2人の評判
昼食時、まだアカリさんが来ていない内に小声で今朝の話しをアイにしておいた。部署の伝統にはあまり良い顔をしていなかったけど、一応優メガネ先輩はお咎めなしという所に落ち着く。
「まぁ今後は僕が1番後輩だし、次の新人に対して僕がやらなければこの伝統も無くなっていくでしょ」
「それもそうね」
伝統というものは、受け継ぐ人がいなくなれば消えていってしまう。それを寂しく感じる人もいるとは思うけど、場合によっては無くなった方が良いというものもある。今回の件がどうなのかは分からないけど、少なくともやるなら他に良いやり方が有るはずだ。
っていうか人付き合いが苦手な人達からすれば、こんな伝統すらも嫌々だったに違いない。僕が無くしてしまった所で誰も文句は言わないだろう。
「お待たせ。何の話してたの?」
「仕事の事でちょっとね」
「そうだ、2人の仕事姿!立派な社会人って感じで格好良かったな~」
「いや、あんな目付きでずっと見られたら迷惑ですよ。皆怖がってましたし」
所長が自分たちの部署を紹介していたという事の緊張感以上に、アカリさんの異様な雰囲気に皆驚いてしまっていた。今後もアカリさんが来る度にああなってしまっては困るので、今のうちに注意しておく。
「ところで、アカリさんの方はどうですか?」
「あー、まぁ色々と説明されたけど、それは帰ってからゆっくり話した方が良いかな」
「表ではなるべくその事は話さないようにしてね。さ、お昼にしましょ」
3人揃った事で一緒に昼食を取りつつ雑談をしていると、アイが色々な人から僕たちとの関係を聞かれ始める。やっぱりアイはこの研究所の中でも注目人物の様で、その周辺にいる人物というのも興味を惹く存在なのだ。
毎回同じ説明をするのも面倒だけど、姉と友人であるということと、休みの日もよく会う間柄だと説明しておく。最初にしっかり説明しておけばその後の誤解や、一緒に居ることの不審感を与えずに済むのでここは端折らない方が良い。
「そろそろ時間ですね。仕事に戻りましょう」
「はい。ではアカリさん、午後もがんばって下さいね」
「えぇ。2人もね」
普段と話し方が全く違うので、とても違和感のある会話だけど慣れるしか無い。もしくは周囲に僕たちの関係が広まれば、もう少しだけカジュアルに接しても良いかもしれない。その辺りはどちらにしても、時間が解決してくれる筈だ。
午後からの業務は、昨日までとは違って机に向かうものでは無かった。僕はアイに連れられて、数人の職員と共に小さな試験室へと向かう。
「ここは私達が作成、改良した魔法式の動作を確認する為の場所です。まずは流れを見ていてください」
アイが新人である僕に作業の流れを説明してくれている間、他の職員達は色々な機械を準備していた。機械の準備が整った段階でアイに声が掛けられると、皆がそれぞれ別の魔法を発現させていく。
「これは……車ですか。それに浮遊魔法、という事は昨日僕が書いた魔法式ですね?」
「そうです。効率化の為にある程度の数の魔法式が完成したら、ここに来てまとめて動作確認を行っていきます」
1人の職員が魔法によって、仕様書に指示されたサイズの車の形をした物質を作り出した。それに様々な機械から伸びるコードを取り付けていき、僕が書いた式を使用して魔法を発現させる。浮遊魔法は問題なく動作し、同時に機械の画面には色々な数値が表示され始めた。
「動作も問題ありませんね。魔力効率や、要求魔力値も仕様書の指示をクリアしています。と、ここまで確認できたらこの案件は終了です。この後ユウリには、全ての作業をやってもらいますよ」
その言葉に職員たちが驚いているので、多分結構な無茶振りなんだと思う。それでも僕にはその程度、簡単にこなさなくてはならない理由がある。
「流石に訓練も無しに無茶では?新人には酷ですよ」
「やらせて下さい。学生時代は戦闘訓練もやってましたから、ある程度の魔法は使える自信があります」
僕の言葉にまたも職員たちは驚いている。今更だけどこの職場には学校の卒業生も多い、というか殆どがそうだ。なので戦闘訓練がどういうものかも当然知っている。
ただ研究肌の人は、戦闘訓練とは無縁である事が多い。形質変化の才能に乏しかったり、単純に魔力量の問題で、魔法を使い続けるのが難しいという理由もあったりする。その代わり、別の分野に才能を見出した人達が集まっているというのがここの特徴だった。
「ではユウリ、昨日貴方が書いた魔法式を順番に確認していきます。動作確認と機械の操作、どちらからやっていきますか?」
「まず動作確認からやらせて下さい」
「分かりました。ではこちらからお願いします」
僕はアイが指示した仕様書を確認して、指示された物質を生成する。他の職員の人が仕様書通りに再現されているかを確認した後、測定用のコードが取り付けられていく。
コードの取り付けが終わった所で、まだ他の職員が魔法式の確認と準備をしていたのを尻目に、僕はその魔法を発現させた。
「え?誰が魔法を発現させたんだ?」
「よく見て下さい。ユウリですよ」
「2つ同時に?それは、凄いですね……」
戦闘訓練をやっていたのですっかり当たり前になってしまっていたけど、複数の魔法を同時に発現させるというのは、本来難しい技術というのが一般的な認識だ。戦闘訓練の授業がまず魔法を撃ち合う所から始まるのも、最低限攻撃と防御を両立させる事が出来るかどうかを確認するという意味合いが強い。
その授業とは無縁だったという人達からすれば、魔法は1つずつ確認しながら、確実に発現させるものだという認識なのだ。本来はそれが出来るだけで充分で、それ以上を求められる場面というのは限られている。
「次は機械の操作をやってもらいます。1人隣に付いて教えてあげて下さい」
機械の操作もそこまで複雑な事はなく、数回程触らせて貰えれば手順は覚えられる。そうして作業に慣れる様に、昨日書いた式の確認を全て終わらせていく。
「これならユウリ1人で全部の作業が出来てしまうかもしれませんね。安全上そうすることはありませんが」
何をするにしても、1人作業というものにはリスクが付き纏う。不慮の事故等が起きた際には近くに助けてくれる人がいないし、思い込みから誤った手順で作業してしまうという事もある。
「ユウリさんはすごいな。出来ないことなんてあるのか?」
「しかもあの若さだもんな。アイ先輩もそうだったけど、間違いなく出世コースだ」
なんて声が聞こえてきた事で、アイの目論見が上手くいっていると確信する。僕という存在が、いかに優秀であるかということを見せつけておく事で、早く次の段階に移すことが出来る様にしているのだ。
最終的に僕が目指す所は、異次元に関する研究チームに入ることだ。当然そのメンバーはアイ達3人が選ぶ事になるけど、僕が選ばれた際に周囲からの反発があったら困る。今のうちから僕の優秀さをアピールしておけば、そんな声は出なくなるだろうという訳だ。
「お疲れ様です。今日も予定よりも少し早く終わってしまったので、今のうちに明日の業務について説明しておきましょう」
明日はいよいよこの部署の中で最も重要な、新魔法の開発業務だった。当然既存の魔法式を書き換えるよりも難易度が高く、一両日中に結果が出るような業務では無い。場合によっては、いつまで経っても成果を得られない可能性すら有る。
「今抱えている要求は複数ありますが、とりあえず一通り目を通してて下さい」
アイが持ってきた資料は途中まで書きかけの魔法式が記入されているものから、全く白紙の状態で手が付けられていないものまで様々だ。依頼主の所を見てみると国だったり企業だったり、個人からの依頼というものもある。
「書きかけのものは、恐らくここまでは合っているだろうというもの。白紙の状態のものは、現在の我々の力では再現が出来なかったものです。これらに関しては、作業が1つも進まなかったとしても評価には影響しません。それだけ困難で、本当に開発できるのかも分からないものばかりですから」
それはつまり、アイでもお手上げ状態のものがいくつも眠っているという事だ。新しい魔法は簡単なものであればすぐに作り出す事も出来るが、ここに残っているものは相当な無理難題を押し付けられた結果だった。
「ユウリは明日1日、出来る出来ないに関わらずこれらの開発を試みて下さい。私達に無かった発想や知識といったものがきっかけで進むかもしれませんが、先程も言った通り進まなくても問題は無いので……そろそろ終業時刻ですね」
魔法開発研究所には、基本的に残業というものは存在しなかった。どうしても残って作業をする必要がある場合は、事前に申請を出して許可を取る必要がある。それは研究所だけでなく、この建物に入っている関連企業は全て同じだ。
なので帰宅時間の混雑を避けるために、各企業で少しずつ終業時刻がずらされている。終業時刻がずらされているという事は、順を追えば始業時刻から休憩時間等も全てずれているので、通勤時も食堂も混雑であふれかえるという事が無い。
「姉さん、遅いね」
「そうだね。初日だし何かあったのかな?」
僕たちは建物を出たところで、アカリさんが来るのを待っていた。職場は違うけど終業時刻は近かったので一緒に帰るつもりだったんだけど、中々出て来ないし端末にも連絡が無い。なんて思っていたら、走って出てくるアカリさんが見えた。
「ごめんごめん。ちょっとシャワー借りてたら遅くなっちゃった」
「アカリさんが汗を掻くなんて珍しいですね。何があったんですか?」
アカリさんが汗を搔いてる所なんて、僕と戦った時以外では見たことが無い。夏場は魔法で自分の周囲を快適な気温に保てるけど、それにしたって掻かないもんだから僕は病気を疑ったぐらいだ。
「最後1時間ぐらいは、ずっとアラタ所長と戦ってた。すっごく強いよ、決着が付かなかった」
「……アラタが何か考えがあるって言ってたのは、この事だったのね」
「どういう事?」
「今ユウリに目立つ活躍をしてもらってるみたいに、姉さんにも目立ってもらう必要があるのは分かるでしょ?それで警備の仕事でどうやって目立つのかって話になった時に、アラタが任せておけって言ってたの」
「あー、アラタ所長が強いのは皆が知っていて、その人と互角に戦える警備員がいるっていう風にしたのか」
所長がいれば警備員なんていらないよ、なんて言う人も居るぐらいアラタ所長は強いらしい。警備員が互角の強さを誇っているとなれば、皆の安心感というものはこれまでにないほど高くなるはずだ。
「あたし達、明日から目立っちゃうね」
「むしろそうでなきゃ困るんだけど、居辛くなると思うし先に謝っておく」
「気にしないでいいよ。僕たちは学校でもずっと悪目立ちしてたから慣れてる」
鉄板の自虐ネタのつもりなんだけど、これはあまりアイには受けなかった。残念だ。
今日は帰宅前に、3人で飲食店に寄って晩御飯を食べておく事にした。別に帰ってから作っても良いんだけど、色々聞いておきたい話しもあるので余計な時間を使いたくなかった。帰ったらすぐお風呂に入り、色々な事を済ませてから例の件に付いて話しを聞く。
「あたしがアラタから聞いたのはこれで全部だよ」
「ちなみに、その式を作り上げたのもアラタよ。そういう功績があって、所長っていう地位にも着くことが出来たの。あんな見た目だけどね」
「人は見かけによらない……まぁそれは良いとして、異次元との接触っていうのも、元は無理難題を押し付けられた結果だったの?」
「そう聞いてる。あくなき探究心って怖いよね。ユウリも見たと思うけど、すごいことを要求してるのもあったでしょ?中には出来るわけ無いっていう前提で言ってきてるものもあるぐらいだからね」
異次元と行き来できる魔法を作り上げてくれなんて、恐らく素面では言えないと思う。むしろ出来ないという事を確認しておきたい、という思いもあったんだろう。僕が帰り際に見た明日の業務の中にも、そうとしか思えないような要求のものもあったぐらいだ。
それでもいくつかそこまで難しくなさそうなものもあったので、それを多少でも進めておけば評価にも繋がると思う。今はまだ周囲からの評価を上げる為に、遮二無二頑張る時期なのだ。




