打ち合わせ
僕がハルト達に勝ったという事は瞬く間に学校中に広まり、予定通りアカリさんとの対戦が行われると告知された。本当はすぐにでも戦いたいところだけど、対戦は来週末までお預けになる。会場のセッティングやアイのスケジュール調整などがあるので、最短でもそれぐらいの期間が必要だった。
その間ハルト達と先生で校内の見回りを強化していた。賭博をしようなどという不届き者が居ないか探すが、一向にそういった輩は見つからない。
人の心としてはいつまでも居るかどうか分からない犯人を追いかけるより、実際に犯人が居て捕まってくれた方が安心出来る。でも本来はそんな事をしでかす者が居ないほうが良いに決まっているし、案外初めに賭博を口にした者もそこまで本気では無かったという可能性だってある。
それでも抑止力のため、本番当日までは見回りは継続して行われる事になる。警備の仕事は取り越し苦労で済む分には一向に構わないのだ。
「アイ、久しぶり」
「久しぶり、会いたかったわ。もう一ヶ月くらい経つのかな?」
「丁度それくらいかな。僕が教えた料理は作ってる?」
「勿論、すごく助かってる。でもまたユウリの料理が食べたいな」
「それなら今日来る?昨日パン生地を作りすぎちゃって、余ったのをピザにでもしようかと思ってたんだ」
「すごい!自分でパンも焼いてるの?勿論姉さんも食べてるのよね?」
「まぁ……当番制でやってるから、作って貰ったものは食べてる」
対戦の2日前、アイは学校にやってきていた。アイには当日に解説を頼むという事も、ありその打ち合わせや警備などについて確認するためだ。その打ち合わせにはアイと数名の先生方、そして僕とアカリさんが参加する事になっている。
先生方が全員集まる前、僕たちは打ち合わせに使う空き教室で雑談をしていた。先生達ですらアイには敬語で話しペコペコしているのに、僕は馴れ馴れしくもタメ口で話しかけていた。それを慌てて止めようとした先生は、その後の僕たちのやり取りを見て呆然としている。あと今この瞬間、僕とアカリさんが同室という事がバレてしまった。
「魔法式、あれから改良したんだね」
「そうよ。でも本当に驚いたわ。まさか……っと、この話はまた後でね。皆集まったみたい」
うっかり偽装魔法の事まで話してしまいそうになったけど、ギリギリの所で留まった。後から来た先生達も僕とアイが仲良く話しをしている所を見て驚いていたけど、すぐに平静を装って打ち合わせを始める。
「本日はご足労いただきありがとうございます。そしてこの度のご協力についても重ね重ね……」
「どうかお気になさらず。この2人が関わっているのなら、むしろこちらからお願いしたい程ですから」
「そう言っていただけると助かります。では早速当日のスケジュール、そして警備についてお話させて頂きます」
当日は午前中のみ通常の授業があり、午後から僕とアカリさんの対戦を行う事になっている。ここまで大きなイベントになってしまったけど、学生の本分は勉強という事でしっかり午前中は授業が組まれていた。
アイの護衛に関して、当日は校長先生が傍にいるという事らしい。一応校長先生も国側に人間であるため、国からの護衛と校長としての仕事を兼任するのが手っ取り早いという事だ。
またハルト達は会場とその周辺警備という事になる。彼らも僕たちの戦いは見ておきたいだろうけど、こればかりは仕方がない。映像に残すらしいので後で鑑賞会でもすれば良いんだけど、やっぱり生で見るのと感じ方は変わってしまう。
「ここまでの所でご質問など、不明な点があればお伺いいたします」
「私の解説なんですが、2人の戦闘速度によっては間に合わないかもしれませんが……」
「その時はその時で大丈夫です。あくまで生徒たちと一緒に観戦していただくと言う体ですので。それに解説が間に合わないという事になれば、生徒達も目で追うのがやっとで聞いている余裕は無いでしょう」
「もしそうなってしまったら、時間があればですけど戦闘が終わった後にまとめてお話しましょうか?」
「それは有り難いです。でしたらこちらでもその様に準備しておきましょう」
実際僕とアカリさんの戦いがどれ程のものになるのか、それは僕自身にも分からない。ただ1つだけ僕からも質問しておかないといけない事があった。
「今回の戦闘ですけど、何かルールって決まってますか?僕らには特に説明が無かったんですが、好きに戦って良いんですか?」
「普段の戦闘訓練と同様に、保護魔法を掛けて怪我の無いようにしますが、他には時間も含めて制限は設けていません。どちらかが倒されるか、負けを認めるまで戦ってもらいます」
「では使う魔法の種類に関しても、制限は無いという事ですね?」
「公序良俗に反するものでなければ。あくまで生徒の参考になるようにという体裁なので……」
まぁそうだろうなと僕は納得する。生徒が知りもしない魔法がバンバン使用され、それを当然の様に解説されても理解が追いつかない様では観戦する意味が無い。アカリさんが納得しないかもと思っていたんだけど、そうでも無かったみたいだ。
それでも学校で知ることの出来る魔法というのは結構な数がある。僕が勉強のために調べた魔法も、授業で取り扱わないようなものが多くあった。ただそれについては、分からないと言われても勉強しろと返せば済むことだ。
ちなみに公序良俗に反する魔法とは毒等の非人道的なものや、衣服だけをバラバラにして動けなくしてやろうとかそういう類のものだ。そんな事は分かりきっているけど、先生としては念のため口にしておく必要がある。
「以上で打ち合わせを終わります。それとアイ様に置かれましては、学校の設備を自由に使って頂いて結構です。ご案内は……」
「大丈夫です。私も元生徒ですのでまだ覚えています」
「分かりました。ではまた当日、改めてよろしくお願いいたします」
アイと僕たちが席を立ち教室を出て行くのを見送るまで、先生達は動こうとしなかった。こうしていると本当にアイは立場の有る人なんだと実感するし、そりゃ僕があんな接し方をしていれば慌てるのも無理はない。
「接し方を改めようとか思わないでね。いくら偉くなったって友人は友人なんだから」
「分かってる。でも今後は一応時と場所を弁えるよ」
学校内ぐらいならば、ただの生徒と卒業生としての関係で許されると思う。でも学校の外を出て公的な場面で遭遇した場合、僕の態度次第ではいらぬ混乱を招きかねない。
「姉さんももう少し愛想よく出来たら良いのに」
「そこは色々大人の事情もあるんでしょ?その分は寮で発散してるっぽいから大丈夫だよ」
「その発散相手になってるユウリは良いの?」
「もう慣れちゃったし……僕も嫌ってわけじゃないからね」
本人がいる眼の前でこんな会話をしているのはアイのいたずら心のせいだ。普段のアカリさんは結構いじられキャラっぽい所があって、僕とアイは度々こうしてアカリさんに関する冗談を言い合う。そして寮に戻ってから、アカリさんのストレス発散に付き合うまでが既定路線だ。
「久しぶりだから学校の食堂にも寄って良い?」
「良いよ。今日はもう授業も無いし、久しぶりの学校を案内しよっか?」
「そうしようかな。姉さんは授業は?」
「私も無い。あってもアイを優先するけど」
アカリさんは打ち合わせが終わってから、アイを護衛する時に使う偽装魔法を掛けているので、僕たちと一緒に行動していても怪しまれない。ただ僕とアイが一緒にいるという時点で目立っているので、あまり状況は変わらないかもしれない。
偽装魔法も今は僕にも効くように改良されているので、ちゃんとアカリさんには見えない。以前のロリロリ吸血鬼じゃなくて、ちゃんとしたボディーガードっていう感じのゴツい人物だ。
「懐かしいな。自炊で食事のバランスを考えるのが面倒だったから、ここではなるべく気を付けて食べてたんだよね。でも今は好きなもの食べちゃお」
「と言いながらちゃんと野菜も取ってるのは偉いね。護衛の方も一緒にどうぞ?」
やっぱり周囲の目が気になるものの、普段僕とアカリさんが相席している時ほどの警戒心は感じない。アイは勿論学校でも有名人だけど、気軽に声を掛けられる様な存在では無いので遠巻きに眺めているというだけだ。
そんな存在に対する僕の態度はやはりよく思われていないだろうけど、もうそんなのは今更だ。ハルトに対する物の言い方等から、生意気という評価が付いているのは知っているけど、そんな評価よりもアイとの距離感を大事にしたい。
「この後どうする?午後の授業を見て回る?」
「流石に迷惑になっちゃうから辞めとく。ユウリの部屋に行きましょう。というか、よければまた泊めてもらっても良い?」
「もちろん。むしろこっちから誘うつもりだったよ」
学校で昼食だけ取って僕たちは下校し、寮に帰った所で2人は偽装魔法を解いた。常に魔法を発現させ続けているので、慣れているとは言ってもやっぱり疲労は貯まるものだ。
「そういえばアイは、持続はそこまでって言ってたよね?なおさら大変じゃない?」
「そこは式を色々いじくってなるべく楽になるようにしてる。それが私の仕事であって、真骨頂なんだから」
「最初の頃に比べればかなり良くなったよね。あたしは今なら丸一日掛けてられるもん」
当たり前の事だけど使う魔力量が少なく、簡単な魔法の方が集中力を要しないので使っていて楽だ。その為に式を可能な限り簡略化しつつ、少ない魔力量でも効果が落ちない様に改良を加えていく必要がある。
「さて、それじゃあまた魔法式の授業をしましょうか。ユウリももっと詳しく知りたいでしょ?」
「知りたい知りたい。もう授業じゃ満足できないもん」
僕は偽装魔法の式を自力で解析した事で、かなり理解が進んでしまった。今では学校で習う簡単な魔法ぐらいならソラで書き起こす事も出来るし、複雑なものでもちゃんと中身を見れば理解できる。
「それじゃあまたあたしがお菓子を焼いておくよ」
「ありがとうございます。アカリさんのお菓子のレパートリーも結構増えたんだよ。多分今はもう僕より多いかも」
「そうなんだ。良いなぁ、手作りのお菓子が焼けるって何か女の子としてポイント高いし」
「ユウリに御飯作ってもらう事が多くなっちゃってるから、お返しにやってたらいつの間にかね。単に自分で料理する手間が減ったからやる気が出ただけなんだけどさ」
おかげで間食が多くなってしまっているけど、その分ちゃんとトレーニングルームに行ってるので太ったりはしていない。ちゃんと体重も管理できてるし、むしろ運動量が増えた事で少しずつ身体が引き締まってきていた。
それに今は成長期なので、身体が大きく成長するためにも、下手に食事を減らしたりしたら逆効果になってしまう。
「そういえばユウリ、自分で式を書き換えたんだって?」
「偽装魔法の事?数値をちょっとイジって、記述を消したぐらいだけど」
「それでも破綻させなかっただけ凄いよ。今日は1から式を作ってみよっか?」
そうして僕は改めて魔法式の基礎を復習しながら、式を作り上げる練習を始めた。これがまた自分で言うのもという形になってしまうんだけど、僕はものにするのが早かった。
簡単な式を暗記しているので魔法を再現することは勿論のこと、その魔法をアレンジしたり範囲を変えたり、そういった応用も出来るようになった。
「たった1日、というか数時間でここまで……やっぱりユウリはうちに来てもらわないと。これは冗談じゃなくて、結構本気よ」
「そ、そんなに?」
「流石に年齢的にもすぐにとは言えないけど、将来的にはね。今の国の方針からしても、多分巨額の資金を投じても引き抜こうとすると思う。勿論ユウリが嫌だったら秘密にしておくけど……」
「それは……どうしよう。ちょっと時間が欲しいかな」
「分かった。その気が向いたらすぐに連絡してね」
この話しが決して嫌という訳では無いし、僕自身もそうなるかもしれないとは予想していた。でもまだ学校でのイベントも残っているし、就職するにしてもまずは学校を卒業しなくてはいけない。とりあえずこの話しは目の前の学校行事を無事に終え、卒業の見込みが立ってからだ。




