お出かけ
昨日僕とアカリさんは一緒にお風呂に入った後、何故か一緒に寝ることになっていた。アカリさんはグイグイ距離を詰めてくるタイプの人みたいで、僕はそれに押される形で断れなかった。まぁ中身が元男であるとか関係無しに、美人と一緒に寝るというのはむしろ嬉しいので良いんだけど。
「ねぇ。明日一緒に出かけてみない?寮の周辺を案内してあげるよ」
「でもアカリさんは折角の休日に良いんですか?」
「休日って言っても特にやること無くて暇だったし、むしろ暇つぶしに付き合って欲しいかな」
「それでしたらお願いします」
そういう言い方をされるとむしろ断わりづらいんだけど、別に僕も困る事は無いので有り難く案内してもらう事にする。アカリさんはまだ何か話したそうにしていたけど、その約束だけして僕はすぐに寝てしまった。子供の身体はまだ体力が無いので、引っ越しをしてきて寮のルールなどを覚えているだけで疲れてしまう。
「寝ちゃったか……かわいい寝顔。守ってあげたくなるなぁ」
「ん……そっか。昨日アカリさんと一緒に寝て……」
翌朝目が覚めると真横にアカリさんの寝顔がある。起きていても美人だけど寝顔も美人で、しかも息してないのかっていうくらい静かに寝ていてちょっとドキドキする。起こさないように慎重にベッドから降りて、水を飲みにいく。
「ご飯、先に作っておいてあげようかな」
まだ起きるには少し早い時間だったけど、今から作り始めれば朝食には丁度よい時間になる。ただ料理をすると言っても僕はまだ子供で、勝手に包丁などを使うのは良く思われないかもしれない。幸い調理器具はたくさん揃っている為、子供でも簡単に扱えるもので作っていこうと思う。
「ユウリ、凄い手際良いね。もしかしてお家でも手伝いとかしてたの?」
「おはようございます。まぁ、そんなところです」
一応僕も女の子と言うことで母親とキッチンに立って手伝う事はあったけど、そこはやっぱり子供なのでほとんどは親の言う通りに動いていただけだ。今みたいに自分でテキパキ作業出来るようになっているのは、確実に今までの異世界での生活が活きている。
「と言っても簡単なものだけですので」
「そんな事ないよ。本当に美味しい。昨日も思ったけど、ユウリは何か凄い大人びてるよね。もしかして妹が居たりする?」
「いえ、1人っ子です。多分両親がパソコンを含めて、色々好きにやらせてくれたおかげなのかなと」
「そっか。大人びてるっていうか、色んな知識を身に着けてるからそうやって振る舞えるって事か。どっちにしろすごく頭が良いね」
ちょっと不審がられるかと思ったけど、アカリさんは簡単に納得してくれた。まだこの世界の大人と余り話した事は無いので、どの程度までなら怪しまれないかという点は少しずつ探っていかないといけない。
今回の世界の様に何か特別な役割を与えられる可能性がある場合、幼少期から賢い子供を装っていた方が動きやすいという事を過去の経験で知っている。ただあまり極端なことをしていると不気味がられて、人間関係が上手くいかないという事は何度も味わったので、出来る限りそういう事は避けたい。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「はい。えっと、ショッピングモールに行くんですよね?」
「そうだよ?あぁ、私の格好は気にしないで」
出かける準備をしてきたアカリさんは、これからスポーツでもしにいくかの様な格好をしていた。あまり長くない髪はポニーで纏めてあり、サンバイザーと薄い色のサングラスを掛けている。とても似合っているけど、ショッピングならばもう少しオシャレをしても良い気がする。
近くにあるというショッピングモールまでは、大人の足でも歩いて30分程掛かるらしい。僕の足だともっとかかってしまうけど、それでもアカリさんは自分の足で行こうと提案してきた。その方が道や周囲の景色を覚えられるという理由は分かるけど、今の僕の身体には結構しんどいと思う。
「大丈夫だよ。私が魔法をかけてあげるから」
アカリさんは僕の頭の上に手を置くと、突如僕の身体に力が漲った。と言っても怪力になったとかそういう訳では無く、単純に元気が出てきたといった感じだ。
「これでユウリの足でも走れば15分くらいで着くと思うよ」
そう言うとアカリさんは先に走っていってしまう。結構な速さだったので急いで僕も追いかけると、あっという間に追いついてしまった。アカリさんは自分には魔法をかけていないはずなので、普段から鍛えているみたいだ。流石に戦闘訓練なんてものをやっているだけある。
ショッピングモールには本当に15分くらいで着いてしまった。その間信号待ち以外走りっぱなしだったのに僕は全く疲れていなかったし、魔法をかけていない筈のアカリさんも汗1つ掻いていない。
「端から順に見て回ろう」
急に声のトーンを落としたアカリさんに少しドキっとしながらその後ろを付いていく。色んなお店を見て回ったけど僕は今欲しいものが有るわけでもないし、もっと言えば自分のお金をほとんど持っていない。親に貰ったお小遣いがあるにはあるけど、無駄遣い出来る程の金額は無かった。
アカリさんも特に欲しい物があるという訳でも無かったらしく、2人でウィンドウショッピングをしていく。とても広いショッピングモール内はすぐには回りきれず、モール内で昼食を取ることになった。
「どこのお店が良い?私が奢ってあげるよ」
悪いとは思いつつも、さっきも言った通り自分で使えるお金があまり無いので素直にその言葉に甘える事にした。それでもお店はなるべく安くて量がありそうな所を選んで入る。この世界の飲食店はほとんどの店に個室が用意してあって、アカリさんは迷わず個室を選んでいた。
「すみません、ごちそうになります」
「良いって。先輩なんだし、補助金もいっぱい貰ってるんだから。ユウリもすぐに貰えると思うけど、無駄遣いはしちゃダメだよ?」
アカリさんは昼食を食べている時は家に居た時の雰囲気に戻っていた。それがなんとなく気になって、少しだけ意地の悪い質問を振ってみる事にした。
「あの、やっぱり迷惑だったんじゃ?アカリさん、何かいつもと雰囲気が違ったし……」
「あ……いや、ごめんね。実はあたし、あまり人付き合いが得意じゃないんだよね。だから知らない人が多い所だと、ちょっと無愛想な感じになっちゃうの」
「そうなんですか?でも僕とは初対面でもあんなに……」
「苦手って言っても、年下の女の子相手にはそこまで物怖じしないよ。まぁユウリはそれだけじゃなくて、なんとなく妹を重ねちゃってね」
「妹さんがいるんですか?」
「うん。年はあたしの1つ下で、ユウリよりも3つ上になるのかな?ユウリみたいに頭が良くて大人びてるんだけど、そのせいか私に全然甘えてくれなくて寂しいんだよね。それに私よりもすごい魔法の才能があって、立場的にも向こうのほうが上って感じなんだよね」
年下で似た雰囲気のある僕を妹の様に甘やかそうとした結果、昨日のようにグイグイと距離感を詰めてくる行動に繋がっていたみたいだ。
「という事は妹さんも同じ寮にいるんですか?」
「ううん。さっきも言ったけど、本当に立場が上なんだ。アイは本物の天才で、今は魔法開発研究所に務めてる。あ、アイっていうのは妹の名前ね。飛び級制度もすっ飛ばしちゃう異例の事だってニュースにもなったんだけど、流石に3年前の事はユウリも記憶が曖昧か」
「覚えてます。あの時の女の子がアカリさんの妹さんだったんですね」
3年前というと僕はまだ小学生になったばかりで、子供向け番組も多く見ている頃だった。実際には今でも見ているけど、それをわざわざ言ったりしない。
でも確かにその時にニュースになったという記憶はある。というか僕は前世の記憶を引き継ぐという性質があるせいか、記憶力がかなり良い。流石に完全記憶とまではいかないし、多少はその時の身体に影響されるけど、前世の記憶は魂に刻まれているので忘れる事は無い。
「もしかしたらユウリもアイと同じ様に、いきなり凄いところに就職しちゃうかもね。雰囲気も似てるしなんとなくそんな気がする」
「そうでしょうか?僕としてはまだのんびりしていたいんですけど……」
「私だってもっとユウリと一緒にいたいし、甘えて貰いたいよ?」
「甘えるかどうかは分かりませんけど、僕もアカリさんとはもっと仲良くなりたいです」
昼食後もずっとモールを見て回り、帰る途中で近場の公園などの場所を教えてもらいながら日が暮れる前には寮に戻った。一日中歩き回ったというのに身体の全然疲れは全然無くて、アカリさんの魔法がしっかり効いていた。
帰ってからは2人で晩御飯の支度をしようという話になった所で、唐突にアカリさんが僕の秘密を見破ってきた。
「ユウリって、実はもっと料理出来るでしょ?アイもそうだったから分かるよ。朝もわざと包丁とか使わないで、簡単に作れるものだけ料理してたよね」
「……まぁ知識は有るので出来ると思います。でも包丁を使ったことが無いのは事実ですよ」
「出来ないって言わない辺りもアイにそっくり。試しに何か作ってみてよ」
「それならどういうのが良いですか?残ってる食材で何か作ってみます」
「じゃあパスタ系でお願い」
急に振ってきながら、パスタ系というそれ程難しく無いものを要求してくる辺りアカリさんの優しさを感じる。パスタの具材になりそうな食材を、今朝見た冷蔵庫の中身を思い出しながら考える。
「パスタソースはオイル系とトマト系、クリーム系のどれが良いですか?」
「そんなに選べるの?逆に悩んじゃうけど、トマト系にしようかな」
「分かりました。それじゃあ15分程待っていてください」
僕が冷蔵庫から必要な野菜を取り出し調理器具を準備している間、ずっとアカリさんは僕の動きを見ながら話しかけてくる。
「ユウリさ、窮屈じゃない?敬語もそうだけど、わざと子供っぽく振る舞おうとしてるのとかさ」
「……ありがとうございます。でも敬語は癖みたいな感じで、むしろ子供っぽい喋りの方が意識してないと出来ないんですよね」
「そっかそっか。それなら私の前では自然にしてていいよ。別にユウリがどれだけ大人びてて、いろんなことを知ってても驚かないからさ。なんたって私の妹がそうだったんだもん」
そんな話しをしながら僕は次々と調理を進めていく。刻んだにんにくと玉ねぎをフライパンでゆっくり炒めながら鍋に水と塩をいれて沸かし、その間にベーコンを細かく切っていく。玉ねぎに少し色が付き始めた所でベーコンを投入したら再びしっかり色が付くまで火に掛け、今度は大きなトマトを細かく刻んでいく。
「私も何か手伝える事ある?」
「でしたら付け合わせのスープを作るので、適当な野菜を切っておいてくれますか?」
見ているだけでは申し訳なくなったのか、結局アカリさんもキッチンに立つ事になった。かなりしっかりとした造りのキッチンなので、2人一緒に立っても手狭にはならない。僕はアカリさんにスープを作る手順を指示しながら、自分の手元もしっかり動かしていく。
鍋に用意した水が沸騰した所で2人分のパスタを投入し、タイマーをセットしておく。そのタイミングでフライパンには細かく刻んだトマトと少量の唐辛子を入れて強火に掛けた。そして茹で上がったパスタをフライパンに移して軽く和えたら完成だ。それから少しして、アカリさんに指示をしておいたスープも出来上がる。
「すっごい美味しい。こっちのスープも私が作ったとは思えない。こんなに簡単に出来るんだ」
「パスタにはチーズを振っても美味しいですよ。スープもこれなら簡単に野菜が取れて便利なんです」
「へー。ちなみにこのパスタ、何ていう名前なの?」
「……トマトのピリ辛ソース和えです」
本来はアラビアータという料理でもっと辛くするものだけど、この世界にはそんな名前の料理があるのか分からない。だから端的に特徴を捉えた名前を適当に付けておいた。
思わず元いた世界の知識を全面に押し出した料理を作ってしまったけど、僕自身も食べるのは久しぶりだったので深く気にしないでおこう。別にこの程度なら世界観を壊すとか、そういった事には繋がらないと思いたい。




