対アカリさん
予定外の事が起きてしまいオロオロしている司会をよそに、そんなのは知ったことでは無いとばかりに準備運動をしながら集中力を高めていくアカリさん。観客が見ていようと見ていなかろうと、僕と戦えればそれで良いという事だろう。僕もそれは同じ気持ちなので、外の事は敢えて無視しつつ臨戦態勢を取る。
「えーっと……そうです、アイ様。リング上でのやりとりと、使われていた魔法について解説していただけないでしょうか?」
「そうですね。恐らく2人が使った魔法はほとんど威力が無いものだったと思います。あれだけの氷が溶かされたのなら水浸しになっているはずですけど、その様子が無いというのが証拠です」
「なるほど、あくまで舞台上の演出だったという事ですね。では2人の姿が変わった魔法は……」
「姿が変わった?私には最初からあの姿に見えていましたよ?」
どうやらアイは偽装魔法についてはすっとぼけるつもりらしい。自分も現在進行系で使用している癖に白々しいけど、当然それでは誰も納得しない。すると隣に座っていた校長先生が助け舟を出してくれた。
「私にも、2人の姿は最初から変わった風には見えなかったよ。実は世間には公、表されていない幻惑魔法というものがあるんだが、これは実力差がある相手にだけ効果が有るんだ。2人がどうしてその魔法を使えるのかは知らないが、恐らくそれが原因だろうね」
校長先生が言う幻惑魔法というのが実在しているのかどうか僕には分からない。ただ存在していようとそうでなかろうと、説明された原理は一部合っているところもあるので大きな矛盾にはならない。
ただ本当にそんなものがあったとしたら、後で校長先生に色々と聞かれるかもしれない。そうなったらアイにも同席してもらって説明してもらおう。
「そうですか、そんな魔法が……では先程のやり取りについてご説明頂いた所で、改めて対戦する2人を紹介しましょう!アカリさんとユウリさんです!」
大きな声で紹介されたは良いものの、まだ戸惑いの大きい生徒達からはまばらな拍手しか起きない。そもそも一連のヒーローショーが無くても、僕たちに対する評価を考えれば拍手なんて期待出来なかった。それでも一応全員の関心が僕らに向いているという事だけは間違いない。
「ユウリ、これ見て」
「何ですか?」
アカリさんは紙束を僕に向かって放り投げてきた。その一番上には何かの魔法式が書かれている。
「そこに私が使える魔法が全て書いてある。反射魔法が使えるんでしょう?5分もあればユウリなら全部覚えられると思うから」
アカリさんなりのハンデなのか、以前言っていた自分だけが相手の戦法を知ってしまっているという事から来る引け目なんだと思う。これはアイの演出では無く、アカリさんのアドリブというか本心からの行動だ。
その行動に生徒達が再びざわめき出した。5分あればこの式を全て覚えられるという僕に対する驚きと、アカリさんの相手を舐めているこの行動は、良くも悪くも見ている生徒たちの気を惹いている。
好意的な見方をする人には粋だと、そうでない人にとっては馬鹿にし過ぎだと怒りを買っていた。ただどちらにしても会場内の熱気が高まり始める。
「ここにアカリさんの全てが……なるほど、そうですか」
それに対する答えを僕は行動で示して見せる。放り投げられた紙束を拾い上げることなく、特大の火球を放ち燃やし尽くした。先程ハイロードが使ってみせた仮初の炎では無い為、熱風がリング内に吹き荒れる。
「これが僕の答えです」
この行動で会場の盛り上がりは最高潮に達した。僕たちにとってはただのアドリブだったけど、格闘技の試合前に行われるフェイスオフの様に捉えられたのかもしれない。
そこでアカリさんが少しニヤリと笑ったかと思うと、突如として僕に攻撃を仕掛けてきた。僕も既に集中力は高まっていたので、寸分の遅れ無く反応する。
この一瞬で、アカリさんの身体には多分3つ分ぐらいの強化魔法が掛かっていた。ハルトが同じことをやる際には仲間の犠牲が必要だったけど、この時点で既に段違いの実力だ。
「堅い……なるほど、1枚じゃないね」
動きを追うのもやっとという速さで迫るアカリさんの攻撃を防壁で受け止める。念のために僕も2枚の防壁を重ねつつ角度を付けて受け流したけど、1度の攻防でアカリさんは僕の魔法を見抜いていた。
角度を付けた防壁に対して即座に向きを合わせられ、拳を2度叩き込まれる。綺麗に1度の攻撃で1枚の防壁を砕いてきたけど、その間に僕も強化魔法を間に合わせる。続くアカリさんの攻撃は、貼り直した1枚の防壁とステップで躱していく。
「これで武術を習ってないって、絶対嘘だよね」
「嘘じゃないですよ。見て知ってるだけです」
「それならこれは知ってる?」
アカリさんは1度に大量の光の矢を放ってきた。ただその程度の魔法なら何度も見ているし、知らない訳が無い。僕は念のために反射魔法と防壁を同時に展開しておく。
「反射出来ないし……矢の形状を変えて着弾時の効果も変えてるのか」
反射魔法は全く機能せず、通常の防壁も1発の矢で破壊されてしまった。矢の爆発に巻き込まれるよりも早く僕は動き出し、リング内を駆け回って放たれた矢の回避に専念する。
学校で習う光の矢を放つ魔法は一種類しかない。矢の速度と、着弾時に起きる小規模な爆発の2つで攻撃する魔法で、何かにぶつかればすぐに爆発して消える。
でもアカリさんが放ってきたこの矢は先端の形と爆発する箇所等を変えて、モンロー効果とかノイマン効果といったものが得られるように改良されていた。意味が分からない人は自分で調べて欲しいけど、簡単に言うと装甲車を破壊する際に用いられる技術だ。
「それなら対処法は、こうだ!」
防壁は簡単に破壊されてしまうけど、使用している技術を考えれば、1枚目の防壁の後ろにもう1枚違う防壁を用意する事で簡単に防ぐことが出来る筈。でもそれだと1本の矢を防ぐ為に、2枚の壁を用意しないといけないので割に合わない。攻撃に対して防御する為の手間が倍も掛かっていては、どちらが不利なのかは明白だ。
そうなれば矢そのものを回避するか、撃ち落とすしか無いという結論に至る。どちらを選ぶかと言われれば、僕は迷うこと無く後者を選んだ。僕の圧倒的な魔力量と連射速度はさしものアカリさんでも対処しきれず、放たれた矢を全て撃ち落としてなお余りある量の矢を放ち続けた。
「今のは反射と防壁を2枚重ねていましたね。ただそれも対策されていたので、矢への対処法を変えて反撃しています。あの矢は恐らく対防壁仕様に魔法式を改良しているので、通常の防壁では簡単に破壊されてしまいますね」
「式を改良ですか?それはアカリさんが、独自にやられたという事でしょうか?」
「そうなりますね。少しイジるだけでも反射魔法が通じなくなるので、それがこの魔法の使いづらい所なんですが……あ、どうやらユウリさんが改良された矢の反射に成功したみたいですよ」
「えっと、それはつまり改良された式と同じものを自分で組み上げた……という事ですか?」
「全く同じ式を組み込まないと反射出来ませんから、そういう事です」
アイが2人の戦いを淡々と解説しているが、聞き手である司会の先生はずっと呆気に取られていた。アイの口から語られる内容が非常識なものだという事は、自身も魔法を扱う立場なのでよく分かっている。そしてその非常識を、自らの口で生徒達に伝えなければいけないのだから大変だ。
この教師もまた、是非2人の戦いを見たいと熱望していた1人でもある。しかしそれでも直接2人の力を見たことが無かったので、よもやこれほどとは思ってもいなかった。アカリに関しては在籍期間もそこそこある上に、妹の存在もあるのでまだ納得出来る。ただユウリに関してだけは、全く意味が分からなかった。
普通科目は全て免除の上その他の座学も優秀ではあるが、検査で判明した魔力の才能に関してはそこそこ程度。頭が良いのは認めるが、ただ魔力が多いだけの少女という枠組みに収まるだろうと思っていた。
「矢の反射に成功したということは……やっぱりそうなりましたか。逆にその魔法を利用されてしまってます。ねえさ……アカリさんはどうやって自分の魔法を凌ぐんでしょうか、楽しみです」
「そ、そうですね。しかしユウリさんも初めて見た魔法をここまで使いこなせるとは、素晴らしい技術と魔力制御です」
もはやこれまでの常識と自分の考えを全て放棄し、アイの解説にもそういうものだと割り切って受け答えをする。ほとんどの生徒達は解説を聞いても、意味は分かるが理解は出来ないので、雰囲気だけで観戦を楽しむことにしている。理解しようとしなければ、この激しい攻防は楽しい見世物だった。
アカリさんは光の矢以外にも、様々な魔法を独自に改良して反射魔法の対策をしていた。でも数回のやり取りの間に、僕は使われた魔法を全て反射する事に成功していたので、アカリさんはその時点で遠距離からの攻撃を辞めている。
もともとアカリさんは僕に魔法式を教えるつもりだったので、この程度で劣勢になったとは思っていない筈だ。むしろここまでは想定内というか、予定調和とすら言っても良い。遠距離だけなら誰が見ても、それこそ下馬評の時点で僕が勝つと分かりきっている。
「折角書いた式を燃やされた時はちょっとムカついたけど、これなら納得だよ」
「それはすみません。でも僕だって、ちょっと腹が立ったんですよ。前に必要ないって言いましたよね?」
「それもそっか。ごめんね」
僕たちは互いに謝ったり文句を言ったりしながら戦っていた。戦いの動作に集中するというのは既に無意識下に置いてきているので、それよりも会話や周囲の確認といった事に注力している。
ここまでの流れは予定通りだと思うけど、その後はアカリさんから特別何かを仕掛けたりはしてこなかった。アカリさんが距離を詰めてきて、僕がそれをいなし続けている。時折フェイントと遠距離魔法も交えてくるけど、それも今のところは全て見切っていた。
「今度は僕が攻める番って事かな」
最初の動きは、アカリさんからの仕掛けに僕が対処していった形だった。それなら今度は、僕の仕掛けをアカリさんに対処してもらおう。
これまで防壁と足さばきだけで攻撃を避けていた僕は、その防壁を張るのを辞める。その代わりに別の魔法を発現させる準備をしていた。
「何をする気……何でも良いか。受けて立つよ」
どちらかと言えば接近戦が得意なアカリさんに対して、僕は強化魔法と硬化魔法を掛けて自ら接近戦を仕掛けにいく。僕自身の強化倍率も結構高めに設定しているけど、それでも強化を重ねがけしているアカリさんには敵わない。
その分は硬化魔法で無理やり凌ぎながら、ほんの少しだけ時間を稼いだ。そして準備が出来た瞬間、僕はわざとアカリさんの攻撃を貰いながら、その腕を絡め取って動きを止める。
「自爆特攻!?そんなもので倒せると!」
その瞬間、僕とアカリさんの周囲には大量の魔法を発現させた。その魔法は全て先程アカリさんが見せてくれた、改良版光の矢だった。その矢は当然僕たち2人の方に向いているけど、僕はアカリさんの腕を掴んで離さない。
「自爆だと思いますか?僕の魔力量を舐めないで下さい、沈むのは1人です」
この矢が防壁では防げないという事は先程証明されている。僕は無理やり撃ち落としたけど、連射力で劣るアカリさんがそれを行うのは不可能だ。
ちなみに僕はあんなセリフを吐いて根比べを匂わせたけど、背中側には反射魔法を展開している。つまり僕は矢の攻撃を受けずに、正面にいるアカリさんだけに矢が突き刺さるという仕組みだ。我ながら結構エグいことしてるね。
これで倒しきれなかったら、ダメ押しでトウコさんを一撃で葬った技もある。単純な殴り合いは分が悪いけど、動きさえ止まってしまえばこちらのものだ。さて、アカリさんはこれをどう凌いでくれるのかな。




