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校長先生と

 僕達はアイに連れられる形で校長室に向かった。普段校長先生は学校に居ないので、校長室自体があまり使われていないけど、その割には警備が厳重だった。


 別に警備員が居るという訳ではなくて、機械的なセキュリティの事だ。アイはそのセキュリティを通れる様に、先生からカードキーを渡されていたので問題ない。


「連れてきたよ」


「あぁ、入ってくれ」


 部屋の前に立ったアイは、すごくフランクな物言いで来訪を伝える。校長先生も全く咎めること無く応じ、扉のロックを解除する音がする。アイが扉を開くと、向こう側では校長先生が立って出迎えてくれていた。


「よく来てくれた。私はシイナ、気軽に呼んでくれて構わない」


「アカリです。妹がお世話になってます」


「ユウリです。僕たちに話しがあるという事でしたが、どんな用件で……」


「気が早いな。少しぐらい雑談をさせてくれないか?それと君たちも普段通り気楽に接してくれ。これは校長命令だ」


 部屋の中に手招きされ、促されるままに来客用のソファーに座らせられる。事前に用意していたのか、校長先生が自らハーブティーを出してくれる好待遇だ。


「私もさっき言ったけど、シイナは本当に気さくな人だから。むしろ距離を取ってると怒られるよ?」


「別に怒りはしない。不機嫌にはなるけどな」


「そこまで言うなら……まずはアイとシイナ先生の関係から聞かせて欲しいです」


 ここまで言われて固辞するのも逆に失礼とは思うけど、かと言っていきなりアイの様に接するのも難しい。何とか会話を積み重ねて少しずつ距離感を掴んでいこうと思う。


「そうだな。私とアイの関係は、平たく言えば親会社の役員と子会社の社員といった所かな。アイが噂になった段階で私は目を付けていてね、入所の推薦を出したのも私なんだよ」


「シイナが学校と研究所だけじゃなくて、国にも影響力のある立場だったから無理やり通せたの。流石に当時の年齢を考えたらやり過ぎだもん」


「……シイナ先生は、校長以外のお仕事は何を?」


 今の話しを聞いただけでもかなりのお偉いさんだと言うことが分かるし、早めに正体を知っておきたい。後から実はどこかの国の王族でした、みたいな事が判明したら色々と面倒そうだ。


「魔法省のしがない官僚だよ。だからこの学校と、魔法開発研究所の色々に首を突っ込める立場なのさ」


「ただの官僚がそこまでの無茶が通せるんですか?本当はもっと……」


「おっと、察しが良すぎると長生き出来ないよ……なんてね。本当に聞いていた通り頭が回る子だ。ただ私は本当にまだここの校長である以外にこれといった要職には就いていない」


「まだということは……いや、辞めておきますか」


 冗談交じりに注意されたばかりだというのに、同じことを繰り返すべきでは無い。それにそろそろ、アカリさんに話し相手を代わってもらっても良い頃合いだ。


 ただアカリさんはなにやら難しい顔をしている。でも僕はその表情の理由が分かるぐらいには、アカリさんの事を知っている。これは恐らく、アイがやたらシイナ先生と親しそうにしていた事に対する嫉妬だ。


 と言うのは半分冗談で、残りの半分は警戒心だ。別にシイナ先生があからさまに怪しいという訳では無いし、アイと仲良くしているという事からも、それなりに信用して良いと思う。でもそれ以上に魔法省の官僚という立場は、この世界において良くも悪くも影響力が強すぎる面がある。


「あたしは別に聞きたい事も話したい事も無いんだけど、1つだけ確認させて。あなたはアイのなんなの?」


 言葉尻だけとらえると半分どころか全部嫉妬の様に聞こえるけど、アカリさんの表情は違うと物語っている。シイナ先生の立場を考えれば、アイの今後を簡単に決めてしまえるだけの権力も持っているという事になる。


 アカリさんはその少ない言葉の中に、もしもアイに何かあったら許さないぞという意味も込めている。ここでもしシイナ先生が言葉を間違えれば、2人の関係は今後良化する事は無いだろう。


「……私がアイのなんなのかというのは、アイの認識によっても変わるから何とも言えない。ただ誤解を恐れずに言うなら、私にとってのアイは家族であり、親友であり、命を掛けるに値する存在だ。例え生まれ変わって、こことは違う世界に引き離されてもその想いは変わらない」


 シイナ先生の目は本気だった。これでこの言葉が嘘だったと言われたら、僕はもう人間を信用できないかもしれない。それほどの気迫と決意に満ちた目をしている。


 アカリさんも真剣にその目を見つめ返しながら、言葉の真意を探っている。かなり誇大表現にも思える言い回しだし、ちょっと見方を変えれば壮大な愛の告白にも聞こえる。


 ここまでの会話から、2人の付き合いは長くとも3年程度と思われる。たった3年で、ここまで力の籠もった言葉を紡ぐ事が出来るものだろうか。僕は2人の間にはそれ以上の何かが有るような気がした。


「……分かった。それならあたしからは何も言う事は無い。気楽に接してくれっていうのも、少しずつ慣らしていくよ」


「ありがとう。良かったよ、アイの家族に距離を取られたらショックで寝込むところだった」


 冗談じみた言葉と同時に、先程までのシイナさんに戻っていた。今の様子だけを見ていると、やっぱり先程の言葉は演技だったのかと疑ってしまいたくなる。いずれにせよシイナさんを信用するもしないも今後次第だし、何よりも優先して考える事は他にある。


 大前提として僕の役割は大事だけど、それと同じぐらいアカリさんとアイの存在も大きなものになっている。この2人が幸せになれるのなら、僕は役割を放り投げてしまうかもしれない。これまで1度もそんな事をしたことは無いけど、たまにはそういう事もあって良いじゃないか。


「それじゃあそろそろ本題に入ろうか。2人の進路についての相談だ」


 遂に来たかという気持ちと、もうその話をするのかという気持ちが半々だ。僕はまだ入学して1月ちょっとしか経っていないし、年齢的にも就職なんてのはまだまだ先の話しだ。アイという前例があるとは言っても、そう何度も無茶な前例が通るものだろうか。


 ただそれでも、僕の力は学校で持て余してしまうというのも事実だ。年齢云々を抜きに考えれば、どこに行っても活躍できるだけの能力を有しているというのは、自惚れでは無く客観的に見ても事実だと思う。


 それにアカリさんの実力も学生という枠には収まらない。こちらもやはり年齢的な問題以外は、最前線で戦っていても活躍出来るのは間違い無い。


「進路ですか。まだ早いと思ってましたけど」


「そんな事は無いさ。前例を作ったのもこういう事を見越しての事だ。逆にアイと同等以上に優秀な君たちを放っておけば、アイだけが認めれた説明が付かなくなってしまう」


「それは国が勝手に決めた事だから、あたしたちには関係無いと思うけど?」


「手厳しいな。アイは同意の上だぞ」


「子供の同意だけで働かせるなんて、詐欺師のやることでしょ」


 僕はちょっと探りを入れるだけのつもりだったけど、アカリさんは結構警戒している。3年前の事件では国のお偉いさんの指示に従って、そのせいで色々と大変な目に合っているんだから仕方がないのかもしれない。


「いや、済まない。当然2人に選択肢が無いという話ではないんだ。2人にその意思があれば、場所を用意出来るというだけの事だ。言葉が足らなかったな」


「強制じゃないって事だね。それなら話しを聞いてもいいよ」


 僕としては国から強制されたとしても、それはそれでやりやすいから別に構わなかった。でも普通はそんな考えでは無く、ちゃんと自分の意思で道を決めるべきだ。選択肢があるのに自分から捨ててしまう訳にはいかない。


「ちなみに、シイナさんは僕の適所はどこだと考えてますか?」


 先生という敬称をさんに変えて、少し距離を詰めて質問をしてみる。アカリさんが距離を取りながらの会話をしているので、少しでも本心を聞き出すために、あえてこちらから踏み込もうという試みだった。


「ユウリは……難しいな。恐らくどこでも活躍できると思うけど、聞きたいのはそんな事じゃないんだな?」


「自分で言うのも生意気かもしれないけど、そんな事は分かってるので」


「はは、流石だな。なら私もはっきり言おう。是非魔法開発研究所を志望して欲しい」


 おっと、これは僕にとっても願ってもない展開だ。アイに視線を向けると首を横に振っているので、アイが推薦したわけではないらしい。ちゃんと約束は守ってくれていたみたいだ。


 僕自身も研究所に行ければ良いなという気持ちは持っていたし、重要なポジションにいる人が望んでいるのならこの世界での役割と考えても良いかもしれない。


 ただここで即答するというのも芸がない、というよりも大事な場面だからこそ、簡単に決めるわけにはいかなかった。


「あたしはどこが良いと思う?」


「本来なら国防の為にその力を使ってもらうのが良いんだろうが、私としてはアカリにも魔法開発研究所に来て欲しい」


「流石に僕たち2人を引き抜こうというのは無理があるんじゃ……」


「別に引き抜きじゃない。さっきも志望して欲しいと言ったじゃないか?」


 僕たちの意思があれば場所を提供できるとはそういう意味だったのか。ただ僕たちの実力と成績を考えれば、わざわざシイナさんに用意してもらうまでも無く選びたい放題の筈だ。今すぐにというのが無理でも、普通に卒業出来るまで待ってれば良い。


「聞きたいことが多くて仕方がないって顔だな。本当に頭の回転が早くて困る」


「そこまで分かってるなら説明してくれますよね?」


「勿論だ。ただまぁ、少し難しい話になる。もう少しだけ時間を貰ってもいいかい?」


「あたしは構わない。ユウリは?」


「僕もです。ここまで来て話しを聞かない訳にもいきませんしね」


「長くなりそうだし、一旦落ち着いて休憩しよ?お茶を淹れ直してくるね」


 それまでずっと黙っていたアイが割り込むように提案してきた。単純に長話で喉が渇いただろうというだけではなく、シイナさんが難しい話しをするための準備というのもある。僕とアカリさんも一旦気持ちを落ち着けて、しっかり状況を整理した方が良い。


 アイは多分、これから話そうとしていることについて知っていると思う。だからシイナさんも同席を許しているんだろうけど、それを判断基準にするつもりは無い。例えアイが納得している内容だったとしても、僕が納得できなければその道を選ぶことはないし、アカリさんもそのつもりの筈だ。


「さて、順を追って説明していこう。まず2人に魔法開発研究所に来てもらいたい理由なんだが、端的に言えば優秀過ぎるからだ。私の個人的な意見になってしまうが、他で遊ばせておくのはあまりに勿体ない」


 優秀な人材というのはどこの企業や部署であろうと欲しい存在だ。そこまで言われて悪い気はしないけど、僕はともかくとしてアカリさんの様に、本来の適性を無視してまで欲しがる理由は何なのか。


「高い戦力を欲しているのは、国防や警察関係の部署だけでは無い。魔法開発研究所だって戦力は必要なんだ。何故か分かるかい?」


「……戦闘用の魔法を開発するにも、試せる人がいないといけないから、ですか?」


「それもあるが、それだけでは無い。研究所は機密も多く立ち入れる人間は限られている。警察が入れないような所で何かが起きた時、自力で防衛する手段が必要になる」


「テロリストがそんな機密だらけの内部にまで入り込める筈が無い。もしかしてそれだけ警察のレベルが低いって事?」


 シイナさんは首を横に振る。警察は十分な戦闘力を有しているし、研究所の人たちも戦闘が専門ではないと言っても、魔法に関してはスペシャリストなので多少の荒事は何とか出来るはずだ。


 にも関わらず、国の中でも有数の実力者に数えられるであろうアカリさんまで欲しがる理由があるという。その理由は全然想像できなかったけど、直後にシイナさんが紡いだ言葉で僕は状況を完全に理解した。


「今欲している戦力は、対犯罪組織の為のものでは無い。対魔物用のものだ」


 アカリさんは言葉の意味を理解していなかったけど、僕が分からない筈が無い。この世界には本来存在しないはずの魔物、それに対抗する為の力が必要とくれば答えは1つしか無かった。

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