卒業
2年間の学校生活というものはあっという間で、特に数百年以上の人生を体験してきた僕にとっては本当に一瞬の出来事の様だった。アカリさんと戦い、その後の質問攻めを受けたことで生徒達からの印象も大分和らいだ。おかげで以前の様に警戒されるという事も少なくなった。
ただその間に仲の良い友達が出来るという事は無かった。同期はいないし、勉強も進みすぎていて実力もかけ離れている。そんな状態なので、ちょっと印象が変わったという程度では仲良くなる切っ掛けとしては弱すぎた。
それでも僕にはアカリさんが、アカリさんには僕が居たので寂しいという事は無かった。以前と違って学校でも普通に会話が出来るようになったのも有り難いし、友達と言える程では無くても声を掛けてくれる人も居た。それだけでも充分だったし、逆にあまり干渉されすぎない事が有り難いという一面もあった。
「さっきユウリが使った魔法なんだけどさ、ここを変えてみたら……」
「アカリさん、ちょっと式をいじってみたので使用感を教えて貰って良いですか?」
あれ以降最も変わった事と言えば、僕とアカリさんに専用の授業が設けられた事だった。実際には授業という体裁を取って戦闘訓練棟を貸し切り、自由に使っても良いというものだ。当然こんな授業を組んだのは、校長先生であるシイナさんの意向もある。
僕とアカリさんが普通の生徒と戦闘訓練を行うのは、実力差がありすぎて互いにとって為にならない。ただ完全に無意味という訳では無いので、僕たちは時折訓練の様子を見に行って戦う事もあった。臨時コーチみたいな形で元の授業には参加しつつ、それ以外の時間は互いの研鑽のために時間を使った。
当然僕たちは存分に戦ったし、自分たちで魔法式を改良して実験もしていた。時にはアイに相談して新たな魔法式を組み上げた事もあるし、本当に色々な事をやっていた。2年間の学校生活という青春を、まるで部活動に全てを掛けるかの様に、2人の時間にのめり込んでいた。
「全員集まったな?今日がこの2人と戦える最後の機会になる。意地でも一撃くらい入れてみせろよ!」
そしてこの日、戦闘訓練棟には多くの生徒が集まっていた。僕たちは既に就職先が決まっていて、来月からはこの学校には来なくなる。最後に僕たちと戦う事が出来るチャンスという事もあって、この日の戦闘訓練は特別に1番上のクラスだけでなく、1つ下のクラスの生徒達まで集められていた。
「それと今日は特別ゲストも呼んでいる。入っていいぞ」
「特別ゲスト……?うわ、暇人が来た。ちゃんと仕事してるの?」
先生の言葉と同時に訓練棟に入ってきたのは、去年卒業したばかりのハルトだった。たった1年見なかっただけでその身体は更にたくましくなっていて、立ち振舞にも既に貫禄が出始めている。
「昨日も犯罪者グループを捕まえてきた所だ。お前もニュースぐらい見たらどうだ?」
「あれってハルトだったんだ。ニュースだと名前が出ないから見ても分かんないよ」
実際アカリさんはニュースを見ていないと思うけど、一応僕がフォローしておく。勿論こんな物言いをする僕に対して強く反発する人は多い。
「あんたまたハルトさんにタメ口効いて!いい加減にしなさいよ!」
「本人から許可を貰ってるんです。そうだよね、ハルト?」
「あームカつく!本当に許さないわよ!」
「トウコちゃん、そのエネルギーは戦闘の時にね?」
カオリさんとトウコさんは、今や1番上のクラスで他の生徒達を引っ張る様な存在になっている。ただそれでもハルトや僕たちみたいに、このクラスの条件ではまだ勝ちきれていなかった。それだけハルトを含めた僕たちは、戦闘訓練においてこれ以上ないほどの逸材だった。
そんな一悶着を起こしつつも、いざ戦闘訓練となれば全員真面目に戦い始める。僕は1人で1つ下のクラス全員と戦い、アカリさんは1番上のクラスの全員と戦った。勿論僕たちは1度も攻撃を貰わずに勝利する。
「で、暇人さんは誰と戦うの?」
「アカリ、頼めるか?」
「あたし?まぁ良いけど、皆が見てる前で負けていいの?」
「俺はこの1年の成果を試したくてここに来たんだ。どこまで出来るようになったのか、それともまた離されてしまったのか、それは戦うことでしか分からないからな。それに俺が負けても、見ている生徒がそこから何かを学んでくれるなら構わない」
ハルトも警備会社に就職して1年、学校の戦闘訓練以上に厳しい指導を受けている筈だ。それでもハルトの口ぶりから、アカリさんには遠く及ばないという事は自覚しているらしい。
「そこまで言うなら、あたしもユウリ以外で初めて本気を出してあげる。いつまで付いてこれるか、10分ぐらいは耐えてね?」
それから始まった戦いは、保護魔法のせいで傷付いていないから分かりにくいだけで、ハルトは終始負けていた。互いに攻撃を当てている様に見えても、ハルトの攻撃はアカリさんの防壁を破るまでにしか至っていない。対するアカリさんの攻撃は軽々とハルトの防壁を破壊し、肉体にまでダメージを与えていた。
「クソ、ここまでか……」
「時間は……11分。凄い頑張ったね。後は攻撃の精度さえどうにかなれば、そこいらの人には負けなくなるよ」
僕でもアカリさんの攻撃を10分以上受けていたら気を失っているだろうし、それだけハルトの根性と硬化魔法の防御力は凄まじいものがある。まぁ僕はあそこまで攻撃に当たらないから、そもそもハルトみたいな状況に陥った事が無い。
結局最後まで僕たちは1度も攻撃を受ける事無く、この学校で受ける最後の授業を終える。僕たちが訓練棟を出ていく時には拍手こそ無かったけど、一応は笑顔で見送ってくれていた。
「シイナ、居るか?」
「居るよ。珍しいね、顔を見せるなんて」
シイナの仕事部屋に1人の来客が訪れた。立場のある人間に対する言葉遣いではない事が、2人の仲の良さを物語っている。
「たまにはな。ずっと研究室に籠もってたら身体が鈍ってしまう。俺の性分はもっと別の所にあるんだけどな」
「仕方ないさ。アラタがそういう性分だったとしても、この世界での才能がそういう方向性だったんだ」
アラタと呼ばれた男は、研究者とは思えないほどの肉体を持っていた。厳しい訓練にも耐え更に迫力を増していたハルトでさえ、このアラタと並んで立てばそこまで大きくは見えなくなってしまうだろう。
「今日はどんな用件だい?まさか本当にただの暇つぶしじゃないだろうね?」
「来月うちに来る2人について、少し聞いておこうと思ってな。シイナがわざわざ呼んだぐらいだ、凄いんだろ?」
「その事か。このデータを見てみろ、驚くぞ」
シイナがユウリとアカリの学校成績を見せると、途端にアラタは声を上げて笑い出す。それは2人が思わず笑ってしまうほどに、規格外な成績を残しているという事だ。
「どの成績も凄まじいが、この特別授業ってのは何だ?俺の時にはこんなの無かったぞ」
「私が2人の為に作った授業だ。まぁ中身は彼女たちの自由研究と言うか、部活動みたいなものなんだけどな。あの2人、誰に習うでもなく勝手に新しい魔法を作っているらしい。しかもその魔法を利用した戦闘まで行っているんだ。もはやあそこは小さな魔法開発研究所だよ」
「それほどか……それなら俺の仕事も大分楽になるな」
「何言ってんの。アラタはもう所長になったんだから、現場の忙しさはあまり関係無いでしょ」
アラタが魔法開発研究所の所長になったのはつい最近の事であり、本人はまだその事に慣れていない様子だ。当然所長になるというのは並大抵の事では無く、功績の1つや2つは打ち立てていないといけない。アラタは若くして、それをやってのけるだけの才能を持っているという証明だ。
「お前が無理やり席替えさせたんだろう」
「まさか。下が育つまではって言い続けてきた人が自分から退いたんだ。誇りに思いな」
「まぁそこまで言ってくれていたなら……どっちにしろ俺達にとっても都合が良いからな。これで本腰を入れて異次元との接触に取り掛かれる」
異次元との接触についての論文が発表され、瞬く間もなく実験に成功してしまった。あまりに急過ぎる出来事で碌な準備が出来ていない状態である。
ただ接触に成功したと言っても、こちらから一方的に向こうの世界を見ることが出来ただけだったのが幸いだった。もし2つの次元を自由に行き来できる様な穴が開いてしまっていたら、この世界は大きな混乱に満ちていた筈だ。
「まさかいきなり繋がった異次元に魔物がいるとは思わなかったな。偶然なのか必然なのか……」
その観測した向こう側の世界は、普通の人々が暮らしているだけの世界では無かった。自らの目で魔物の姿が確認できた事で、繋がった先が危険な世界だというのはすぐに理解した。
「偶然だろうと必然だろうと、私達はあの世界を調べなきゃいけない。他の誰がやらなくても、私とアラタとアイにはその理由がある筈だ」
魔物がいる危険な世界なんて、本来なら接触しないほうが良いのかもしれない。ただ観測出来ることが確認できてしまった以上、他の誰かがこの理論を発展させて、橋渡しをしてしまう可能性は否定できない。そうなる前に危険を承知で調べる必要があった。
「本当ならもう1人居てくれると有り難いんだけどな。いや、居るはずだったんだが」
「それは仕方無いだろ。私達だって偶然出会うことが出来ただけに過ぎないんだ。こんな奇跡がもう1度なんて、それこそ都合が良すぎる。何よりあの人は私達以上に特別だったんだ、同じ様になんて期待しない方が良い」
「だが結局、他の人を巻き込む事になってしまった」
「これは私達だけじゃなくて、この世界に生きる人全てにとっての問題でもあるんだ。押し付けるわけじゃないけど、無関係にしておくわけにもいかない。その点、あの2人ならきっと大丈夫だよ」
それは決してシイナの言い訳では無い。異次元との接触というのは今自分たちがやらなかったとしても、いずれ誰かが辿り着く未来だ。ユウリとアカリなら大丈夫だというのも、シイナが2人と直接話して得た感触に過ぎないが、何かが起きてしまわない様に全力でサポートするつもりでいる。
「まぁ頼もしいけど、ちょっと用心深い所はあるかな。その点は注意してくれよ」
「そういう腹の探り合いみたいなのこそ苦手なんだがな……いっそ話してしまう事は出来ないのか?」
「それは……アラタとアイの判断に任せるよ。私にはそういう風に直感で事態を動かすっていうのは向いてない」
「なら俺とアイの2人が話しても良いと思った時には、本当の事を話すぞ」
「それで構わない。その時は私も同席させてくれ」
「勿論だ」
アラタが部屋を出ていった後、1人になったシイナはとある人物に想いを馳せる。そのとある人物とは、アラタの言っていたもう1人の事だ。
「あの人は今どこに……なんて、乙女チックな事を言う柄じゃないか。あの人が居ても居なくても、やるべきことは変わらない」
口ではそう言いつつも、アラタよりもシイナとアイの2人の方がその人物に会いたいという気持ちは強い。だがそんな素振りは一切外に出さず、再び机の上に置かれた書類に向き合う。
この計画を順調に進めるために、小さな仕事でもヘマをする訳にはいかない。そうして今の地位を保っていき、研究所をサポートするための基礎を固めていくのだ。研究所内での事はアラタとアイの2人に任せておけば問題ない。誰よりも信頼しているあの2人なら、間違いなくやってくれる筈だと信じている。




