そして物語は……
「よっしゃ!今日で最後だ、気合入れていくぞ!」
「あんたのその大声も今日で最後だと思うと、なんだか寂しい気もするね」
ああああといがいつものやり取りを済ませ、俺達は最後の街を出発した。魔王を倒すまで戻ってくることは無い。そしてお祈りもしていない為、敗北は許されない。今になって何故教会に立ち寄っていないのか不思議に思うがそれも今更だ。
既に経験値は必要ないと判断しているため、当然の様に気配遮断を使用する。更に魔物に襲われても極力逃げる事を選択し、無駄な魔力の消耗を抑えて進む。大量に買い込んだ薬草を使い、どうしても必要ならば以前手に入れていた魔力を回復する魔石を使いながら進んで行く。そして遂に魔王がいる城に乗り込んだ。
「あっちい……外はあんなに寒いのに、何でここはこんなに暑いんだ」
「そりゃぁ……この溶岩のせいだろ」
「気をつけてくださいね。落ちたら流石に精霊様の加護も意味を成さないでしょう」
相変わらずぁぃは平然としており、寒いのも暑いのもまるで平気といった様子だった。巨大な城の一階には何故か溶岩が噴出しておりとても暑いのだが、ここから先は城の地下を進んで行く事になる。更に溶岩の近くを通っていく事になるため、環境的にかなりきつい状況がずっと続くのだ。
「こんな暑い場所だってのに、暑苦しいヤツばっかり出てくるな!」
「こんな場所だからこそなんじゃないのかい?」
「冗談を言っている場合では無いですよ!」
しばらく進むと、以前ボスとして戦った竜と巨人に似たような魔物が現れた。見た目が似ているだけあって攻略法はほとんど同じなのだが、当然能力は底上げされている。だがあの頃よりも装備もレベルも整っている為、やはり同じ様な流れで倒すことに成功した。
「何か落としましたね?」
魔物を倒すと2つのアイテムを落としていた。1つは仲間全員の体力を1度だけ全快させる水、もう1つは死んでしまった仲間1人を完全蘇生する薬草だった。ゲームであれば勿体なくて使い所が難しいアイテムなのだが、現実世界となった今このアイテムをケチるという事は無いだろう。
「遂にここまで来たな……」
「この先に魔王が……」
「大丈夫です。私達なら勝てます」
俺は最後に全員のステータス画面を確認し、体力と魔力が完全に回復している事を確かめる。持っている道具と装備も全て問題は無く、後は魔王を倒すだけだ。
魔王が居る部屋は巨大な扉によって閉ざされている。しかしその扉は俺が触れると、重厚感のある音を響かせながらも簡単に開いた。その先の景色は、ただ黒いと言った印象だった。これまでの様に溶岩が噴出している訳でも無く、かと言って地上の様に吹雪いているという訳でもない。
空間自体は暗いのに真っ直ぐに続く道だけは照らされているが、その道以外の壁や天井は一切見えない。床以外はすべて真っ黒な暗黒物質で出来ていると言っても過言では無かった。
意を決して一歩を踏み出し、その道を進んで行く。周囲に何の目印も無いためどれほど歩いたのか距離感さえ失いそうになるが、途端に道の先から邪悪な気配が漂ってきた。
「勇者よ、よくぞここまで来たな」
どこからとも無く威圧感のある低い声が俺達のいる空間に響く。眼の前から気配がするにも関わらず声の出処が分からない為、仲間達は思わず周囲を見渡してしまっている。
「我は魔王。この世界に破滅と闇をもたらす存在だ。知らずにこんな所まで来たとは思えぬが、今ならまだ見逃してやっても良い。早々に立ち去れ」
初見のプレイヤーが不意にラスボス戦に突入してしまわない様に、この魔王は1度だけ会話を打ち切って引き返す機会を与えてくれる。設定としては残虐な魔王という事になっているが、製作者の優しさが垣間見えるやり取りだった。
「立ち去る訳無いだろ!俺達はお前を倒すために来たんだ!」
「余裕でいられるのも今のうちだよ!」
「その言葉、そのまま返してあげます!早々にこの世から立ち去りなさい!」
それぞれが魔王と戦う為に声を上げ気合を入れた。1人やたら物騒な物言いをしている仲間がいるが、今は突っ込みを入れる場面では無い。
「良かろう。ならばせいぜいもがき苦しみながら死ぬが良い!」
そして遂に魔王が姿を現し戦いが始まった。それと同時に俺はあるものを魔王に向かって投げつける。
「何だこれは……?ぐおおおおお!」
俺が投げつけた物は、竜と巨人の正体を暴いた魔を払う宝玉だった。実はこの宝玉は1度切りのイベントアイテムでは無く、魔王の力を弱体化させるという隠し効果も持っている。
これはゲーム本編には全くヒントも隠されていない、製作者側のお遊び要素だ。発売当初の攻略本にすらその事は記載されておらず、後年になって情報が当たり前の様に共有されるまでは知る人ぞ知るという効果だ。
「小癪な真似を!この程度で勝てると思うな!」
しかし弱体化させたとは言え、それでも魔王のステータスはこれまでの魔物よりも圧倒的に高い。物凄く強い相手が凄く強い相手になるという程度に過ぎないのだ。そしてこの魔王の強さを支える最大の特徴は、攻撃の多彩さにある。
魔王はターン制のゲームにおいて脅威的な強さを持つ2回行動持ちだった。そして高い攻撃力による打撃に全体呪文、装備によるダメージ軽減不可能な全体攻撃を持っている。その上こちらの強化を強制的に解除してくる技まで持っており、当然弱体呪文は全て無効化される。
純粋なまでに強い魔王との戦いはほとんど消耗戦の様相を呈する。魔王の攻撃を的確に前衛が受け止めつつ回復し、解除される事も厭わず呪文によって能力を強化していく。仲間達がそうして耐えてくれているおかげで作り出された隙に、俺はただひたすら勇者専用装備であるこの世界で最強の剣による攻撃を叩き込む。
「くそ!まだ倒せないのか!」
「もう魔力が無くなりそうだよ!」
「一旦魔石で魔力を回復してください!私が守ります!」
タイミングの悪い事に、ああああの体力といの魔力が同時に尽きかけ、一瞬回復が追いつかなくなる。ぁぃが身を挺して魔王の攻撃を防いだ事で何とかいが魔力を回復する時間を作るも、手持ちの呪文だけでは回復が間に合わなかった。
「今がこれの使い時だろ!」
そしてこんな時の為に、先程ドロップした水があるのだ。即座にああああへ指示を出してその水を使用させると、自分だけでなく傷付いたぁぃの身体まで癒やされていく。体力は完全に回復し、再び魔王の攻撃を二人体制で受け止め始めた。
しかし再びいの魔力が尽きかけると、今度は立て直す手段が無かった。いは魔石を使わなければならないが、その間に体力を回復する手段が無い。
「ここは俺が全部受け止める!」
先程はぁぃが攻撃を集中して受けていたが、今度はああああがその役目を担う。ぁぃは直前までああああが攻撃を受けていた為に余裕があったが今回は違う。既に体力が減っている所で全ての攻撃を受けてしまえば耐えられる筈が無く、当然のようにああああは死んでしまった。
「まだくたばるには早いよ!」
今度は死者を蘇生させる薬草を使用する。手に入れたばかりのレアアイテムを惜しげもなく使い、再び状況を立て直した。しかしこれで頼みの綱はもうほとんど残っておらず、文字通りの総力戦だ。
魔王も表情にこそ出ないが、感覚的にはもうそろそろ倒せていてもおかしくは無い。あとはどちらが先に力尽きるかという根比べだった。
「そろそろあたしも魔力が無くなるよ!」
「どうする!?次は耐えられないぞ!」
「勇者様!」
もはや先程の様な回復による立て直しは間に合わない。だがあとほんの少しで魔王も倒せるはずだ。自分の感覚を、そして仲間の力を信じて俺は仲間達に全力での攻撃を指示した。
「うおおおお!」
「上級火炎呪文!」
「はああああ!」
3人の総攻撃が魔王に届く。しかし僅かにダメージが足りておらず、魔王はまだ生きていた。だが俺は全員が離れた所ですかさず、上級電撃呪文を放つ。
「ぐおおおおお!」
魔王はこの世のものとは思えぬほどの絶叫を上げながら倒れ伏した。電撃に焼かれた身体は黒く煤けているが、それによる焦げ臭さは一切なかった。やがてその身体は霧散していきながら、最後に呪いにも似た言葉を吐き捨てていく。
「見事だ……人間共よ、しばし平和な世界を謳歌すると良い。しかし遠くない未来、再び我の様な存在が魔界より現れるだろう。その時こそ人間の時代は終わるのだ……」
魔王は他にも何か言いたそうにしていたが、用意されていたセリフはそこまでだった。魔王の身体が完全に霧散すると城全体が大きく揺れ始める。
「何だこの揺れは!?」
「もしかして城が崩れるのかい!?」
「皆さん掴まって下さい!すぐに脱出を……」
しかしぁぃに掴まるまでも無く、俺達を不思議な光が包み込む。それと同時に4人の身体は宙に浮かび、城の壁をすり抜けて外へと飛び出していった。
これは精霊様の力だ。魔王を倒した事で精霊様が力を取り戻し、俺達を安全に国まで送り届けてくれるのだ。城を抜けると吹雪いていた筈の外は嘘の様に晴れ渡っており、地上を遠くまで見渡すことが出来た。最後に寄った街では急に吹雪が止み、何があったのかと人々が騒いでいる。
しかし空を飛んでいる俺達に気付いた事が切っ掛けなのか、それとも精霊様が何か言ったのか、とにもかくにも魔王が倒されたという事を知ってからはその喜びようがこちらにまで伝わってきた。
その後も俺達はこれまで寄ってきた大陸全ての上空を飛んでいき、どこの街でも同じ様な反応を見せていく。嬉しくもあるが少しシュールにも思える光景だった。間もなくして俺達の旅の始まりである、最初の国が見えてくる。
「皆の者!勇者が帰ってきたぞ!」
城の前の広場に着地した俺達は、王だけでなく兵士や城下町に住む人々からも手厚い歓迎を受けた。魔王を倒してからそれ程の時間は経っていない筈なのだが、既に豪華な料理が並べられており祝勝会が開かれる。王様からねぎらいの言葉を掛けられ褒美を約束されたり、その後も多くの人から話しかけられた。
その対応に疲れ果てた俺は人混みから抜け出す。するとその様子を見ていたのか、いとぁぃの2人も俺の元にやってきた。
「全く、魔王との戦いよりも疲れるね」
「それだけ皆さんも喜んでくれているという事ですよ。疲れるというのは私も同感ですけどね」
それからしばらく2人と談笑する。折角なのでああああも呼んでこようと思ったのだが、故郷に残してきたという女性がこの祝勝会に来ていた為辞めておく。そうして3人で一緒に居ると、1人の女性が近づいてきた。
「あ……貴方は私の自慢の息子です。父もきっと喜んでいる事でしょう」
その女性とは俺の母親だった。女性の仲間2人と仲良さげに話している所を見られていたのは少し気恥ずかしいが、この2人とは将来を約束している仲なのだ。その事もしっかり伝えなければと思っていると、母親はそれよりも先に言葉を紡ぐ。
「貴方は立派に勇者としての務めを果たしました。これからの人生は貴方の好きに生きると良いでしょう。この国で暮らすも、新たな場所を求めて旅立つも、全ては貴方次第です」
そうだった。勇者は魔王を倒した後、1度は故郷に帰るが再び旅立つのだ。作品内でその理由は明かされていないが、今の俺はなんとなくその理由が分かる気がする。もし勇者としてのロールプレイをしていなかったとしても、俺はまだまだこの世界を見て回りたいのだ。
その旅にはきっといとぁぃも俺に付いてきてくれるだろう。続編では勇者の血を引く者が、再び現れる魔王を倒すのだ。俺はこの2人以外との間に子供を作る事など考えられないし、いずれはどこかの地に腰を据えて静かに暮らす事になる筈だ。
忙しく大変な異世界転生だったが、これで終わりでは無い。どんな作品にも描かれていないエンディング後の物語がある筈だ。俺はその物語に思いを馳せ再び旅立つ。この瞬間、俺の異世界転生を見ている神様達の目の前には、この文字が表示されている事だろう。
<To Be Continued>
そして俺の目の前は真っ暗になった。




