決意と想い
「ゆうべはお楽しみだったか?」
「何言ってんだ。旅が終わるまでそういう事はしないって、あんたも知ってるだろ?」
「そりゃそうだが、まぁ俺がいた以前の世界のお約束ってやつなんだ」
目覚めると開口一番にああああが俺達を茶化してきた。そのお約束は俺も知っているが、反応してしまえば素性がバレかねないので頑張って無視する事にした。
「ああああさんはもう平気なんですか?」
「一回寝ればスッキリするもんだ。それに俺だってこんな所でまた死ぬわけにはいかないしな」
「あんたも相手がいるんだっけ?そりゃ頑張らないとだね」
「居るには居るが勇者様と違って1人だけだ。だから勇者様には俺の倍は頑張ってもらわないとな」
そんなやり取りで自然と笑いが溢れるぐらいには、俺達の心は休まっていた。これならもう大丈夫、昨日のように取り乱す事も無いだろう。
そうして俺達は盗賊団がもう一つの根城にしている洞窟へと向かう。洞窟は鬱蒼とした森の奥にあり、先にこちらに来ていたらより気が滅入ってしまっただろう。なんとなくではあったが、先に塔に行っておいて正解だった。
洞窟は人為的に掘られた迷路になっている。普通のゲームのダンジョンであれば何故か宝箱がそこかしこに置かれているものだが、ここは人間が管理している為そんな事は無い。盗賊団が持っている宝はきちんと保管庫にしまわれているのだ。
「何だてめぇら!討伐隊か!?」
「連絡が無かったのはおまえ達のせいか!」
迷路の様な洞窟を迷うこと無く進むと見張り番の下っ端に遭遇する。だがこれも想定内であり、躊躇いを捨てた俺達の敵では無かった。
見張り番という事もあって敵は2人しか居らず、数的には絶対に撤退した方が良い場面だ。にも関わらず下っ端達は俺が持っている知識に忠実であり、仲間を呼ぶこと無く立ち向かってくる。当然俺達が負ける要素など無く、こちらの被害が大きくなる前に確実に殺した。
「何だ、討伐隊かと思ったが……ただの冒険者じゃねぇか」
騒ぎを聞きつけた団長と他の下っ端達が続々と洞窟の奥から現れる。仲間が死んでいるというのに、彼らは悲しむどころか侮蔑の視線すら向けていた。見張りも満足に出来ない役立たずとでも言いたそうな表情であり、俺だけでなく3人の心にも怒りの火が灯ったのを感じる。
「お前ら!適当に遊んでやれ!」
団長は自ら戦おうとせず、部下たちをけしかけて来た。ここもやはり俺が知っているイベント通りの流れであり、見張り番、下っ端、そして団長と連戦を行う事になっている。
だが下っ端の強さは見張り番と大差なく、多少人数が増えた所でやはり苦戦すらしない。ぁぃの魔力も十分に温存出来ており、正直に言ってかなり余裕だった。
「使えない奴らだ!どけ、俺がやる!」
そして遂に団長が自ら戦いに参加する。下っ端2人を引き連れての戦闘だが、こちらの作戦は事前に決めてあった。下っ端達は大した実力では無いとは言え、生かしておくと団長に対して薬草を使い始める為、先に倒しておく必要がある。ぁぃ以外の3人で下っ端1人を集中攻撃して一気に仕留めにかかった。
「おらぁ!」
「単体防御呪文!」
団長の攻撃力はここいらの魔物を遥かに上回っている。高性能な装備を持ってしても無視できるダメージでは無いのだが、今のぁぃにはこの呪文があった。恐らく通常の旅をしていればまだ覚えていなかっただろう、いわば怪我の功名という奴だ。
そうして下っ端2人を倒している間に、ぁぃが仲間全員に単体防御呪文を使用することで守りを固めた。これで団長はただ体力が多いだけの人間になったと言っても過言では無い。
「クソが……こんなところで……」
呆気なく団長を倒した所で、他の下っ端達は降伏してきた。下っ端達が逃げてまた悪さしないとも限らないので、縄で縛って放置しておく事になる。後に改めて国から派遣された者達がこいつらを回収し、国によって裁かれる事になるだろう。この世界の法律がどうなっているのかまでは知らないため、その後がどうなるのかは知らないし知りたくもない。
「さて、後は盗賊団を倒したっていう証拠を持ち帰るだけだね」
洞窟の奥には盗品の保管庫が存在するため、その中から持てるだけの品を回収していく。魔法の袋が有るため本来ならば全て持ち帰る事も出来るのだが、全てを回収するとそれはそれで国からあらぬ誤解を受けかねない。常識的な範囲に留めておいて、残りも国から派遣される者達に回収してもらった方が良いのだ。
俺は盗品の回収をいに任せて改めてステータスを確認する。やはりイベントボスというだけあり、もらえる経験値は多くレベルも上がっていた。そこで俺はようやく勇者専用の電撃呪文を覚えている事に気付き、少しだけ嬉しくなった。
更にいは盗賊専用技能である気配遮断を覚えており、ぁぃは洞窟等のダンジョンから抜け出せる脱出呪文と、最後に立ち寄った国や街に移動出来る帰還呪文を覚えていた。これらの存在は今後の旅をより早く快適にするものであり、一気に効率も上がるだろう。
「こっちは終わったよ。そろそろ出ようか」
「でしたら皆さん、私に掴まって下さい。一気に国まで戻りましょう」
どういう事かと言う目を向ける2人に対して、ぁぃは自分が覚えた呪文の説明をする。それに納得したああああといがぁぃの両手を握ると、俺がぁぃに掴まる場所が無くなってしまった。
「あ、あの、抱きついてくれれば大丈夫ですので」
「大胆だね。肩に手を掛けるだけで良いんじゃないかい?」
「あ!そ、それで大丈夫です!」
恥ずかしがるぁぃの肩にそっと手を置くと、途端に眼の前の景色は洞窟の外、そして国の前へと移り変わった。そのまま城に向かい王様の盗賊団を討伐した事と、その証拠品を手渡した。
「うむ、確かに。ここまで早いとは実に見事な働きだ。約束通り魔法陣の使用を許可しよう。この書状を持っていけば、魔法陣を守っている兵士にも話しが通じるだろう。だがその鍵の在り処までは儂らは知らぬ。東の街の冒険者達ならば何か知っているかもしれんがな」
俺達はその鍵も既に入手しているが、わざわざそれを王様に説明する必要も無いだろう。この台詞も言ってしまえばゲーム攻略のヒントでしかないのだ。何故魔法陣を管理しているくせに鍵を持っていないのかとか、裏の事情について突っ込んだりはしない。
「それとお主達が持ち帰った品の一部を褒美に取らせよう。盗品とは言え、ほとんど持ち主が分からん物ばかりだからな」
褒美の品は魔力を回復する魔石と何が書かれているか分からない古文書、そしてそれなりの金貨だった。魔石に関しては一部の遺跡などで見つける以外に入手方法が無いが、その分非常に便利な品である。もう一つの古文書はこの世界の中でも最上級に重要な品なのだが、それは後で改めて説明するとしよう。
ぁぃの呪文のおかげでまだ日が暮れるには時間があり、敵にもそれほど苦戦しなかった為魔力にも余裕はある。この周辺の魔物であれば特に負ける要素も無いので、俺達は休むこと無く国を発った。大猿に襲われて全滅しかけたのも既に懐かしくなっている。その際に逃げ込んだ街にすら立ち寄らず、遺跡を横目に見ながらその先にある街へとひたすら突き進んだ。
「この強行軍ももう慣れっこだな」
「流石にこの辺の魔物にはもう遅れを取ることもありませんしね」
「あたしの技能も役に立っただろ?魔物に襲われる回数も少なかったじゃないか」
いのレベルが上がったことで使えるようになった気配遮断のおかげで、以前この道を通った時の半分程度の戦闘回数で済んでいた。それもあってかなり早くこの街にまで辿り着く事が出来ていた。街では流石に宿をとって魔力を回復し、各種必要な道具を買い足しておく。明日はいよいよ3つ目の大陸へと向かう為、更に強力な魔物と戦う準備をしておくのだ。
「次の大陸はどんな所なんだろうな?」
「それはいつも通り、勇者様に聞けば良いんじゃないかい?」
俺は寝る前に次の大陸について知っている事を伝えておく。もちろんそこでもまた様々なイベントがあるのだが、それについては伏せておく。
「へぇ。1つの大陸に2つの大きな国があるのか」
「文化も違うのにそれでよく戦争が起きないね」
「私はその神殿に興味を惹かれますね。自分の生き方も変えてしまう程の影響力とは、一体どういう事でしょう?」
次の大陸には大きな国が2つ有る。それぞれ文化は違うが関係は良好、その関係を維持するのに大神殿というものが関与している。
その神殿は人の生き方すら変えてしまうほどの大きな力を有していると言われ、互いの国はその神殿を利用する事で利益を得ており、逆に神殿側から争いを禁じられている為平和である。というのが昔読んだ攻略本に載っていた裏設定だ。
ネタバレを言ってしまえばこの神殿というのは、ゲーマーにはおなじみの職業を変更するあの神殿だ。そして先日盗賊団を倒した褒美に貰った古文書は、ここでしか使用出来ないアイテムになっている。ここまで言えば分かる人は分かるかもしれないが、古文書は条件を無視して上級職に転職する事の出来るレアアイテムなのだ。
「へぇ……神殿にそんな力が……」
「まぁ俺には戦士以外の道は考えられないな。勇者様だってそうだろ?」
それは当然でありそもそも勇者である俺は転職することが出来ないのだが、この神殿にはぜひとも立ち寄っておきたい。単純に興味本位というものもあるが、上級職に転職出来るというのは今後の旅にも大きく影響してくる。
そして誰を上級職にするかという事だが、ああああは転職するつもりは無さそうだ。となれば自然と女性2人のうちのどちらかという事になるだろう。2人にも一応相談して決めようかと思ったが、その前にいから提案があった。
「ねぇ……もし迷惑にならなければ何だけど、あたしも魔法使いになれるかな?」
いは以前の世界では魔法の才能があったと言っていた。それがこの世界では一切の魔法が使えない為、機会があればまた使いたいという事だろう。その心情は俺達もすぐに察せた為すぐに許可する。そしてどうせならば、古文書を使って魔法使いの上級職にしてしまおうという事まで決めてしまった。
「良いのかい?貴重なものなんだろ?それに魔法使いの上級職ってんならぁぃだって……」
「構いませんよ。私はそこまで執着があるという訳ではありませんし、いが後衛をやってくれるなら私にとっても都合が良いですから」
「何だ?まさかぁぃは前衛をやりたいっていうのか?」
ああああは冗談めかして言うが、ぁぃはどうやら本気の様だ。流石に俺も驚きを隠せないが、ぁぃの決意は固そうだ。
確かにいが魔法使いの上級職になるとすればぁぃとは役割が被ってしまう上に、守らなければならない後衛が増えてしまう。一応前衛と後衛の数は同じだが、俺はああああと違って防御面で少し脆いのだ。前衛が1人崩れれば、残りの前衛1人で後衛2人を守らなければならなくなる。
だがぁぃが前衛職になれば根っからの戦士であるああああよりは脆いだろうが、俺と同程度以上の水準までは硬くなるだろう。それに俺もぁぃも呪文が使えるという利点も有るため、これまで前衛3人後衛1人というバランスだったのが、前衛1人、中衛2人、後衛1人といった具合にも出来る。そう考えると、2人をそれぞれ転職させるというのはかなり有効的に思えた。
「ありがとうございます!これからは私が勇者様を守ってあげますからね!」
どうやらこちらが本音だった様だが、その気持ちは有り難いし戦術的な面でも有効なのだ。こうして今後の方針も決まった所で眠りに着き、翌朝には次の大陸へと出発した。




