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始めての転生

 初めての転生は一体どんなものになるのだろうか、期待と不安が入り交じる中で俺の意識は突如覚醒した。頭と視界には少しもやが掛かった様にはっきりしないが、それでも近くからはっきりとした女性の声がする。


「……起きなさい。起きなさい、私の可愛い息子。今日は大切な日でしょう?」


 少しずつ覚醒する意識の中で目に写ったのは女性の顔と見知らぬ天井、その事から俺は寝ている所をこの女性に起こされたのだと理解する。


「やっと起きましたね。今日はあなたの誕生日で、王様に会いに行く日でしょう?下で待ってるから、早く準備をして降りてらっしゃい」


 俺は寝ぼけた頭の中で必死に何かを思い出そうとしていた。この展開はどこかで見たことがある気がする。いや、見たことがあるというなんてものでは無く、もはや俺にとってはお馴染みのあの展開に酷似していた。


 そんな予感を持ちつつも冷静に事態を把握すべく、まずはベッドから起き上がり部屋の中を見渡す。そしてそれがさも当然であるかの如くタンスを調べると、中には薬草が入っていた。この時点で俺はこの世界がどういったものなのか、絶対的な確信を持った。


 この世界は紛れもなく、某国民的ゲームソフトの世界だ。俺はあの超有名ゲームの、しかも主人公である勇者としてこの世界に転生したのだ。さっきまで寝ていたにも関わらず何故か寝巻きなどでは無く、攻略本などで何度も見てきたあの服装をしている事からも間違いない。


 興奮の余りその場で叫びだしたくなる気持ちを抑え、自らに課した戒めを思い出す。あのゲームにおいて主人公は基本的に無口なのだ。会話の中では基本的にはいといいえしか答えない為、役割を全うするのであれば俺も極力口を開かないほうが良いだろう。


 しかし声に出さずとも顔には出てしまうもので、部屋に置かれた鏡を見てみると自分の顔がどにやけている顔が映し出されている。流石にこの表情のまま外に行くのも恥ずかしい為、もう少しだけ気持ちを落ち着かせる必要があった。


 そう心では思っていたにも関わらず、俺は部屋を飛び出していた。恥ずかしさ以上に早くこの世界を楽しみたいという気持ちが勝ってしまったようだ。


「準備は出来ましたか?これから王様の所に行きますよ」


 改めて女性を見ると特徴の無い顔付きだが、何故かそれが自分の母親だと納得することが出来る。人格は俺のままである筈なのに、身体はこの世界で生まれ、この母親に育てられたという事をしっかりと理解している様だった。


 母親に連れられ家を出ると、温かい陽の光と爽やかな風を感じる事が出来た。初めての異世界の雰囲気を存分に味わいたい所だが、母親はすたすたと目的地に向かって進んでいってしまう為、遅れない様に歩調を合わせて歩いて行く。


 途中で城下町の人々からの視線を感じながら城の前に着くと、二人の門番兵士に止められる。しかし二人は俺達の姿を確認すると、何も言わずに道を空けてくれた。


「あ、ここからは一人で行って王様に挨拶してきなさい。まっすぐ行って階段を登れば、王様の居る玉座まですぐよ。決して寄り道をしたり、粗相の無いようにね」


 母親はそう言うと門番に倣うように道の横に控え俺を見送る。というか今気付いたんだけど、もしかして最初のあ、って俺の名前かよ。いや確かに俺も何度も遊ぶ内にめんどくさくなって名前が適当になったりしたけど、いくらなんでも転生先での名前があっていうのはなぁ。


 しかしいくら文句を言おうとも名前を変える事は出来ない。シリーズも後期になると途中で名前を変えられる施設があったのだが、俺の知っている通りのこの世界ならばそんな場所は無い筈だ。


 一瞬の間に俺はこの世界で勇者あとして生きていく決意を固めると、早速王様の元へと向かう。改めて考えると、一直線に向かうだけで王様が見えると言うのは防犯上どうなのかと思わなくもないが、それだけ警備も厳重だという事だろう。これも作品や城によっては違うことが多いが、最初の城という事で単調な作りのほうが分かりやすいという配慮かもしれない。


 なんて事を考えながらまっすぐ歩いていると、直ぐに玉座の間に着き王様の姿が見えた。イマイチ距離感が分からないが近くまで行き過ぎても失礼なので、適当な場所で立ち止まり頭を下げる。


「勇者の子よ、よくぞ参った。お主の父は世界を救うために旅立ったが、現在その消息が途絶えてしまっている。お主が新たに勇者として旅立つ決心をしてくれた事に感謝しよう。その勇気に敬意を表し、僅かではあるが装備と軍資金を渡そう」


 王様が側近の者に目配せすると、その側近は更に別の者に指示を出して大きめの宝箱を運ばせる。最初からこいつらに指示を出せよと思わなくもないが、そういった形式も必要なのだろう。


 眼の前に置かれた宝箱を開くと、明らかに一人分では無い装備品の数々と金貨が入っていた。素人目に見てもそこまで上等なものでは無い装備だと言うことは分かるが、物語の序盤でいきなり最強装備を揃えられてもゲームが成り立たないのだ。という事はものすごい量に見えるこの金貨も、この世界の基準で言えば本当に大した事の無い金額なのだろう。


 改めてこれを持ち歩くのは大変だなと思ったが、手持ちの袋にお金や装備を詰め込むと重さや容量に関係なく全て収まってしまった。この辺りはゲームならではの便利設定に感謝だ。


「城下町には酒場がある。そこでお主に相応しい仲間を見つけると良いだろう。新たな勇者の武運を祈っているぞ」


 この見慣れた台詞を改めて聞くというのは何とも感慨深いものがあった。ともあれ王様がゲーム用の説明ゼリフを言い終えると宝箱が片付けられ、これで謁見のイベントは終了だ。


 そして俺は玉座の間を出ていき真っ直ぐ酒場へ向かう、という事はしなかった。王様の姿が見えなくなった所で方向転換し、城内を勝手に物色し始める。ゲーム脳の俺は勝手に人様の部屋に侵入してしまったが、やはりこの世界では咎められはしなかった。そして目的の木の実と薬草は俺の記憶通りの場所にあった為、それだけ回収してから酒場へと向かった。


 酒場への道1つとっても、俺にとっては感動の連続だった。なにせ夢に描いていた世界をこうして現実の風景として見ることが出来るのだ。3D作品としてリメイクしたら、きっとこんな感じだろうなという風景をそのまま体感している。


 ゲームとして見慣れた街並みの為、どこに何の建物があるかということも全て頭に入っている俺は、酒場への道を迷うことは無かった。本来の俺が生まれ育った土地以上にこの城下町の事を知り尽くしており、道端に落ちている金貨や井戸の中にある装備品の種類まで知っているのだ。今は必要無いが、場合によっては取りに行く事になるかもしれない。


 酒場に入ると途端に酒と汗の匂いが鼻を付いた。確かに冒険者が集まる酒場といった感じでは有るが、そこまで多くの人がいる訳でも無い。むしろこんな真っ昼間から酒場が繁盛していてもおかしいため、逆に今ここでたむろっている連中は何者なのかと気になる所ではある。


「いらっしゃい。ここはお酒と仲間を提供するお店よ。今日はどういった要件?」


 受付に行くとエロい格好のねーちゃんが居た為、迷わず話しかけに行く。当然そういう目的では無く、仲間を斡旋してもらう為だったのだがそこで俺は困ってしまう。なぜなら今の俺は無口設定の為、こうして二択以外の形で質問をされた時にどう答えれば良いのか分からないのだ。


 だがエロい格好のねーちゃんは勝手に仲間の募集要項が書かれた書類を出してきた。勝手に心でも読んだのかと言いたくなる察しの良さだ。受付という仕事である以上そういうスキルが必須なのか、これもゲームの世界故のご都合設定なのかは分からないが、ひとまずは有り難い事で有るため素直に受け取っておく。


 そうしてここでも俺は声に出すこと無く、男の戦士、女の盗賊、女の魔法使いの3人を指名した。すると見るからに屈強な男性、少し露出の多い格好だがよく引き締まった身体の女性、小柄なのにサイズの大きなローブを羽織った女性の3人がやってきた。


 もっと多く指名出来るかと思ったが、3人が姿を現した時点で書類を引っ込められてしまった。まぁ4人パーティというのがお約束でも有るため文句を言うつもりは無い。


「仲間として連れていけるのは3人までです。他の方をご希望であれば、どなたかと別れて頂きます」


 元々この職業の者達を希望していた為不満は無いが、しかし困難はまだ続く。3人との初顔合わせだが、流石にここでは挨拶しなければ頭のおかしい奴に思われるだろう。ここに来て本当にロールプレイする(役割を演じる)必要があるのかとも思うが、これも自分で決めた事だ。こんな序盤で例外を認めてしまっては、今後の転生世界でも設定を守る事など出来ないだろう。


 俺は覚悟を決めて3人を見渡すと、ただ一度だけ頷いてみせた。その真剣な表情と堂々とした振る舞いに3人は特に何も言わず、互いに顔を見合わせずただ頷き合うだけだった。3人とも何故かその後も自己紹介などせずに勝手に後ろを着いてくるのだが、これで良かったのだろうか。別に俺以外の人は普通に話してしまっても良い気がするんだが。


 何はともあれ酒場から出る前に王様からもらった装備品を各々に渡していると、そこで俺は視界の片隅に見慣れたウィンドウ表示が有ることに気付いた。取り敢えず仲間のステータスだけでも見ておきたいと考え操作方法を探していると、勝手にステータス画面に切り替わった。思念操作とはまた都合の良い、しかしいちいち手を動かしていては戦闘中や人目の着く所では不便過ぎるためこれで良かった。


 ステータスに関しては大体予想通り、魔法使いが初級火炎呪文を覚えていて、それ以外は戦士の体力と盗賊の素早さが高いという平凡なものだ。初級火炎呪文の名前は皆も知っているあの名前では無く、あくまでも初級火炎呪文だった。神様も著作権とか色々気にしているのかもしれない。


 もう一つ気になったのは、3人の名前だった。それぞれ戦士がああああ、盗賊がい、魔法使いがぁぃというふざけた名前なのだ。神様よ、この点だけは恨むぞ。それとも俺だけ変な名前だと可愛そうだと思ってくれた配慮だったのか。それなら最初からまともな名前の勇者に転生させてくれれば良かったのに。


 そして酒場を出てきれいな街並みを歩いて行き、遂にこの国の玄関口にまで来た。ここから俺の新たな冒険が始まるという高揚感が自然と高まっていき、頭の中では勝手にあの壮大なフィールドBGMが既に流れている。


「よっしゃ!皆、頑張ろうぜ!」


 その高揚感が仲間にも伝わっていたのか、突如ああああがでかい声でそう言っていた。あまりにでかい声だったのと、初めて聞いた仲間の声に思わず驚いて声を出してしまいそうになる。それはいとぁぃも同じだった様で、全員でああああの事を凝視していた。


「……わりぃ。我慢できず喋っちまった」


 ああああの反省の言葉を聞き、俺が会話禁止を命じていた形になっていた事に気付き申し訳なくなる。別に皆には自由に喋ってもらっていて構わないのだが、喋ることが出来ない事が災いしてそれを伝える事も出来ない。


「えっと……大丈夫じゃないでしょうか?喋ってはいけないという決まりは無いと思うんですが」


「そうだね。なんとなく勇者様に合わせてたが、あたし達までそうする必要は無いはずだよ」


 ぁぃが苦笑しながら戦士を擁護するといもすぐに賛同する。すると3人が揃って俺に目を向けてくる為慌てて首を縦に振った。


「そっか、まぁそれもそうだな。勇者様が喋れない理由もなんとなく分かるから、街で何かあったら俺達が代わりに話しを付けてやるよ」


 ああああの有り難い提案に俺は分かりやすく喜んで見せると、3人にも途端に笑顔が溢れる。実際異世界で初めての仲間ということで緊張もしていたが、このパーティならうまくやっていけそうな気がした。


 しかし俺が喋れない理由が分かるというのもどういう事なのか気になるが、あいにくそれを聞く手段は無い。もしかしたらこの世界の常識なのかもしれないが、こちらの事情を察して動いてくれるというのは非常に助かる。


 ただ国を出るというだけで色々な事があった気がするが、これでようやく冒険開始だ。取り敢えずは近くの村を目指して、そして初戦闘に備えて気合を入れていこう。

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