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戦闘訓練 ハルト戦

 僕が戦闘訓練棟に行くと、既に異様な雰囲気に包まれていた。やたら殺気立っているというか、先生も含めて皆鋭い目つきをしている。僕が初めて見学に来た時とは明らかに違っていて、普段通りという訳では決して無い。


「来たな。もう分かっていると思うが、今日の授業はユウリからだ」


「はい。いつでも大丈夫です」


 即答した僕に先生が頷くと、僕が戦うであろう相手が4人こちらに向かって歩いてきた。ハルトは知っているけど、他の3人は見たことがあるなという程度にしか知らない。当然僕はこの人達がどんな魔法を使い、どんな戦い方が得意なのかも知らない。


 やたら僕のことを睨みつけてくる3人と、僕の方を一切見ようとしていないハルト。そのハルトの視線は壁にもたれ掛かっていたアカリさんの方を見ていた。


「先生、私は休ませてもらいます」


「構わないが、見ていかなくていいのか?」


「私だけ彼女の戦いを見てしまったら、戦う時にフェアじゃないので」


 アカリさんはそう言い残して訓練棟を出て行ってしまった。やっぱりアカリさんは僕との戦いの事だけを考えているみたいで、その言い方に当然目の前の3人は苛立ちを隠さない。


「ちっ、化け物女め……俺たちが負ける前提かよ」


「言わせておけ、あんだけフカしておいて恥をかくのはあいつ自身だ」


「本当に戦うことしか頭に無いんだな。あんなだからハルトさんと違って就職の話も無いんだ」


 あまりにボロクソに言うので、流石の僕も少し気分が悪くなる。あまり生意気なことを言うと周囲に不快な思いをさせると最近反省したばかりだけど、この人達を相手におとなしくしているつもりは無くなってしまった。


「先生。ここでも魔法の使用制限が有るんですよね?」


「そうだな。ユウリは聞いた話ではどちらもこなせると聞いていたが今回は」


「僕は強化と遠距離攻撃魔法の両方を制限します。それぐらいしておかないと、アカリさんとは戦えないでしょうから」


 僕もアカリさんに習って、敢えてお前達なんて眼中にないということを言外に伝える。当然3人の怒りが手に取る様に分かるけど、ハルトだけはしっかり冷静だった。


「辞めておけ、怪我をするだけだ。あの女だってそこまでの事はしていない。もしこいつらの言葉が気に触ったなら謝罪させる」


「……きちんと謝罪してくれるならそれで構いません。すみません、僕も言い過ぎました」


 ハルトが大人の対応をして、僕が寛容な心でそれを受けた事でその場は収まった。軽く咳き込んだ先生が改めてここの説明を再開する。


「それではユウリには、この4人と戦ってもらう。そして強化魔法か遠距離攻撃魔法のどちらか1つの使用を禁止する。本来は得意な方を禁止しているんだが……どっちが得意なんだ?」


「どちらが得意という事はありません。自分では同じくらいだと思っています」


 ここで僕がどちらか一方を宣言しても、それが本当かどうかは僕自身にしか分からない。実質僕が好きな方を選べるという事になってしまうので、明言せずに先生に選んでもらうことにした。


「そうか。それなら4人はどちらを禁止すべきだと思う?」


「強化魔法です」


「分かった。ユウリは強化魔法を禁止してもらう」


 1対1ならどちらを禁止されるか分からないけど、多人数戦ならこちらが禁止されるだろうとは思っていた。強化魔法が無いと数の有利を活かされ、無理やり接近されただけで形成は一気に厳しくなる。しかも室内という限られた空間では逃げ続けるのも難しい。


 ただそれでも僕は負けるつもりは無い。一応態度は改めたけど、僕が唯一脅威として見ているのはハルトだけだ。ハルトの出方次第で僕の戦法も変えていかなければいけない。


 先生の説明が終わった所で、僕は真っ先にリングの真ん中に向かっていく。トウコさんにも言われたけど、普通は自分から囲まれに行くような場所には向かわない。それでも今回この立ち位置を取ったのは考えがあっての事だ。


「それでは、戦闘開始!」


 全員の準備が整った瞬間に先生の号令で戦闘が始まる。その瞬間に真っ先に動いたのは僕とハルトだった。


 僕がわざわざ真ん中に立ったのは、4人に連携取らせる前に1人を仕留めようと考えたからだ。4人は僕を囲うために距離を開けてバラバラに位置取っているので、1人が狙われた時に仲間からのカバーが貰えなくなる。


 そこで狙ったのは、最も実力の高いハルトと反対側にいた人だ。ハルトに攻撃を防がれてしまうのが厄介なので、別に相手を見て弱そうな人を選んだわけでは無い。その人に目掛けて発現させた魔法は全部で4つあり、暴風、光の矢、火炎弾、そして爆発。その4つをほぼ同時に発現させる。


「ふん!」


 魔法を発現させた瞬間には僕の背後にはハルトが接近していた。想定していた中で1番面倒なパターンだけど想定外では無い。ちなみに1番楽なパターンはハルトを温存するために最初は動かず、他の3人でお茶を濁してくる事だった。


 最初からハルトが動いてくることで、その後に他の人は狙い辛くなり、いつまでも数の不利を覆せない。ただそれでも問題は無いと僕は踏んでいるし、事実背後からのハルトの攻撃を防壁1つで受け流してみせた。


「ちっ!やはり、何か武術を習っているのか!?」


 やはりと言われたのは、これも僕に関する噂の1つだからだ。これまでの戦闘訓練の動きが、強化魔法に頼っただけの身のこなしでは無いと指摘されていたので、何かしらの心得があると思われていた。


 その噂は半分事実だけど、半分は間違いだ。正確には僕はこれまでの異世界の経験で、武術やスキルといったものの動きを知っているだけで、この世界では護身術の類すら習ったことは無い。引き継ぎ設定は使っていないけど、動きを真似するだけでもその恩恵を多少受ける事が出来るというだけだ。


「畳み掛けろ!」


 ハルトが接近してきた事で僕はそちらに目を向けざるを得ない。ただその後の攻撃に加わってきたのは2人だったので、どうやら問題無く初手で1人は倒せているみたいだ。それなら今後もやることは変わらず、1人ずつ数を減らしていくだけだ。


 残る2人も初手の魔法を見たことで、遠距離で事を構えるつもりは無くなっている。常に動き回って的を絞らせず、距離を詰め続けた方が有効だと判断しての事だ。


 僕は強化魔法が使えないので、下手に距離を取ろうとして逃げても簡単に追いつかれてしまう。以前は暴風を起こして距離を取ることに成功したけど、それが通用するようなレベルでも無い。


「こいつ、マジでなんなんだよ!」


「本当に強化魔法使ってないのか!?全然捕まえられねぇ!」


 僕はハルトの攻撃すらも防いでいたので、2人は僕に攻撃するというよりも、動きを止める様に立ち回り始めた。一度組み付かれてしまえば流石に抜け出すのは難しいけど、僕はその2人を躱し続けるだけでなく反撃まで開始した。


 強化魔法を使っていない代わりに、腕に硬化魔法を掛けて殴りに行く。わざわざこちらから接近戦を仕掛けるのは予想外だったのか、思った以上の手応えで僕の拳が1人のみぞおちに突き刺さった。強化がない分威力は全然足りないけど、僕はそこをですかさず拳から光の矢を発現させて撃ち抜いた。


「あと2人です」


「ちっ!ハルトさん、後は頼みましたよ!」


「待て!焦るな!」


 2人がかりでも僕を止められなかったんだから1人でどうにか出来るものでもないけど、実力が劣っている事もあって、破れかぶれの攻撃以外に何が出来るという訳でも無い。そういう意味では今できる事をやったと言うべきか。


 その破れかぶれの攻撃をまともに受けてあげる程僕は優しくない。近づかれる前に光の矢の雨でハチの巣にしておいた。


「折角仲間が特攻して稼いだ時間に、何もしなくて良かったんですか?」


 そうして3人目が倒れていく間も、ハルトはその場から動いていなかった。なんかこの状況でこんな事を言っていると、僕が悪役に見えてそうでちょっと嫌だな。


「……何もしなかった訳じゃない。俺はこの僅かな時間を最大限使わせてもらった!」


 次の瞬間ハルトの姿が消えた様に錯覚した。実際にはかなりの高倍率で強化を掛け直した分、動きが早くなっただけだった。


 眼の前から消えたということでハルトの位置は僕の上か、真後ろのどちらかに限定される。僕は頭上に防壁を貼りながら、足元に風を発生させて全力で前に走る。その瞬間僕の背後から強烈な風切り音が聞こえてきた。


「これも避けるのか、化け物め!」


「かなり危なかったですよ。強化魔法の2重掛け?いや、もっとですか。見たこと無かったですからね。ただそういう展開も予想していただけです」


「予想だと?お前まさか予知魔法を!?」


 何だが盛大に勘違いしているけど、そんな魔法は使えないしそもそも存在するのかも分からない。普段からハルトはトレーニングルームで身体を鍛えているし、最大の武器はその身体なんだと予想していただけだ。それならここぞという時には、絶対に強化魔法を最大にしてくるというのも自然と分かる事だ。


 後はハルトの動きに僕が付いていけば良いだけなんだけど、流石に強化無しで付いていく事は難しく、攻撃の手数はハルトの方が多い。それでも僕は被弾する事無く攻撃を避けては反撃し、その反撃を躱されつつまた仕掛けられるという事を数度繰り返す。


「このままやっていれば僕の勝ちだと思いますけど、どうですか?」


「そうかもしれない。だが俺は勝負を投げる事はしない」


 僕はまだ魔力が有り余っているけど、ハルトは魔力よりも先に体力が付きてしまいそうだった。ただ僕はこのまま時間切れで勝ちというのも味気が無いと考えている。アカリさんはこんな方法では無く、ちゃんと正攻法で倒している筈だ。


「それなら、次を最後にしましょう。受けて立ちますよ」


「どういうつもりだ?」


「どういうつもりも何も、そのままの意味です。逆に何か意図があったとして、ハルトさんには乗る以外の手段があるんですか?」


「……後悔するなよ」


 ハルトは腰を深く落とし、更に強化魔法を重ね上げていった。馬鹿の一つ覚えと笑えないほどに強化魔法が上乗せされていき、その身体にはかなりの負荷が掛かっているはずだ。それだけ次の一撃に賭けているという事でもあり、僕も全力でそれに応える。


「この防壁を突破できれば、ハルトさんの勝ちです」


 僕は自分の顔の前に防壁を設置してみせた。ここまでの事をしておきながら不意打ちの様に、背後に回って攻撃をしてくるような性格では無いはず。一応僕の正面以外には罠を仕掛けているので、変な事をすればずるいことをした上に負けるという不名誉を負うだけだ。


「舐めているのか?いくら魔力が多くとも、1枚の防壁が誇る強度なんてたかがしれているぞ」


「バカにしないで下さい。そんな事知ってますよ。この期に及んでまだ罠を警戒してるんですか?」


 ハルトの言う通り、防壁に設定できる強度には上限値が存在する。つまりその上限値を超える攻撃ならば防壁は全く意味を成さないし、口ぶりからしてもそれ以上の攻撃力を有しているのは確定だった。


「……行くぞ」


「いつでもどうぞ」


 その瞬間ハルトの姿がかき消え、という事は無かった。どうやら全身の強化はほどほどにまで下げて、その分攻撃する片腕に強化を集中しているみたいだ。


 それでも充分な速度で僕に急接近し、防壁目掛けて拳を叩きつけてくる。当然僕の防壁は簡単に砕けてしまうけど、その拳は全く僕に届かずに止まっていた。


「次の攻撃はありますか?」


「無い。本来なら、俺の動きが止まった瞬間に仕留められている筈だ。俺の負けだよ」


 ネタバラシをすると、僕が展開した防壁は1枚では無かった。合計で7枚の防壁を一箇所に、全て同じタイミングで展開した事で、傍目には1枚しか展開していない様に見えていた筈だ。


 その防壁も5枚まで砕かれてしまっているけど、残りの2枚でハルトの攻撃を止めていた。実際かなりの威力なので、僕もハルトの実力を認めないといけない。今回は余裕があったから7枚も防壁を展開出来たけど、咄嗟のことだったならどうなっていた事か。


 でもそれはハルトも同じか。今回は互いに時間を掛けて全力を出したけど、普通に戦いながらだったらここまでの威力は出せない。なんにしても僕は無事に4人との戦いに勝利した。これで本当に、アカリさんと戦うための準備が出来たのだ。

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