室だったという事がある。でもアイは、ただアカリさんの妹と言うだけだ。なのに何故、僕たちはそこまで互いに惹かれ合ったんだろうか。
「あー、ダメだこりゃ。わかんないことが多すぎて迷走してる」
いつの間にか僕とアイの関係にまで思考が流れていた事に気付き、これ以上は無意味だとそこで考えるのを辞めた。
こうなると僕に出来る事は1つしか無い。それは僕とアカリさんが納得出来るだけの説明をしてもらえるように願う事だけだ。ただそれだけで僕たち3人は離れる事無く、1つのことに向かって手を取り合えるのだから。




