閑話休題 ~再び神様と~
眼の前が真っ暗になった俺だが意識ははっきりしていた。しかし身体が思うように動かせず目を開ける事も出来ない。
「……起きて下さい。起きて下さい」
その声に俺の心臓が跳ねたのが分かった。まさか魔王を倒し、世界を平和にしたにも関わらず、また最初から旅をしなければならないのか。もしかしてこのまま俺はこのゲームの世界にずっと捕らわれたままなのか。
「そんな訳ないじゃないですか。そろそろ身体も馴染んで動くようになる頃ですよ」
「あれ、神様?というか、どうしてここに……?」
目を開くと辺り一面真っ白な空間が広がり、目の前には美女と言って差し支えない綺麗な神様が立っていた。忘れる筈もない、俺が初めて転生をした時に出会った空間と神様そのものだった。
しかし何故再びここに俺が呼び出されたのか分からない。約束ではその世界で死ぬまで神様は手出しをせず、俺の異世界転生を見守るという事になっていた筈だ。
「約束通りですよ?あの世界でのお話が終わったので、貴方はまた次の異世界に……」
「いや待って下さい!お話が終わったって、俺はまだ死んでなかったじゃないですか!まだやり残した事だってあったんですよ!」
「いえ、終わりですよ?貴方も気付いていた通り、あの世界はゲームの世界です。エンディング後の世界はもしかしたら存在するのかもしれませんが、それは各々の心の中にのみ有るべきものです。あくまで1つのゲームとして正しいエンディングを迎えた以上、あの世界はあれで終わりなんです」
俺は開いた口が塞がらなかった。そうと知っていれば俺はあんなに急いで魔王を倒したりしなかった。もっとあの世界を歩き回って多くの人と出会い、あの世界でしか体験できない様な事を山ほど体験したかった。
「そういうルールですから、私にはどうすることも出来ません。とは言え、確かに生殺しですよね。今回は初めての転生だったという事で、特別に色々と事情やら設定についてお話ししましょうか?」
「それは有り難いですが……」
「安心して下さい。知ってしまったからにはどうこうするといった、ありきたりな事はしませんから」
それを聞いて少しだけ安心した。まぁ俺と神様の立場を考えればこんな口約束程度で安全が保証出来る訳でも無いのだが、一応言質は取ったという事だけでも心の拠り所となる。
「貴方達人間は我々に娯楽を提供してくださっているんですから、滅多なことでは手を出したりしませんよ。勝手なことをすれば私だって他の神達にお仕置きされてしまいますから」
「お仕置き……神様達の間にも色々あるんですね」
「それはもう大変なんですよ。私の様に勤勉に働いている者もいれば、最近はずっと転生モノを見るために仕事をサボっている神だっているんですから」
それはお仕置きの対象にならないのかと思うが、神様達の事情については深く知る必要は無いだろう。聞いた所で教えてくれるとも限らないし、それに今は他に聞きたい事があった。
「何故俺の他に転生者がいたんですか?あの2人は俺が消えた後どうなったんですか?」
「まず男性の転生者に関してですが、あの方は言ってしまえば貴方と同期です。貴方が私と異世界転生について話していたタイミングで、別の神に選ばれた者の1人です。あの方の望みがファンタジー世界で戦士として生まれ変わりたいというものでしたので、偶然あなたの世界に一緒にやってきたんでしょう。その後に関しては、故郷の女性と幸せに暮らしていますよ」
「あいつはあの世界で暮らしていけるのに、俺はダメなんですか?」
「貴方にとってあの世界はゲームの世界であり、エンディング後の世界は存在しません。しかしあの方にとっては本物のファンタジー世界ですから、その後の物語を自由に紡ぐことが出来るのです」
つまり俺の知らないゲームの世界だったならば、あいつと同じ様にその後の人生を謳歌出来たという事だ。しかし転生者はもう1人いたが、そちらはどういう事情なのだろうか。
「そちらの方に関しては、元の世界での出来事が原因ですので私達は関知していません。こちらで調べた限りでは、元の世界で魂の輪廻から外されるという魔法を受けて死んだ為、全く関係の無い世界に偶然迷い込んで来たという事のようです」
「想像以上に重い展開だな……ところで転生者が同じ世界にというのはよくある事なんですか?」
「ご存知とは思いますが、同じ世界の違う時代に転生者が現れるという事はよくあります。昔現れた転生者の知識や技術が受け継がれている異世界というものを見たことがありませんか?」
「あー……そういえばそういう設定のものもありますね」
「そういう事です。或いは広い世界で互いの事を知らずに、という事もあるかもしれませんが。何にしても絶対に無いという事は無い、という程度です。稀である事には変わりありませんよ」
そんな稀な事なのに3人の転生者が同じ世界の同じ時代に現れるというのは奇跡的としか言いようが無い。しかしそれでもまだ一つ疑問が残る。
「女性の転生者ともう一人の仲間はどうなったんですか?俺とその後を約束していたのに、突然居なくなってしまったら……」
「それは大丈夫です。貴方の精神だけこちらに呼び戻しましたが、身体は向こうにありますから。そうでなければ向こうの世界で子供を作り、その子孫が新たな物語を紡げなくなってしまいますからね」
俺という中身が無くなった空っぽの身体とあの2人は旅を続け、どこかで子供を作って暮らしていくという事だ。それはなんだかとても悔しい気がする、というかそういうのは俺の趣味じゃない。
「こんな事なら手を付けておくんだった、ですか?残念ながらそれは出来ませんよ。何故なら貴方が知るあの世界は、そういう世界ではありませんから」
「まぁ確かにそうですが……そういえばもし俺が異世界でそういう行為に及んだら、神様たちには全て見られているという事ですか」
「勿論です。と言っても物語にまったく関係ない部分はカットされると思いますが、検閲担当には全て見られてしまいますね」
物語に関係ない部分とは、例えばアニメを見ていて作中の人物が誰もトイレに行かないというのはざらにあるだろう。つまりはそういう事なのだが、俺の場合は検閲担当という神様がその場面をカットして他の神様に見せているらしい。
「逆を言えば、物語に関係があると判断されれば俺のベッドシーンなんかも見られると。神様達にそういう需要があるんですか?」
「それぞれ好みは有るので何とも言えませんが、多くの神達は人間の性行為を見ることに抵抗は有りません。人間も動物園に行った際に、動物達が交尾をしていてもあまり気にしないでしょう?」
俺は十分に気にするが、確かに気にしない人もいるだろうしむしろ喜んで見る人もいるだろう。だがそれよりも引っかかるのは神様にとっての人間は、人間にとっての動物と大差無いという事だ。そう感じるのは俺の傲慢なのだろうか、それはともかくとして他にもまだ聞きたいことはある。
「呪文やら装備に具体的な名前が無かったのは何故ですか?俺もあの呪文を大声で叫びたかったんですが」
「色々な所に配慮した結果です」
「神様であっても著作権には縛られると?」
「人間の著作権には縛られませんが、これは神同士での取り決めです。他の神が設定を盗用して無闇矢鱈に新世界を作り出さない為に、また作り出した時に他の神にいちゃもんを付けられないようする為に必要な事なのです」
新世界を作り出すという言葉に俺は少しだけゾッとする。こうしてフレンドリーに話してはいるが、やはり神様の力はとんでもない。
「さて、そろそろ話せる事も無くなってきましたね。一応聞いておきますが、この転生を辞めたいと思いましたか?」
「いえ、それは全然。今回の異世界はあっという間に終わってしまいましたし、まだまだ楽しみ足りないですから」
「それは良かったです。今回は特にRTAの世界という事ですぐに終わってしまいましたが、ここまで早く終わるのも稀だと思います。しかし初めての転生ですしチュートリアルとしては……」
「ちょっと待って下さい。今、RTAって言いました?」
RTAとは、簡単に言えばゲームの早解きを目指したプレイスタイルの事を言う。しかし俺は早解きをしていたつもりなど全く無かったのだが、何故あれがRTAになると言うのだろうか。
「気付いていなかったんですか?セーブもせずにボス戦に向かってらしたので、私はてっきり理解して役割を演じていたのだとばかり……」
「ゲームの世界だとは分かってたんですけど、プレイスタイルまでは全然把握してませんでしたよ。というか俺は自分の意思で動いていただけですし……いや、そういえばセーブについて考えていたのに、いつの間にか忘れてしまっていた様な……」
「……少々お待ちください。上に確認して参ります」
神様は目を虚空に向けて動かなくなるが、確認が取れたのかすぐに視線をこちらに戻し真相を語った。
「どうやら脚本担当が勝手に貴方の思考を誘導していた様です。さらに保険として貴方が意に沿わない行動を取りそうになった時、仲間が物語を進行する様に会話を誘導する仕掛けを施していたとの事です。実際には貴方が予定以上に動いてくれた為、仲間の補助はほとんど無かったみたいですが」
「仲間って……もしかしてぁぃの事ですか?」
「その通りです。彼女は貴方が好みの見た目ではありませんでしたか?そういう存在が近くにいれば、貴方がRTAにそぐわない行動をしそうになった時に誘導出来ると考えた様です」
神様の言葉は否定しきれないが、しかし納得できるものでは無かった。確かにぁぃの見た目は好みだが、俺はそれだけで彼女を好きになった訳では無いし、彼女の言う事を何でも聞くわけでは無い。だが神様が思考を誘導していたというのなら、無意識の内に言うことを聞かされてしまうのだろうか。
「安心して下さい。貴方が比較的RTA走者に近い攻略をしていてくれたおかげで、貴方も仲間の女性も大きな思考誘導の影響はありませんでした。それと今回の件で脚本担当は処罰を受ける事になるので、次回以降この様な事は無いとお約束出来ます」
漫画原作を他メディアに移植する際、担当者が色々アレンジを加えてしまうようなものなのだろうか。しかし勝手に頭をいじられたのは気に食わないが、そのおかげでぁぃに出会えたのだから許してやっても良い。まぁ俺如きが上から目線でものを言える立場ではないのだが。
「お優しいですね。さて、そろそろお時間ですが、最後にこれだけはご説明させて頂きます。貴方異世界で得た記憶や技能を引き継ぐという設定の、その利用方法と条件についてです」
俺が考えたその設定について神様から簡単なレクチャーを受ける。と言っても特に難しい事は無く、今回転生した世界のように自分のステータス画面を開き、引き継ぎ設定をオンにするだけというものだった。非常に分かりやすくて助かる。
しかし条件については結構細かく指定されていた。例えば今回の世界で覚えた上級電撃呪文などは、転生した世界に魔法や呪文といった概念が無ければ使えず、あったとしても転生後の俺の身体にそれを使用するだけの魔力が無ければならないといった具合だ。
だが逆を言えば剣術等のスキルを習得する事が出来れば、その後の世界でも剣を持てばそのスキルの恩恵を受ける事が出来る様になる。と言っても俺がその世界での役割を全うするつもりでいる間は、みだりに引き継ぎ設定をオンにするという事は無いだろう。なんて言っておきながらすぐオンにするかもしれないが、その時はその時だ。
「今回は1回目の転生でしたから再びここにお呼びしましたが、今後は余程の事が無ければすぐに次の異世界に向かう事になります。他に質問があれば今のうちにお願いします」
少し考えてみるが、特に質問は思い浮かばなかった。そもそも俺が考えた設定である以上分からない事もあまりなく、分からなかったとしても分からないなりに転生後の世界を楽しめば良いのだ。俺は何でも知っていなければ楽しめないというタイプの人間では無い。
「それでは良き異世界ライフを」
神様の言葉と同時に眼の前が真っ暗になる。こうして俺の次なる人生が幕を開ける。
今回の話で一旦区切りになります
次の世界の話を現在執筆中なので、ある程度書き溜まった頃にまた続きを投稿していきます
しばらくお待たせしてしまいますがよろしくお願いします