事件
僕は気が付くと台車の様なものに乗せられて運ばれていた。台車の様なものと言ったのは魔法によって宙に浮いた担架といった感じのもので、正式な名称は分からないからだ。状況的に僕が検査中の事故で気を失い、医務室に運ばれている途中という所だと思う。
「気が付いたの!?でも今はそのままじっとしてて!」
僕の知らない人たちが数人近くに付いている。白衣を着ているので多分保険医の先生方だと思う。取り敢えず僕はその人達の言う通り、安静にしながら先程起きた事についてゆっくり考える。
考えた所で分かる事はあまりないけど、エイミさんの叫び声から僕が魔法を使ったのだという推測は出来る。使ったと言っても僕には全く自覚が無いし、使い方も分からない為暴走したという方が正しいかもしれない。
医務室で僕が診察を受けている間に、偉そうな男と数人の取り巻きらしき連中が集まってきていた。その中にエイミさんの姿は無く、多分現場に残っているか別の場所に報告しに行っているんだと思う。
「身体、魔力共に異常はありませんでした。もう動いて頂いて平気ですよ」
「はい、ありがとうございます」
保険医の先生はそれだけ言い残すと全員部屋を出ていってしまった。それと同時に先程医務室に入ってきた偉そうな男たちが近づいてきた。ここからはこの人達が僕の話し相手という事だろう。
「特に異常は無いようで安心しました。お話は出来ますか?」
「大丈夫です。貴方は?」
「私はあの装置の開発責任者です。では早速聞かせて下さい。何故勝手に魔法を使用したんですか?」
どうやら事故の原因調査の為に事情を聞きに来たという事らしい。らしいが、その口ぶりから事故の責任を僕に押し付けたいという魂胆が丸見えだった。
「分かりません。僕はまだ魔法の使い方も習っていないので、そもそも使えません」
「本当に?後で嘘だったとなると色々問題になりますよ。あの装置は高額なものなので、補償問題になると両親にも迷惑が……」
「は?何で僕が嘘を吐く必要があるんですか?」
正直僕はこの時点でかなり苛ついていた。子供である僕を言い訳に使おうとしているだけでなく、両親の存在までちらつかせて脅しかけてきているのだ。
僕の問題だけで済むのなら大人の対応をして笑って済ませてあげても良かったけど、家族にまで迷惑がかかるとなれば話しは別だった。
「いいかい?魔法の使い方が分からない子供があの装置を簡単に壊せる程、脆い構造はしてないんだ。それに魔法は意図しない限り、勝手に発現したりはしない」
なるほどそれは知らなかった。しかしそう言われた所で僕は本当に知らないし、こちらから言わせれば子供が壊せる程度の脆い構造をしている装置がそもそも悪い。
「つまり僕がわざと破壊したと、そう思ってるんですね?」
「おっと。そう反抗的な目をしないでくれ。君の魔力が多いというのは知っているが、調子に乗るのは良くないよ。魔法は魔力の量だけでは無いんだ。君ぐらいの年齢の子が勘違いすることはよくあるけどね」
その瞬間の僕は、僕自身の制限を解除する事まで選択肢に入れていた。制限の解除とはつまり、前世までで培った技能を使うという事だ。
今は子供の身体とは言え、魔力の多いこの身体ならば出来る事はかなり多い。それこそ最初の転生で覚えた上級電撃呪文だって簡単に使うことが出来るだろう。
いざという時の自衛手段としてそれはやりすぎかもしれないけど、多くの転生でそれ以外にも便利なスキルや魔法の類は多く持っている。最低限護身術程度は今のうちに解除しておいても良いかもしれない。
「検査中に魔法を使用してはいけないとか、そういった注意事項も無かったんですが?」
「ならエイミくんも注意しなければならないな。でも君が装置を壊したという事実は変わらない。子供である君に責任を押し付けるという事は無いから、出来れば本当の事を話して欲しい」
「知らないものは知らないです。僕は魔法を使えません」
「それなら直接身体に聞くしか無いかな。君たち、この子を抑えなさい」
男の言葉に合わせて取り巻き2人が襲いかかって来た。僕は身を起こして逃げ出そうとして、まだあの窮屈なスーツに包まれたままだということに気付いた。服も検査室で脱いだままで、流石にこの格好のまま部屋の外に出る訳にもいかない等と呑気な事を考えている余裕さえある。
何故なら既に僕を取り押さえようとした2人の男は倒れているからだ。
「すみません。着替えを取りに行きたいんですけど、この格好だと恥ずかしいので上着を借りても良いですか?」
「な……一体何をしたんだ?」
「え?僕は何もしてませんよ。ところでこちらの2人は何で倒れているんですか?」
「化け物め!」
男がこちらに向けて手を伸ばしているけど、その手は僕を捕まえようとしたものでは無かった。男の手のひらには何も無いようでいて、何かが存在している様な違和感がある。それが魔法を使う兆候なのだとすぐに理解して、男の動きを止めようとした。
「させません」
そこに僕が動くよりも早く顔を隠した何者かが飛び込んできた。その人物は目にも留まらぬ速さで男の腕を捻り上げると、あっという間にその身体を拘束していく。
「装置を暴走させ、開発者を失脚させようという貴方の狙いは失敗です。大人しく取り調べを受けて下さい」
「待て!何かの誤解だ!私はそんな事していない!」
「それは取り調べの時に聞かせてもらいます。どちらにしても、児童暴行の現行犯ですから強制連行させてもらいます」
声からして男を拘束したのは女性だと思われる。その女性が男の首を一瞬で締め上げ、あっという間に意識を奪った。
「助けてくれてありがとうございます。お名前とかは聞かないほうが良いですよね?」
「こちらに倒れている2人は貴方が?」
「いえ、僕にはさっぱり。貧血じゃないですか?」
当然2人が倒れているのは僕の仕業なんだけど、それは言わないでおく。本当は一瞬だけ引き継ぎ設定をオンにして、以前の世界で覚えた空気を操る魔法を使い2人を失神させていた。
直接相手に魔法を掛けるタイプのものだと、この世界の技術なら検査で何かしらの痕跡がバレてしまいかねない。でも空気に作用するものなら影響は残りにくいので、多分バレないと思う。現場を見られてしまった事で多少不自然さは出てしまったけど、それでも追求される事は無いと思いたい。
女性は倒れた2人を拘束しつつその身体を調べているけど、多分僕の魔法はバレていない筈だ。この世界の魔法とは体系が違うんだから、普通に見ても分かるはずは無い。
「……とにかく無事で良かったです。私はこの主犯格を連れて行きます。すぐに他の教員がこちらに来るので、その指示に従って下さい」
「分かりました」
女性は自分よりも大きい男を軽々と抱えあげると部屋を出ていく。それからすぐにエイミさんや他の教員達が医務室に駆けつけ、僕は保護される形で部屋を後にした。
その後の顛末をエイミさんに聞くと、やはりあの男が装置に仕掛けを施していたとの事だ。あの装置は検査の為に微量の魔力を吸い上げるのだが、そのリミッターを完全に取っ払って無尽蔵に魔力を吸収する様にしていたらしい。魔力を大量に失った者は身体に異常を来たし、最悪の場合は死に至る可能性もある。
男が何故その様な事をしたのかと言うと、装置の開発者を陥れる為だったと言う。本人は装置の開発責任者だと言っていたが実際には嘘で、正確には副責任者という立場にあったそうだ。何かしらの恨みがあっての事だと思うが、そこについては僕はどうでも良いためあえて聞き流した。
「それとユウリさんが魔法を使ったという疑惑も解消されました。疑ってしまってすみません」
「いえ、それは気にしてません。実際には何があったんですか?」
「あの魔法は元々装置に備え付けられていた安全装置だった様です。意図していない挙動を起こした場合に作動し、装置を安全に止めるものだと聞きました。私達もそんな機能が組み込まれている事は知りませんでしたから、見たことも無い魔法が発現したのでユウリさんを疑ってしまいました」
どうやら検査装置の開発者は、誰にもその機能について教えていなかったらしい。誰も知らない機能だからこそ今回の様に、誰かが悪用しようとしても安全装置の対策をされないという事だ。そのおかげであの男の仕掛けが途中で止まったのだから、その開発者には感謝しなくちゃいけない。
「ただその装置が壊れてしまったのも、ユウリさんが持つ大量の魔力が原因である可能性が高いです。勿論ユウリさんに責任はありません。しかし替えの装置が無いので、しばらく検査は保留という事になりそうです」
「そうですか……そうなると、僕の授業に関してはどうなりますか?」
「そちらは心配しないで下さい。まだ採点の途中ですが、とても優秀な結果が見込めるので悪いことにはなりません。後ほど改めて連絡するので、今日の所は一旦帰って休んで下さい」
「分かりました」
入学初日から大変な目にあった事で、僕も多少疲れていた。でも取り敢えずテストが問題無さそうだと言うことで少しだけ安心し、言われた通りすぐに帰路に付く。すると校門から出た所で誰かが走ってくる音が聞こえた。
「おーい、ユウリ!一緒に帰ろう!」
「アカリさん?もう授業とか訓練は終わったんですか?」
「いや?でもあたしはユウリと同室だから、今回は特別にね。色々大変だったって聞いたよ。何も無いとは思うけど、これでも結構強いから今日明日は護衛って事でね」
アカリさんは戦闘訓練を重点的に課されているだけあって、将来的にもそういった仕事に就くのだろう。多分僕の護衛というのも、実施訓練を兼ねて認められているんだと思う。
「そういう事でしたらお願いします。頼りにさせてもらいますね」
「何でも頼ってくれて良いよ。あと、お昼はごめんね。学校内だと色々あって……」
「それは大丈夫です。何か事情があるというのは何となく分かるので」
「流石ユウリ、何でも分かるんだね」
学校と寮はすぐ近くにあるためそんな会話をしていたらすぐに部屋まで帰ってきてしまった。しかしこのまま特にする事も無く、何をしようかと考えているとアカリさんが唐突に風呂に入ろうと誘ってくる。
僕も色々あって汗も搔いていたので、特に何も考えずにその提案を受け入れた。しかし風呂に入るなりアカリさんに全身隈なく触診される。
「あ、あの……何してるんですか?流石にちょっと恥ずかしいんですけど……」
「いや、ユウリの身体に何か異常が無いかチェックをね。医務室で診て貰った後に襲われたんでしょ?その後に改めて検査はした?」
「してませんけど……」
「だからこうしてチェックしてるの。特殊な魔法の使い手だった……って聞いたから、万が一があるといけない」
僕の中にはあの男がそこまでの脅威だったのだろうかと言う疑問が湧いていた。もっと危険な戦場やらをくぐり抜けて来た事もあるので、あまりそう感じていなかった。ただもしかしたら、この世界の魔法は僕の想像以上で、あの男も僕が分からないだけで腕利きだったのかもしれない。
そう心配されてしまっては、たとえ多少セクハラじみていたとしてもこの触診を断る事は出来ない。ただ少しばかりの反撃はしておくことにする。
「そういえば僕を襲った男を倒してくれた人、すごく格好良かったんですよ。顔は見えなかったんですけど、声からして多分女性だと思うんですよね。出来ればお礼を言いたいんですけど、どなたか心当たり無いですか?」
「え!?いや、あたしはほら、人付き合いとかあんまり無いし、ちょっと分かんないかな……」
「そういえば一部の学生も治安維持に参加してるとは聞きましたけど、ああいった犯罪に対しても学生が動くんですか?格好良かったけど、大人って感じでは無かったと思うし、あの人も学生だと思うんですよね」
「あはは……もしかしたらそうかもね……はい!触診終わり、異常無し!そろそろ出て晩ごはんにしよう!」
アカリさんは誤魔化しながら風呂を出て行く。もう今更言う必要も無いかもしれないけど、僕を助けてくれたのは間違いなくアカリさんだ。いくら顔を隠して声色をちょっと変えていても、あの身のこなしと目付きだけで僕には分かる。僕は察しが良いんだ。