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決着後

 アカリさんは少しの間必死に僕の腕を振りほどこうとしていたけど、僕は意地でもその腕を離さない。やがて諦めたのか、アカリさんは攻撃の手を止めて目を閉じた。


「……何を?まさか降参な訳は無いし……」


 一瞬の硬直の後、虚を突いたアカリさんは僕に抱きついてきた。凄まじい力で僕の胴回りを締め付けてくるけど、僕も強化と硬化魔法で対抗している。


 ただそれでも光の矢を受けるのはアカリさんだけだ。我慢比べをするつもりは無かったけど、アカリさんが違う形で我慢比べを仕掛けてきたという事だ。


「来るなら来な。ユウリの根性見せてもらうよ!」


「言われなくても!」


 直後にアカリさんの背中目掛けて大量の矢を放つ。回避をするつもりが無い相手に対して攻撃を外すわけも無く、矢は全て命中していた。


「ぐううううう!」


 僕たちは同時に叫び声を上げつつも互いに力を緩める事は無いけど、思った以上に僕の方がしんどかった。ただ締め付けられているだけではなく、アカリさんの背中に矢が着弾する衝撃が僕の腹にも直に響いてくるのだ。


 更にアカリさんの背中に矢が直撃する度、衝撃で腕の締め付けがきつくなってくる。僕の硬化魔法が破られる寸前に矢を止め、予定より早いけど2人の身体の間に爆発魔法をねじ込んだ。


「ぐぅ!」


「がはっ!」


 流石に反射魔法も込みの爆発を受けたアカリさんは、僕を拘束し続ける余裕は無かった。アカリさんは拘束を解いた瞬間に真後ろへと思い切り飛び退き、爆風の威力を削ぎながらも結界に激突するまで吹き飛んでいく。


 対する僕も片膝を付いて呼吸を整えるのに必死だった。肉体のダメージ以上に酸素が足りない事で、身体を動かす事と魔法を使う事に支障が出ている。ほんの少しだけ息を整えたら、すぐに活性魔法を掛けて消耗した体力の回復に努めた。


 ただその一瞬の間が命取りになってしまった。アカリさんから目を離した瞬間、その姿を見失ってしまう。


「まずい!どこに行った!?」


 僕は咄嗟に防壁と反射魔法を張り巡らせる。直後に背後から光の矢が飛んでくる気配に気付き、アカリさんの位置を特定したことに安堵した。


「その油断が命取りだよ!」


 気付けば矢と一緒にアカリさんが突っ込んできていた。それでも少なくとも矢は反射出来る、そう思っていたのが間違いだった。アカリさんが放っていた矢は、これまで使っていた改良した矢では無い。僕が使った反射魔法は改良された矢を対象にしているので、当然この矢を反射する事は出来ない。


 それでも防壁は張ってあるので最低限防ぐことは出来た。ただこの矢もまた通常の矢と少しだけ変えてあって、着弾時の爆発威力を高めてあった。その爆発で生じた煙によって視界が遮られた事で、僕はアカリさんの攻撃を避けられない。


「うぐぅ!」


 アカリさんが防壁を一撃で砕き、続く二撃目の拳が僕の腹部に突き刺さる。硬化魔法を掛けていても、まともに攻撃を受けてしまっては耐える事が出来ない。保護魔法によって僕の身体は傷付いてはいないはずだけど、それでも抗いがたい激痛に襲われ膝から崩れ落ちた。


「気を失わないだけ大したもんだよ。でも、あたしの勝ちだね!」


「……そうですね。僕の負けです」


 僕が負けを認めると同時に歓声が沸き上がった。アカリさんはその声に応える事無く、僕に治癒魔法を掛けてくれる。もともと傷付いていない身体はたちまち回復し、すぐに立ち上がれる様になった。


「すごく楽しかったよ!また戦おうね!」


「はい、ちょっと苦しいです。もう戦いは終わったんですから……」


 立ち上がった僕に、アカリさんは人目も憚らずに思い切り抱きついてきた。アカリさんは強化魔法を解いているけど、それでもかなり力が入っているので苦しい。


 そんな僕たちを見て更に拍手が大きくなったのは何でだろう。多分、検討を称え合っている僕たちを祝してくれているんだと思っておく事にする。黄色い歓声が聞こえてくるのも気の所為の筈だ。




 勝負が終わり、僕たちはそそくさと戦闘訓練棟を後にした。中ではまだアイが試合内容に対して解説を行っていて、生徒達が出てくるまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。


 棟の外では周辺の警備をしていたハルトの姿があった。他の風紀委員達どこかを巡回している筈だけど、丁度今は他に誰もいなかった。


「ハルトさん、お疲れ様です。例の賭博はどうでした?」


「特に何事も無かったな。俺たちが見つけられていないだけかもしれないが……」


「先生達も見回ってるんですから、ビビって辞めたんじゃないですか?」


 そもそもまだ学生という身分で、賭博に身を染めるというのも早すぎる。きっと冗談で賭けようぜなんて言っていたのが、先生の耳に入って大事になってしまっただけだと思いたい。


「先生達もそういう見解だな。ところでお前達がここに居るということは、もう終わったのか?」


「はい。僕の負けでした」


「そうだろうな。お前も強いが、そっちの女は化け物だ」


「アカリさんが強いのは認めますが、その化け物って言い方はどうにかなりませんか?それに何でアカリさんの事を名前で呼ばないんですか?流石に失礼ですよ」


 丁度話す時間があったので、僕はハルトに対する不満を少しぶつけていく。アカリさんは気にしていないかもしれないけど、僕は許そうとは思っていない。別に僕が負けると思われていたのが不満だった訳では無い。


「いや、それは……」


「ユウリ、別に良いよ。それよりユウリもハルトに勝ったんだから、こいつの事は呼び捨てで良い」


「待て、俺はそんな事言ってないぞ」


「私は良くてユウリはダメなの?やっぱり私の事……」


「言うな!分かったそれで良い、お前も俺の事を好きに呼べ!」


 やたらと焦っているハルトを初めて見たけど、2人の間には何かありそうだ。最初の時に感じた、殺伐とした雰囲気とはまた少し違う因縁を感じる。


「じゃあハルト、何でアカリさんに対してそんなに厳しいの?僕の想像でしか無いけど、多分ハルトはあの事件の事もちゃんと分かってるよね?」


 僕の予想は正しかったらしく、ハルトは何も言い返すことが出来ない。言い返せないという事は、多分理屈では無い何かしらの感情から、そういう行動を取っているんだと思う。


「ねぇユウリ、本当に良いから」


 ただ何故か、アカリさんまで庇うようにこの話題を終わらせようとしている。何だろう、この感じ。もしかして僕は余計なお節介をしているのか。僕はただ気に食わない事をはっきりさせたいだけなんだけど、あまり突っ込まれたくない事情が2人にあるのか。


 そこで僕はある事に気付いた。2人とも少しずつではあるが顔に赤みを帯びてきている。別にそこまで暑くも無いし、口論で頭に血が昇っていた訳でも無い。


「え?もしかして2人って……」


「ぜっっったいに違うから。むしろあたしは断った側だから」


「おまっ、言わなくて良いだろ!」


「やだ。ユウリに勘違いされる方が許せないもん。あたしは以前ハルトに告白されて、断ったことがあるの。それ以来こいつは……」


 ハルトが必死に止めようとするのも聞かずに、アカリさんは赤裸々な過去を暴露した。3年前の事件が起きるよりも前から、ハルトはアカリさんに想いを寄せていたらしい。そこで意を決したものの呆気なく玉砕、直後に事件が起きてアカリさんは悪者という雰囲気になってしまった。


 それでハルトの気持ちがアカリさんから離れてしまったかと言うとそうでも無いらしく、それでも当時の風紀委員の先輩達が圧力を掛けていた事で何も出来なかったそうだ。


「先輩たちも事件の事情を知っていたが、それでも親が大怪我をした事もあって許せなかったらしい。俺も風紀委員として、余計な揉め事を起こすわけにはいかなかった。風紀委員同士での争いなんてもってのほかだ」


 確かに先輩が先だって圧力を掛けていたというのなら、アカリさん擁護派は少なくなる筈だ。そこに風紀委員であるハルトが加わって対立しようものなら、間違いなく騒ぎは大きくなる。ハルトも自分の気持ちを抑えながら、表面上は周囲に合わせるしか道が無かった。


「先輩達がいなくなっても悪評は広がり続けた。事件を知らない新入生であっても、あの人には近づくなと教えられるんだ。そんな中で俺が出来ることは、暴走した奴らがアカリに手を出さないようにする事だけだった」


 アカリさんに手を出した所で、簡単に返り討ちにされることは目に見えている。ただそうなった場合、事実は違ってもアカリさんに襲われたと証言すれば、多くの人が信じてしまうだろう。


 そうならないように、ハルトは周囲の人物をアカリさんから遠ざけた。ハルトは学園でも屈指の実力者だが、それでもアカリさんには勝ち目が無いと自ら吹聴する。そんな人物に対して、誰も近寄ろうとしないのは当然だった。


「事情がどうであれ、俺達がお前を迫害していたことには変わりない。アカリには謝ることしか出来ないが、現状を変える事も出来ない」


「あたしは別に構わないよ。そもそもハルト達がそんな事をするまでも無く、他の人とは関われない事情がある。でもまぁ、ユウリは強いから大丈夫かな」


 ハルトは学内で騒ぎを起こさせない為に遠ざけていたけど、アカリさんは護衛の仕事の都合で他人と関わらないと決めている。僕は唯一の例外として認められた事が素直に嬉しかった。


「2人の事情は分かりました。それで、ハルトは今もアカリさんの事が好きなの?」


「……いや、その気持ちは既に過去のものだ。もしその気持ちが残っていたとしても、今更俺にそれを伝える資格は無い」


「伝えられた所で断るけどね。一度断ったのにしつこいって」


「だろうな」


 アカリさんのきっぱりとした返事に、ハルトは苦笑しながらもショックを受けている様子は無い。本当に吹っ切れているみたいなので、僕はちょっとした情報を伝えてみた。


「そういえばカオリさんとトウコさんが、ハルトの事を好きだって言ってたよ。互いに否定しながらケンカしてたけど」


「……やっぱりか。何となく2人の雰囲気が以前と少し違う気がしてたんだ」


 どうやらハルトにも自覚があったらしい。まぁあの姉妹も互いに同じ男を好きになっていると気付いていたみたいだし、それだけ周りの人から見ても分かりやすかったということだ。


 この世界の結婚観がどうなっているのか僕は詳しくないけど、元の世界でも従姉妹はギリギリセーフだった様な気がする。まちがってたらごめん。


「あ、2人ともこんな所にいた……っと、取り込み中でしたか?」


「いえ、問題ありません。丁度話しも終わった所です」


 いつの間にか解説を終えたアイが僕たちの元へ駆け寄ってきた。ハルトはすぐに姿勢を正してアイに返事をしている。


「そうでしたか。お2人はこの後少しよろしいでしょうか?校長と一緒にお話があるんですが」


「大丈夫です」


「僕もです。それではハルトさん、引き続き頑張ってください」


 アイが先によそ行きの態度を見せてきたので、僕たちもそれに合わせて返事をする。ハルトはお辞儀をしながら見送っていて、その姿が見えなくなった所でいつもの僕たちにもどった。


「校長と話って何があるの?」


「2人の戦いを見て、ちょっと話しがしたいんだって」


「……不味い。僕校長先生の名前知らないんだけど、流石に失礼だよね?」


「彼女の名前はシイナよ。そのぐらいで怒るような人じゃないし、気さくな人だから気楽にしてて大丈夫」


 アイの様子からして、校長先生とはそれなりに付き合いが有るように見えた。とは言え初対面かつ目上の人物だし、例えそうでなくとも友人の友人に馴れ馴れしく出来るほど態度は大きくない。決して非礼の無いように気を付けよう。

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