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新社会人

 今日から僕とアカリさんの社会人生活が始まる。結局僕はシイナさんに話した通り、魔法開発研究所への就職を希望したという形での就職だった。


 勿論の事、僕の年齢で研究所に務めるという事はちょっとしたニュースになった。でもそこはシイナさんの狙い通り、アイの時に比べればマシというレベルに抑えられている。ニュース番組でも、今週の見出しみたいなコーナーでちょっと触れられる程度だったので、僕の顔が大々的にお茶の間に流れたという事は無い。


 そしてアカリさんに関しては、予定とは少し違って警察組織への就職になっていた。シイナさんも頑張って調整していたらしいけど、同時期に2人採用するという事に対しては少しハードルが高すぎた。


 苦肉の策として警察組織に就職してもらい、そこから出向扱いで研究所に来てもらう事になった。ただそんな事が出来るだけでも上の方では色々やっているだろうし、間違いなくシイナさんは敏腕と言って良いだろう。


「よし。それじゃ行ってくる。また後でね」


「行ってらっしゃい」


「行ってらっしゃい。さあ、私達も行きましょう」


 社会人になるという事で僕とアカリさんは研究所近くの物件を探し、そこでルームシェアをすることに決めていた。その話しをアイにした所、それなら自分も一緒に住むと言いだしたので、今は3人で同じ家に暮らしている。


 初日はアカリさんだけ警察組織の方に出勤する事になっていたので、先にアカリさんだけ家を出ていった。それから少しして僕とアイも一緒に研究所に出勤する。


 外観だけは見たことがあったけど、研究所の中は想像以上に広かった。一流企業が多数入っているかのような巨大ビルには、全て関係組織のためのオフィスと研究所の設備が入っている。そして地下には多くの実験設備が用意されていた。


「これだけ広いから、地上は無駄に大きな庭園が一杯あるのか」


「そうね。緑化運動ってだけじゃなくて、地下でこれだけの広さを確保するためにあれだけの土地が必要なのよ」


 地下の設備は、通路のほとんどが高速の歩行エスカレータになっていた。それだけ広大という事で、そうでもしないと移動だけで時間がかかってしまい仕事どころでは無い。ただそのおかげで目的地には自動で辿り着けるようになっているので、道に迷ってしまうことは無さそうだ。


「着いたわよ。ここが所長室。所長のアラタは私達の直属の上司だけど、人が居ない所ではシイナと同じ様に呼び捨てで呼び合う仲なの」


 相変わらずアイの交友関係は謎だ。所長にしろシイナさんにしろ、立場のある人と何故そこまで仲が良いのだろう。まぁアイも聞いた話では部署のトップになったらしいので、実質部長さんという事になる。やっぱり出世するには、そういった上との繋がりが必要なんだろうな。


「良く来たな。初めまして、所長のアラタだ」


「は、初めまして。ユウリです。今日からよろしくお願いします」


「はは、そんなに緊張しないでくれ。俺もユウリの事はシイナとアイから話しは聞いている」


 別に僕は緊張して声が詰まってしまった訳ではなく、単純にアラタ所長の見た目に驚いてしまっただけだ。研究所の所長がこんな偉丈夫だなんて想像出来っこない。


「ふふっ、アラタの事黙ってて良かった。絶対驚くと思ってたもん」


「何だ、そういう事か。研究者とは言え身体が資本だからな、ちゃんと鍛えているんだよ」


「いや、それにしても凄くないですか?警備関係の仕事をしてる知り合いの先輩が居るんですけど、その人以上ですよ」


「それはハルト君の事か?」


「そうです。ご存知だったんですね」


「俺も身体を鍛えるために向こうに顔を出す事もあるからな。この前も大活躍だったみたいじゃないか」


 短い会話だったけどアイのいたずら心と共通の知り合いのおかげで、何となく距離が縮まった気がする。アラタ所長も気の良さそうな人物で、今後もうまくやっていけそうな気がした。


「ユウリの所属は既に聞いていると思うが、アイの下についてもらう事になっている。最初のうちはまずここの雰囲気に慣れてくれ」


「分かりました。アイ先輩、よろしくお願いします。あ、先輩より部長の方が良いですか?」


「皆の前ではどっちでも良いけど、この面子の時は呼び捨てにしてね。上司命令よ」


「分かった。よろしくね、アイ」


 所長室を出てから、今度は普段アイが所属する部署の執務室に向かった。僕たちの主な業務は、以前にも聞いた通り新魔法の開発、既存の魔法の改良、そして魔法が環境に与える影響の調査だ。


 基本的には机上で業務を行った後に、実験場で試験するという流れになる。つまり実験場が使われていない間は、事務仕事に追われている時間という事だ。


「おはようございます。アイ先輩、先日の魔法式なんですが……っと、そちらが例の新人ですか?」


「おはようございます。ユウリと言います、今日からよろしくお願いします」


「早速ですけど、その魔法式の件はこちらで預からせてもらいます。ユウリ、頼めますか?」


 アイが部下から受け取った魔法式のデータを僕に見せてくる。パッと見た感じだと、書きかけの魔法式はところどころに数値の抜けや、恐らく書き換えられたであろう箇所が散見された。


「これは……既存の浮遊魔法の範囲変更ですか。仕様はありますか?」


「それはこっちに……って先輩、いきなり新人にやらせるんですか?」


「そのつもりです。出来ますか?」


 アイの問い方は、いつもの様な優しいものでは無かった。上司としての姿のアイは初めて見たけど、ちゃんと上司をしてるんだなという間抜けな感想が浮かんでくる。


「出来ます。30分程頂いてもよろしいですか?」


「分かりました。では30分後に完成した式を見せて下さい。あちらにパソコンを用意してるのでそこで……」


「あ、そうですよね。ここでは手書きの式は使ってないんですか?」


「手書きの式をスキャンする事も出来ます。でも今後の事を考えて、今のうちにパソコンでの作業にも慣れておいて下さいね」


 僕も散々アカリさんと学校で魔法式をいじくり回してきたけど、訓練棟にパソコンが置いてなかったので全て手で書き換えていた。パソコンそのものの使い方は問題ないけど、式を書くための専用ソフトはまだ使った事がないので、今後はそれにも慣れる必要があった。


 とは言えまずは宣言した30分以内に式を書き上げるために、一旦手書きで作業を開始する。今渡された仕様書がどんな内容だったかと言うと、車をモデルチェンジするので、その車体に合わせた範囲に浮遊魔法が掛かる様に調整するものだった。


 少し形が変わるだけでも調整しないといけない記述が変わるので、単純に数値だけを変えればいいというものではない。


「アイ先輩、終わりました」


「見せて下さい……問題無さそうですね。では皆さん、まだ手が付いていない作業を1つずつユウリに渡してください。ユウリはそれらを、今度はパソコンの専用ソフトを使って書き上げる様に。時間は今日中に終われば問題ありません」


「分かりました」


 僕が自分の席に戻ると、既に他の職員から10個のデータが送られてきていた。さっきと同じ時間で出来るとすれば5時間ぐらいで終わるけど、慣れないパソコンでの作業になるのでもう少しだけ見積もっておきたい。そう考えると、終わるのは終業時刻ギリギリになりそうだ。


 まずは焦らずに、ソフトのマニュアルを読み込んでから作業に取り掛かる。送られてきたデータを見ると、どれも魔法規模の仕様変更だった。それならさっきと手順はそんなに変わらないので、分からないという事は無い筈だ。


「へー。そっか、そういう意図があって変更するのか……」


 仕様書を眺めながらその魔法を使っている人がどんな事に困り、どんな内容のものを要求しているのかという事が分かる。魔法は生活の基盤にまで深く根付いているので、ほんの少しでも手軽に使える様なものが求められていた。


「あ、チャイム……ってもうお昼か」


「お疲れ様。食堂まで案内してあげるから、一緒に行きましょう」


「はい、ありがとうございます」


 アイが真っ先に声を掛けてくれたので、僕はぼっち飯にならずに済んだ。でも他の職員からの視線がかなり突き刺さっているんだけど、何かあるんだろうか。というか今更だけど他の人に挨拶してなかったし、もしかしたらそれが原因で怒ってるのかもしれない。


 その件については後でどうにかするとして、とりあえず今はアイと一緒にお昼を食べよう。ここでは席に設置された端末でオーダーすると、自動で食事を運んできてくれる様だ。勿論お金は給与から天引されるけど、良心的な値段なので余程食べすぎなければ気にならない。


「アイ先輩。ぼく……わたし、職員の皆さんに挨拶してないんですけど」


「それなんですけど、私の時もそうだったんですよ。なんでもここの伝統らしくて、互いにデータのやり取りで名前を覚えろっていう形みたいなんです。皆コミュ力が低いので、挨拶とかしたがらないんです」


 何だこの職場。確かに名前なんて知らなくてもここの仕事は出来るけど、挨拶しない理由が挨拶したくないからって大分やばくないですか。研究者気質の人は変人が多いっていう、勝手なイメージが更に加速してしまうじゃないか。


「ただそんな中でいち早く名前を覚えてもらった人は、総じて優秀だって言う判断になるみたいです。あの人……最初に私に話しかけてきた後輩君も、多分ユウリの名前はもう覚えたんじゃない?」


 もしかしてアイも後輩の名前を覚えてないのか。ここまで徹底されてると、逆に僕が勝手に他の職員の名前を覚えたら、周囲に勘違いさせてしまうのかもしれない。


 それなら僕も、本当に出来ると思った人以外はなるべく名前を覚えないようにしよう。でもあまりにも不便すぎるので、心の中ではあだ名を付けておく。最初に話したあの先輩はメガネを掛けていたし、優しそうな雰囲気があったので、優メガネ先輩と呼ぶ事にする。


「進捗はどうですか?どこか躓いているところはありますか?」


「今の所は大丈夫です。5個程終わってますが、先に確認していただいても良いですか?」


「作業が終わったらものから、私にデータを流してくれていいですよ。そのペースだと残りの3つもすぐ終わってしまいそうですね」


「え、あと5つありますけど……」


「……そうですか。あとの5つも問題無さそうですか?」


 何だ今の間は。ちょっとだけ様子がおかしいので小声で事情を聞く事にする。


「……大丈夫だけど、何かあったの?」


「1つずつ渡せって言ったのに、誰かが多く渡してる。職員の数はユウリと私を除いて8人だから、数が合わないわ。嫌がらせか、単なる送信ミスか分からないんだけど……」


 僕も全く気付かなかった。というか挨拶をしてないから数が合わない事に気付かなかったんだけど、それは言わないでおこう。


「まぁ今日の所はソフトに慣れる練習だと思っておくよ」


「ごめんね、後で送信履歴を見て確認しておく。故意だったらそいつの評価下げとくから」


 個人的にはそこまでしなくても良いんだけど、仕事なんだからそういう訳にもいかないんだろう。これを許してしまえば、今後はどんどん僕に仕事が回されてしまっていつかパンクする。僕も故意では無い事を願っておこう。


 昼食を終えてから机に戻り、残りの仕事も全て終わらせる。終業時刻ギリギリに終わる予定だったけど1時間程早く終えていたので、僕としては時間が余ってしまった形だ。


「はい、10個とも確認しました。どれも問題ありませんでしたよ」


 アイはわざと大きめの声で、僕が何個の作業を終わらせたのかを知らしめている。誰かが変なことをやっているのは分かっているぞ、という事を伝えた途端に1人の人物が慌てだした。あまりにも分かりやすすぎて、笑ってしまいそうになるのを堪える。


「どうかしましたか?」


「あの……すみません。俺が誤って多くデータを渡してしまっていたみたいで。申し訳ありません」


「別に構いませんよ。ユウリが優秀だったおかげで、勤務時間内に終わりましたから。以後は気を付けてくださいね」


 謝ってきた人物はあの優メガネ先輩だった。見た感じ本当に申し訳無さそうにしていたので、多分誤送信なんだろう。


 ただ優メガネ先輩以外の人達も、何だかバツが悪そうな表情になったのを僕は見逃さなかった。そうなると、優メガネ先輩は他の人の指示で動いていた可能性もある。いじめとかだったらやだなぁと思いつつも、帰ったらちゃんとアイに相談しようと決めた。

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