体調不良の原因
入所直後に新魔法を完成させたとして、すぐに僕の顔と名前が広く知られる事になった。学校に入学した時とは逆の意味で目立っているけど、これも予定通りなので問題ない。
僕に関する話題の中には、アイの名前も挙がる事が多い。その内容は僕も充分若いけど、それでもアイの方が凄かったという話だ。
アイが魔法を開発したのは小学生の頃で、それが切っ掛けでここに来る事になった。対して僕は、中学生の年齢でここに来てから魔法を開発した。充分優秀だと言えるけど、やっぱりアイと比較されると少し見劣りする感は否めない。
「別に気にしてる訳じゃないけどさ、僕だって小学生の時から作ってたし。もっと言えば、僕のほうがたくさん作ってるし」
「まぁまぁ……隠しておかないといけない理由もあった訳だしね。それにそういう秘密があった方が、格好いいと思うよ」
僕が冗談のつもりで愚痴を言うと、アイは真面目にフォローしてくれる。ありがとうアイ、そういう優しい所が貴方の良い所だよ。
一方でアカリさんもまた既に有名人になっていた。アラタ所長と互角の勝負をしたという話しはすぐに広まったし、それからアカリさんは巡回中にも色々な人から挨拶をされる様になっていた。
アカリさんにまつわる話しとして、僕たちの学生時代の事も話題に挙げられる様になっていた。どうやら学校の先生と仲の良い人が、この建物内のどこかの企業にいたらしく、僕とアカリさんの武勇伝を聞いたらしい。
中でもインパクトのある話しは、僕たちの戦闘訓練の成績と直接対決の話だろう。どちらも授業中は無敗だったけど、直接対決ではアカリさんに軍配が上がった。という訳で僕も強いけど、戦闘力という点ではアカリさんに見劣りするという評価になっていた。
「別に気にしてる訳じゃないですけど、僕とアカリさんでは、そもそも魔法の操作という点で年季が違いますし。それにあれ以降の対戦では勝った事だってありますし」
「むくれてるユウリも可愛いよ」
僕が愚痴っても、アカリさんは全くフォローしてくれない。何なんだこの人、脈絡が無さすぎる。でも褒められて悪い気はしないので別に良いか。
最初こそ3人で集まって昼食を取るのも目立っていたけど、今となってはそれが当たり前の風景になっている。まぁ目立つのは目立つけど、風当たりが強い訳では無いので一向に構わない。
「今晩なんだけど、私は1度シイナの所に行ってくるから2人は先にご飯食べてて」
「シイナさんの所に?ってことはもうすぐ進めるの?」
「あの部屋も落ち着いてきたし、そろそろかなとは思ってた」
「今すぐとはいかないけど、少しずつ動き始めないとね。そろそろユウリにも、あの部屋を見ておいて貰わないとかな」
僕はまだ異次元に繋がってしまったという部屋を見ていないけど、話だけは聞いている。魔法式から検出されていた魔力も今は消えかけていて、もう少ししてから回収して調査することになるだろう。
そのタイミングで異次元に関する調査チームを結成することになる筈だけど、僕もアカリさんも今なら充分評価されているので、チーム入りに違和感を抱かれる事は無いはずだ。
そういう事情もあるので、今日以降僕は気合を入れて通常業務をこなしていく。調査チームに入ってもこちらの業務を放っておくという事は出来ないので、なるべく片付けておいて余裕を持たせておきたい。
「すみません。手が空いたので、どなたか抱えている式があれば僕に流してもらえますか?」
自分の作業を終わらせたら他の人の作業を手伝う。今ではすっかりパソコンでの作業にも慣れていて、手書きで式を作るのと大差なかった。この日の午後で相当数の魔法式を改良したので、明日はまとめて動作確認を行ってしまえばかなり効率が良い筈だ。
「ユウリ、明日の午後ですがアラタ所長の所に行ってくれますか?」
「分かりました。それでしたら、午前中の動作確認は私に任せてもらってよろしいですか?結構量が多いはずですので、少しでも分担しないと大変だと思います」
「そうですね。ではもう一人、機械操作を行う人を連れて行って下さい。午後はユウリと入れ替わりで、他の人にやってもらいます」
動作確認を行う時は多くの魔法を使う事になるので、魔力的には結構な重労働になる。僕は魔力量が桁違いなので平気だけど、普通は3人以上で機械操作と魔法を使う役割を交代しながら行うのだ。今回はただでさえ僕が大量に式を用意してしまったので、その分は僕がしっかり負担しておかないと他の人が倒れてしまう。
翌日、僕は午前中の間はずっと魔法を使いっぱなしだった。途中で一回だけ休憩を挟んだけど、それも疲れたからという訳ではなく、元々用意されている休憩時間だ。
「あの、本当に平気なんですか?」
「はい。魔力量はとても多いのでこのぐらいは全然平気です」
流石に体調の心配をされるけど無理なんてしていないし、アカリさんとの戦闘でも魔力切れを起こした事はなかった程なのだ。過去に1度だけ、検査の時に起きた事件では魔力を失いすぎて気を失ってしまったけど、あれ以降はそこまで魔力が減った事はない。
その上入所時に受けた検査で、学生の頃よりも更に増えていた事が分かっている。急激に魔力量が増えた時程では無かったけど、身体の成長と共に順調に魔力も増え続けていたらしい。
午後になって、僕の代わりに2人の職員が来てくれたので作業を引き継いだ。ここからは午前中に僕と組んで作業をしていた人を含め、3人で交代しながら動作確認の作業をしていく。本来ならこの人数で行うのが、安全上も適切な作業なのだ。
「失礼します」
「おう、来たか。意外と久しぶりになるな」
作業を代わってもらってから僕は所長室にやってきた。アラタ所長も言う通り、初日の挨拶以降ここには来ておらず、顔を合わせるのはまだ2回目だ。それでも互いに共通の知人から話しを聞いているので、そこまで知らないという間柄では無い。
「話しは聞いてるな?案内する、付いてきてくれ」
所長に付いていくとアカリさんに聞いていた通り、何の変哲も無い扉が強大な結界で守られていた。その結界を所長が解いた瞬間、僕は言い様のない感覚に襲われた。
「う……」
「ん、どうした?」
「あ、いえ、何でもありません」
その変な感覚も一瞬で消えてしまった。気の所為では無かったと思うんだけど、今は何とも無いし確かめる術もない。やっぱり気の所為だったと思うことにして、中にある鋼鉄の扉の奥へと向かう。
そこで僕の体調は突如悪化し始めた。鋼鉄の箱なのに全く息苦しさは感じない、そう聞いていた筈なのにとてつもない息苦しさを覚える。
「あそこに落ちているのが説明していた……おい、大丈夫か?顔が赤いぞ」
「……すみません、何かちょっと息苦しくて」
「苦しい?魔法でこの中の環境は整えられている筈なんだがな」
この世界に生まれてから、僕は1度も大きな病気どころか風邪すらも患ったことは無い。でもこの全身の気怠さは、風邪によるものでは無いと直感で気付いていた。
「この部屋、何かおかしいです……あの機械の魔力はどうなってますか?」
「毎日アカリに計測して貰っているし異常は無かった筈だが……確認してみよう」
アラタ所長が部屋の中にある機械を操作して、空間内と例の機械の魔力を測定する。その間にもどんどん僕は体調が悪化していき、次第に呼吸も荒くなっていた。
「なんだ?どんどん魔力が減っていっている……ユウリが気付いた異変はこれの事、っておい!大丈夫か!?しっかりしろ!」
「だ、大丈夫です……でもすみません、一旦外に出ます」
僕はノロノロと部屋を出ていくと、アラタ所長も測定器のデータだけ抜き取って出てきた。部屋を出た途端に体調の悪化は収まったけど、まだ頭はぼーっとしている。
「医務室に連れてってやる。少し大人しくしていろよ」
アラタ所長は軽々と僕の身体を背負って、医務室まで連れて行ってくれた。着いた頃には大分体調も戻ってきていたけど、大事を取ってきちんと検査をしておく。
ここには普段から魔法関連の怪我や、魔力の使いすぎで倒れるという事がよくあるので医者が常駐していた。他の企業でここまで備えている所も多くないので、改めて研究所の大きさを実感する。
「俺からアイに連絡しておく。検査の結果が出ても、アイから連絡が来るまでは医務室で休んでおいてくれ」
「分かりました。お手数をかけてしまい申し訳ありません」
「気にしないでくれ。ユウリの活躍は皆も知っている。少しぐらい休んだって誰も文句は言わん」
誰も文句は言わないかもしれないけど、2人にはもの凄く心配されるだろうなと思いながら検査結果を待つ。すると結果が出るより早く、アカリさんが医務室にやってきた。
「ユウリ!大丈夫なの!?」
「医務室では静かにして下さいね。今はユウリさんしかいませんけど、常識ですよ?」
「あ、すみません……」
やってくるなり怒られてしまい落ち込むアカリさんだけど、僕が元気であることを確認するとすぐに笑顔に戻った。心配をかけてしまって申し訳ないという気持ちがあるので、アカリさんに早く仕事に戻れとは中々言い出せない。
「検査結果が出ましたよ。ただ、特に異常は無いんですが……おかしな点があります」
「おかしな点?何ですか?」
何故か僕に代わってアカリさんが説明を聞いているけど、特に気にしないでおく。医者が怪訝な表情になっているのはアカリさんの存在よりも、僕の検査結果の方に有るはずだ。
「ユウリさんが以前から多くの魔力を有しているのは知っていましたが、この結果は異常ではありませんか?何か心当たりはありませんか?」
僕とアカリさんが検査結果のデータを見せてもらうと、確かにおかしな数値が出ていた。僕の魔力量はずっと増加傾向にあったけど、ここに来てまた急増していたのだ。どのくらい増えたかというと約2倍程の量になっていた。
最後に検査したのが入所前で、その時点から2倍というのはこれまでに無いほどの増加量だ。特待生になった時には成人よりも多いと言われて、その後も増え続けていたにも関わらず、ここに来てまた急増した。
この時点で僕の魔力量は、魔法関係の仕事に就いている人の平均値を10倍も上回り、そうでない人とはもはや比較も難しいレベルだ。
「心当たりは……ちょっと分かりません」
「そうですか。これほどの魔力を持つ人は、過去に例がありません。念のため、定期検診を行った方が良いでしょう。職場の方にもこちらから伝えておきますね」
心当たりが無いと言ったのは嘘で、ほぼ間違いなくあの部屋に行った事が原因だと思う。でも流石にそれを医者に言ってしまう訳にはいかないので、今は大人しくアラタ所長とアイの指示を待った方が良い。
心配そうにしているアカリさんには心苦しいけど、流石にそろそろ仕事に戻りなさいと言っておいた。駆けつけてくれたのは嬉しいけど、今のところ身体に異変が無いのだから、いつまでも付きっきりで居るわけにはいかない。何かあっても近くに医者もいるのだ。
「まさか、あの機械にあった魔力を僕が吸収した?状況的にはそうとしか思えないけど……」
もしそうだったとしても、何故僕だけがあの魔力を吸収してしまったのか。これまでに僕が知っている限りでも4人はあの機械に近づいていたのに、その人達には何も起きていない。
ただもしかすると、という考えが無いという事も無い。でも今の段階では全く確証の無い事なので、それについても後でアイとアラタ所長には話しを聞く必要があった。




