テストと検査
昨日食事を取った後はまたもアカリさんと一緒に風呂に入り、やはり一緒のベッドで寝ることになった。もしかすると僕が断らない限りずっとこのままかもしれない。別に迷惑している訳じゃないので一向に構わないんだけど。
翌日は特にどこかに出かけるという用事も無かったので、この日は勉強する事にした。勉強するのは主に地理や歴史といった、いわゆる社会の科目が中心だ。
僕が転生してきた異世界に学校教育が存在していた場合、ほぼ全ての異世界において国語と算数と社会の3教科は存在していた。外国語もあるにはあったけど僕には全て日本語に変換されるので意味がない。理科に当たる教科は異世界の文化によって科学的だったり、或いは宗教やオカルト染みているものなど様々だった。
そしてこの世界にもやはり基本3教科プラス外国語は存在している。国語と外国語は言わずもがな、算数も小学生レベルならわざわざ勉強する必要も無い。高校や大学レベルまでいった時に復習すれば問題無かった。
一番厄介なのは理科に相当する教科で、僕が元いた世界よりも科学が発展している上に魔法という存在まで複雑に絡んでくるので、独学では勉強しきれなかった。
「勉強してるの?偉いねー」
「休みの日もちょっとくらいは。アカリさんはどうなんですか?」
「もしかして馬鹿だと思ってる?こう見えても結構出来るんだよ。なんなら教えてあげよっか?」
「あ、じゃあ魔法科学をお願いします。歴史とか地理は覚えれば良いだけなので、後回しで大丈夫です」
「うわー頭の良い人の発言だー。その覚えるだけの事に苦労している人も大勢いるんだよ」
そんな事を言い合いながらアカリさんに勉強を見てもらう。出来が良いと自称しているだけあって、アカリさんの教え方は丁寧で、要点が分かりやすくまとまっていた。
「まぁこの分野はアイに負けない様に頑張ったからね。でもユウリはアイが苦戦してた部分と逆の所に苦戦してるんだね」
「逆のところですか?」
「魔法科学って、基本的に科学が下地にあってそこに魔法の要素が含まれていくっていう考えなんだよね。ユウリは科学の部分は説明するまでも無く分かってるのに、魔法の事は全然初心者みたい。アイはその逆だったの」
アイさんは僕より3つ年上という程度の若年にも関わらず、魔法開発研究所という所に勤めているという天才だ。その魔法についての理解力の高さを買われての事なのだろう。
「初心者みたいというか初心者ですよ。普通の学校ではそこまで詳しく習わないですし、すぐに理解したっていうアイさんが凄いんです」
「それもそうか。でもユウリならすぐに理解できる様になると思うよ」
アカリさんの僕に対する評価はだいぶ高いけど、実際僕も一度掴んでしまえばその後は難しくないだろうなとは思っていた。魔法自体は違う世界で何度も使っているし、この世界でも慣れてしまえば出来るという自信がある。
ただ魔法は危険が伴うため、普通は小学生ぐらいの年齢では使い方を教えられる事は無い。そもそも魔力が少ないと使うのも難しいので、子供の頃には使いたくても使えないというのが普通だ。
「アカリさんは戦闘訓練以外ではどの科目が得意なんですか?」
「強いて言えば魔法科学を重点的にやってるけど、それもやっぱり戦闘訓練に使うためかな」
「そういえば昨日僕に魔法を掛けてくれてましたけど、あれも魔法科学で扱う範囲の魔法ですか?」
「そうだよ。魔法科学も突き詰めていくともっと細かく生物学とか薬学とか、魔法なんたら学っていう風に細分化されていくんだけど、全部ひっくるめて魔法科学だからね。戦闘にはあらゆる魔法の知識も必要だから大変なんだよね」
「それに身体も鍛えておかないといけないんですよね?」
「そうだけど、でもそれは最低限。疲れも筋力も痛みも全部魔法で何とかなるけど、魔法を使いながら身体を動かし続ける精神力を養う事の方が重要かな。動揺したり、疲労や痛みで魔法が使えないっていう事になったらその瞬間に終わりだからね」
昨日アカリさんが自分に魔法を掛けなかったのはそういう点を鍛える為の練習だったのだろう。でも魔法で底上げされた僕が走る速度と同じ速さで走りながら汗1つ搔いていなかったし、何よりお風呂で見た身体は相当に鍛えていると知っている。マッチョという訳じゃなくて、靭やかさという点で非常に均整の取れた身体だった。
「ユウリはここでどんな事をやらされるんだろうね。あたしは戦闘訓練になりそうな気がするんだけどな?」
「どうしてそう思うんですか?」
「何となくユウリの普段の立ち振舞が、そういう事に向いてそうな気がしたんだよね。普段の姿勢とか周囲への気の配り方……っていうか、警戒の仕方?みたいなのが、格闘技とかそういうのに近い気がする」
改めてアカリさんの鋭さに舌を巻いた。これまでの異世界で危険な目に多く会ってきた事もあって、無意識にそういう警戒心が出ていたのを見抜かれていた。
僕はまだ武術の達人に転生したことは無いけど、危険に対する心構えという点ではそこいらの格闘家よりも出来ている自負はある。
「でも魔力の適正で決められるんですよね?」
「まぁ大半はそうなんだけどね。あたしの後輩になったら面白そうなんだけどな」
「もしそうなったら、その時はよろしくお願いしますね」
ただ僕としてもアカリさんの意見を全て否定するだけの情報は持っていない。何にしても初日に受ける検査とテストで決めるという事なので、その結果が出るまでは気にしても仕方がない。
この日から僕はアカリさんに勉強を教えてもらいながら、その代わりに料理を教えてあげたりして過ごしていった。この短い間に本当の姉妹の様に仲良くなったと思うし、僕としてもそういうつもりで接している。
そしてあっという間に入学の日を迎えた。アカリさんは僕と違って初日の説明等が無いので、一緒に登校するという訳にはいかなかった。
寮のすぐ近くにある学校に少し緊張しながら入り、事前に知らされていた教室に向かう。そこには一週間ぶりに会うエイミさんが居た。
「お久しぶりですね。こちらの生活には慣れましたか?」
「アカリさんにも良くしてもらっているので、すぐに慣れました」
「それは良かったです。彼女は人見知りな所がありますが、打ち解けられたみたいですね」
「アカリさんの事をご存知なんですか?」
「彼女が入学したての頃は私が授業を受け持っていましたから。あまり同期と話している姿を見なかったので、人付き合いが苦手なんだと思っていました」
確かに人付き合いが得意ではないと言っていたけど、僕と一緒にいる時のアカリさんは全くそんな素振りを見せていない。よほど僕の事を気に入ってくれたみたいで嬉しかった。
そんな話しをしながら僕は教室を見渡す。あまり広くは無い教室だけど、まだ僕以外に誰も人が来ていなかった。特待生は人数も年齢もバラバラなので、基本的に同じ年に入学した人が同期という扱いになる。卒業までの期間は入学した時期や年齢、成績によって3年から12年とかなり幅がある。
「残念なお知らせですが、今年の特待生はユウリさんしかいませんでした。なので同期はいないんです」
「え、そうだったんですか」
まさか他に誰もいないとは思っていなかった。多い時には十数人いるらしいので、明らかに少ない方だと思う。
「ただ授業に関しては各々のレベルに合わせて受けてもらうので、同期という枠組みは余り意味がありませんけどね」
基本的に下のレベルの授業を受けるという事は無いが、上のレベルの授業を受けることは出来る。小学生でもしっかり勉強を進めていれば、中学生に混ざって授業を受ける事も出来るのだ。僕も場合によっては、というよりも何科目かは確実に上に混ざることになる筈だ。
「では早速ですが、テストを始めましょうか」
それからエイミさんと一対一の空間で各種筆記テストを受ける。本来時間を設けて行われるものだけど、僕しか居ないため僕が問題を解き終わった時がテストの終了時間になる。
なるべく早くテストを終わらせるつもりでいたけれど、実際には結構な時間がかかってしまっていた。というのも、余裕だと思っていた国語や算数などのテストは、明らかに小学生向けどころか中学生のレベルも超えていた。
「午後から検査を行うので、定時までにここに戻ってきてくださいね。それと食堂は無料で利用出来ますが、場所は分かりますか?」
「はい、大丈夫です」
結局テストは午前中一杯掛かってしまったけど、おおよその問題は解けた手応えがある。久しぶりに頭を使って疲れた気がするけど、とりあえず食堂に行ってご飯を食べよう。
食堂はビュッフェ形式になっていて好きなものを選ぶ事が出来たけど、好き嫌いがあまり無い僕はバランスを考えてメニューを選んでいく。そして空いている席を見渡すと、隅っこの方に見知った顔を見つけたのでそちらに近づいていく。
「相席良いですか?」
「ん、どうぞ」
アカリさんの態度は想像以上にそっけなかった。やっぱり外ではこういう感じになるみたいだ。でも改めてその様子を見て僕にも分かった事がある。アカリさんは僕に対して格闘家に近い警戒心があると言っていたけど、それはアカリさんも全く同じだった。というよりもそれ以上のものであり、どちらかと言えば獣が天敵を警戒している様子に近い。
何故それ程までの警戒心を持っているのかは分からないけど、その理由を聞くのは辞めておいた。多分聞かれたくないか、聞かれても話せない様な何かだと思う。僕は察しが良いんだ、間違いない。
ただ会話をしないながらも食べるペースを少し落として、僕が食事を終えるのを少しだけ待ってくれていた。それだけで優しさは充分に伝わる。
「席、空けるのでどうぞ」
食事を終えたアカリさんはそう言いながら食器を片付けにいく。ただ席を離れる直前に小さくごめんねという呟きが聞こえてきた。僕は察しが良いので、事情があるというのは分かってますよ。
それから僕も食器を片付けて元いた教室に戻った。少し時間は早いけど、学校内を見て回る程の時間は無い。
「あら、早かったですね。でしたら早速検査室に向かいましょうか」
エイミさんが僕より先に教室に来ていたので、まだ時間前だったけど検査室に向かった。検査室の中はいかにもSF世界といった、よく分からない装置や透明なカプセルが置かれている。そしてその装置を扱うためであろう、何人かの女性職員がいた。
「まずはこのスーツに着替えて下さい」
エイミさんに手渡されたスーツはラバーの様な手触りの全身タイツだった。どうやら特殊な素材で魔力を通しやすくするものらしく、正確に検査するために下着も付けてはいけないらしい。
まだ恥ずかしがるような年齢では無いとは言え、体型がくっきり出てしまうこのスーツは正直結構キワドい。ただこの部屋には女性しか居ないため、気にしすぎる事も無いと思う。
「準備が出来たらその機械の上に寝て頂戴」
カプセルの中に横たわった僕の身体中に電極の様な物が貼り付けられていく。本格的にSFっぽい感じになってきてるな、等と間の抜けた感想しか出てこなかったけど、直後にその感想は吹き飛んだ。
「ちょっと!勝手に魔法を使っちゃダメよ!」
エイミさんの叫び声が聞こえたかと思うと、突如として僕の全身を虚脱感が襲った。突然の事に僕も何が起きたか分からず、エイミさんが何か言っているのも全く耳に入ってこずに意識を手放した。