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最後の準備

 戦場の最前線で捕らわれてしまった俺達はその場で罪人として裁かれる事になる。当然その際に持っている持ち物は全て没収されてしまうが、そこでようやくこのイベントは進行するのだ。


「ん?何だこの高そうな玉は?」


「まさかどさくさに紛れて盗みまで働いているとは!この事も王に報告しなければな!」


 2人の王は先程までの険呑な雰囲気はどこへやら、仲良く談笑すらしていた。それもそうだろう、この2人の正体は魔物でありその目的は勇者である俺を捕らえる事なのだ。それがこうも簡単に達成してしまえば笑いも留まらない筈だ。


「この者達はどうやら盗みも働いていた様です!こちらに盗品と思しき品が……」


 そうして兵士が魔を払う宝玉を談笑している王達に持っていくと、突然宝玉は力強く光を放ち始めた。兵士は驚き宝玉を落としてしまうが、割れること無く王の足元へと転がっていく。


 すると2人の王は突如として意識を失いその場に倒れてしまう。一体何が起きたのかと兵士達が騒然とする中、その王の身体から黒い霧が噴出しはじめた。


「一体何が……?」


「あたし達を開放しろ!その霧は魔物だ!王の身体は魔物に乗っ取られていたんだ!」


 いが叫ぶと同時に2つの霧はそれぞれ別の形へと変化していった。和の国の王から出てきた霧は長い首を持つ竜に、洋の国の王から出てきた霧は巨人に姿を変えていた。


「まさか2人とも乗っ取られていたなんて!勇者様!」


 そう、このイベントは大ボスとの戦闘でありながら、同時に2体のボスを相手にしなければならないのだ。初見殺しとまで言われる程の難易度を誇っており、多くのプレイヤーが1度は敗北した事だろう。当然仲間たちもこれほどの事態を想定出来ている訳も無く、その声には多分に緊張が含まれている。


 だがそれ程のボスには大抵の場合、しっかりと弱点が用意されているものだ。ストーリーの進行に必須なボスを、突破不可能な程の難易度に設定していてはすぐにクソゲー認定されてしまう。その弱点をしっかり突いてやる事で難易度は大幅に下がり、多少運ゲーにはなるが適正レベルに満たない状態での撃破さえ可能になるのだ。


「私と勇者様で竜をやります!お二人はそちらの巨人を!」


「任しとけ!」


「勇者様、指示は頼んだよ!」


 もちろん俺はこのボスの攻略法を知っている。知っているからこそ教会でお祈りもせずにこの高難度ボスに挑んでいるのだ。運良く洞窟で経験値を稼げた今、負ける要素はどこにも無い。


 まず巨人の方だが、見た目通りにこいつは体力と攻撃力に全振りした様なボスだ。防御力や呪文への耐性はあまり高く無く、攻める分には大して苦労はしない。ただ攻撃力だけはこの世界でもラスボスに匹敵する程であるため、その攻撃を対処する必要がある。


「クソ!こんな幻惑如きに!」


 だが呪文の耐性が高く無いこの巨人は、あっさりと幻惑呪文に引っかかってしまう。それでも稀に攻撃を当ててくる事も有るが、攻撃を外し続けている間に防御呪文を間に合わせてしまえばその時点で脅威では無くなる。後はいがああああの補助と回復をしながら戦えば、向こうは2人でも負ける事はない。


「燃やし尽くしてくれる!」


 問題は俺とぁぃが相対している竜の方だ。こちらに関しては正統派のボスといった感じであり、ステータスはどれも高水準、幻惑呪文なども全く効かない訳ではないが基本的には無意味と思って良い。


 そして目を引くのはやはり竜としての特徴である火炎の息と硬い鱗だろう。高い耐久力と火炎の息による全体攻撃でじわじわとこちらを追い詰めてくるのだ。


 そんな竜に対して最も有効な対抗策は呪文による攻撃であり、物理的な攻撃よりも効果が望める。そして何より、この竜は勇者専用の電撃呪文にはべらぼうに弱いのだ。


「中級氷結呪文!」


 ぁぃは戦士になる前に覚えていた呪文を使用しながら俺の前に立ち、竜の攻撃を受けながら反撃している。そして俺はその後ろから勇者専用の電撃呪文を好き放題撃ちまくるのが仕事だ。


 実はこの呪文を使用するのは今回が初めてだった為、ちょっとだけドキドキしていた。これまでの戦闘が順調すぎた為に全く使う機会が無かったのだ。


「ガアアアアア!」


 満を持して俺が放ったのは、上級電撃呪文だった。電撃呪文には初級が無く中級から覚えるのだが、このボスと戦う際に上級までの呪文を覚えている事はほとんどないだろう。しかし洞窟で幸運に見舞われた事で、本来ラストダンジョン辺りで覚えるこの呪文を既に習得してしまっていた。


 中級電撃呪文すら見たことが無いのに上級を見てしまった俺達は、あまりの威力に目を奪われてしまった。竜ですら攻撃を受けて怯むという行動は設定されていないにも関わらず、思わずその動きを止めてしまっている様に見える。


「い、今だ!一気に行くぞ!」


「分かってるよ!上級火炎呪文!」


 巨人の体力が残り少ない事を察した2人は、一気に攻勢に出る事で倒す事に成功した。そしてすぐにああああがぁぃの元に駆けつけると立ち位置を入れ替え、ぁぃは後ろから呪文による攻撃に集中する。もちろん俺といも呪文による攻撃を緩める事は無く、そのまま一気に竜も倒してしまった。




「ありがとうございます。皆さんのおかげでこの国は救われました。俺達も王を殺さずに済みましたし、本当に感謝しきれません」


 その後の戦場では混乱こそあったものの、元々王以外の者達は戦を望んでいなかった為争いになる事は無かった。気を失った王はすぐに意識を取り戻したが大事を取って休んでもらっている為、代わりに顔見知りであるあの門番が転移の魔法陣まで案内してくれた。


「気にするなって。俺達が勝手にやったことだ」


「それにこうして魔法陣の使用を許してもらえただけで十分だよ」


 実際には両国からそれぞれレアな装備を譲り受けている為、本当にそれだけで十分だ。それぞれ高い防御力を誇る鎧と火炎や呪文に高い耐性を持つローブを貰っている。


 どちらも直前のボス戦で役立ててくれと言わんばかりの性能をしているのは皮肉なのだろうか。しかし実際にこの先でも有用な防具であることに変わりはない。


「それでは行ってきます。皆さんも争いのない様、お元気で」


「お気を付けて。精霊様の加護があらんことを」


 門番に挨拶をして転移の魔法陣の上に立つと、これが最後になるだろう不思議な感覚に包まれながら転移する。最後になるだろうというのは、次の大陸にこの旅の目的である魔王がいるということだ。


 相変わらず魔法陣のある部屋はどこも見た目には大きな違いが無い為、本当に転移したのか分かりづらい。しかしここだけは圧倒的に他と違う点があった。


「う~……思ってたより寒いな」


「室内でこれって事は外はもっと寒いだろうね」


「皆さん大丈夫ですか?防寒はしっかりしていきましょう」


 最も薄着であるぁぃが何故か一番平気そうな顔をしながら言う。鎧なんて極寒の地でキンキンに冷えてしまい着ている事すら危険だろうに、これもやはり精霊様の加護のおかげなのだろうか。


 外に出ると案の定吹雪いており視界も非常に悪い。何の当てもなく歩き回るのは自殺行為ではあるのだが、幸いにしてこの大陸はほとんど一本道なので迷う可能性は低い。ラストダンジョンまでの道中に、何故かポツンと1つだけ街が存在する為まずはそこを目指す。


 この辺りに現れる魔物は、今までの魔物とは一線を画す程の強さを誇っている。尖った性能の魔物が多くやたらと呪文を連発してきたり、或いは確率こそ低いものの問答無用で即死させてくる魔物まで現れたりする。


 しかしその分1度に現れる敵は多くない為、対処法さえ知っていればいきなり全滅してしまうという事はほとんど無い。それでも油断が出来ない魔物も数体居るため気をつけながら進んで行く。


「こんなとこにも街はあるんだな。早いとこ宿を取って温まろうぜ」


「その前に装備を更新していきましょう。防具は貰ったものがありますが、武器はそろそろ物足りないでしょう」


「けど流石に高額なものが多いね。あたしは呪文で戦えるから、皆の分を優先してくれ」


 ちなみに貰った鎧とローブはそれぞれ女性陣2人に装備してもらっている。ローブはそもそも賢者であるいしか装備出来ない為悩む必要はない。


 鎧に関しては戦士である2人のどちらにするか迷うのだが、ぁぃは呪文を使用する為に防御行動を取らない事が多い。少しでも防御力を上げ生存率を高める為に優先して装備してもらっていた。


「こうして作戦会議をするのもあと何回になるんだろうな」


「少し寂しい気もしますが、それは世界が平和になった証でも有ります。あと少し頑張りましょう」


「もう魔王を倒した気でいるのかい?確かに今のあたし達なら負ける気はしないけどね」


 宿に行くとお馴染みになった作戦会議が始まる。ここが最後の大陸だという事は仲間たちには伝えていなかったのだが、最後の戦いが近いと雰囲気で察していた様だ。しかしこのまま魔王の元へと直行はせず、まだ立ち寄るところがあるのだ。


「魔王が恐れた伝説の装備?そんなのがあるのかい」


「まぁそれは俺もなんとなく分かってたけどな。ってことはそれを回収しに行くんだな?」


「勇者様が更に強くなるのなら、私は何でも構いません」


 勇者専用装備である剣と鎧、この2つは魔王と戦う前に回収しておきたい。剣には攻撃時に追加で魔法攻撃を行う効果があり、鎧は呪文耐性と体力の自動回復というとんでも性能だ。これらが無いとなると、まだまだレベルを上げないと恐らく厳しい戦いになる。


 翌日に街を出発するとまず西に向かって歩き続ける。すると突然吹雪が止む地点があり、その先には地下に続く洞窟があった。洞窟内も外と同じ様に極寒である事は変わらず、地面や壁は一面凍りついている。


 この洞窟はあまり深くは無いが迷路のような造りをしている。何度も言っているが、当然ここのマップも全て頭の中に入っている為迷うことはない。気配遮断の技能によって魔物との遭遇を減らしながら、あっさりと最奥に辿り着いた。


「この剣がそうなのか?でもこれは……」


「すごく錆びてますね……」


「武器屋で磨き直して貰えばいいんじゃないのかい?わざわざこんなとこに置いておくって事は、物自体は確かだろうしさ」


 伝説の剣は錆びて朽ちる寸前といった様子だった。しかしいの言う通り、見た目はあれだが中身は正真正銘伝説の剣であり、研ぎ直して貰えば問題無い。だがそれにも少し時間が掛かるため、先に剣を回収して武器屋に依頼している間に鎧を回収しに行くのだ。


 いが脱出呪文と帰還呪文を一気に唱えて街に戻り剣を預けた後、今度は東に向かって歩き続ける。こちらには明らかに中には何かありますよと言った雰囲気の塔がそびえ立っていた。


「こっちはやたらと魔物が多いな!」


「でもやれない事は無いです!」


「一気に突破するよ!」


 特に複雑なギミックは無い塔だが、とにかく魔物が多く現れるのがこの塔の特徴だ。その最上階に鎧が安置されている為、相応の守りといった所だろう。


 ゲームではそのエンカウント率の高さから、ここが最後の経験値の稼ぎ場所としてよく用いられていた。だが俺達は既に稼いでしまっている為、最低限の戦闘で済ませるべく当たり前の様に最短ルートで塔の最上階を目指す。


 そして無事鎧を回収し街へ戻った頃には、武器屋に預けていた錆びた剣も綺麗に磨き上げられていた。これで魔王を倒す準備はすべて整い、宿に戻って体力と魔力を回復する。


 事ここに至って尚、俺は教会でお祈りなんて事はしていなかった。俺の知識や現在の装備とレベル、そして 頼もしい仲間達がいて負ける気がしなかった為、そんな事は全く頭の中によぎりもしなかった。

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