魔法の才能
思わずアイさんのアイさんに釘付けになってしまいそうになるのを何とか我慢して、改めてアカリさんの方に向き直って質問をする。
「アイさんの護衛ですか?」
「そうです。それと今日の助手を務めてもらう予定ですので、警戒しないで下さい」
何故かアカリさんは喋らないけど、護衛をしている時も普段学校でいる時と同じモードでいるつもりなんだろうか。僕がそれ以上アカリさんに話しかけてボロを出さないように、アイさんが僕に話しを振ってくる。
「ユウリさんの事は姉から聞いてますよ。魔力が多くてとても頭が良い、優秀な方だそうですね」
「あはは、そう言われると少し恥ずかしいですね」
どうやらアイさんもここに来る際に、僕のことについては多少調べてきている様だ。とは言ってもまだ検査もしておらず、授業もまともに受けていないので知れる情報は限られている。そんな中で、姉から聞いた僕の情報というのが、アイさんの中で重要度の高いものとして認識されていた。
「では早速検査を始めましょうか」
「あの、他の職員の方は?今回は2人だけですか?」
「今回修理と合わせて式の中身を微調整させてもらいます。その中に守秘義務が含まれる部分もあるので、念のため他の方には外してもらいました。私達だけで機械の操作は出来るので大丈夫ですよ」
「僕がその部分を見てしまう可能性は良いんですか?」
「見て中身が理解出来るなら、うちで引き取らせてもらいます」
うちで引き取るというのは、魔法開発研究所にスカウトするという意味で合っていると思う。いくら僕でも、まだまともに勉強していない魔法式を見ただけで理解するというのは無理だろう。ただアイさんの目は冗談を言っている様には見えないし、場合によっては本当に僕は引き抜かれるかもしれない。
何にせよ検査をしないことには始まらない。またあの恥ずかしいスーツに着替える事になるけどアカリさんには毎日裸を見られてるし、その妹のアイさんなら別に見られても構わないか。
「綺麗な肌ですね。姉さんが夢中になるのも分かります」
「やっぱりアカリさんはそういう趣味があるんですか?」
「どうでしょうか。私に対しては姉妹のそれだと思っていたんですが、ユウリさんにもとなると……」
本人を前にしてこんな話題を振ってくるとは、アイさんも中々エグいじゃないか。悪ノリする僕も僕だけど。
かしましくしつつも僕はすぐにスーツに着替え、機械の上で横たわる。すると僕の身体に電極を付ける前にアイさんが機械を弄りだした。
「電極を付けないんですか?」
「一応最終チェックをしてます。以前は電極を付けた瞬間に魔力を吸い取られたんですよね?その辺りの誤作動の防止と、その他の干渉を防ぐ式を追加しました」
アイさんの最終チェックが終わった所で、アカリさんが僕の身体に電極を付けていく。お風呂の時の様なあからさまな触り方は流石にしてこなかった。
それからすぐに検査が始まり、魔力が抜き取られていく感覚が身体を襲う。前回はすぐに気を失ってしまったけど、当然今回はそうはならずにあっという間に作業を終えた。
「これだけですか?」
「身体は何とも有りませんか?」
「全然平気ですね」
「流石ですね。急に魔力を失って具合が悪くなる人も稀にいますし、そうでなくとも少し違和感が出る人がほとんどなんです。総量が桁外れな分余裕があるんでしょう」
「そのユウリが気を失うほどの魔力を吸われたって、一体どれだけヤバい魔法を仕込んでたんだか。もっと痛めつけておけば良かった」
「守秘義務ですよ?」
怒りから思わず喋りだしたアカリさんは、あからさまに目を逸らしている。僕は知っていたけどとりあえず知らんぷりをしておこう。というか何故あれでバレないと思っているのか分からない。
「ま、まぁユウリは信用してるからね。バレても大丈夫大丈夫」
「そうですか。姉さんにそこまで言わせるなんて、この検査とは別にユウリさんに興味が湧いてきました。ただ魔力が多い少女、という訳ではなさそうですね」
「結局バラすんですか。最初から気付いていないフリをしていた僕の努力は一体?」
僕がやれやれと首を振ると2人は驚いたようにこちらを見てくる。何かあったのだろうか。
「最初からってどこから?もしかしてここに入ってきた時?」
「それもそうですけど、事件で助けてくれた時も分かってましたよ」
「うっそ……偽装魔法が効いてなかった?」
「姉さん、もう一度掛け直してみて下さい」
2人が明らかに動揺しながら何かやり始めたけど、僕にはアカリさんが早着替えしたようにしか見えなかった。顔をマスクで覆って忍び装束のようなものを着ている、いわゆるステレオタイプの忍者だ。
「ユウリには今どう見えてる?」
「アカリさんが変装してるなって。というか目の前で着替えられてもバレバレですが……」
「いえ、私にはとても姉さんには見えませんし、声だってノイズが走った様な、大昔の通信機器越しに会話をしている様に聞こえてます。偽装魔法は完璧に発現しています」
この2人はそれぞれ、魔法を作る事と魔法を使いこなす事においてはトップレベルだろう。そんな2人が魔法は正しく発現していると認めているにも関わらず、僕にはその効果が現れていなかった。
「……今は考えても分かりませんね。私も姉さんの言葉を信じてユウリさんの事を信じますので、この事は他言無用でお願いします」
「勿論です。誰にも言いません」
「ありがとうございます。すぐに検査の結果が出るので、着替えて待っていてください」
アイさんが機械の操作をしている間に僕は言われた通り着替える。アカリさんが覗いてくるのも咎めずに、逆に丁度良かったと質問をしてみた。
「あの偽装魔法なんですけど、僕には忍者の様な姿に見えました。アイさんは姉さんには見えないって言ってましたけど、一体どんな風に見えていたんですかね?」
「その時によって変わるから何とも。いくつかのパターンからランダムで生成される様にしてたんだけど、ユウリにはただ変装しただけにしか見えてなかったと。この魔法もアイが新たに式を書いた魔法なんだよ?」
「もしかしたら、当時は気付くことが出来なかった穴があるのかもしれません。帰ったら今一度この式を見直してみます」
僕たちの会話を聞いていたアイさんの言葉は、少しだけ悔しさが滲んでいる様に感じた。もしかしたらプライドを傷付けてしまったかもしれないと思っていると、アカリさんがすぐにフォローしてくれる。
「別に気に病まないで良いんだよ。こうやって魔法は日々改良されていって、どんどん精錬されていくんだから。そんで、魔法開発研究所はそれが主な仕事なの。アイにとってはこんなの茶飯事だよ」
「私の式が破られたというのは初めてですけどね。公式の場だったらニュースになりかねない事ですが、そんな事にはなりませんので安心して下さい。これは姉さんの為に作った魔法で、一般には公開していないものですから」
一般に公開されていない魔法だから、公式なものでは無いという事らしい。これだけ名のある人物が作った式に不備があったとなれば、それだけで社会的に話題になってしまう。大衆向けのものでは無く、自分の趣味で作った程度のものであれば不備があったとしても問題は無い。
「結果が出ましたよ。これは……かなり凄いですね」
「うわー予想してたとはいえ、ここまでか……」
僕はその結果が映し出されたパネルを覗き込むと、8つの項目が書かれたグラフが画面上部まで伸び切っていた。それぞれの項目の意味は説明してもらわないと分からないけど、全項目で最大の数値を示しているという事は分かる。
「ちなみになんですけど……ここまでのグラフ、前例は?」
「ないです」
「ある訳無いよねー……どうする、改ざんする?あたしはその方がユウリの為だと思うけどなぁ」
堂々と不正を宣言するアカリさんだけど、それに反対する声は上がらない。僕だって面倒事に巻き込まれたくないし、アイさんも僕の心情を汲んでくれていた。
「念のためにもう一度検査をしておきましょう。それでも結果が同じなら、全ての項目の評価を少し下げて報告しておきます。綺麗な円になったのは偶然、それ以上に実技で結果が出てしまったら有り余る魔力のおかげ。これである程度誤魔化せると思います」
アイさんの言う通りもう一度着替えて検査をするけど、やっぱり結果は同じだったので3人で不正をすることになった。僕のせいで2人にもその片棒を担がせてしまうのは申し訳ないけど割り切るしかない。
その後はあまり遅くなっても学校側に怪しまれるのでさっさと検査室を出ていく。再びアカリさんはいつものツンツンモードに戻ってしまい、アイさんも学校に報告があるという事で僕は2人と別れて寮に帰った。
「改めて見ると結構項目が多いんだな……」
8種類ある検査項目の中で僕が知っていた項目は形質変化だけで、魔力の総量はこのグラフでは評価されていない。
それ以外の項目は遠隔、自己、複合、強度、持続、精密、浸透の7種類。何となく字面で分かるものもあるけど、複合とか浸透なんていうのはよく分からない。形質変化だって偶然聞いた事があっただけで、言葉を聞いただけではどんなものなのか分かりにくい。
「ただいまー」
「お邪魔します」
「お帰りなさい。あ、アイさんも来られたんですね」
「学校側から許可をもらって寮に入れてもらいました。研究所も護衛が付いていると知っているので、何も問題ありませんよ」
僕が聞いてないことも先に話してくる辺り、多分少し無茶を言ったのだと思う。でも久しぶりに姉妹で一緒にいられる機会なんだし、それくらい大目に見てくれてもいい筈だ。案外学校と研究所が配慮した結果なのかもしれない。
「でしたらお二人はゆっくりしてて下さい。僕は晩御飯の準備をしてますので、アイさんも食べていかれますか?」
「食べていきなよ。ユウリの料理すっごく美味しいんだから。っていうか週末だし泊まっていきなよ。ホテルはキャンセルしといて」
「ちょっと、分かりましたから」
すごい勢いでアカリさんが迫っていき、アイさんはたじたじだった。妹というだけあって僕の時以上にグイグイ行くんだなこの人。
「アイさんは何か食べたいものはありますか?ある材料で出来る限り応えますよ」
「じゃあ、パスタが食べたいです」
「やっぱり姉妹ですね。今日の材料なら……クリーム系で良いですか?」
支給される食材の中に生クリームが入っているのを見つけた僕はそれを使い切ってしまう事にした。というかお菓子作りでもしないと、生クリームなんて使い道が難しすぎやしないか。もしかしたら使い方を調べて料理のレパートリーを増やせという、学校側からの指示なのかもしれない。
パスタとスープ用のお湯を別々の鍋で沸かしている間にソースを作ってしまう。今回は先に言ってしまうと、カルボナーラを作るつもりだ。
本当はここで僕のお料理教室を展開したかったんだけど、それは割愛させてもらう。それよりも僕は料理をしながら、アカリさんのデレデレモードが気になって仕方がなかった。
アイさんもアイさんで、たじたじではあるものの満更でもなさそうだ。幸せそうな2人を見て僕は晩御飯を食べる前からお腹いっぱいになってしまった。




