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多人数戦

 先生からの説明も終わった所で、僕は早速リングの中央に立つ。後から入ってくるカオリさんとトウコさんだったけど、特にトウコさんが不機嫌そうな顔をしていた。


「あんたさー。多人数戦って分かってる?普通挟まれないように位置取りをするんだよ?」


「これは不利な状況を想定した戦闘ですよね?そんな準備が出来た所から始めて意味があるんですか?実戦だったら先生の合図だって無いんですよ?」


「そういう自信満々なとこ、むかつく。大体ハルトさんの事を弱そうって言ったんだって?調子に乗るのもほどほどにしろって感じ」


 どうやら僕は無意識のうちに敵を作ってしまっていた様だ。いくらハルトに正直に言えと言われたからって、流石に馬鹿正直過ぎた。まぁこうして心の中では呼び捨てにしているぐらいには舐めているので、態度にも出てしまっていたかもしれない。


 ただ戦いの前に怒りをぶつけて、相手を萎縮させるのも作戦の1つだという事を僕は分かっている。心の底から怒っているなら、僕と対面した段階でそういう空気を出していた筈だ。多分トウコさんの心根は優しいんだと思う。


「戦闘開始!」


 何の前触れも無く先生の声が響いた所で、トウコさんの姿が消える。実際には消えたのでは無く、強化魔法によって上げられた身体能力で、僕との距離を一瞬で詰めてきていた。


「聞いた通りの馬鹿力だね。でもこの程度、ここにはゴロゴロいるよ」


 僕は先週アカリさんに対してやった通りにトウコさんの腕を掴みに行った。ただトウコさんもその動きは事前に予測していたらしく、僕と手を組み力比べをする体勢になる。それでも僕の方が力が強く少しずつトウコさんの体勢が崩れていく。


 だがこれは個人戦では無い。こうして動きを止めていれば当然カオリさんが仕掛けてくる。少し押し込んでいるとは言え、気をそらせばトウコさんとの力比べは一瞬で逆転してしまう。


「悪いけど加減はしないよ!」


 僕は背後に迫るカオリさんの方は全く振り向きもしなかった。別に声を出していようといなかろうとその動きには気付いているけど、なるべくなら音は出さないほうがいいなとは思った。


 そんな事を考える余裕があるぐらいに僕は冷静だった。当然こういう事態も想定していたので、準備していた魔法を放つ。


「一か八かってこと?でも無駄だよ」


「一か八かでは無く必勝です。避けたほうが賢明ですよ?」


「そんな手に乗る訳ないでしょ。私は防御力には自信があるんだ、残念だったね」


 僕が放った魔法は学校で習う、ごくごく普通の爆発魔法だ。ただ僕の魔力によって最大限にまで威力を強化してある。当然僕とトウコさんは、互いの手を掴み合ったままなので避けることは出来ず、防壁によってその爆発を受け止めるしか無い。


 トウコさんは宣言した通り僕が放った全力の爆発魔法を防いでいた。でも2度目の爆発でその自慢の防壁は粉々に吹き飛んでいた。


「トウコ!?」


「冷静さを失ったら、数の有利が台無しですよ」


 いくら自分で放ったとは言え、至近距離で爆発魔法に巻き込まれたのは僕も同じ。それでも僕は全くの無傷でその場から動かず、カオリさんが襲いかかってくるのを待った。


 トウコさんが動けない今カオリさんとの1対1であり、結果は先週とほとんど変わらなかった。強化魔法だけでカオリさんを圧倒し一瞬で勝負がつく。


「そこまで!カオリはまだこのクラスでの経験が無いから仕方ないが、トウコも一撃とはな」


「……あの速度と威力で2発も撃ってくるなんて、流石に予想外だった」


「1度しか撃ってないですよ。別に秘密にしておくつもりも無いので言いますけど、反射魔法です。自分の魔法だったら式もタイミングも分かってるので、相手に合わせる必要も無いんですよね」


 僕は自分の爆発魔法に対して反射魔法をぶつけて、自分が受けるはずだった爆発を相手に押し付けた。その結果相手は2回分の魔法を受けることになるという事だ。


「どっちにしても、同時に2つの魔法を発現させる腕前は見事だ」


「ありがとうございます。まだ魔力も体力も大丈夫なので、いつでも行けますよ」


「全く、元気な事だな。それじゃあ次は3人同時に相手をしてもらうぞ」


 すぐに次の対戦に移ると、今度は3人が全員遠距離戦を仕掛けて来た。当然僕に反射魔法が有ることを知っているけど、それでも3方向から同時に違う種類の魔法を放ってきている。1種類ならば反射されてしまうが、3種類同時ならどうかと僕を試しているのだ。


「試すような事をしてる余裕は無いですよ!」


 結果から言えば僕は1つたりとも反射しなかった。3方向に対してそれぞれ同種の魔法をぶつけながら相殺し、即座に連射する事で反撃する。3人がかりで魔法を連射しているにも関わらず僕の連射速度の方が上回っていて、相殺が間に合わなかった人から順番に脱落していく。


「これほどの精度と速度で魔法を撃ち続けられるとはな!次だ、次行くぞ!初めから全力で掛かれよ!」


 先生も興奮していて、僕に休憩が必要かどうかも聞いていなかった。別に必要ないんだけど、安全管理的にはよろしくないと思う。


 即座に対戦相手が4人入ってくると、先生の合図もなく戦闘が始まる。指示通り小手調べや小細工などは無く、全員が全力で僕に向かってきた。2人は完全に接近戦主体で1人は遠距離から、残る1人はどちらにも加勢出来るように常に隙を伺っている。


「むぅ……流石にこれは厳しかったか?いくらなんでもまだ若すぎるか」


 先生がそんな事を呟いているとは露知らず、僕はしばらく防戦に徹していた。一応言っておくと、4対1で防戦を成立させられるだけでも凄い事だと思う。


 勿論手も足も出なくて防戦に徹しているという訳では無く、相手の隙を伺いながら慎重を期しているだけだ。そうして少しの間この4人を見ていて気付いたことがあった。


 多分この4人は、いつもこの4人だ。何度か見ているといつも決まった動きをして、決まったタイミングで立ち位置が入れ替わっている。少しタイミングがずれた時にはサポートが入ったり、後ろからの援護の数も増えるけど、それぞれの役割を淡々とこなしているだけだった。


 そうしてこちらの体力を削り隙が出来るのを待っている。こちらが突破口を見つけられなければ、まず勝ち目が無い様な連携が組まれていた。


「それなら、役割を変えてもらおうかな」


 僕はなるべく派手に出鱈目に魔法を放った。一見誰を狙っているか分からない光の矢を放つ事で、警戒の為に接近戦を仕掛けてくる2人の足が止まる。遠くから魔法を放ってくる人は、自分が狙われないと気付いた段階で再び攻撃を仕掛けてくるけどそれは完全に無視だ。


 狙いは近距離が得意な2人でも遠距離からちょっかいをかけてくる人でも無く、サポート役として常に隙を伺ってきていた人だった。


「くそ!」


 この人は真っ向から僕と殴り合えば敵わないと分かっているので、多少の反撃をしつつも基本は逃げの姿勢だった。そこに接近戦が得意な2人が割り込んで来ようとするのを、僕は再び光の矢を放って牽制する。


 その間遠くからは遠距離からの攻撃は飛んでこなかった。いつもと違う展開で連携が取れず、下手に魔法を放って味方を巻き込んでしまう訳にはいかない。


 こうなれば実質1人が欠けている様なものだ。強化魔法を強めて一気に勝負を仕掛けに行くと、たまらず1人が無理やり突っ込んでくる。


「それを待ってたんですよ!」


 その人は僕の動きを止める為に来たはずが、実際には僕によって動きを止められていた。その腕を捕まえた瞬間に相手の顔から失策を悟ったのが見て取れる。すかさずトウコさんを一撃で戦闘不能にした爆発と反射魔法の連続技を叩き込んだ。


「この機を逃すな!」


 ただ流石に1度見た技だけに、残る3人はすぐに反撃に移っていた。1人がやられたとは言え、その間は僕の動きも完全に止まっている。ここで仕掛けなければ1人ずつやられてしまうのは目に見えているので、その判断は間違いでは無い。


 対する僕もその反撃を受けて立つ準備は出来ている。背後には全力で防壁魔法を発現させ、正面からの攻撃にだけ集中して相手の攻撃を見据える。


 直後に爆発の煙の中から1人が拳を振りかぶってくるのが見えた。その瞬間に僕は拳に光の矢を乗せながら思い切り腕を振り抜く。


「何!?」


 僕の拳は避けられて空を切りつつ、光の矢を真正面に放っていた。放たれた矢は煙の向こうで既に放たれていた魔法を相殺している。味方もろともの魔法すらも読んでいた事で、3人の作戦は終わりを告げた。後は僕が近くにいる敵から順番に倒していけば終わりだ。


 これまでで1番長い時間の戦闘になったけど、終わってみれば僕の完勝だった。僕は傷一つ付くこと無くこの3連戦を制した。


「最後の魔法はどういう意図のものだ?適当に放ったという訳では無いな?」


「色々ありますけど……あの方法なら接近してくる人よりも先に攻撃出来るので、魔法が無駄になる事が無いというのが1つ。それと人数が欠けた事で誰かが無茶をしてくる可能性が高いので、仲間もろともという攻撃は初めから想定してました」


「狙って相殺したのか?」


「どちらかと言えば偶然です。ただ相手からしても必殺を期すなら、味方の背中に攻撃を隠しておくでしょう。それ以外の角度から攻撃が来ても、僕の攻撃で煙が晴れるので見てから防げます」


「なるほど。魔力によるゴリ押しだけでは無い、しっかりとした状況判断だ。良いだろう、合格だ」


 最後の受け答え次第では不合格になっていたかもしれないという様な言われ方だった。勝敗には関係ないというのはこの事を言っていたのかもしれないと一瞬思ったけど、多分そんな事は無いはずだ。これだけ完勝して上に行けなかったら、むしろこのレベルに留まる人にとって迷惑になる。


「おめでとー。一応お祝いしてあげる。ここに残られても面倒だしね」


「本音が漏れてるわよ。まぁあなたなら、ハルトさんともいい勝負が出来るかもしれないわね」


「ありがとうございます。そうなるように頑張ります」


「別に頑張んなくてもいいよ。むしろハルトさんにボコって貰いな」


 どうやら割りと根に持っているみたいだった。今後は気をつけよう、というかあの時戦っている人を評しただけで、ハルトの事については言ってないんだけどな。そもそも戦ってる所を見たことがないし。


「ごめんなさいね。この子ハルトさんの事が好きだから」


「ちょ!何言ってんの!ハルトさんが好きなのはカオリ姉さんの方でしょ!」


 2人の言い合いが始まってしまったので、僕は気配を消してその場を立ち去るろうとする。


「あ、待て逃げんな!シャワー室行くわよ!ハルトさんの凄い所をたっぷり教えてあげるんだから!」


「え、いやいいですよ。それに僕は汗掻いてないので」


「なにそれ!今回も余裕でしたって事!?」


 そういうつもりじゃなかったんだけど、やっぱりそう取られてしまった。今後はこの言い方も気を付けよう。


「こうなっちゃうとしつこいから、気にせず行っていいわよ」


「すみません、お先に失礼します」


 勝つには勝ったし無事に上に行くことも出来たけど、色々と反省点が見つかる1日だった。それに今日は流石にいつもよりも少しだけ疲れた気もする。早く帰って晩御飯の支度を済ませてのんびりしよう。


 と思っていたら今日はアカリさんの方が先に帰っていた。しかも当番でもないのにご飯の支度までしてくれている。


「おかえり。午後の授業が急遽休みになっちゃったから、ユウリも疲れて帰ってくると思って先にやっちゃった」


「ありがとうございます。確かにいつもよりもちょっとだけ疲れてたんで助かります。それと、勿論1抜けしましたよ」


「さっすが。いやー来週が楽しみだなぁ。そういえばあたしは噂でユウリの戦い方とか知っちゃってるんだけど、フェアじゃないよね?」


「構いませんよ。訓練ですから、何も知らない状態の相手と戦う機会が奪われるのは良くないです。こんな機会は最初しか無いんですから」


「ユウリのそういう姿勢好きだよ。いや、愛してる」


「でも実際、僕たちが戦うことって出来るんですか?授業内容だと、1対1はもう無いですよね?」


 何となく勢いで戦おうという流れになっているけど、実際の所今後の授業で1対1の戦闘が組まれる事は無いはずだ。


「そこはあたしからお願いしてみようかと思ってる。ユウリもこのクラスで満足できないってなったら、もうあたしが出るしかないでしょ?ってな具合で。それがダメなら授業外の時間であの建物を貸し切るよ」


「まぁそれならなんとか……なるのかな?」


 僕たちはそれ以降戦闘の話しは一切しなかった。いつも通りに寮での時間を共にし、いつも通りに学校に行く。その中で特別互いに対して探りを入れたり、隠れて特訓をしたりという事はしない。あくまでいつも通り、あえてそういった雰囲気を作っていた。

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