令和おとぎ草子「かぐや姫」
令和おとぎ草子「かぐや姫」
むかし、昔、あるところに…
社長業を引退してから、
私の仕事は、もっぱら、盆栽の手入れとメダカの餌やりだ。
子供にも恵まれず、仕事一筋で猛烈に働いた。時代の波にも負けず、やっと、この会社を築き上げた。上場も果たした。たが、今や厄介者。株主総会で引退を宣告された。
何なんだ、私の会社だぞ…
妻は、花道の師範だ。生徒たちに囲まれて楽しそうな生活をしている。いつも家に居ない。
それに比べ、私は…
…まだ、
相談役という役職はある。月一回の出勤。
する事は、役員と一緒に昼食を食べるだけ。
何の相談もない、何の仕事もない、ただ雑談をするだけだ。美味しくもない弁当を食べるだけ、それが私の仕事だ。
今日も私は、弁当を食べに行く…
迎えにの車が来た。
元は、私の専用車だったのに、
しばらく車に乗っていると、竹藪が見えた。この辺りに竹藪なんかあったかな?
今では珍しい風景だ。もうすっかり、この辺りも自然が無くなっている。
私が引っ越してきた頃は、緑豊かな町だったが、
あっ、何か光った、
竹藪から何か光った。
目の錯覚か?
「君、ちょっと止めてくれないか、」運転手に言う。
「えっ、はい」
車が止まった。
私は窓を開け、竹藪を覗いてみた。
何も見あたらない。やっぱり目の錯覚か、
「相談役、会議の時間に間に合いませんよ、」
運転手がぼやく。
「どうせ弁当を食べるだけだろう、少し待たせとけ」私は命令した。
ぶつぶつと不満げな態度の運転手。
私は、ドアを開け竹藪の中に入っていった。
不思議と竹藪の中は整然としていた。中程まで歩いて行くと、
まばゆい光が見えた。
ゆっくりと光の方へ近づく。
「赤ん坊だ、」
小さな赤ん坊が、そこにたたずんでいた。
赤ん坊は、私を見て微笑んでいた。
なぜ、こんな所に赤ん坊が、
ひどい親だ、赤ん坊を捨てるなんて!死んでしまうぞ、
私は、赤ん坊を抱え車に戻った。
「相談役、会議はどうするのですか、間に合いませんよ!」
「会議なんかどうでもいい、病院に行け、病院へ!」
……
赤ん坊は、女の子だった。
幸い、怪我も病気もしていなかった。
よかった。しかし、身元は不明だった。
その晩、私は病院で赤ん坊の看病をした…
朝、
リリリリーン、携帯が鳴った。
旅行中の妻からの電話だった。
「あなた、何をしているの!会社から苦情が来てるわよ」
「しかし、赤ん坊が、」
「そんなもの、警察に任せておけばいいでしょう。会議をすっぽかして、赤ん坊を拾うなんて、どういうつもり?」
「うるさい!あんな所にいたら死んでしまうんだ、命にかかわるんだぞ」
「馬鹿みたい!」
ガチャ、…腹が立つ、
ひどい女だ。何故、あんな女と結婚してしまったのだろう。最初から嫌だった。仕事先のお得意様からの紹介だった。私は、結婚なんか気にしていなかった。大手企業の娘は都合がよかった。しかし、間違いだった…
結局、私は、赤ん坊を警察に任せて、家に帰った。
一日が過ぎた。
あの赤ん坊、どうしたかな、
私は、気になり、警察に電話をした。
「そんな赤ん坊知りませんよ、」警察官の声。
「何を言っているんだ、」
「昨日、竹藪に捨てられていた、赤ん坊だよ、」
「そんな事件ありませんよ。記録にもありません」
おかしい、
病院に電話をしてみた。
病院も、そんな赤ん坊は預かっていないと言う。
私は不思議に思い、赤ん坊を拾った竹藪へ行ってみた。
いた、
赤ん坊は、同じ所に座っていた。
同じように、私を見て微笑んでいた。
私は、赤ん坊を抱え家へ戻った。
まず身体を洗わなければ、
私は、恐る恐る赤ん坊をお風呂に入れた。
お湯の中、赤ん坊は気持ちよくくつろぐ。
ガーゼで手足を優しく拭き、顔も拭く。
難しいな、
私は、なんとか赤ん坊を着替えさせ、布団に寝かせた。一汗かいた。
赤ん坊は、すやすやと眠っていた。
私も赤ん坊と一緒に、いつの間にか寝ってしまった。
その晩、私は妙な夢をみた。
私は、かぐや姫の翁で、婚願している五人の皇子の見定めをしていた。
「私の願う物を持って来ることが出来たら、婚姻しましょう」かぐや姫は言う。
皇子たちは、必死になって宝物を探した。
五人は、御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の袋、龍の首の珠、燕の子安貝を持って来た。
しかし、どれも偽物だった。
諦めて帰る皇子たち。
何故か私は、ほっとしていた…
朝、
目が覚めると、
そこには女の子がいた。
「えっ、」
「君は、誰だ、」
「私は、あなたに助けられた赤ん坊です」
「そんな馬鹿な、」
「あなたに介抱されて成長したのです。ありがとうございます」
「成長した?」
赤ん坊は、日に日に大きくなった。一週間で20歳ぐらいになった。名前は、「かぐや」と名付けた。
美しい女性だった。かぐやがいるだけで、家の中はパッと明るくなった。
しかし、日に日に大きくなるかぐやの着る物がなくなり、私は困り果てた。
買い物に出かけるしかないか、
私は、かぐやと二人で買い物に出かけた。
「お孫さんと買い物ですか、イイですね」
私は、楽しかった。この歳になって、女性、ましてや、若い女性と歩くなんて夢にも思わなかった。
かぐやは、何でも似合う女性だった。会う人会う人に褒められた。うれしかった。
たくさん買った。
買い物が終わり、しばらく歩いていると、かぐやの足がピタリと止まった。
本屋の前、本棚の「平安の装束」と言う本を見つめていた。
「これの本が気になるのかい?」
「はい、」
パラパラパラ、その本は平安貴族の装束がたくさん載っていた。中には、かぐやに似た女性も載っていた。私は、その本を買って
かぐやに渡した。
「ありがとうございます、お爺さま」喜ぶ、かぐや。
家へ帰ると、かぐやは、さっそく、その本を夢中で読んだ。
「そんなに気に入ったのかい、」
「はい、」
そんな楽しい生活が数日続いた。
ある晩、
かぐやの部屋から、しくしくと鳴き声が聞こえた。
「どうしたんだい、かぐや」私は尋ねた。
「私は、今晩、月の世界へ帰らなければなりません。お世話になりました」
「そんな、やっとこの生活に慣れたばかりじゃないか」
「私も帰りたくありません。しかし、お迎えが来るのです」
「そんな、」
私は、慌てて家中の鍵を掛けた。カーテンも閉めた。
「絶対、かぐやは渡さない」
私は、決心をした。
窓の外に眩い光が、
「あれか、」
まばゆい光が、家全体を包みこむ。
光がどんどん強くなる。すると、鍵が自然と開いてしまった。
「待ってくれ、かぐやを連れて行かないてくれ、」
私は、泣き叫び懇願した。
光は、かぐやを包み込み、ゆっくりと、高く高く上がって行く。
身体が動かない、手に力が入らない。
「かぐや、」
私は、倒れながらも手を伸ばした。
「かぐやー」
屋根の上まで、ゆっくりと上がっていくかぐや。かぐやの目には涙が、
「お爺さま、」突然、かぐやが光の中から飛び降りた。
「ああっ、」
私の胸に飛び込む、かぐや。
「離さない、もう離さない」
「お爺さま、」
「かぐや…」
光は、そのまま天へ昇っていった⋯
⋯私は、今もかぐやと一緒いる。
台所、
かぐやが食事の用意をしている。
私は、その様子を微笑みながら見守る。
幸せな生活だ。
この生活が、いつまでも、いつまでも、続きますように…
かぐや姫は、月の世界へ帰らず、お爺さんと幸せに暮らしましたとさ…