質問
突然出てきた魔物という言葉に対して、僕とアカリさんの反応は正反対のものだった。アカリさんは意味が分からないという態度を見せつつも、一応何かの隠語だったり比喩表現である可能性を考えている。
でも僕はシイナさんが言った魔物が漫画やゲームによく出てくる、そしてこれまでの異世界で何度も倒してきたあの魔物であると理解していた。
「もう異次元との接触に成功したんですか?」
まだ世間一般にはあまり知られていない、まだ研究段階の理論が発表されただけの事柄を、アカリさんが認識していなくてもおかしな事は無い。アカリさんは僕の質問を聞いても、何だそれはといった顔をしていたけど、シイナさんとアイは目を丸くしていた。
「……本当にユウリには驚かされる。あの一言だけでそこまで理解するとはね。宇宙航行もようやく本格化してきたばかりという段階で、異次元との接触なんて研究論文を出されても、遠い未来の話しだと誰もが思っていたよ」
「それが遠い未来どころか、すぐそこにまで来ているという事ですね?」
「ちょっと待って、流石にあたしにも飲み込む時間をちょうだい」
置いてけぼりになりそうだったアカリさんが一旦会話を止めて、シイナさんに代わってアイが細かい事情を説明する。僕はそんな時代が来るかもしれないという事を知っていたので受け止める準備が出来ていたけど、アカリさんにとっては寝耳に水だ。
いきなり異次元と通じてしまって魔物の脅威に晒される。心構えが出来ていたとしても、普通の人なら動揺してしまってもおかしくない。さっき休憩したばかりだけど、再び落ち着く時間を取るために休憩を挟んだ。
「そっか、そんな事が……ユウリはよく知ってたね」
「早くからパソコンに触らせて貰っていたからですかね。世間の情報を集めやすかったんです」
「君は本当に小学生か?3年前のアイにも衝撃を受けたけどそれ以上だな」
僕が両親にパソコンをおねだりしたのも、こういう時に役立つと思ったからだ。特に専門性が高いニュースなんかは普通のテレビ番組では取り扱いにくいので、自分から目を向けていかないと情報が手に入らない。
「でもそういう事なら、あたしは研究所に行っても良い。アイの前でこの話をするって事は、当然アイも関わってるんでしょ?それならあたしが守るし、新魔法の実験だって手伝える」
「僕も同意見です。多分僕の才能は、この時の為のものだったんだと思います」
「ユウリの才能?報告では魔力の量以外は大したものでは無かった筈だが……」
「あ、ごめんそれは……その、私が改ざんして報告してたの。ここまでの事になるとは思ってなかったから、ユウリが色々と巻き込まれない様にと思って」
「何だ、そうだったのか。なら改めてそのデータを見せてくれないか?」
アイは自分の端末を操作して、僕が以前検査してもらった時のデータをシイナさんに見せた。その瞬間シイナさんがお茶を吹き出しそうになって、慌てて口元を抑えている。
「ゴホッ!なんだこれは!?デタラメ過ぎるだろう!」
「そう思うでしょ?だから隠しておいたの。私も疑ったし、念のために検査をやり直したんだからね?」
「……そうだな。それに今となっては、先程の戦いもこのデータを裏付けしてくれている。尚更2人が来てくれるのが有り難いよ」
とてつもない魔力量と才能を持つ僕と、その僕に勝ったアカリさんが研究所に行くと約束した。シイナさんにとってはこれ以上無いほどの収穫だったに違いない。
「あ、行くのは良いんですけど時期はいつ頃になりそうですか?」
「本当はすぐにでもと言いたい所だが、そういう訳にもいかない。さっきはああ言ったが、やっぱりアイの時はやりすぎた。少なくともユウリは、小学生を卒業する年齢ぐらいまでは待ったほうが良い。アカリも時期は同じぐらいの方が良いだろうな」
3年前のアイも小学生だったけど、今は本来なら中学生の年齢だ。どっちにしろ早いことには変わりないけど、それでもまだ以前より自重したと言い訳は出来る。つまり僕が研究所に行くのは早くても2年後だ。
その頃のアカリさんは高校生の年齢になっている。この世界ではそのぐらいの年齢で働くのも珍しく無いし、高校を卒業する前に就職するという事もザラにある。今のハルトもほとんどそれに近い状況だ。
「それじゃ、後2年はこの学校で青春を謳歌させてもらいますか」
「そうしてくれたまえ。さて、私はそろそろ帰らせてもらうが、アイはどうする?送っていこうか?」
「あ、私は……」
アイがこちらに視線を送ってくると僕たちは迷わず頷く。今日も泊まって良いかという意味だということはすぐに分かった。
「そうか。2人と一緒なら何も問題無いだろうし、外出に関しても話しを通しておこう。休日は3人でどこかへ出かけても良いぞ」
「ありがとう!2人とも、どこに行く?」
「気が早いって。帰ってからゆっくり考えようよ」
話しがまとまった所で校長室を出ていくと、建物の外がやたらと騒がしい事に気付いた。校長室以外にもこの建物自体にセキュリティがあるので、一般生徒が立ち入れる場所は限られている。
防犯カメラの映像で外の様子を見ると、どうやら建物の出入り口付近に生徒達が殺到しているみたいだった。そしてハルトを含めた風紀委員達が、その騒ぎを収めようと動き回っている。
「ちょっと事情を聞いたほうが良いな。リーダーはこの子か?」
「そうです。名前はハルトです」
「ハルト君、至急校長室に来てくれ」
シイナさんが備え付けのマイクを使って建物の外に呼びかける。それと同時に建物のロックを解除してハルトだけを招き入れた。当然ハルトと一緒に突入してこようとするような生徒は居なかった。
「急に呼び出してすまないね。外の騒ぎの事を聞かせてくれないか?」
「はい。実は先程の戦いの後、2人と話しをしたいという生徒が多く出てきました。校長室の方に向かっていったという目撃情報から、2人が出てくるのを目の前で待っている様です」
「あたしが脅せば、蜘蛛の子を散らすように居なくなるでしょ」
「待て待て!お前はそれで良いのか?学校での評判を変えるこれ以上無いチャンスだぞ?」
「別に。あたしが皆と距離を置いてるのは事情があるからなの。評判を変えてもらう必要は無い」
アカリさんがそう言うであろうことは僕もアイも分かっていたけど、アイは殊更に悲しそうな顔をしている。本当ならもっと普通に学校生活を楽しんでもらいたいという気持ちが無い筈が無い。しかしその事に関してシイナさんが待ったをかけた。
「待ちたまえ。アカリ、今後はそんな事を気にする必要は無いよ。さっきの話しを承諾してくれた以上、アカリを無駄に危険なことに関わらせるつもりは無い」
「じゃあ今後学校での行事で、護衛はどうするの?」
「そんなのこちらから人員を出すさ。そもそもそんな重要人物の警護を学生に任せていた時点で間違っているんだ」
「姉さん、私からもお願い。学生生活って今しか経験できない事なんだよ」
学校に通う期間が極端に短かったアイの言葉はとても重く、本人にそんなつもりは無かったんだろうけど、シイナさんとハルトはバツの悪そうな表情をした。シイナさんはアイを引き抜いてしまったこと、ハルトはアカリさんをこんな境遇に追い込んでしまった事に負い目を感じている。
「……アイがそこまで言うなら。でも2人とも勘違いしないで欲しいんだけど、あたしに対して負い目を感じるとか余計なお世話だから。それにそっちにその気が無くなったからって、簡単に仲良くなれるなんて思わないでよね。恨んでいる訳じゃないけど、あんた達がやってきた事は褒められる事じゃないんだから」
「勿論だ。仲良しこよしを強要するつもりは無い。もし舐めた態度のやつがいたら好きにして良い」
好きにして良いは言い過ぎだと思うけど、僕としても同意見なので特に突っ込んだりはしない。いきなり掌返しで仲良くしようなんて言われても、アカリさんだって思うところもあるだろう。
「何他人事みたいな顔をしてるんだ?ユウリだって同じ様な立場だろう」
「え?あーそういえばそうか……でもアカリさんほど確執がある訳じゃないんで、僕個人としては別に何とも思ってないですよ」
入学当初は事件や噂話が先行したことで誤解があったかもしれないけど、最近の僕に対する評判は主に僕の言動に対する悪評だ。一言で言えば少し生意気すぎたというだけで、多少は反骨心もあったけど、今回の件でそれも収まってくれればと思う。
「それじゃあそろそろ話しでもしてきましょうか。アイは巻き込まれると面倒だし、もう少し待ってて貰って良い?」
「うん。中から様子を見てるね」
ハルトが先頭に立って建物から出ていき、その後ろを僕とアカリさんが付いていく。同時に生徒達が物凄い勢いで喋りだしたけど、声が多すぎて誰が何を言っているんだか全く聞き取れない。
「静かにしろ!それ以上こちらに近づけば全員指導室行きだ!」
風紀委員が勝手にそこまでの事をやって良いのかどうかは知らないけど、ハルトの一言によってその場が一斉に静まった。これなら僕らが出てくるまでも無く、なんとか出来たんじゃないかと思わないでもない。
「急な事にも関わらず、2人が皆の質問に答えてくれる事になった。だが本来、この時間は勉学に励むべき時間であることを忘れるな。節度と良識を持った内容を心がけろ、それと質問は1人につき1つまでだ」
いくら皆が話しをしたいと言っても、流石にこの人数の全員と話しをするなんて不可能だ。なので勝手にハルトが仕切って質疑応答の場にしてしまったけど、その方が簡単で分かりやすい。言ってしまえば記者会見の様なものになった。
そうしてハルトが適当な人を指名しながら質問に答えていく。いくつかは質問内容が被っている筈なので、全員を指名する必要なんて無い。ただ多くの人はやっぱりというべきか、僕たちが使っていた偽装魔法に付いて聞きたがっていた。
「魔法式に関しては機密が多いから公表出来ない」
「そ、それじゃあハイロード様の正体をご存知ですか?」
「……それは私。トレーニングルームを使う度に騒がれると面倒だったから変装してた」
「なに、そうだったのか……」
この言葉によって生徒の一部からどよめきやら落胆の声が漏れていたけど、1番衝撃を受けていたのは僕たちの戦いを見ることが出来なかったハルトだった。その様子に一部の生徒から笑いが漏れてしまい、少しだけ場の空気が和む。
「ユウリ……さんは大魔王ムーマの格好をしてましたけど、アニメが好きなんですか?」
「歳下なので呼び捨てでいいですよ。アニメはまぁまぁ好きです」
「まぁまぁじゃなくてかなり好きでしょ。録画して見るぐらいには」
「録画はするけど、片っ端から全部見るって事はしないのでまぁまぁ好き程度です」
この辺りから少しずつ魔法や先ほどの戦闘とは関係のない、僕たちのプライベートな部分についての質問が多くなってくる。全部に答える義理は無いけど、支障のない範囲でなら素直に答えても良い。
「以前から気になっていたんですが、2人はどういった関係ですか?昼食時も一緒にいるのに、会話をしている所を見たことが無かったんですが。今も互いのプライベートについて知っている様な話しをしてましたよね?」
これに関しては僕から言えることは無い。僕たちの関係を伏せていたのはあくまでアカリさんの都合なので、アカリさんの口から話してもらうことにする。
「私達は寮では同室なので、ある程度の事は知ってます。あと先に言っておくと、ユウリは別に私の舎弟だとかそういった事実はありません。入学したての頃に魔法の基礎知識を教えたぐらいで、後は全部ユウリが自分で身に付けた力です」
「そろそろいい頃合いだろう。次を最後の質問にするが、他に何かあるか?」
もうあらかた質問には答えたと思うし、事実生徒達の手は挙がらなかった。かと思いきやおずおずといった様子で1人が手を挙げていたので、ハルトがその人物を指名する。
「えっと……その、2人の好きなタイプとか、聞いても……」
顔を見ずともハルトの視線が厳しくなったのが分かった。これが節度と良識を持った質問と言えない事とは別に、ハルトとしてもあまり聞きたく無い様な質問だったに違いない。昔好きだった女性の好みのタイプなんて、今更聞きたくもないだろう。
ところがこんな質問答えなくても良いと無視しようと思っていた矢先、アカリさんは普通に返答していた。
「私はユウリみたいな可愛い子が好きです」
あまりにクソ真面目な表情で淡々と言うアカリさんに対し、ほとんどの人は本心なのかジョークなのか分からないといった感じだった。なので僕もすかさず質問に答える。
「僕はアカリさんみたいに格好いい人が好きです」
これで単なる僕たちの仲良しアピールだと思ってくれるに違いない。ともあれ、これでこの記者会見じみた質問攻めを何とか乗り切る事ができた。アカリさんと戦うよりもすごく疲れた気がするけど、これであと2年という短い学校生活が少しでも良くなるのなら安いものだ。




