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閉ざされた実験室

 初日の仕事を終えてアイと一緒に家に帰る。アカリさんの職場は研究所よりも少し遠くにあるので、帰ってくるのはもう少し遅くなりそうだ。


 その間に、今日の仕事中の事についてアイに相談しておく。別に大したことでは無いと思うけど、アカリさんの耳に入って変に心配されたくはない。


「あーあの……メガネの後輩君ね。彼なら確かに周囲に脅されてっていうのも有り得そうな感じだけど、そもそもそんな事をさせる人物に心当たりが無いんだよね」


 勿論アイが知らない所で優メガネ先輩がいじめられている可能性も否定しきれないけど、確かにそんな陰湿な事をするような職場には思えない。人と関わりたくない様な変わり者たちが、わざわざ自分からちょっかいを掛けにいくだろうか。


「私も様子を見ておくから、悪いけどちょっとだけ我慢してもらって良い?」


「別に害が無い程度なら全然気にしないし、アイこそあまり過激に調べて反感を買ったりしないようにね」


「たっだいまー!2人とも初日はどうだった?あたしは先輩達全員分からせてきたよ!」


 やたらと元気いっぱいにアカリさんが帰宅してきたので、この話しは一旦終えておく。


「おかえりなさい。全員倒したらからそんなに上機嫌なんですか?」


「違うよ。別にあのくらい大したこと無かったし。あたしが上機嫌なのは、家に帰ったら2人がいるからだよ。明日からは職場も同じなんて、幸せすぎてどうにかなっちゃう」


 同じ建物内に居るという意味では合っているのかもしれないけど、アカリさんは結局警備員として建物内の巡回がメインになるので、僕たちと同じ仕事をすることにはならない。それでもただ近くにいれるというだけで良いんだろう。


「それで、ユウリの初日はどうだったの?」


「特に問題無さそうでした。式の改良なんかも流石の速さで即戦力ですよ。単に人手が増えた以上の効率アップです」


「学生時代にアカリさんと式を弄り回してたおかげです。僕が書き換えた部分をすぐにアカリさんが使って見せてくれるので、大体見ただけでどうなるかが分かるようになりましたから」


「良かった良かった。経験が生きてるんだね」


「この分なら、予定よりも早くあの件に取り掛かれるかもしれません」


 アイが言うあの件とは、勿論異次元との接触に関する事だ。僕とアカリさんが研究所に来たからと言って、すぐ調査に取り掛かることは出来ない。本来なら専門の部署でも立ち上げて徹底的に調査しなければいけないんだろうけど、それをするだけの人手も時間も足りていないのが現状だった。


 僕が1人前になって、今溜まっている仕事を片付ける事が出来ればその時間を取ることが出来る。その為にも、早いこと仕事に慣れなければいけない。職場内のいじめだかなんだかよく分からないけど、そんなゴタゴタにかまけている場合では無いのだ。


「姉さんもこっちで手伝ってもらえれば、もっと楽になるんだけどね」


「いやー流石にあたしはユウリ程じゃないから、そこまでの戦力にはならないと思うよ?」


「それでも例年の新人よりはレベルが高いし……まぁそれを言っても仕方ないか」


 最近のアイは、ちょっとだけ愚痴っぽい話しが多くなった気がする。職場での立場なんかもあって、やっぱり多少はストレスも溜まるんだろうな。その分はアカリさんが話しを聞いてあげて、僕が美味しいものを食べさせてあげてるのでうまく発散できてると思う。


 翌日は3人で揃って通勤する。アイはアカリさんをアラタ所長の所に連れていくというので、僕は1人で昨日の執務室に向かった。多分今頃はあの見た目に驚いている事だろう。


「おはようございます」


 分かりきっていた事だけど、誰からも挨拶は返ってこない。まぁ相手が挨拶をしないから自分もしないというつもりは無いので、僕はこれからも毎日挨拶をするつもりだ。


 特に気にすることもなく、事前にアイから聞いていた作業を進めようとしていると、例の優メガネ先輩が近づいてきた。


「あ、あの、ユウリさん……」


「はい、何でしょうか?」


「その、昨日の事なんだけど……」


「それでしたら、気にしてませんので大丈夫ですよ」


「そう……実はあれ、わざとなんだ。ごめん。でもちょっとした理由があって、悪いんだけど聞いてもらっていいかな?」


「……分かりました」


 優メガネ先輩は後輩の僕に対して、引け腰ながら昨日の件について理由を説明してくれた。曰く、わざと新人に多めの仕事を振るのは昔からの伝統で、困っている所を先輩が助けてあげるというのが一連の流れとしてあったらしい。


 そうする事で無理やり会話の切っ掛けも作れるし、先輩後輩の関係が簡単に築けるのでその後の相談等もしやすくなる。一人前になった所でネタバラシをして、次はお前が同じ様にやって後輩を助ける番だ、といった感じに持っていくのだそうだ。


 ちなみにこの流れはアイに対してもやっていたらしいけど、昨日の僕と同じように先輩が助けを出す前に仕事を終わらせてしまっていた。なのでそういう伝統があった事をアイは知らないのだ。


「あー、それで昨日アイ先輩が怒ってるのを見て焦ってたんですね?」


「そうなんだ……以前までの部長はその事を知ってたから、お咎め無しだったんだけど……」


 それでこの優メガネ先輩だけじゃなくて、皆がバツの悪い顔をしていたのか。今まで自分たちもやっていた事だけに、優メガネ先輩だけが怒られるというのが申し訳なかったのだろう。


「んー、分かりました。私からもアイ先輩にちょっと話しをしてみます。でも判断するのは先輩なので、それ以上はどうにも出来ませんよ」


「うん、迷惑を掛けてしまって申し訳ない」


 終始優メガネ先輩は低姿勢だったし、悪い人では無いという事は分かる。伝統か悪習慣かという判断もちょっと難しい所があるので、僕としては先輩を責められない。


 ちゃんとした理由があるなら変なことをせず、最初から説明して新人に接していけば良いというのが正論だ。ただその正論は傍から見たものであって、いざ自分が渦中にいるとなればそれが出来るというものでもない。


「難しいよねぇ……社会人歴が長い僕でも、正解なんて分かんないし」


 唯一言えるのは、自分だけで導き出した正解はまず正解とは程遠いという事だけだ。仮にそれが正解だったとしても、他者の意見も同意も無い時点では独りよがりでしかない。


 更に他者というのも、部外者であってはならない。当事者や内部に詳しい者で無い限り、その意見の必要性や正当性というのは分からない筈だ。社会的な問題があるなら第三者の目が必要かもしれないけど、今回の場合はそこまで大事でも無い。いずれにしてもケース・バイ・ケース、その都度対応していくしか無いと思う。




「は、初めまして。アカリです。今日からよろしくお願いします」


「その反応、また俺のことを話してなかったな?」


「てへっ」


 アカリがアラタの元に挨拶に行くと、ユウリの時と同じ様なやり取りが行われていた。いくらアカリと言えど、想像と大きく違う人物が目の前に現れたら驚きを隠せなかった。


「まぁお前のその茶目っ気も、今に始まったことじゃないからな。俺はアラタだ、よろしくな。早速だが施設の案内をしよう」


「アラタ所長自らですか?」


「あぁ。案内する場所には俺達以外に入れない場所もあるからな。その場所に着いたら詳しく説明しよう」


「それじゃあ私は仕事に戻るね。姉さんもまた後で、お昼は一緒に食べましょう」


 アイが笑顔で手を振りながら所長室を出ていく。アラタも普通に手を振り返しているので、アカリも合わせて手を振った。


「本当にお前達2人はアイと仲が良いな。あそこまでの笑顔は中々見ないぞ」


「私も、私達以外にあんな顔を見せるっていう事に驚いてます」


「2人っきりの時は気軽に話してくれて良い。多分シイナもそう言ってるだろ?」


「分かった。でも実際のところ、あたしは2人の事を信用はしてるけど、疑ってもいるよ。なんでそんな昔からアイの事を知ってるみたいな物言いが出来るのか、不思議でしょうがないからね」


 少なくともアイは、あの事件の前にこの2人に出会った事は無いはずだ。短い間に深い付き合いになったという可能性も無くはないけど、それにしても親密過ぎる節がある。


「それはユウリもそうなんじゃないか?俺からしてみれば、1番付き合いの短いユウリとあれだけ仲良くしている事の方が不思議だがな」


 こう言われてしまえば、何も言い返せないからこそ追求する事が出来ない。ユウリは自分と仲が良いから、姉が慕っている人物に抵抗が無かったというのは自惚れた持論でしか無い。


「こちらも言えないことはあるが、出来る限り言える事は言うようにするつもりだ。俺達には恐らく、アカリとユウリの力が必要になる。2人の信用を得るためなら何だってしよう」


「何だってするならその秘密を教えろって言いたいけど、まぁそれも無理なんだよね。でも秘密があるって、堂々と言ってくれる分だけ印象は良いかな」


「それは良かった。さて、そろそろ行こうか。ここは広いからな、もたもたしていると今日中に回りきれなくなる」


 そうしてアラタはアカリを連れて、研究所の各施設や執務室を案内していく。アカリは1度で全ての場所の名称と道を覚えながら後ろを付いていき、自分が仕事をする場所の特徴を掴んでいった。


 アカリは警察組織から出向という形でここに来ているが、普段は警備員として施設の巡回と、簡易的な保全業務をする事になっている。保全業務と言っても清掃や施設の点検程度のものであって、特別機械に詳しくなければ出来ないという程でもない。


「ここがアイとユウリの仕事場だ。ここでは主に……」


 ここに来た時だけ、アカリはアラタの説明を全く聞いていなかった。聞かずともここの仕事内容は知っているし、それよりも2人の仕事姿をその目に焼き付ける事の方が余程重要だった。


「次で最後だ。ここは今立ち入りを制限していて、俺以外ではアイとシイナ、それと正真正銘国のトップしか立ち入りを許されていない」


「そんな所にあたしが入って良いの?」


「信頼を得るため、そして今後の計画の為にも知っておいて貰わないといけない場所だ。ユウリはまだ連れてきていないが、仕事に慣れて余裕が生まれたら連れてくる事になる」


 その場所の入り口は特に厳重といった雰囲気は無く普通の扉の様に見えるが、見た目と違って協力な結界が張られていた。その強度は、恐らく学校にあった戦闘訓練棟のものより上だろう。


 アラタが入り口の脇にある端末を操作すると一時的に結界が消え、2人が中に入ると再び結界が貼り直される。扉の向こうにまた別の扉が存在していたが、今度は鋼鉄製の頑丈なものだった。


「ここは元々、危険度の高い魔法の実験をするために作られた場所だった。だが異次元との接触に成功してしまって以降、万が一を考えここの使用を禁止している」


 アラタが重そうな扉を軽々と開けると、地下設備の中の個室にしてはかなりの広さの空間が広がっていた。広いせいで勘違いしてしまうが、ここは鋼鉄の箱の中なので完全な密室だ。だが空間内の空調は全て魔法によって管理されている為、窒息するという事は無い。


 あらゆる面において厳重で、安全面にも配慮されている。それほどの場所でなければ行えない様な実験をするための設備だった。


「あそこに落ちている機械に、異次元と接触する事に成功した魔法式が入っている。間違っても触るなよ」


 アラタが指さした機械は入り口とは正反対の、この広い空間の1番奥に置かれていた。最初からそこに置いていたのか、それとも実験中に何かが起きてあそこに転がっていったのか分からない。


「何故あんなところに?もっと適切に管理するべきじゃないの?」


「異次元に接触した後、あの端末から異常な魔力量が検出された。だが日々の観測の結果、徐々に魔力は減衰している。完全に検出されなくなるまではあのままにしておいた方が良い」


「なるほど。という事はあたしの仕事には、ここの状況確認とあの端末の監視も含まれてるって訳ね」


「そういう事だ。一日中で無くて良い、最低限午前と午後の2回は見に来るようにしてくれ」


 ただの巡回と言ってしまえば大したことは無いが、その重要性が理解出来ないはずもない。アカリは改めて気を引き締めつつ、こんな事に巻き込まれてしまう2人の身を案じていた。

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