お泊り
晩御飯の支度を終えて3人で食卓を囲む。当然僕が作ったパスタも好評で、2人はあっという間に食べ終わってしまった。もっとゆっくり食べないと身体に悪いんだけど、喜んでもらえたのなら何より。
「明日の朝はあたしが作ってあげるからね」
「え、姉さん料理出来る様になったんですか?」
「ユウリに教わったから大分マシになった筈だよ」
「たまに挑戦的な味付けをしますけど、狙ってそういう事をしなければ美味しいですよ」
アカリさんは初めて会った時と比べてかなり料理上手になっている。たまに変な味付けが出てくるのもあえて挑戦しての事だし、致命的なものが出てきたことはまだ無い。
いつもならばこの後僕とアカリさんは一緒にお風呂に入るのだが、流石に今日はアイさんも居るので別々に入る。そう思っていたんだけど、やっぱりアカリさんはいつものルーティンを崩すつもりは無かった。
「アイ、久しぶりに一緒にお風呂に入ろうよ。勿論ユウリも一緒に。きっと驚くよ」
「いや流石に……姉妹水入らずを邪魔する訳には」
「私は別に構いませんよ。むしろ姉さんを1人で相手にするのは大変なので、一緒に入ってくれると有り難いです」
アイさんが懇願するような表情で言ってくるので僕は断りきれなかった。僕に対してもスキンシップが過剰なアカリさんは、妹が相手だと更にエスカレートするらしい。アイさんが風呂場で昇天してしまわない様に監視しておく必要がありそうだ。
そう、これは監視だ。決してやましい気持ちがある訳ではないのです。いくらアイさんの身体が凄いとは言え、今の僕は女だ。同性だから少し羨ましいというだけであって、それ以上の感情は無いったら無い。
「またおっきくなったね。もう手に収まりきらないじゃん」
「職場では隠すのが大変なんですよ。それこそ入所してから偽装魔法をずっとかけっぱなしです。こうして誰も居ないところで無いと、魔法を解くことも出来ないんですから」
「あ、そうか。僕には偽装が効いてないから変化が分からないのか」
「う……私の胸も最初から気付いてたんですね」
「そっか、じゃあ別に驚くような事も無かったね」
いやいや充分驚きました。まぁあまり言いすぎると多分アイさんが恥ずかしがるので、僕からはその事に触れない様にしておこう。
ただそれでもどうしても気になってしまうので、僕はそこから意識を背ける為に何か別の話題を探す。そこで折角魔法開発研究所にスカウトされたエリートと知り合えたのだから、アイさんの事を色々と聞いてみる事にした。
「魔法開発研究所って、具体的にどんな事をしてる所なんですか?」
「一口に開発って言ってますけど、新魔法を作り出すだけではありません。これまでの魔法の改良や、魔法による機械や環境への影響の調査等もうちの仕事になります。私個人の主な仕事は、新魔法の開発と改良なので、一般的にイメージされる内容のものがほとんどですね」
「アイは魔力の才能だけじゃなくて、学校で魔法式の授業も凄い優秀だったからそういう仕事に回されたんだよね」
ただ才能が有るだけでなく、学業もしっかりとこなしていたからこそのスカウトという訳だ。才能に奢らず努力をしていた事の証明と言える。
「そういえば学生の時に新魔法を作ったんですよね?それでお披露目会を……と、すみません」
「気にしないで下さい。あれは仕方のないことですし、むしろ姉さんの方が」
「それこそ気にし過ぎだよ。別にあたしは怪我もしてないし、死人もいなかったんだから結果オーライで良いんだよ。そういえばユウリには、最後どうやってその場を収めたのか話してなかったよね?そこでアイの新魔法が出てくるんだよ」
どうやら事件は増援が来て犯罪組織を制圧したという訳では無く、アイさんの活躍によって解決していたらしい。
「ただその魔法も本当はお披露目だけだったんですが、人に対して使ってしまったのでその後は使用に関する制限が掛けられてしまいました。相手も殺さずに制圧出来たんですが、威力が大きすぎたんです」
「それはすごいですね。どんな魔法だったのか聞いても大丈夫ですか?」
「データベースを調べれば出てくる程度のものなので大丈夫ですよ。使った魔法は相手に強烈な冷気を吹き付ける魔法で、これによって人の動きだけで無く、武装していた武器も凍らせて反撃出来なくしたんです。私はこの魔法を、上級氷結呪文と名付けました」
僕は思わず声を上げそうになったのを何とかこらえる事が出来た。魔法という言葉があるこの世界で、わざわざ呪文という名前を付ける事の違和感もそうだけど、何より僕が初めて転生した世界で用いられていた呪文の名前と同じだった。とは言っても全くの偶然である可能性が高いので、それとなく聞いてみる事にする。
「呪文……ですか?あまり聞き慣れない言葉ですけど」
「新魔法に対して開発者が自由に名前を付けられるんですけど、新しい魔法には全てこの呪文という名前を付けるようにしてるんです。すぐに私が作ったものだと分かりますからね。ちゃんと商標も取ってるので、誰かに使われるという事もありません。後は規模を調節して、初級、中級、上級と細分化することで、簡単に新魔法を3つ作る事が出来るんですよ」
「ずるいような気もするけど、皆やってる事だからね。似たような魔法に違う名称を付けて登録するのって。その分登録審査も厳しくなるんだけど」
「開発中に偶然目指してたものと違う魔法が出来る事もありますから、そういうものが埋もれてしまわない様にという配慮です」
アイさんの言葉からその真意を掴む事は出来なかった。とは言えこれ以上突っ込んだ質問をして、墓穴を掘る用な事があってはいけない。まだ僕がこの世界で何をすべきか決まっていない中で、不用意な事をするべきでは無い。
いくら僕が察しがいいとは言え、その察しの良さが身を滅ぼす事だってある。勘の良い子供というのは色々嫌われやすいというのがお約束だ。
「ユウリ、大丈夫?またのぼせちゃった?」
「あ、いえ大丈夫です。でもそろそろ上がりますね」
ちょっと考え事をしていたらアカリさんに心配されてしまった。つい最近も介抱してもらったばかりなので気を付けないといけない。
風呂から出て着替えて後は寝るだけ、流石にアイさんはアカリさんの部屋で寝るだろう。と思っていたら2人とも僕の部屋にやってきた。何故とは思うけどもうここまで来たら今更だ。アカリさんのデレデレモードは僕にもアイさんにも止めようが無い。
「……何でアカリさんが真ん中じゃないんですか?」
「本当はあたしも2人に挟まれて寝たいよ。でも明日の朝食を作るから早めに起きないとだし、2人を起こしちゃうと悪いから」
そう言うなら別のベッドで寝れば良いだけなんだけど、それを言ってもアカリさんは拒否するだろう。結局一番身体が小さいからという理由で僕を真ん中にして、3人で並んで寝ることになった。
アイさんも向こう側を向いてくれれば、せめて仰向けで寝てくれれば良いのに、僕の方を向いているので吐息と柔らかい胸が近くてどうしても気になってしまう。アカリさんはいつも通り僕を抱きまくらにしながら、真っ先に寝息を立てていた。
「……寝付けない」
「すみません、姉が色々と」
「まぁいつもの事なんで大丈夫ですよ。アイさんこそ、いくらなんでも初対面の人と一緒だと気疲れしませんか?」
「ありがとうございます。不思議とユウリさんは大丈夫ですよ。姉さんが信用しているというのもありますけど、なんだか今日が初対面という感じがしないんです」
今の僕は、誰に対しても敬語で、どちらかと言えば人と距離を置くような振る舞いをしている。それにも関わらずアイさんからは好印象を得ている様だった。
アイさんもどちらかというとそういう向きがあるので、もしかすると親近感が湧いたのかもしれない。ただそれでも1つ気になっている事があった。
「僕は歳下なんですから敬語じゃなくても良いですよ」
「これは癖みたいなものなので。ユウリさんもこれだけ仲良くしているんですから、敬語を辞めて貰っても良いですよ?」
「僕も癖なので。それにアイさんにだけ敬語をやめるとアカリさんがうるさそうです」
「あ、それはちょっと面白そうですね。どうでしょう?明日の朝いきなり私達が互いを呼び捨てで、しかもタメ口で話してみるというのは」
「えぇ……まぁ良いですけど」
絶対に面倒なことになるなと思いながらも、何となくアイさんの提案に乗ってみる事にする。悪巧みをしているアイさんは同性であっても思わずドキドキしてしまう程、今日一日で一番可愛い表情をしていた。
翌朝僕が目を覚ますと、結構な力で抱きしめられていた。アカリさんは宣言通り先に起きて朝食の準備をしているので、抱きしめてきている人物はアイさんという事になる。アイさんはすごく柔らかいので、男の身体だったら大変だっただろうなと思いながら優しく起こす。
「アイ、もう朝だよ」
「うん……おはよう、ユウリ」
寝ぼけた頭であっても互いに昨夜のいたずらを忘れていない。今のうちからこの話し方を練習しておく事で、自然な流れでアカリさんの前で演技出来るようにしておく。
「2人ともおはよう!起きたら2人が仲良さそうに寝てたから、お姉さんはすごい嬉しいよ」
「昔からよく姉さんが抱きついてくるから、私にもその癖が感染っちゃったんですよ。ごめんね、ユウリは嫌じゃなかった?」
「ん?」
「別に嫌じゃないよ。アイの身体は柔らかいから抱きつかれても気持ちよかったし」
「んん?」
「ねぇユウリ。後で私にも料理を教えてくれない?姉さんほどじゃないけど、あまり得意じゃなくて」
「良いよ。アイは何か作ってみたい料理とかある?今日は休みだし、後で一緒に食材の買い出しに行こうか」
「ちょっとちょっと!え?いつの間にそんなに仲良くなったの?知らない間に何があったの?」
「別に何も無いですよ?」
「アカリさん、目を離してると卵が焦げちゃいますよ。アイ、料理の邪魔をしないように向こうでテレビでも見てよっか」
「うん、そうしよっか」
そうして僕とアイさんはテレビを付けると、ぴったりくっついてソファーに座る。見ていなくてもこちらにまで伝わってくる程アカリさんの動揺が伝わってきており、何かが焦げた匂いが漂ってきた所でネタバラシをする。
「もー!びっくりしたよ!でもこれっきりの冗談じゃなくて、本当に2人がそれくらい仲良くなってくれると嬉しいんだけどな」
「意外と違和感無く話せたし、私は良いかも。ユウリは?」
「まぁ、僕も……平気だったかな。じゃあ改めてアイ、よろしくね」
「よし!じゃあついでにあたしの事も呼び捨てで!」
「それは遠慮します。ところで朝食はまだですか?」
「呼び捨てで呼んでくれない割に態度が大きい!」
しくしくと大げさなリアクションをしながらアカリさんは朝食の準備に戻ると、もう殆ど用意出来ていたようで皿に盛り付け始めている。
「ユウリ、ありがとね。あの事件以来、姉さんが私以外にこんなに表情を変える事ってあんまり無かったから」
「いえいえ、僕は何も。むしろアカリさんの方から心を開いてくれたから、僕もここまで冗談言えるんだよ」
「そうなの?でもいきなり姉さんがそんな態度になるなんて、やっぱりユウリに何かあるんだと思う」
「何の話ししてるの?お姉ちゃんも混ぜてよ」
アイの言う通り僕としてもアカリさんが楽しそうに笑っていると嬉しいし、騒々しい朝食になってしまったけどたまにはこういうのも悪くない。ちょっとだけ焦げた料理は僕たちのせいでそうなってしまったので、文句を言わずに食べた。




