計画の詳細
エイミがユウリ達の了承を得られた事を教員たちに連絡すると、すぐさま戦いの場を設ける為の計画が立案された。現在の授業スケジュール等も考慮して、空いている時間に戦闘訓練棟を貸し切る事にする。
そしてその時間は、特別に全生徒の見学を許可する事になった。生徒たちの関心は非常に高く、その様子を見たいという希望が多く出ることを見越してのことだ。レベルの高い者同士の戦いを観戦する事は、今後の授業においても参考になる等、適当な名目を付けておけば問題ないだろう。
それと同時に賭博の監視体制も強化をするため、ハルトを筆頭に信頼できる生徒を数名集め、事情を説明して協力を取り付けようとした。だがそこで意外な事に、ハルトはこの計画に反対してきた。
「納得できません。というよりも、そんな事をする必要がありません」
「どういう事だ?何か考えがあるなら聞かせてくれないか」
「何故2人の実力をはっきりさせる為に、異例の措置までとって戦わせる必要があるんですか?もっと手っ取り早く実力を証明させる方法があるでしょう」
「何?それは一体……」
「あの女……アカリは確かに俺達でも勝てません。授業中の制限下ですら勝てないんですから、はっきり言って化け物です。しかしユウリはまだ、その力を示してないじゃないですか」
「なるほどな。確かに彼女が次の授業で負けたとなれば、2人の間には明確な実力差があると言える」
「せめて次の授業まで判断は保留にして下さい。そこで俺たちが負けるようであれば、この計画に文句は言いません」
思えばこの計画は、ハルト達に対してかなり失礼な内容と言えた。戦う前からハルト達は、ユウリに勝てないだろうという見込みの上で練られた計画だからだ。そもそもアカリの次に強いと言われているハルトを飛ばして、ユウリとアカリのどっちが強いという議論をする事そのものがおかしいという話でもある。
実際のところハルトの実力は、アカリさえいなければもっと高い評価を受けても良い程なのだ。何故ならハルトもアカリと同じく、1番上のクラスの条件で戦いながら勝つことが出来る唯一の存在だ。
しかしハルトは相手にアカリが入ってくるとまず勝ち目が無くなる。一方でアカリはハルトを含めた他のメンバー総掛かりでも勝利を収めており、両者に歴然とした差があるのは誰の目にも明らかだ。ハルトも10年に1人の逸材と言って良いレベルだが、アカリは100年に1人の逸材だった。
「分かった。そこまで言うならこの告知は次の授業が終わってから行うとしよう」
「ありがとうございます」
それからハルトは並々ならぬ気迫を漲らせながら、寮のトレーニングルームに籠もった。それ以外のメンバーも、授業終わりの時間や休日の時間にもトレーニングをしている。次の授業まであまり時間は無いが、その短い間に出来る限りの事をしていた。
「あ、エイミさんからメッセージが来てますね……まぁそれもそうか」
「エイミさん、何だって?」
「まずは僕が授業内で勝ってからってことらしいです。そこで勝てば改めて日程を決めて場を設けてくれるそうです」
「なるほどねぇ……」
アカリさんは余り興味が無さそうにしていた。アカリさんの中でハルトの評価はあまり高く無いみたいなので、どうせ僕が勝つからどうでも良いって感じだ。ただその後に書かれている内容については流石に無視できなかった。
「何か大々的に告知するみたいで、僕たちの戦いは全生徒の前で行われるみたいですよ。なんでもレベルの高い戦闘を生徒たちの模範にしたいとか」
「見世物にされるって事?それだと結局賭博を扇動する事になるんじゃない?」
「国からも要人を呼んで、そういう雰囲気にさせないとか書いありますよ。勿論警備も厳重に……」
「国から!?あたしは警備出来ないのに大丈夫なのかなぁ……」
国のお偉いさんがいる前で悪いことをしているのがバレれば、特待生としてだけでなく今後の人生にすら関わるような大事になってしまう。そんな状況で賭博を出来るものならやってみろという感じだ。
僕としてはいくら特待生のいる学校だからと言っても、そんな事の為に国の要人をわざわざ寄越してくるとは思えない。それでも計画しているという事は何かあてがあるということなんだろうけど。
「警備の人はそんなに信用できないんですか?」
「そりゃあたしにあんな命令を出すような所だからね。良くも悪くも警備対象の周辺は絶対守るけど、それ以外は状況次第って割り切ってる」
いざとなれば要人を守るために他は切り捨てるという事らしい。警備に期待出来ないのに学校内の悪事を暴く為に要人を招けば、そこを犯罪組織に狙わた時に危険過ぎるというのがアカリさんの考えだ。
「まぁあたしが何を言っても、学校側がそう判断したなら仕方ないか。見世物にされるのもあれだけど、それでユウリと戦えるなら我慢しよう」
「僕が無事に授業で結果を残したらの話ですよ?」
「大丈夫だいじょーぶ。多分ハルトも今頃頑張って身体を鍛えてるだろうけど、それでもユウリなら勝てるって自信を持って言える」
「凄い評価されてますけど、僕が戦ってる所見たことないですよね?」
「見なくても分かるよ。オーラが違うもん」
僕が知る限りこの世界にオーラなんていう要素は全く無い筈だ。以前少しの間だけ引き継ぎ設定をオンにした時に確認しているから間違いない。もしそれでもアカリさんがオーラの様な何かを僕から感じているのなら、それはアカリさんにしかない特異能力か野生の勘のどちらかだ。
「これだけ推してるあたしが聞くのもおかしいけど、ユウリは魔法の練習とか身体を鍛えたりとかしとかなくていいの?」
「わざわざ授業の為にそんなに必死になりますか?でもアカリさんと戦うのは授業とは違うので、その時は少し頑張るかもしれません」
テスト等の明確な目標が有って、それに自身の実力が足りていないと思えば頑張る。でもハルト達と戦うというのは、あくまで授業の一環だ。テストで良い成績を残す為に頑張って授業を受けるけど、授業で成績を残すために頑張るというのは僕の性に合わない。
それと今更になるけど、今の僕ではアカリさんに勝てる見込みは正直に言ってあまりない。別にアカリさんからオーラを感じている訳ではないけど、今まで色々な異世界を生きてきた経験からそう判断している。何よりこの世界における戦闘は、アカリさんに数年分以上のアドバンテージがあった。
多分、生まれる世界が違えばアカリさんは勇者にでもなっていてもおかしくない。さしずめ今の僕は才能からして賢者と言ったところだと思う。勇者と賢者のどっちが強い論争をするつもりは無いけど、僕としては勇者の方が強いと思っている。
「それは少しだけ頑張れば届くってこと?」
「分かりません。多分僕はアカリさんを正しく評価できていないと思います。なのでどれくらい頑張れば良いのか、それとも頑張る必要がないのかも判断出来てないんです。戦って感じた事を後に活かしていこうかなと」
「そっか。でもあたしも何かに必死になってるユウリは想像できないや。それにそういう自然体な所がユウリの強みだと思うしね」
「僕がこうして自然体でいられるのも、アカリさんの前くらいですよ。そのままの僕でアカリさんに立ち向かおうと思います」
「へっへ。嬉しいねぇ。そんなに居心地がいいなら、いっそあたしのお婿さんにならないかい?」
「僕が婿ですか?アカリさんじゃなくて?」
「それどういう意味よ」
「その言葉、そのままお返ししますよ」
こんな事を言い合える様な人の事を、気が置けないと表現するんだろう。親しき仲にも礼儀ありとは言うけど、この程度の冗談なら互いに笑って許せるぐらいになっていた。
ただ口では僕がほとんど勝つけど、あまり言い過ぎてしまうとアカリさんは口では無く手を出してくる。別に暴力を振るう訳じゃないけど、やたらじゃれついて来て口を封じようとしてくるのだ。
特に風呂場では、気を付けないととんでもないことをしてくる。アイも疑っていたけど、アカリさんは絶対にそっちの気がある。
「あれ、エイミさんから追加のメッセージが来てる。え!?アイが来るそうですよ!しかも僕たちの戦いを解説するみたいです」
「……そうか。アイはここの出身だから話しを通しやすかったのか。でもそれなら警備も特に心配しなくて良いかな」
「そうなんですか?」
「そうだよ。アイだってすごく強いし、本当は護衛とかいらないぐらいだよ。今は学校に居た頃よりいろんな魔法を覚えてるし開発してるだろうから、アイが狙われる分には問題ない。それよりも、その周辺に気を付けたほうがいい」
アイは狙われても自力でどうにでも出来るけど、周辺にいる人が巻き込まれてしまうのはどうしようもない。それこそ学校側がその辺りを注意して、しっかりと警備を配置しておいてもらうしか無い。恐らくハルトを筆頭に人員が集められる筈だ。
「っていうか先生方もあぁは言ったものの、やっぱり僕が勝つ前提で話しを進めてるんですね」
「そりゃ先生もちゃんと先生だからね。見る人が見れば分かるって事」
「そういえばこう言ってしまうのもアレですけど、先生方の実力ってどうなんですか?これまでのクラスの先生は、正直そんなにかなって気がしてるんですけど」
「少なくとも1番上のクラスの先生は、ハルトを指導出来るぐらいにはちゃんとしてる。それと、これはあたしも本当の事は知らないんだけど、校長先生が凄いっていう話しは聞いたことある。あまり顔も見たことないんだけどね」
そういえば僕もこの学校の校長先生の姿を見たことが無い。普通の学校なら年度の始まりに有り難い長話をしているんだろうけど、この学校にはそういったものも無かった。
校長先生と言うと、僕は勝手に白いひげを生やした男性の姿を想像してしまう。それも魔法を教える学校であれば尚の事、とんがり帽子に黒いローブといったありきたりな姿しか思い浮かばない。もしも若かったり女性だったりしたら失礼かもしれないので、今のうちにそういったイメージは捨てておこう。
「でもそんなに凄い人なら、こういう騒動が起きそうな時に出てこないんですかね?」
「学校に居ないことが多いらしいよ。校長先生としての役職はあるけど国の仕事もあるみたいで、実質外部役員みたいな感じなのかな?会社の仕組みとかはよく知らないけど」
アカリさんの言っていることは正確では無いかもしれないけど、言おうとしているイメージは何となく分かる。でも今回みたいに要人が来るとなれば流石に学校に来るだろうし、この期に1度ぐらいはお姿を拝見しておきたい。というかアカリさんが護衛出来ないのだから、強いという校長先生がアイの傍に付いていて欲しい。
「ねぇユウリ。どうせ見世物になるなら、あたし達で勝手に盛り上げてみない?」
「何をするんですか?というかアカリさん学校でそういうキャラじゃないでしょう」
「キャラなんてこの際どうでもいいよ。例えば前に話した、実力者にしか気付けないみたいな演出を……」
「なるほど、そういう方向性ですか。まぁ僕もこれ以上周りから変に思われないでしょうし、乗っても良いですよ」
既に学校で浮いている身なので、多少ハメを外した所でそれが僕の本来の姿なのかとか、そういった事は誰にも分からない筈だ。強いて言えば見に来るアイが呆れるぐらいだろう。そのぐらいなら後で笑い話になるだけだ。
こうして僕たちは案を出しながら、ステージパフォーマンスを考えていた。気付けばあっという間に週が明けてしまい、遂に僕がハルト達と戦う時が来てしまった。




