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パフォーマンス

 アイから研究所にスカウトされた事以外は、特にこれと言って特徴の無い普通のお泊まり会になった。以前と同じ様に僕が料理を作って皆でお風呂に入り、僕の部屋に集合している。


「アイは明日どうするの?丸一日時間があるけど、一旦帰る?」


「それなんですけど、今戻っても仕事も出来ないのでもう一泊させて貰えませんか?」


「もちろん。ここから仕事に通ってもらっても構わないぐらいなんだから」


 僕もアイが部屋に居るのは構わない。構わないんだけど、僕たちが学校に行ってる間お留守番をしてるというのも勿体ない気がする。アイはなるべく外を出歩かないようにしないといけないので、1人で買い物に行くという事も出来ない。


「どうせなら僕と一緒に学校に行かない?今更かもしれないけど、一緒に授業を受けようよ」


「でも他の生徒の迷惑になっちゃうでしょ?」


「僕の時も結構騒がれたけど、何だかんだ皆集中して授業を受けてるから平気だと思うよ」


「待って。学校に行くならあたしが一緒に付いていく」


「2人の気持ちは嬉しいけど、やっぱり良くないよ。別に1人で待ってても普段の休日と大差ないから」


 むしろ普段の休日がそんなんだからアイには楽しんでもらいたいんだけど、どうやらアイの気持ちは変わらないみたいだ。それならそれで、何かしら面白い事を提供できないかと考えを巡らせる。


「それならアイ、僕達のいたずらに付き合ってくれない?」


「いたずら?何をするの?」


「明後日の戦いの前に場を盛り上げるためのパフォーマンスを考えてるんだけど、それに協力して欲しいの」


「まぁそれくらいなら……」


 以前アカリさんの提案に乗ってパフォーマンスを考えてみたものの、中々いい感じの案に纏まらなかった。場合によってはパフォーマンス無しでやろうかという流れになっていたんだけど、アイが協力してくれるならもっと色々出来ると思う。


 という事でこれまで没になった案や構想をアイに伝えて、何か出来ないか考えてもらう事にする。たった1日しかないので何も思い浮かばなくても仕方が無いけど、多少は暇つぶしになると思う。


「分かった。それならあまり迷惑にならない範囲ですぐに出来る演出を考えてみる」





 翌日の僕とアカリさんは、アイを部屋に残してウキウキしながら登校していた。昨夜寝る前のアイはすぐにパフォーマンスを思いついたみたいで、何と僕たちが学校にいる間に、いくつか演出用の魔法式を作っておいてくれると言っていた。


 アイは大人びた所を見せる反面、結構いたずら好きだし実は子供っぽいところもあったりする。歳下の僕に言われたくはないだろうし、僕もアカリさんに似たような事を言われたりするのでお揃いだ。そんなアイが考えた演出と魔法というだけで今から楽しみだ。


「何か今日は一段と不気味だな……」


「やっぱり明日の事があるからかな。2人とも平然を装おうとしてるのが逆に怖いね」


 僕とアカリさんが、いつも通り食堂の隅で昼食を取っているとそんな声が聞こえてくる。僕たちは明日も勿論楽しみだけど、それ以上に寮に帰ったら一体どんな魔法が出来ているのだろうかというのが気になっていた。


 アカリさんは顔がにやけそうになるのを我慢している様に見えるし、実際僕もにやけそうになっているのでそれを我慢している。それが周囲には異様な雰囲気に写ったみたいだ。


 そんな雰囲気を出しながら午後の実技に行ってしまったものだから、周囲の生徒は少し怯えてしまっていた。僕だってニヤニヤしながら魔法実験なんてしている人物が近くにいたら怖い。ただそれは別として、その程度で動揺して魔力の制御を失敗するような人はいなかった。


「ただいま!あ、アカリさんももう帰ってましたか」


「おかえり!もう楽しみだったからね、急いで帰ってきたよ」


「そんなに慌てなくても良いのに。もう少しで書き終わるから、お菓子でも食べてて」


 聞くとアイは自分でお菓子を焼きながら片手間に魔法式を組んでいたらしい。手ではお菓子の生地を造りながら頭の中で式を考えておいて、生地を休ませる間に書き留めていくという器用な事をしていたそうだ。


「よし!完成したわよ、2人とも見てくれる?」


 アイの端末を覗き込むと、結構な数の魔法式が書かれていた。これが全部今日一日で新しく作り上げたものだというのだから、アイは紛れもない天才だ。


 その魔法式を順番に見ていくと、いたずら用というだけあって特別周囲に危害が及ばない様にされているものばかりだ。悪く言えば実用性なんて全く考えられていない、今回の為だけに作られたものだという事が分かる。


「いやいや、式を見ただけでそこまで分かるなんて、やっぱりユウリも天才だよ。あたしは実際に使ってみないと分かんないもん」


「複雑な新魔法を1度で成功させる姉さんも大概だと思いますけどね」


「そっか。僕もこれを使えるようにならないといけないのか。試せるものはここで試しておこう」


「そうすると思って、規模を抑えた練習用の式も作ってあるよ」


 まさに至れり尽くせりとはこの事だった。ただ新しく魔法式を書き上げるだけでなく、使う人の事も考えている。そうしてアイが考えた演出を聞きながら、問題なく魔法が発現する事を確認していく。ただアイが考えた演出が予想以上のものだったので、少しだけ驚きながらも僕は俄然やる気が出ていた。


「ちょっと子供っぽ過ぎるかな?」


「全然そんな事無いよ。僕もこういうの好きだし」


「2人とも子供なんだから何もおかしくないんだけど……」


「姉さんだって私と1つしか年齢変わらないじゃないですか」


「そうですよ。この前だって、漫画のかっこいい展開トークで盛り上がったじゃないですか」


 何にしても僕とアカリさんだけでなくアイも趣向が似ていたので、この案を僕たち2人も気に入っていた。当日の戦闘に関しては事前に何も考えていない癖に、この演出に対してはだけ授業以上に集中して、魔法の練習をしつつ本番に備える。





 本番当日の午後、戦闘訓練棟は熱気で溢れかえっていた。生徒の大半は僕とアカリさんに対して様々な思いがあるだろうけど、それとこれとは全く別の話らしい。単純に普段戦闘訓練が授業に無い人はスポーツ観戦の様な気分だろうし、戦闘訓練をしている人たちからすれば最高峰の戦いを間近で見れるチャンスだ。


 それ以外にも普段ならば授業がある時間帯に違う事をやっているというのは、文化祭に近い非日常感があって盛り上がらずにいられないというのも分かる。更に国からゲストまで来ているとなればお祭りそのものと言って良いかもしれない。


「それではまず、本日特別にお越し頂いた方をご紹介します。我が校の卒業生であり、現在魔法開発研究所に務めておられるアイ様です」


 アイの紹介と共に訓練棟内が拍手で包まれる。アイは有名人だし、この学校の卒業生でもあるので知らない人は居なかった。そのアイがアカリさんと姉妹だという事も当然知られているけど、そこに関しては悪い印象を持たれてはいないみたいだ。


 棟内が盛り上がる中、僕とアカリさんは既にリングの中で待機していた。リングの中は照明を調節しているので、僕たちの姿は生徒達から見えていない。もし見えていたら今頃もっと騒ぎになっているだろう。


「最後になりますが皆さん、2人の高レベルな魔法のやり取りを是非目に焼き付けて、今後の勉学に活かしていただければと思います」


「ありがとうございました。アイ様にはこの戦いの解説をお願いしておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。それでは早速、リングの方にご注目下さい!今回の対戦を快く引き受けてくれた、アカリさんとユウリさんです……?」


 司会役の先生が大きな声と手振りで生徒の視線を誘導する。リングにスポットライトが当てられ、僕たちの姿が衆目にさらされた。しかし司会の言葉は歯切れが悪く、リングにいる僕たちを見た生徒達は騒ぎ出した。


「おい!あれってハイロードじゃないか!?」


「嘘、あの人がハイロード?私初めて見たわ。でも何でハイロードがここに?」


「っていうかもう一人のコスプレ野郎は誰だよ!何かのキャラなのか?」


「あれ、今やってるアニメのボスじゃないか?ほらこの画像、大魔王ムーマだ!」


 そう、今の僕とアカリさんはそれぞれ偽装魔法で姿を偽っていた。アカリさんは普段から使っているハイロードの姿で、そして僕は一部の生徒は知っていたアニメの女性ボスキャラに扮している。勿論これはアイの考えた演出の一部だ。


「勇者ハイロード、よくここまで来たわね。でも今更私を止められると思っているのかしら?」


「当然だ!お前の企みは俺がここで止めてやる!」


「ならば勇者の力、見せてみなさい!」


 突然始まった迫真の演技に先生方も生徒達も釘付けになっている。冗談では無くアカリさんの演技はかなり堂に入っているし、僕だって過去の異世界では舞台で演技したこともあるのだから、決して下手では無いはずだ。そして本番はここからだ。


「凍りつくが良い!」


 僕が片手を振るうと突如として吹雪がハイロードを襲う。リングの全てを覆い尽くすほどの吹雪は結界にも容赦なく吹き付け、生徒達から思わず悲鳴が上がった。


「落ち着いて下さい!結界は万全です!決して破られたりしません!」


 普段戦闘訓練をしていない生徒達はこういった戦闘の風景を見慣れていないし、結界があると分かっていても驚いてしまうのも無理はない。事実普段から戦闘訓練をしている生徒でさえも、この魔法の威力に驚いていた。


 ただこれはアイが特別に作った魔法で、見た目はものすごく派手に作られているだけで威力は皆無だ。リング内も全く寒くないし、魔力だってほとんど消費していない。


「これが大魔王の力……でも負けるわけにはいかない!」


 今度はアカリさん、では無くハイロードが両手に巨大な火球を作り出すけどこれも勿論威力は無い。その2つの火球を放つと、一瞬で僕の作り出した吹雪はかき消されてしまった。実態がない氷は水蒸気を発生させること無く消えるので、結界内の視界は一気にクリアになる。


 実は僕とアカリさんが放った魔法は、2つが同じ場所に発現すると対消滅するように仕掛けられている。この相反する属性をぶつけて相殺するという演出も、アイはよく分かっているなという感じだ。


 先生も生徒達も一体何が起きているのか分からないと言った表情でヒーローショーごっこを見ている中、アイだけはとても良い笑顔だった。


 その隣にはいつの間にか見たことの無い女性が座っていたけど、多分あの人が校長先生なんだと思う。想像以上に若くて美人だけど、ちょっとだけ露出過多な気もする。あれでは青少年の教育に良くない。


「私の氷を溶かすとは、想像以上にやるみたいね。楽しませてくれた褒美に私の真の姿を見せてあげる!」


「まだ力を隠していたのか!それなら俺も出し惜しみはしない!」


 何とか校長先生から目を外して続きのセリフを叫ぶと、大魔王ムーマとハイロードの身体が同時にまばゆい光に包まれ、次の瞬間には偽装魔法を解いた僕とアカリさんの姿が現れる。


 今日のメインイベントはヒーローショーではなく、僕たち2人の戦いなんだから本来あるべき姿に戻ったというべきだ。ここからは予定通り戦えば良いだけなんだけど、会場のどよめきは収まる気配が無い。


「嘘……ハイロード様の正体って、あの人だったの?私好きだったのに……」


「それもそうだけど、あの変身?は一体どうやってたんだ?」


 ハイロードの正体や偽装魔法について、それだけでなく今しがた見せた魔法の威力等について憶測が飛び交っていて、僕たちの戦いどころでは無くなってしまっていた。

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