番外編2 長期休暇
ほんの少しだけ百合表現がありますので苦手な方はご注意下さい。
番外編1~2については見ずとも本編に影響は無いと思いますので、どうしてもという方はブラウザバックを推奨します。
長期休暇に予定を合わせた僕たち3人は、大きな荷物を背負ってタクシーに乗り込んでいた。これから向かう場所は避暑地としても有名な山奥のキャンプ場で、以前話していた通りここで1泊2日のキャンプを楽しむことになった。
全員未成年ではあるけど、アイが社会人なので大丈夫というのはこの世界ならではかもしれない。それでも一応シイナさんには行き先と日程を伝えてあるし、もっと言えば3人とも偽装魔法を使って大人の姿にしている。子供しか居ないと怪しまれたり、変な人物に絡まれたりするような事も無い筈だ。
「着いたー!避暑地って言うだけあって本当に涼しいね」
「むしろ夜は寒くなるって聞いたし、気を付けないとね」
「受付は済ませてきたよ。さっそくサイトに向かおう」
人気のキャンプ地だけど、日によっては周囲の区画との距離が離れた場所も選べるという事で、僕たちは迷わずそういったサイトを選んだ。
僕とアイであっという間にテントを設営していくのをん、アカリさんは関心しながら見ていた。意外な事にと言ったら失礼かもしれないけど、アイはこういったアクティブな事が得意な様子だった。どっちかというとアカリさんの方がそういうイメージが強い。
「改めて見ると3人が入れるだけあって、結構大きいね」
「ほらほら、ユウリも姉さんもコップ持って。乾杯しようよ」
「はは、アイは急ぎ過ぎだって」
やっぱり普段出歩く機会が少ないアイが1番今回のキャンプを楽しみにしていたみたいだ。かなりテンションが高いし、あれやこれやとやりたい事が多いという話しだ。
「これ苦くない?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、雰囲気だけだから。もしダメだったら私が飲むよ」
アイは何故か人数分の麦のジュースを用意していた。麦のジュースとはビールの隠語なんだけど、ちゃんとノンアルコールです。どこの誰の知識なのかは知らないけど、アイ曰くテント設営後の乾杯がキャンプの醍醐味なのだそうだ。大人を経験している僕も気持ちは分かるので、素直に麦のジュースを受け取っておく。
「ぷはー!美味しい!」
「うえぇ。2人ともよく飲めるね。あたしはぶどうジュースでいいや」
このぶどうジュースも、アイの頭の中ではワインという事になっている。勿論ノンアルコールというか、普通のぶどうジュースなので決して酔っ払うことは無い。
こうやって自然の中でただジュースを飲んでいるだけで、何故こんなにも美味しく感じるのか、こればかりは長い人生を経験してきた僕でも未だに分からない。気持ち1つで感受性が大きく変わるというのも、人間という生き物ならではの不思議だ。
「それじゃあ早速川釣りに行こうか。遅くなっちゃうと川の近くは入れなくなっちゃうからね」
日が沈んでからは事故防止の観点から、川の周辺は立ち入りを禁止されてしまう。日が沈むまではまだ4時間ほどあるけど、実際にはもう少し早い時間に締め出されてしまうので、思っている以上に余裕は無い。
ちょっとだけ急ぎ足で、受付の時に借りてきた釣り竿と餌だけ持って川に向かった。テントに荷物を置きっぱなしだけど、しっかり防犯の魔法を施しているので盗難の心配は無いはずだ。
「別に勝負とかしなくて良いよね?」
「全員素人だし、そもそも釣れるか分かんないからね」
どういう仕組みなのか、釣り竿と餌入れにも魔法の技術が施されていて、自動で餌を釣り針に付けてくれるのは非常に楽で助かる。手間も少ないし、何より手が汚れないのが有り難い。玄人は釣るまでの流れを全て楽しむんだろうけど、初心者からすれば釣果が全てなので、楽が出来るならそれに越した事はない。
アイはやたらとはしゃいで、あちこちポイントを変えながら釣りを楽しんでいる。僕とアカリさんは糸が絡まない程度に距離を取りつつ、のんびり雑談をしながら釣りを楽しんでいた。
「久しぶりに両親と会ったんでしょ?どんな話しをしたの?」
「そんなに大したことは話してないですよ。同年代の友達は少ないけど、仲の良い先輩が出来たって言ったらユウリらしいねって笑われたくらいかな」
事件に巻き込まれたとか生徒から恐れられているとか、そんな事はわざわざ報告していない。それよりも特待生という特異な環境なので、普通の学校とは違うところを楽しんでいると言ったほうが安心してくれる。
「そういえば、もしかしたら僕に弟か妹が出来るかもしれないんです」
「え!?そうなんだ!」
「欲しいか?って聞かれただけだから、まだ子作りはしてないんですけどね。僕としては聞かれても、年齢的にお姉ちゃんっていうよりおばさんみたいになっちゃうので微妙な所なんですよね。それに仲の良い姉妹みたいな存在の人も既にいるので」
「んふふ。でも早いうちに特待生になってると、そういう事は結構有るみたいなんだよね。可愛がりたい時に寮に入っちゃって、金銭的な補助もあって余裕も出来るかららしいんだけど」
言われてみれば納得の理由な気もする。何にしても、やっぱり両親には少し寂しい思いをさせているみたいだし、もう少し連絡は密に取っても良いのかもしれない。
「進路の事については話した?」
「まだ全部は話してないですけど、もしかしたらっていう感じで伝えてます。いきなり全部伝えても、信じてもらえるか分かりませんし。でも喜んでくれてたので反対はされないと思います」
「そっか。良い両親だね。ユウリの事を信頼してくれてるんだ」
「アカリさん達の両親はどんな人なんですか?」
今までアカリさんとアイ以外の家族の事を聞いたことが無かったので、これを期にちょっとだけ踏み込んで聞いてみる事にする。
「うちの両親は結構放任主義なんだよね。自由にやって良いけど、責任は自分で取りなさいって感じ。保護者としてはどうなんだって思うけど、有り難くはあるかな」
「それもまた信頼の形なんじゃないですか?うちの子なら大丈夫だっていう」
「そうなのかな?まぁでも2人で特待生になった時は喜んでくれてたし、放任っぽくなったのもそのぐらいの時期だったかも。寮に入って1人でやってくんだからしっかりしなさいって意味だったのかな」
「2人ともー!こっちの方に良いポイント有ったよ!」
「はーい。今からそっちに行くよ」
僕たちが雑談をしている間に、アイはそこそこ釣果を上げていたみたいだ。足で釣れなんて言われる魚もいるぐらいだし、粘り強く歩き回ったアイの努力が実った形だ。僕たちはその努力のおかげで、いとも簡単に釣果を上げた。
流石に3人でたくさん釣りすぎてしまったので、この後食べる分だけを残してリリースする。それからキャンプ場に備え付けの調理場に行って魚の下処理を済ませた。内蔵等はキャンプ場で回収してくれたので、持ち帰って捨てる面倒が無いのが有り難い。
「ユウリが居てくれて良かったー。あたし達魚なんて捌けないもん」
「寮でも流石に切り身で支給ですからね。機会が無いと……って僕もやり方を知ってるだけだったんですけど」
魚なんて今まで何匹捌いてきたか分からないけど、当然この世界での話ではない。親が釣り好きとかでも無い限り、子供のうちから魚を捌く機会なんて中々無いと思う。
サイトに戻ると良い感じに日も傾いてきたので、晩御飯の準備に取り掛かる。魚が釣れなかった時のために食材も用意しているけど、ちゃんと釣れたのでこちらから食べてしまおう。
アイは事前に予習してきた成果もあって、しっかりと薪の火付けに成功している。今回1番楽しんでるなこの子。アカリさんは後方姉貴面しながら、その様子を微笑ましく眺めていた。
僕は腹を開いた魚に串打ちして塩を振り、2人には丸焼きするように頼んでおいた。その間に僕は他の食材と、残った魚を使って料理を作っていく。
「料理長。今日のメニューは一体何でしょうか?」
「今日はバランスだとか組み合わせなんてものは全く考えてません。キャンプと言ったらこれっていうものを作りますよ」
「と、言うと?」
「勿論カレーです。残った魚はムニエルにしていきましょうか。後はやっぱりバーベキューで自由にって感じです」
「やったー!流石ユウリは分かってる!」
僕はこの日の為に、カレー用のスパイスを自分で組み合わせて持参していた。市販のルーよりも手作り感が出るし、今回は小麦粉でルーを固めるつもりも無いので、その分お腹に溜まりにくくなる。他にも色々食べるであろうことを想定しての配慮だ。
「私、飯盒でお米を炊いてみたい」
「良いけど、責任重大だよ?ご飯の出来次第で、カレーが美味しく食べれるかどうかが決まるんだから」
「う……でも頑張る」
冗談交じりにプレッシャーを掛けてしまったけど、しっかり予習してきているアイなら大丈夫だろう。相変わらずアカリさんはずっとアイの様子を見守っている。別に良いんだけど、何かしら手伝ってくれないかな。
なんて文句を口にするはずもなく、僕はひたすらにカレーに入れる具材を切っていく。小麦粉を使わないでどうやってルーにとろみを付けるのかというと、みじん切りにした野菜だ。玉ねぎを飴色になるまで炒めるというのはよく言うけど、僕はそこに人参も一緒に入れて炒めていた。後はすりおろしたにんにくと生姜も入れて、野菜がクタクタになるまで炒め続ける。
「すごい良い匂いがしてきた……もうお腹空いてきちゃった」
「魚ももうそろそろ焼けるんじゃない?それとご飯をちゃんと見ててくれるなら、鉄板を出してバーベキューも始めちゃって良いよ」
カレーは出来上がるのにどうしても時間がかかるので先に手を付けていたけど、どうやらもう待ちきれないみたいだ。アカリさんがようやく動き出して準備を始めているので、向こうは任せて僕は引き続き料理を進めておこう。
しっかり炒め続けた野菜に用意していたスパイスを投入すると、ただの野菜炒めだった匂いが一瞬でカレーの匂いに変わった。スパイスが馴染むまで軽く混ぜ合わせたらこれまた刻んだトマトを大量に投入し、潰しながら酸味を飛ばすように火を通していく。
その間に別の鉄板を用意して、鶏もも肉を焼いていく。チキンカレー用の具材なんだけど、軽く焼き目を付けておいた方が旨味が出る。結局カレールーと一緒に煮込むので中まで火を通す必要は無く、本当にかるく焼くだけだ。
肉を焼いた後の鉄板に、アイが持ってきたぶどうジュースをちょっとだけ入れて温め、肉の脂と一緒に出た旨味を残さない様にルーに投入する。カレーに使う水分はトマトとこのぶどうジュースの水分だけだ。後は蓋をして煮込んでいき、最後に塩で調味すれば完成だ。
「何か凄い凝ってるね」
「ここまでしなくても、スパイスと市販のコンソメだけでも充分美味しくなりますよ。でも折角なので、普段とはちょっと違うアプローチで料理してみようかなと」
実際の所好みはあると思うけど、コンソメや鶏ガラといった調味料を使ったほうが美味しくなると思う。でもそれは普段家で作るならという話で、こういう場所で食べるものにはそういった過程や拘りみたいなものがあった方が良いというのが僕の考えだ。
「ユウリが準備してくれてる間にこっちも焼けたよ。はい、あーん」
「あーん。うわ、美味しい!」
こうして3人とも食欲全開で食べまくる。全員女の子とは言っても食べ盛りの成長期なので、食べ残しなんてなかった。僕が作ったカレーも好評だったし、飯盒で炊いたご飯もうまく出来ていた。
食後は休憩ついでに洗い場を借りて、ちゃんと食器とか調理器具を綺麗にしておく。明日の朝食でも使うし、後回しにすると余計に洗うのが大変になってしまう。
「ごめんね。洗い物全部任せちゃって」
「別に良いよ。料理は洗い物を済ませるまでが料理なんだから」
多分そんな事は無いと思うけど、これは僕の信条だった。これまで生きてきた中で、後片付けをサボった事で面倒になってしまった事は多い。他の何かを失敗するよりも、片付いていないという事に対するマイナスイメージが強く根付いてしまっているだけなのだ。
「アイ、この時間に何かしたいって言ってたよね?何するの?」
「キャンプの夜と言ったら、皆で焚き火を囲って語らうのが定番でしょ?普段あまり話さないような事でも、こういう所でなら話せると思わない?」
「普段話さない様な事……なんかあるかな?」
旅行先で腹を割って話すというのも、ありがちと言えばそうかもしれない。でも僕は普段からこの2人に対してそこまで胸の内を隠したりとか、そういう態度を取ったことはない。僕の素性に関係しそうな事以外は素直に話しているつもりだ。
「そういうアイは、何か話したい事でもあるの?」
「……そうね。例えば2人の好きな人とか、初恋とか聞いてみたいかな?」
「そういう系かー。でもそれを僕たちに聞くんなら、アイから先に話すべきじゃない?」
「勿論私も話すよ。私の初恋はね、名前は言えないんだけど……」
アイは初恋の人物について、名前は伏せつつもその男の人の特徴を挙げていった。ちょっと無口なんだけど頼りがいがあって、物知りで皆を引っ張っていくリーダー的な存在の人だったそうだ。腕っぷしも中々強く、魔法も結構使いこなせていたらしい。
「へぇ。そんな人がいたんだ、ぜひ戦ってみたいな」
「もー姉さんはそんな感想ばっかり。姉さんはやっぱり、男の人は興味ないの?」
「やっぱりって何よ。別に興味無いって事は無いと思うけど、あまりピンと来ないかな」
「じゃあ逆に、女の子には興味有るの?」
「……有る。っていうか、可愛い子はつい可愛がりたくなっちゃうんだよね。だからアイもユウリもつい可愛がり過ぎちゃう」
分かりきっていた事だけど遂にアカリさんは認めた。ただそれでもアイの攻勢は止まらない。
「可愛がりたいっていうのは、性的な意味でも?」
「んん!?そこまで聞くの?」
「いや、この際だからあたしもはっきり言っておく。っていうか多分ユウリも分かってると思うけど、あたしはそういう意味でもユウリの事が好き……なんだと思う」
「ま、まぁ一緒にお風呂に入ると結構凄いんで、そうかなとは思ってましたけど」
あれか、これってもしかして告白なのか。いきなりの事で僕も混乱しているけど、多分そういう事だよね。アイがニヤニヤしてるのが気になるけど、でもここはちゃんと答えておいた方が良い筈だ。
「僕もその……アカリさんだったら嫌じゃないと言うか……元々僕は男とか女とか気にしないので……」
「なになに?ユウリ、はっきり言っちゃいなヨ!」
「……分かりました。はっきり言います。僕もアカリさんが好きです。なのでこれからもよろしくお願いします」
遂に言ってしまった。今の身体の性別がどうのなんていうのは関係無いし、元男だとかそういう事も関係なく僕はアカリさんのことが好きだ。
この様子を見ている神様達は、百合展開来たーとか言いながらニヤニヤしているんだろうかと考えるとちょっとムカつくな。でもアカリさんが目をうるませながら喜んでいるので別に良いか。
「うん、ありがとう。妹ともどもよろしくね」
「いやー良かった良かった。これで2人とも心置きなく付き合え……ん?妹ともども?」
「アイ、僕はアイの事も好きだよ。もちろん、アカリさんと同じ意味で。どっちが上とかじゃなくて、2人とも好き」
「え?え?嘘、待って!だってユウリ、姉さんのことが」
「まさか本当に気づいてなかったの?僕はアカリさんだけじゃなくて、アイの事だって好きなんだよ。複数の人を好きになるのは誠実じゃない?そんなの知ったこっちゃないんだ」
この際だからいけるところまでいってやる。どうせやるなら百合ハーレムだ。アイが好きというのも本心だし構わないだろう。大体僕がアカリさんの事を好きだという事がアイにバレていた様に、アイの事を好きだという事もアカリさんにバレていた。
つまり3人共互いに好きだという気持ちがバレバレなのに、それを伝えるのが怖くてそのままにしていただけだった。その切っ掛けを作ってくれたアイだけ放っておける筈がない。
「僕は本気だよ。アカリさんも許してくれてる。後はアイの気持ちだけだよ」
「わ、私は……あうぅ、何で私ってこういう人を好きになっちゃうんだろうな……あの人も二股だったし」
「ん?よく聞き取れないよ。はっきり言って」
「……私もユウリが好き。ずっと3人で仲良くしましょ」
僕たちの関係は、このまま3人だけの秘密にしておくことにした。もしバレたら胸を張って答えるけど、自分からバラす必要も無いだろう。
いつの間にか焚き火は消えていて、月明かりだけが僕たちを照らしていた。そんな薄暗がりの中でも2人の笑顔ははっきりと見えていて、僕は2人を抱き寄せながらテントの中に誘う。
いや別にエロいことはしてないからね。まだ子供なので流石に自重してますとも、そういうのはもっと大人になってからだし屋外でするような事ではない。
と言うわけで普通に3人で仲良く身を寄せ合って眠りにつく。もう何度も聞いた2人の寝息も、僕にとっては特別な子守唄になっていた。
ここまでの話で一旦学生編の区切りです
現在続きを執筆中ですのである程度書き溜まった頃にまた続きを投稿していきます
しばらくお待たせしてしまいますがよろしくお願いします




