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魔法開発

 僕は1人でずっと席に座って、昨日渡された新魔法の資料を眺めていた。今は進められそうなものと、そうでないものを僕基準で仕分けしているところだ。


 明らかに無理そうだなと思うものの中には、物質を構成する元素を別の元素に変えるという様なものもある。資料に書いてある用途には鉄を金に変えたいとあるけど、いわゆる錬金術というものだ。実際に元素を変えれるなら核実験なんかにも応用出来る筈だし、技術的にはとてつもない革命が起きるだろう。


 昨日の生成魔法なんかは、見た目や性能は同じだけどあくまで偽物なので、構成内容は元素では無く魔力だ。魔力がなくなれば消えてしまうし、使用者の手元から離れた魔力をまた別の物質に変化させる事は出来ない。


「それが出来るようになったら、間違いなく何かの賞がもらえる程の発明になるよね」


 ただそれらも、今は出来ないけどいずれは出来るようになるかもしれない。この魔法の開発を依頼してきた人物は、そのいずれが来ることを期待しているのだろうか。どちらにしろ誰かが研究しない限り、そのいずれは永遠に来ないので、依頼は出しておかないといけないという事か。


「これとか凄く気になるけど、流石に今これに時間を掛けるわけにもいかないしな」

 

 個人的な興味で言えば、遺伝子操作に関する魔法が気になった。医療目的のものであったり、作物の品種改良であったり、そういう事に融通が効く魔法があればすごく便利だろう。


 ただ僕が考えていた事はもっと先にある。遺伝子操作がある程度自由に出来るようになったなら、まず間違いなく性別は変えられる筈だ。そんな事をしてどうするつもりなのかと言われれば、当然あの2人と、いや失敬。


「仕事中にこんな事を考えるのは辞めて、そろそろどれにするか決めなきゃ」


 そうして僕が選んだのは、重力操作に関する魔法だった。浮遊魔法があるのに何故重力魔法が無いのかと言えば、単純に作用する場所が違うことに難易度の違いがある。


 浮遊魔法は魔力を使って、対象を無理やり持ち上げているに過ぎない。対して重力魔法は、地球が持つ引力を打ち消すとか、逆に増大させるといった事を行う必要がある。


「地球そのものに魔法を掛けるのは無理があるから、空間か対象となる物質のどちらかに作用するものを作れば良いはず。擬似的な重力操作になっちゃうけど、許されるかな?」


 地球が持つ元々の力を変えようとするのは無理があるので、違う方面からアプローチをかける。例えば結界の中に独自の力場を発生させて、その内部でのみ加重が掛かったり無重力になったりするというもの。もしくは物質に直接力を加えてしまい、擬似的に重力が変化しているように錯覚させてしまうか。


「前者の方がやりやすいかな。物質に力を掛けようとするとその場の環境とか、左右される要素が多すぎる」


 そこまで考えてから僕はパソコンを使って式の制作を開始した。まだ慣れきってはいないパソコンでの作業だけどこれも練習になるので頑張ろう。


 その後、あまりにも集中しすぎて途中休憩もせずに入力作業を進めていた結果、昼前には式が完成してしまっていた。


「やっぱり手書きに比べて大分遅いな……」


「ユウリ、お昼に行こう……って、もしかしてこれ午前中に全部書いたの?」


「え?あ、はいそうです。アイ先輩からみてどこかおかしい所はありますか?」


 まだ周囲には他の職員もいるので敬語を使っておく。アイはその質問に答えることなく、僕の書いた式を黙って解読していた。


「なるほど。結界内部の環境値を全て定義してしまえば、重力だけじゃなくて、気圧や他の要素も好きに設定出来るって事ね……」


 アイは独り言を呟きながら何度も式を見返している。なんだろう、ここまでまじまじと見られると少し恥ずかしいな。まるでノートの落書きが見れられている様な気分だ。しかもその様子に気付いた他の職員まで集まりだしている。


「うん、すごいわ。よくこれだけの要素を全部組み込んで作ったわね。実際に発現させて確認する必要があるけど、まず重力魔法と言って良いと思う」


「うおおおお!マジ!?すごいな!」


「私実験室の使用許可取ってきます!午後一番で試しましょう!」


 声すら聞いたことも無い様な職員たちが一斉に騒ぎ出していた。これから昼食の時間だというのに、誰も食堂には向かわずあちこちに駆け出していく。


「……これは一体何事?」


「皆良くも悪くも魔法オタクだから、新魔法が出来た時には大体こうなるの。実験室の事は皆に任せておけば良いから、私達はちゃんとご飯にしよ」


 普段大人しく仕事をしている様に見えていたけど、僕なんかよりも遥かに高い熱量を持っていたみたいだ。それはとても良いことだと思うけど、昼食ぐらいちゃんと取れば良いのに。


「騒がしかったけど何かあったの?」


「よくある事。姉さんも午後の予定が空いてるなら、実験室に顔を出せる?」


「大丈夫だよ」


 既に食堂にやってきていたアカリさんと合流し、今しがた起きた事を説明しつつ昼食を頼む。あかりさんは何故か僕の功績を誇らしげに聞いていた。


「ふふん。まぁユウリはあたしとずっと実験してたからね。それぐらい昼飯前よ」


「なんで姉さんがそんなに誇らしげなの?」


「でもアカリさんがいたから、僕もあれだけのめり込めたっていう部分はあります。アイデアも出してくれましたし、使用感とか改善点もたくさん言ってくれたんで助かりました」


「あ、アイ先輩とユウリさん!実験室の許可取れました!」


「ありがとう。後の準備は私達がやっておくから、あなた達もちゃんとお昼休みを取りなさいね」


 これだけ気さくに話しかけてくる事が出来るなら、朝の挨拶ぐらい返してくれてもいいじゃないか。別に気にしてないけど、何となく不思議だなとは思う。


 そんなこんなで、午後に予定していた業務は全員ほったらかして実験室に集まっていた。良い訳は無いんだけど、これももはや伝統らしい。そんな伝統は一刻も早く廃止したほうが良いと思うけど、皆が楽しそうなので何も言えない。


「それじゃあ、いきますよ」


 実験室には見慣れない測定器がたくさんあって、指定された場所に発現した魔法を、あらゆる角度から映像に収め解析する事が出来るらしい。新しく書き上げた重力魔法を使用するのは当然僕だ。普段は皆の中から最もうまく使えそうな人がやるらしいけど、僕以上に魔法を使える人がいるとも思えない。


 部屋の中央を指定して、魔法を発現させる。見た目にはあまり変化は無いように見えるけど、目を凝らしてみると、結界の向こう側の景色が少し揺らいで見える。重力によって変化した内部の環境のせいで光が屈折しているからなんだろうけど、詳しい事は測定器で確認したほうが確実だ。


「範囲、魔力反応、共に正常値です」


「内部環境は……気温や大気組成には変化なし。見た目にも異常はありません」


 ここまでは予定通りだ。結界内の重力にのみ作用するように式を組んでいるので、重力以外の環境が極端に変化していれば失敗だった。後はどうやって重力を観測するかという事だが、流石に重力計は研究所に無かったので、原始的な方法が用いられた。


「では、ペンを投げ入れますね」


 アイが結界に近づき、思い切りペンを投げ入れた。真っ直ぐ飛んでいったペンは結界に侵入した途端、急激に前に進む力を失い落下する。


「今の軌道は、間違いなく重力によるものだよな?」


「いや、まだ確実とは言えない。違うものも投げ入れてみよう」


 今度はペンよりももう少し重たいコインを投げると、ペンの時よりもはっきりと軌道が変わった事が確認された。


「……まだ喜ぶのは早い。重力制御は何も重くするだけじゃない。無重力空間も作れてこそ……」


 そう言うが早いか、僕は魔力を操作しながら自分でもペンを投げ入れた。そのペンは落下する事なく結界内を漂い続けている。


「うおおおおお!成功だあああああ!」


「……何だこの人達」


 これは警備の巡回中に偶然立ち寄ったという体で、見学に来ていたアカリさんの感想だ。僕も同じ感想を抱いているけど、もしかしたら逆に僕たちの方が異端なのかもしれない。学校でしょっちゅう魔法式を改良、ないし開発していたせいで、新魔法に対しての感動が薄れてしまっている恐れがある。


「この後の流れはどうなるんですか?」


「まずは依頼主に成功の旨を報告します。そこで先方の要求通りのものであったと認められれば報酬を受け取り、そうでなければ新魔法として申請して公に発表される事になります」


 依頼主は情報漏洩を防止する為、細かい用途までこちらに教えてくれるという事は少ない。なので指示通りの魔法を作ったつもりでも、依頼主が思っていたものと違ったという事もよくある。


 そういう時に依頼主は依頼作業の取り消し、もしくはリメイクを要求することが出来る。取り消しやリメイクを要求された場合は作った魔法が無駄になってしまわないよう、国に申請することで報酬を得るという流れらしい。


「そういった流れに関してはほとんど事務方にお任せしているので、私達の仕事は基本的にここで終了です」


「じゃあ残りの時間はまた別の魔法に取り掛かっていて良い?」


「まだ出来そうなものが有ったの?」


 会話を聞かれたらまた大騒ぎになってしまいかねないので、小声でこの後の予定を確認する。元々今日はこの作業に掛かり切りになる予定だったので問題ないそうだ。


「確証は無いけど、ちょっと試してみたいのがいくつかね」


「分かった。でもいきなりポンポン出されると他の人が仕事出来なくなっちゃうから、進捗はユウリのパソコンの中だけに留めておいてね」


 新魔法に関しては、本来共同作業でアイデアを出しながら進めていくので、途中まで書いた式等は全て資料に残しておく事なる。ただ現状手が付いていないものに僕が片っ端から手を付けていったら、それを見た他の職員たちが触発されてしまう可能性があった。


 それ自体は悪くないんだろうけど、彼らはのめり込んでしまうと通常業務を放り出してしまう。流石にそんな訳無いだろうと言いたいところだけど、今日の様子を見る限りでは有り得そうな話しだった。


 後日、この新魔法の扱いについて連絡が来た。依頼主としては、結界の様に特定の場所でしか使えないようなものでなく、自由に動かせるものが欲しいという事でリメイクを要求してきた。随分と贅沢な要求にも思えるけど、想定していた用途と違うものに対してお金を払うことは出来ないというのも頷ける。


 そこで改めて、新魔法が開発されたという事で国に申請する事になる。開発者の名前は部署の共同開発という風にする事も出来るけど、それは職員全員から断られた。


「全部の作業をユウリが1人でやったんだから当然よ。皆にもプライドはあるしね」


「でもそうすると、魔法の名前とか考えないといけないんだよね?それが面倒だからやりたくないんだけどなぁ」


「別にそこまで難しく考えなくて良いのに。単純に重力結界魔法とか、重力操作魔法でもいいんだよ?」


 アイはそう言うけど、僕としてはそれだと少し困ってしまう事がある。それは似たような効果を得られる魔法を別に作ったときに、名前と効果がごちゃごちゃになってしまいかねない事だ。


 僕の学生時代のノートにはアカリさんと一緒に開発した新魔法がたくさんある。その中には限定的な効果のものや、似ているけど用途や場所によって使い分けをする必要がある魔法も多い。


 例えば火炎魔法という名前を聞いた時、皆はどういう魔法を思い浮かべるだろうか。僕は対象地点から火柱が立ち上がる様なものを想像するけど、人によっては手から火炎放射器の様に炎が吹き出す様なものを想像するかもしれないし、いきなり対象物が発火する様なものを想像する人もいるかもしれない。


 炎の形にしたって、柱状なのか球形なのかと言った違いもある。そういう取り違えを防ぐために、僕は自分が使う魔法には名前を付けたくなかった。


「でも避けては通れないか……仕方ない。今回のは重力操作魔法にしておくよ」


 結界という言葉を用いなかったのも、本来の結界の様に外部と内部を隔絶する機能が付いていないからだ。そういった事まで考えて名付けないといけないというのは、僕にとっては新しく魔法を作り出す事以上に面倒だった。

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