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試練とこの世界

 翌日俺が目を覚ますと、仲間達はまだ夢の中にいるようだった。俺が少し早く目が覚めてしまったのかもしれないと部屋を見渡すも、時計なんて物は無かった。窓の外はまだ暗く、これから日が昇り始めるという頃なのだろう。


 少し暇な時間が出来てしまい二度寝をしたいと思うほど眠くも無かった為、俺は昨日起きた事について少しだけ考えを巡らせていた。それは戦闘中の事であり、ゲーム好きならば一度ぐらいは考えたことがあるかもしれない謎の1つだと思う。


 それは1ダメージって実際どの程度の傷なのか、という事である。最大体力に対して1ダメージの威力が変わるというのはよく言われると思うが、本当にそんな単純な事なのだろうか。


 確かに体力が10しかない者と50ある者では、同じ1ダメージでも割合という意味では全く違う。だがどれだけ高レベルになっても残り体力が1しかなければ、最序盤に現れる最弱の魔物の攻撃が当たるだけで死んでしまうのだ。


 そこで俺が考えた末に出した憶測は、このダメージという概念は直接魂や精神に働きかけられているのでは無いかというものだ。肉体的な傷は魂へのダメージに変換され、体力が減る毎に少しずつひび割れていく。ひび割れて残り体力1となった魂は、最弱の魔物からの些細な攻撃であっても簡単に砕けてしまうのだ。


 これはあくまでも俺が転生したこの世界における推測なので、他の世界やゲームでは全く当てはまらない可能性があるのは理解してもらいたい。


 そう推測するに至った理由の1つに、この世界において俺達の身体は精霊様の加護によって守られているという事がある。昨日の戦闘でああああはダメージを受けはしたが、傷を負ったとは表現しなかった。


 事実、ああああは見た目には何も変わっていなかったのだが、ステータス画面ではしっかり体力が減っていたのだ。俺達が多くの戦闘を行い歩きっぱなしのまま旅を続けても全く疲れなかった事、そしてダメージを受けても身体に傷は付かなかった事、どちらも精霊様の加護のおかげだろう。


 まだ経験していないし経験したくも無いが、ゲームでは死んだ場合棺桶になってしまい、誰かに蘇生してもらう必要がある。少しエグい表現になってしまうが、激しい戦闘の末に身体がちぎれ飛んでしまったり、或いは炎によって燃やし尽くされてしまった時に、本当に元通りに蘇生する事が可能なのかという疑問がある。


 そうした身体の損傷は全て精霊様の加護によって守られる代わりに、本来受ける筈の傷を魂が肩代わりしているのだと考えた。見た目には綺麗な状態の身体を棺桶に保管し、僧侶の呪文や教会の加護によって魂を元通りにしてもらうという方が分かりやすいのでは無いだろうか。


 重ねて言うが、これは俺がこの世界を実際に体験したことで考えた推測であるという事だけ理解しておいてもらいたい。


「おはようございます。勇者様は朝が早いんですね」


 俺が一人で考え事をしているといつの間にかぁぃが目を覚ましていた。寝起きかつ下着姿の彼女の姿を凝視するのは申し訳ないため目を逸らす。


「あ……あはは、別にそこまで気になさらなくて良いですよ。このぐらいでしたら最初から想定してます。むしろ勇者様に気にして頂けるなら嬉しいぐらいです」


 何故か女性陣二人共俺に対して好意的過ぎないかと思うが、あまり真に受けて勘違いしても悪い為考えすぎない様にしておこう。英雄色を好むとは言うが、それは真の英雄と認められてからの話であり、こんな駆け出し冒険者の状態で使って良い言葉ではない。そういう話は自他共に認められる様になるまではお預けだ。


「んぁ……おはよう。ってなんだ、まだだいぶ早いな」


「本当だね。でも今日は早めに出ていった方がいいんじゃないか?昨日言っていた塔に行くなら、それなりに時間はかかるだろ?」


 話し声で目覚めてしまったのか、ああああといの二人も身を起こしていた。悪いと思いつつもいの言う通り、今日は少し早めに出ておいた方が良いだろう。


 全員で着替えて宿を出ると、道具屋に寄って薬草などの必須品もろもろを購入しておく。金貨は王様からもらった以外に、魔物を倒した際に勝手に魔法の袋の中に入っていた為、まだ余裕があった。


「よし、それじゃあ行くか!」


「声が大きいよ。まだ朝早いんだから、近隣に迷惑だろ」


 この二人のやり取りに自然と笑いが溢れる。まだたった一日しか旅をしていないのに、もうここまで打ち明けれられているという事が嬉しかった。


 その日の旅も順調そのものだった。目的地の塔に行くためには地下洞窟を通る必要があり、当然そこに出てくる魔物は外と比べて強い魔物ばかりだ。しかしレベルも上がり、戦闘にも慣れてきた俺達はそこまで苦戦する事も無く進むことが出来た。


「そういえばこの魔物達、一体どこから現れるんでしょうか?」


 ぁぃの発言は、昨日俺も考えていた事だった。初戦闘の時は緊張していた為に魔物の接近に気付かなかったのだと思ったが、何度も遭遇する内にそうでは無かったと確信した。魔物たちは正真正銘、どこからともなく突然現れるのだ。


 ゲームという存在を知っている俺は、それがランダムエンカウントなのだと勝手に納得している。しかしその言葉を知らない、もし知っていたとしても先程俺が考えていた1ダメージ問題の様に疑問を持つことはあるだろう。


 これについても俺は1つの憶測を持っている。それは魔物は本来実態を持たない、魂だけの存在であるという事だ。それが魔王の力によって突如具現化する為、普段は目に見えずに突如姿を現すのだ。そして元が魂だけの存在であるが故に倒してもその死体は残らないし、精霊様の加護を持った俺達の魂に対して攻撃する事で命を奪っているのだと考えている。


 あくまで最初の推測があってこその理論で有るため、前提条件が違えば全く筋違いの話になってしまうのは言うまでも無い。


「そういうもんだって慣れるしかないけど、常に気を張ってなきゃいけないってのはしんどいよな」


「あたしもそろそろ出てきそうだって雰囲気だけは分かるけど、正確なタイミングまではわからないからね」


 歩き続ければエンカウント率も高くなる、それは実際にこの世界を歩いてきて身を以て実感していることでもあった。しかし結局のところ出来ることは、なるべく出てこないように祈るという事だけだ。


 そんな雑談が出来るうちはまだ心に余裕がある証拠でもある。うまく行き過ぎているという気持ちもあるが、上手く行くに越した事は無い。今はただ慢心せずに目的地へ向かうだけだった。


「本当に塔の中に入っちまった。こんな情報一体どこから仕入れて来たんだい?」


 当然ゲームの知識だなどと言える筈も無く、ただ愛想笑いをして誤魔化すだけだ。いとぁぃはその俺の顔を見て何故か視線を逸らしたのだが、そんな変な顔をしていただろうか。


「まぁ何でもいいじゃねぇか。だが色恋沙汰で仲間内に不和を持ち込むのだけは辞めてくれよ?」


「な!私はそんな事……」


「なんだい、見た目の割にあんたも結構聡いじゃないか。女の扱いは慣れてんのかしら?」


「まぁな。こう見えて俺は地元に女を残してきてる。こういう場合勇者様が二人とも愛してやるっていうのが一番収まりが良いと思うんだが、そこんとこどうなんだ?」


 突然俺に話しを振られても困ってしまう。とは言え二人がそういう気持ちを抱いてくれるのはまんざらでも無いため否定は出来ない。はっきりと言葉には出来ずとも、やはり仲間には俺の考えている事はしっかり伝わってしまう様だった。


「良かったじゃねぇか。二人共脈はありそうだぞ」


「ぁぃが遠慮するっていうならあたしが独り占めしちゃうけど、それでいいのかい?」


「そ、それは……皆さん!敵です!」


 油断していた訳では無いというのは嘘になる。確かに今この瞬間、全員の気は緩んでいた。だがそれでも今回現れた敵は今までに比べ、出現からこちらに仕掛けてくるまでの猶予が短かった。現れてから襲いかかるのでは無く、襲いかかりながら現れたと言って良い程だ。ゲームでもよくある不意打ちによる先制攻撃というやつだろう。


「きゃあああ!」


 そして運の悪いことに、もっとも体力が少ないぁぃに魔物の攻撃が集中してしまう。6匹もの魔物の総攻撃は、もしかしたら屈強な戦士であるああああでも耐えきれないかもしれない程であり、ぁぃが生き残れる筈も無かった。


 魔物の攻撃が終わると、そこにぁぃの姿は無く1つの棺桶が現れていた。一方的な暴力に晒されて尚ぁぃの身体は最後まで傷つくことはなく、最も知りたくない形で自らの考えが証明された瞬間だった。


 その後の俺の判断は自分でも驚くほど早く、間髪入れず二人に逃げる指示を出していた。ぁぃがいなくなった事で敵を倒しきるだけの火力も足りず、その上敵の攻撃もより一人に集中しやすくなっている。今からまともに戦っても勝ち目は薄かった。


「くそ!こんな所で!」


 しかし逃走も簡単には行かず、ああああが幾度も攻撃を受けてしまう。そうして足が止まりかけた所で次いでいも攻撃を受ける。だがそれでも必死に逃げるしか生き残る道は無く、ああああが倒された所で魔物も満足したのか、ようやく逃げおおせる事が出来た。


「はぁ……はぁ……すまないね、勇者様。あたしもここまでみたいだ」


 逃げ切ったと思った所で突如としていも力尽き棺桶になってしまった。攻撃を受けた時に毒を貰っていたらしく、その回復が間に合わなかったのだ。これで先程まで笑い合っていた3人は皆死んでしまい、塔の中に俺だけが1人取り残されてしまった。


 ここで泣いて後悔している暇など無い。村に戻って教会に行けば、この3人を生き返らせる事が出来る。そうして皆にきちんと謝って、今度はもっと準備をしっかりしてからリベンジしよう。そう頭を冷静に保つ事に努め、塔からの脱出を計る。


 だが4人だったからこそここまで順調にくる事が出来たのだ。たった1人で帰れる筈も無く、案の定帰り道では魔物に襲われてしまう。帰り道の魔物が塔の中の魔物よりも弱いとは言え、薬草を使いながらの逃走が間に合う筈もなく、俺の初めての異世界転生はここで終わってしまった。1つだけ幸いだった事は、精霊様の加護のおかげで痛みを感じずに死ぬことが出来たと言うことだけだった。





「……起きなさい。起きなさい、私の可愛い息子。今日は大切な日でしょう?」


 少しずつ覚醒する意識の中で目に写ったのは女性の顔と見知らぬ天井、その事から俺は寝ている所をこの女性に起こされたのだと理解する。


「やっと起きましたね。今日はあなたの誕生日で、王様に会いに行く日でしょう?下で待ってるから、早く準備をして降りてらっしゃい」


 俺は寝ぼけた頭の中で必死に何かを思い出そうとしていた。この展開はどこかで見たことがある気がする。いや、見たことがあるというなんてものでは無く、もはや俺にとってはお馴染みのあの展開に酷似していた。


 そんな予感を持ちつつも冷静に事態を把握すべく、まずはベッドから起き上がり部屋の中を見渡す。そしてそれがさも当然であるかの如くタンスを調べると、中には薬草が入っていた。この時点で俺はこの世界がどういったものなのか、絶対的な確信を持った。


 ゲームのリセット。それが俺の身に起きた事だ。前回悲惨な死を迎えた筈の俺は再びこの世界に蘇った。何故またこの光景から始まったのかといえば、協会でお祈り(ゲームデータのセーブ)をしていなかったからに違いない。それをしていればあのお馴染みのセリフを王様か、或いは教会の神父に掛けて貰えたのだろう。


 この世界で死んで尚、再びこの世界に生を受ける。無限に転生を繰り返す俺の魂は、この世界を平和に(ゲームをクリア)するまで次の世界に旅立つ事は無いのだと悟った。

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