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心構え

 エイミさんにお願いしたテストは準備に1週間程かかるということなので、それまでは組んでもらったスケジュール通りに授業を受けておく。ただその短い間にもまた大きく変わった事がある。それは僕の実技関係の授業についてだった。


 座学と違い実技に関しては授業中に能力を認められる事で、1つ上のレベルの授業を受ける様に指示される様になる。例えば戦闘訓練であれば、明らかに自分よりもレベルの低い相手達と戦っても互いの為にならないからだ。


 そういった訳で僕は戦闘訓練以外にも魔法訓練、魔法実験、魔法付与などの実技はトントン拍子に上のクラスに進んでいった。この4つに関しては特に順調で、僕自身も手応えを感じている。他の実技もそこそこ出来ているという自負は有るけど、初心者にしてはという枕詞が付く程度だ。


「脱落するどころか頭角を現していくとはユウリらしいね」


 最初にスケジュールを見た時はかなりきついと思っていたけど、実際には大分ゆるいと感じる程だった。その結果としてどの科目も脱落しなかったけど、僕の得意分野が見えてきた事で次のスケジュールが組みやすくなったと言えるかもしれない。


 得意分野を集中的に伸ばすというこの学校方針を考えれば、先に挙げた4つ以外の科目を僕に課す必要性は薄いのだ。


「早速座学以外の科目が調整されたスケジュールも来ました。やっぱり少しずつ科目を絞っていくみたいですね」


 現時点でも実技の授業に関しては結構減らされたけど、今後どこまで減っていくかは分からない。この4科目も引き続き良い成績を残していけば、そのまま卒業まで継続する可能性もある。


「ユウリの場合、あたしやアイみたいな引き抜きも難しそうだしね。どっかが引き抜いちゃうと他から恨まれちゃうから」


「そういうのもあるんですね。出来ればゴタゴタには巻き込まないで欲しいんですけど」


 優秀な人材が欲しいというのはどこでも同じだ。突出した才能の持ち主なら、その才能を最も活かせる所が引き抜いても誰も文句は言えない。ただ僕の場合、自分で言うのもあれだけど引く手あまたという状況だ。それを独占するとなれば他が黙っていない。


「ただそうなると、もし仮に引き抜きがあってもうちは難しいかな。なんたってあたしを引き抜いたばかりだからね。ユウリも連れて行くってなったら非難殺到だよ。まぁユウリが希望するって言うなら別なんだけど?」


 アカリさんがチラチラとこちらを見ながらアピールしてくるけど、僕には一切そんなつもりは無い。あくまで自分からでは無く、本当に必要だと言われた場所に行くつもりだ。


「戦闘訓練はそんなに僕が欲しいんですか?アカリさんの個人的な願望っていうだけでなく?」


「あたしの個人的な気持ちもあるけど、本当に欲しい人材だからだよ」


「人数は結構多いみたいですけど、ハルトさん達はダメなんですか?」


「ハルトは多少マシっていう感じかな。他の人はあたしの個人的な見解だと、今のままならあまり見込みは無い」


「その辺の理由を聞いても?」


 アカリさん少し悩んでいたけど、結局その理由を話してくれた。それで僕の気が変わればという打算もあったかもしれないけど、僕としても本当に求められていると理解できればやぶさかでは無い。


「心構えっていうのかな、そういうのが無いんだよね。ハルトはまだあの事件を近くで見ていたから、多少覚悟は出来てる。でも他の人達は全然そんな経験が無いの」


「そんな事件、経験しないにこしたことは無いんじゃないんですか?」


「普通の人ならね。でも戦闘訓練をメインにやってる人の将来は、警備会社なり要人の護衛なり、場合によっては犯罪組織に乗り込む事だってある。そういう危険と隣り合わせの場所に必ず行くことになるのに、その時になって覚悟が足りなかったじゃダメなの」


 アカリさんの瞳はこれまでに見たことのない強い意志を宿していた。それと同時に、ハルトが何故あそこまでアカリさんの事を警戒していたのかも少し分かった気がする。


 他の人がどうか知らないけどハルトに関しては話を聞く限り、そして僕が話しをしたハルトの印象としても、事件が起きた時の行動には一定の理解がある筈だ。結果的にそれが最善だったとか、最重要なのは要人を守る事であるとか、そういった理屈に関しては分かっていると思う。


 それなら何故、ハルトが他の人と同様の態度を示しているのか。それはアカリさんの覚悟が、戦闘訓練に参加している人たちに対する要求があまりにもかけ離れているからだ。


 特待生が行う戦闘訓練はあくまで訓練だ。いずれ覚悟しなければならない時が来ると口で教える事は出来ても、その覚悟を決めて訓練に望めというのは学生には厳しいだろう。


 ただアカリさんはその覚悟がとっくの昔に出来てしまっているし、それを他の人に対しても要求している。それが悪いとは言い切れないけど、ハルト達はアカリさんはやり過ぎだと思っているのだ。


「あたしの考えはやりすぎだと思う?でも将来危険な目に会うのはハルト達なの」


「やりすぎとは思いませんよ。僕もその覚悟は必要だと思ってますし、アカリさんが皆の事を心配して言っているというのも分かります」


 そういう覚悟という意味なら、僕はアカリさんと同じくらいに出来ている。そして経験で言えばアカリさん以上であり、言いたいことは正しく理解しているつもりだ。結局のところアカリさんと他の生徒では見ている世界が違う為、どちらが正しいとか間違っているという話では無かった。


 何故か僕のスケジュールの話から、戦闘訓練を受けている人たちの話になってしまっていたけど、それでも僕からそこを選ぶというつもりは無かった。


 というのも今の状態で僕がそこに入っていけば、間違いなく戦闘訓練の授業はアカリさんが望む雰囲気に変わっていく。それが良いとか悪いという話では無く、その決定権を僕が持つ訳にはいかないという事だ。僕は求められた役割を演じる事を自分に課しているけど、誰か個人の為にそれをしようとは思っていない。


「まぁユウリがうちに来ちゃったら2番手の評価になっちゃうから、それだと折角の才能が勿体ないか」


「すごい自信ですね。何なら僕が全部で1番をかっさらっても良いんですよ?」


「本当に出来そうなのが怖いけど、ここだけは死守するよ。他では存分に暴れちゃって」


 アカリさんは重たい話しをした後は、決まってこういう風にふざけたことを言って、明るい雰囲気に戻してくれる。僕はこういう機転があまり効かないので、本当にアカリさんは頼もしいお姉さんだと思う。


「急にあたしの顔を見つめてどうしたの?」


「アカリさんは頼りになる良いお姉さんだなと思ってたんです」


 そういえば僕は今までの転生でも、こういうお姉さん系のキャラにはなった事が無かった。偶然なのか、僕のそもそもの性格でなるになれないのか、アカリさんを見てると後者な気がする。


「なにそれ、今更だよ?」


「否定しないんですか」


「本当の事だもん。私がそう思ってるとかじゃなくて、ユウリが褒めてくれるんならそうなんだよ」


「じゃあ頼りになるお姉さん、今日の晩御飯をお願いします」


「それは頼りにしてるって言わないんじゃない?」


 こんな冗談にも笑って付き合ってくれるアカリさんは、本当に晩御飯の準備をし始めた。というか今日は順番的にアカリさんの番なので、別に僕が顎で使ったという訳ではない。

 

 週が明け、僕はエイミさんが用意してくれたテストを受けていた。今回のテストは休みの日に軽く予習しておく程度でも簡単なレベルで、難なく合格判定を貰った。引き続き来週も、次のレベルのテストを受けるという事をエイミさんに伝え、その日の午前を終える。


 これで明日からは一旦午前中の科目は全て免除になるので、今週はずっと午後からの登校という事になる。空いた時間は勿論来週のテストに向けての勉強に費やしているけど、それだけだと息が詰まってしまう。


 そこで僕は気分転換に寮のトレーニングルームを使って汗を流す事にした。アカリさんに連れてきてもらったきりだけど、マシンの使い方も覚えているので問題ない。


「あ、こんにちわ」


「……ユウリか。今日は1人か?」


 トレーニングルームにはハルトだけが居た。学生なんだから使っていても別におかしくは無いけど、何となく戦闘訓練棟に入り浸っているという勝手なイメージを持っていた。


 ハルトは既に相当汗を掻いていて、見ると魔力の負荷だけでなく物理的な負荷もアスリートレベルの設定にしていた。しかも自分自身には強化の魔法を掛けていないので、純粋に自身の肉体がしっかり鍛えられているという事だ。


「1人ですよ。今日だけじゃなくていつも1人ですけど」


「いや、ハイロードと一緒じゃないのかと思ってな」


「ハイロード?誰ですかそれ?」


 意訳するなら高位の君主、或いは王だろうか。ロードを道と訳すとハイの意味が少し意味がわからなくなってしまうし、どちらにしてもちょっと拗らせた中学生みたいな感じの名前だ。僕がそんな恥ずかしい名前の人物と一緒に行動している訳が無い。


「ハイロードにマシンの使い方を習っていたと聞いたんだが?」


「……あの人ハイロードなんて呼ばれてるんですか」


「俺も1度ハイロードと話しをしてみたいと思っていたんだ。魔力的にも物理的にも最高負荷に設定しておきながら、自身にも高強度の強化を掛けて黙々とトレーニングする姿を目撃されている。俺はまだ最高負荷には耐えられないからな、魔力の運用にコツがあるのかと聞いてみたいんだ。もし今度会うことがあったら伝えておいてくれないか?」


「……僕も偶然会っただけなので保証できませんけど、それでも良いなら」


「それで良い。ありがとう」


 状況を察するにハイロードとは偽装魔法を掛けたアカリさんの事で、ロードは(Lord)では無く負荷(Load)という事らしい。高負荷、尚更ダサい名前だ。


 ハルトはそれだけ僕に伝えると満足したのか、再び己の肉体を苛め始めた。僕は女子小学生の身体なので、肉体的にそこまでの負荷は掛けられない。そもそも勉強の気分転換がメインなので、身体を鍛えるというより、軽い運動と魔力制御の練習程度で十分だ。


 魔力負荷だけは高く設定しておいて、軽い負荷のサイクリングマシーンを漕いで汗を流す。途中でハルトは何か言いたそうにこちらを見ていたけど、結局何も言わずにトレーニングルームを後にしていた。


 30分程マシーンを漕いで満足した僕は、部屋に戻って汗を流すためにシャワーを浴びようとした。そしてそこである事に気付く。


「やば……このシャツ、汗でめっちゃ透けてる……」


 思えばハルトはそれを指摘しようとして、しかし子供とは言え女の子にそれを言うのを躊躇って、何も言わずに部屋を出ていったという事だ。前回のトレーニングや、今までの実技ではあまり汗を掻かなかったし大丈夫だと思うけど、次の休みにアカリさんを誘ってトレーニングウェアを買いに行こう。

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