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2人を取り巻く事情

 いつも通りの日常を過ごしながら来る日を迎えようとしている僕たちをよそに、外野は物凄い盛り上がりを見せていた。生徒のほとんどが僕の快進撃を最初は懐疑的な目で見ていたけど、実際に戦いぶりを目にした人が増えるに連れて、そんな目も無くなっていった。


 というか僕は何も悪いことなんてしていないんだから、周囲から距離を置かれる理由なんてそもそも無い。それを言ってしまえばアカリさんもそうなんだけど、事件に巻き込まれた事で悪目立ちしてしまっていただけなのだ。


 ただそれでも全員の目が好意的になった訳でも無い。トウコさんが言っていたように、やはり僕の発言を生意気だと感じて反発する人もいる。そういう人はアカリさんとの戦いよりも、ハルトにとっちめてもらいたいと思っている様だった。


 それと実は生徒達だけでなく、教師も僕らの戦いを楽しみにしている者が多くいたのだ。教師達も何を隠そう、元特待生である人が多い。自分たちも魔法を扱う者であるからこそ、アカリさんと僕のレベルの高さを分かっている。


 僕が戦闘訓練の授業で一番上のクラスへの昇級を決めた翌日、職員室では緊急の話し合いが行われていた。それは僕の扱いに関する事だった。





「実際の所どうしましょうか?ユウリさんはとてつもない才能を秘めていますが、戦闘訓練だけに注力させても良いものでしょうか」


「別に戦闘訓練だけに注力している訳でも無いでしょう。他の実技でも上まで行っているし、座学だって本来の年齢を考えれば相当に進んでいます」


「しかし他の実技からの誘いは断っているのでしょう?ならば本命は戦闘訓練と考えているのでは?」


「それは私達が憶測で語れる事では無いでしょう。とりあえず全てで頂点を取った後、改めて考えるつもりかも知れませんし」


「その考えを傲慢とは言えないな。それを出来るだけの実力を持っているし、その事をしっかり理解している節があるからな」


 これらの会話をエイミは他人事の様に聞いていた。というのもエイミは、この学校では数少ない魔法を使えない普通の教員であり、その方面に関しては全く口出し出来る立場に無い。エイミの仕事は普通科目の授業と各個人のスケジュール調整、その他全体行事の取り仕切り等を行う事が主なのだ。


「エイミさんは、ユウリさんのスケジュールを担当していましたよね?何か彼女から今後の事とか聞いてませんか?」


「いえ。最初のうちは授業の進行度合いについて相談が有りましたが、今はこちらが用意したスケジュールを淡々とこなしています」


 エイミはユウリが途中でテストを受けなくなった事について、憶測ではあるがアカリが関係していると思っている。ただ思っているだけなのでその事をこの場では発言しないし、ユウリとアカリが同室だという事を知っているのも、この会議に出ている職員の中ではエイミだけだ。


 魔法関連の授業を行う教師はそういった事務的な事にはほとんど関わっておらず、特に信頼されている関係の生徒の事ならば多少知っているという程度だ。それは何も雑用的な仕事はやらないという事では無く、魔法関連の癒着や忖度というものを防ぐ為だった。


「こう言っては彼女に申し訳ないですが、やはり友達がいないのが少し問題でしょうか。同期がいなかった事と、転入直後の事件のせいで生徒との距離が開きすぎてしまった。本人が気にしているか分かりませんが、彼女の考えや状況が我々に伝わってこないというのは、何かあった時に対応が遅れてしまいます」


「申し訳ありませんがエイミさん、その辺りの事をユウリさんに聞いて頂けませんか?学校に対する不満や、相談出来ない悩み等があってはいけませんから」


「分かりました」


 分かりましたとは言ったものの、エイミはそんな事をするつもりは無かった。既に同室のアカリから報告を貰っているし、非常に楽しくやっている事を知っている。別にユウリに秘密で報告させている訳では無いし、2人が同室になった日から定期的に連絡を取っている中で知った事だ。


 ただそれを言ってしまえば、2人の関係を明るみに出すことになってしまう。それを知ってしまえば、この教師たちは色々としでかしてしまうだろう。そうさせない為にエイミは、2人のプライベートについては全く知らぬ存ぜぬを通すつもりだった。


 特にアカリに関しては生徒達に誤解されいる所が多分にある。その誤解に引っ張られて、ユウリにこれ以上嫌な思いをさせたくないという思いがあった。


「お願いしますね。では少し話の方向を変えて、今度は彼女の実力についてです」


 ここからが会議の本題だった。これまでの会話も、この本題を切り出す前の前座の様なものだった。


「近頃噂になっている、アカリさんとユウリさんのどちらが強いのかという話しです。どうやら一部の生徒の間で、賭博に使われる様な事になっているとか」


 それはエイミにとっても初耳だった。噂そのものを耳にしない日は無いが、そんな悪巧みをしている者がいるとは聞いたことが無かった。


「どの程度の人数が関わっているんですか?」


「まだ詳細は掴めていません。ハルトさんにも伝えて調べてもらっていますが、やはり表立って行動はしていないようですね」


「なるほど。ではその話しが本当だったとして、どの様な対処をお考えですか?」


 まだ詳細が掴めていないという状況なので、生徒が悪事に加担しているとは決めつけない。それでも仮に本当だったという事態を想定しておく必要があった。


「今のところ二通りあります。1つ目は様子見ですね。規模が大きくなれば尻尾を掴みやすくなりますが、あまりやりたくはありませんね」


「そうですね。騒動に巻き込まれてしまう生徒を増やしたくはありませんから」


 友達付き合いで参加させられたとか、つい魔が差してしまったとか、時間を掛ければそういった理由で賭け事に参加してしまう生徒が増える恐れがある。大人であれば自業自得と切り捨てる事も出来るが、子供を保護する立場の人間がそんな非情な事は出来ないだろう。


「2つ目は、逆にさっさと決着を付けさせてしまうという事です。賭けをするにしても場所や金銭など、ある程度の準備が必要でしょう。それらを用意させる時間を無くしてしまえばいいんです」


 エイミの本音としては2人には戦ってほしくなかった。本人たちの気持ちは知らないが、別にそんな事を決める必要も無いし、授業だってそういう内容のものでは無い筈だ。


 そもそも2人がいるクラスでの戦闘条件は、1対多数且つ、遠距離攻撃もしくは強化魔法のどちらかを禁止しての戦闘と決まっている。1対1での完全決着なんて事を、授業としてやる訳にはいかないのだ。


「それはそうですが、今は異例の事態。先に言ったように、時間を掛ければ騒動が大きくなる可能性があります」


「確かにそうだな。そもそもここまでユウリの実力が話題になったのも、こちらの都合で異例の昇級を通してしまった事が原因だ。実態はどうあれ、時間を掛けて上げていけばここまで話題にはならなかったかもしれない。それならもう一つ異例を重ねても今更なんじゃないのか?」


「だがそれを許せば、今後はそれがこの授業の本来の姿だとばかりに競わせる事になってしまう。戦闘訓練はあくまで困難を経験させ、いついかなる時にも冷静に対応できるように精神を鍛える事が目的なのだ。その趣旨に反するような事を、授業として行うのは良くないのではないか?」


 結局話しは平行線のまま結論が出ないが、そもそも大人達の都合で授業内容を変えてまで2人を戦わせるという事があってはならない。そう考えたエイミは意を決して1つの提案をする。


「1つよろしいですか?」


「何でしょうか?」


「この件については2人の意思を確認するべきだと思います。いかなる理由であれ、2人が望んでいないことを私達が強要する事があってはいけません」


「……確かにその通りですね。ではその役目をお願いしてもよろしいですか?2人の担当であるエイミさんが最も適している」


「勿論です。戦っても良いという事であれば場を設け、拒否するようであれば我々の手で賭けを行おうとしている人物を見つけ出す。それでよろしいでしょうか?」


「異論無しです。ではエイミさんは早速2人に連絡を、我々はどちらに転んでも良いように対策を考えますよ」


 そうしてエイミは2人に連絡を取り、互いの都合が付く時間を確認する。重要な話であるため、メッセージでのやり取りでは無く直接会いに行った方が良い。2人は寮にいる時間ならばいつでも良いと言うことだったので、今から寮に向かう事にした。


「お待ちしてました。珍しいですね、直接会いに来られるなんて」


「急に申し訳ありません。大切な話だったので、メッセージではない方が良いと思いまして」


「分かってます。とりあえず入って下さい」


 エイミが寮に行くとアカリが出迎えてくれた。部屋に上がると丁度夕飯の準備をしていた様で、とてもいい匂いが漂ってくる。つい食欲が湧いてしまうのを抑えてリビングに向かった。


「エイミさん、お疲れ様です。すみません、あとちょっとで準備が終わるので、少しだけ待って貰っていいですか?」


「え、えぇ。構いません。急に来たのはこちらですから」


 エイミはてっきり、アカリが料理をしている途中で出てきてくれたのだと思っていたが、料理を作っていたのはユウリだった事に驚いた。


 その上料理の内容は、とても小学生が作っているものとは思えないものばかりだ。栄養バランスだけで無く見た目にも彩り鮮やかで、漂ってくる匂いからは食べなくても味が保証されている事が分かる。


 そしてアカリはキッチンに入ること無く、エイミにお茶を用意しただけで座って待っている。それは正真正銘、アカリの手伝い無しでユウリがこの料理を作ったと示している。


 次に驚いたのが、2人の部屋着がペアルックだったという事だ。実はこのペアルックは最近買ったばかりなのだが、報告に聞いていた以上に仲が良いと物語っている。


 そんな仲の良い2人を、もしかしたら戦わせてしまうかもしれない。というよりも根が良い子だと知っているエイミは、真実を話せば進んで戦おうとするとさえ思っていた。


「お待たせしてしまいました。エイミさんが来るのって多分珍しいんですよね?」


「そうだね。あたしのところに来るのは初めてかな」


「はい。今日は重要な話しがあります。お二人にはご迷惑を掛けてしまうような話しになってしまうかもしれませんが、決して強制するような事はありませんので拒否して頂いても構いません」


「まぁそれは話しを聞かないことには。何があったんですか?」


 エイミは今日の職員会議での事を全て話す。ユウリが現在教師や生徒からどういった認識を受けているか、2人が生徒達の賭博のネタにされている事、それを踏まえて可能であれば2人には実力を示して欲しいという事を伝える。


「先程も言いましたが、嫌でしたら断って」


「やりますやります!アカリさんも良いですよね?」


「もちろんだよ!なんだ、手間が省けて良かったね!いやまぁ賭博はダメだけど、そっちは別にあたし達には関係ないしね」


「え……?あの、良いんですか?2人ともそんなに仲が良いのに」


 エイミはまたも驚いてしまった。これまでの印象からアカリは了承する可能性が高いと思っていたが、まさかユウリの方がアカリよりも早く反応を示すとは考えてもいなかった。


「それは関係ないですよ。僕は途中からはアカリさんを目標に戦闘訓練をやってましたし、むしろ授業内だと戦わせて貰えないんじゃないかって話をしてたところなんですよ」


「本当にタイミングが良かったね」


 その後も2人は、相変わらず仲良さそうに安心して戦える等とはしゃいでいた。そんな2人を見ていたエイミは肩の荷が下りた筈なのに、何故か余計に疲れが溜まった気がしていた。

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