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「ソフィー?」


 ボルド侯爵とのやり取りを思い出し、ぼうっとしていた私にルーカスはにこにこと微笑み、話しかけてくる。


「ああごめん、少しぼうっとしてた」

「最近少し疲れてるね? 大丈夫?」

「大丈夫よ」


 あなたから逃走するための準備進めてる、なんて言えるわけがない。

 ルーカスはいつも私と一緒にいようとするので、準備できるのはもっぱら夜しかないから最近寝不足になっている。

 それでも卒業も近くなった今となっては卒業のために必要な単位は既にとってあるし、あとは卒業式と卒業パーティーに出るくらいしか大きな行事はないからなんとかなっている部分がある。


 そしてその卒業パーティーのエスコートをルーカスがすると言って聞かなかったため、父か兄に頼むのは諦めたのだ。まあ、婚約者がいる人達は婚約者にエスコートしてもらうのが普通なので不自然ではない。普通ではないのは卒業パーティー後に雲隠れすることで一方的に婚約破棄しようとしている私の方だ。


 女性が婚約破棄をされるのは外聞が悪いのは昔から変わらないけれども、男性が婚約破棄をされたとしても特にダメージはない。

 最近では世界最強の魔術師になるだろうと言われているルーカスならば私のような弱小子爵家の令嬢と婚約破棄をしたとしてもダメージになるどころか、待ってましたとばかりに令嬢たちがルーカスに求婚するだろうからむしろルーカスにとってもボルド侯爵家にとっても利益しかないだろう。


「卒業パーティー、俺迎えに行くから絶対待っててね」

「ルーカスのエスコートなしに一人で行くわけないじゃない。それよりもルーカスは卒業式の卒業生の代表スピーチあるんだからそっち頑張りなよ」

「あー……そんなのもあったねえ」


 話しながらもルーカスは私の手を取り、髪を一束すくい、髪に口付けてきた。


「なっ! なにしてるの! 他に人もいるのに!」


 人が多いところではあまり近寄ったりしないでと言い聞かせているからか、いつもは外で触れ合ったとしても手を繋ぐ、くらいなのに。

 まだ人も多く残っている教室で、机を挟んで前後で座っているとはいえ、こんなことをするなんて。


 掴んだ手もそのままに、ルーカスは至近距離まで顔を近づけ、耳元で囁いた。


「なんかさ、卒業が近いからって、周りみんな浮かれてるのかわからないけど、人のものに手を出そうとするやつがいるんだよね」

「……? どういうこと?」


 至近距離で見つめられたまま、問い返すと、ルーカスはふふっと優雅に微笑んだ。


「ソフィーは俺のだって知らしめてあげないとね、ってことだよ?」


 ちゅ、と頬に唇をおとされる。


「ーーーーーッ?!!?!」


距離を取ろうとするも、知らぬ間に両手ともルーカスに手を繋がれており、力を込めてもびくともしない。

 境遇のせいか、元々が努力型のルーカスは、魔力のコントロールについても努力を重ねていたが、魔力のコントロールができるようになってからは騎士になるのかと思うレベルで身体も鍛え始めたのだ。

 つまり、純粋な力勝負では私に勝ち目は全くないということだ。


 頬の次に額にも唇を落とされ。

 額の次には目にも。


「ちょ、なにしてるの、こんなところで」


びくともしないとはわかっていても、ルーカスと距離を取るために繋がれている手に力を込め続ける。


「んーーー…害虫駆除?」

「虫なんてどこにもいないし他の人もいるしやめなさい」


 こそこそと話しているものの、この体勢、側から見たら仲良く手を繋いで顔にキスをされてるバカップルにしか見えないじゃないか。

 いくら婚約者だからと言ってこれは度が過ぎてるというか今後の計画のことを考えたら私とルーカス、どちらの為にもならない気がする。


「ソフィーが無自覚なのが悪いんだよ」

「な、なにをよ」


 ぐぐぐ、と力を込めていた私の手を、ルーカスはふわりとした力で自分の頬を包み込むように持っていった。


「ソフィーは俺だけのものなのに」


 少し仄暗い目で私を見つめるルーカスは、卒業パーティーで俺の送ったドレス着てくれるの楽しみにしてるから、と言っていつも通りに微笑み、さらに言い募る。


「俺も、ソフィーだけのもの、だよ」

 

 何故だろう、手のひらにルーカスの頬の熱を感じながら、ルーカスから目が離せず、うん、と頷くことしかできなかった。





◇◆◇




 卒業式と卒業パーティーが行われる日は、ここ最近にしては暖かみを感じられる日だった。

 ルーカスは卒業生代表の挨拶を卒なくこなしていた。

 ルーカスが壇上に上がった瞬間から下級生たちからの熱のこもったため息がたくさん聞こえてきていたが、ルーカス本人はそんなものを無いもののようにスルーしていたし、むしろ挨拶の言葉を終えた後に私を見て最大級のスマイルを浮かべたものだから私の周りの令嬢たちの黄色い声さえ上がっていたくらいだ。


 卒業式と卒業パーティーというイベントがあるということを除いたらいつも通りの風景だった。


 ーー私は、明日から市井におりて、平民として過ごす。


 ルーカスが我が家まで馬車で送ってくれることを考え、今夜最終準備をして明日早朝に用意している家に移る。

 もちろん、ルーカスには伝えずに、だ。


 今日までずっと考えていた。

 私が姿をくらますのは独りよがりな考え故なのではないかと。

 ルーカスは最早世界で一番の魔術師として名を馳せている、ボルド侯爵家の嫡男だ。私だけに執着する様子は普通ではないかもしれないが、それはそれで夫婦として生きていけるのではないかと。


 けれど、そう考える時にいつも思ってしまうのだ。

 私がいるからルーカスは他の物事に目を向けず生きてしまうのだと。

 私がいなければきっとルーカスは否が応でも他の物事に目を向け、私だけに固執してるのが馬鹿らしいと思うのではないかと。


 いや、違う。

 わかっている。

 私は恐れているだけなのだ。




 私がルーカスといる時に、ルーカスが他の物事に目を向け、私のことをいらなくなる瞬間を。




「ソフィー、どうだった? 俺、格好良かった?」


 卒業式が終わり、ルーカスは私の元へ走って来て、いつも以上にテンション高く、嬉しそうしている。


「あれだけの長い挨拶を何も見ずに最後まで言えたっていう点ではすごいよ、本当文武両道だねえ」

「ははっ、そこなんだ。俺が今まで頑張ってきたのは全部ソフィーの為だからさ。少しでも褒めてくれるのは嬉しいよ」

 どういうことだ、と思い校舎に向かい共に歩くルーカスを見上げる。すると、にこにこと笑うルーカスと目が合った。

「俺が目標としているのも、守りたいのも、一緒にいたいのも、全部ソフィーだから」


 そう言って、ふわりと柔らかく笑うルーカスは、いつもよりも大人びて見えた。


「行こう、ソフィー。校舎に置いてある荷物取りに行ったら、ソフィーには卒業パーティーの準備があるでしょ? 女の子は準備に時間かかるっていうし、綺麗に着飾ったソフィーを目に焼き付けたいから早めに行こうか」


  そう言って、ルーカスは私に手を伸ばした。

 社交会のデビューは学園を卒業してからになる。

 だから、ちゃんとしたエスコートを伴うパーティーは今回が初めてなので、ルーカスも楽しみにしているのだろう。

 そう思い、私はルーカスの手を取った。



 校舎の荷物を取りに行った後、ルーカスと共に学生寮に戻ろうとしたら、ルーカスが下級生の女の子たちに囲まれたため、囲まれて困っているルーカスを見捨て先に女子寮に帰ってきた。

 部屋に少し前から置いてある、ルーカスから送られたドレスの箱を開けて、くすりと笑う。

 黒に近い紺をベースとしたドレスは、胸の下あたりから切り替えがあり、紺色のレースやキラキラと光るエメラルドグリーンのレースが重なり下にいくにつれふわりと見えるシルエットになっており、とても可愛い。

 子爵家で試着した際には、妹に「姉様可愛い!けどルーカス様やばい独占欲出すぎ!ドレスは髪の色ですし宝石は瞳の色ですよ!趣味はいいけど独占欲やばーーー!」とゲラゲラと笑われたものだ。あの子の飾らないところは好きだけれどもあの笑い方はどうにかならないものか。外では淑女としてきちんと振る舞っているようだがボロが出ないか心配である。

 風呂に入り、侍女の手で着々と準備が進められる。

 準備が全部完了した頃、女子寮にルーカスが着いたとの連絡が入った。

 先程ルーカスを颯爽と見捨ててきてしまったので、少し急いで玄関へと向かう。玄関へ向かう道すがら、同級生たちとすれ違い、互いに正装した姿を褒め合ったりした。

 ルーカスと待ち合わせをするのはいつものことなのに、今は何故か胸がドキドキしてしまう。

 正装したルーカスを見るのが久しぶりだし、ルーカスから着る物を送られたのが初めてだから、と自分に言い聞かせ、いつもと同じように歩く。

 玄関近くになると同級生や下級生の令嬢たちのキャーキャーという控えめなのかなんなのかわからない声が聞こえ、そちらを向くと、ルーカスがいた。


 黒に近い紺の髪をオールバックにして、私のドレスと対になるように作ったのだろう服は私と同じ黒に近い紺をメインとしており、胸には私の瞳と同じ菫色のポケットチーフをさしている。

 いつも下ろしている髪を上げているからか、だいぶ印象が変わる。

 だからか、ルーカスの造形美はいつも以上に際立っていた。

 他の令嬢たちがキャーキャー言うのも今日ばかりは気持ちがわかる、と思ってしまう。


 しばらくぼうっと他の令嬢たちと同じようにルーカスを遠巻きに見ていると、ルーカスが私に気づき、顔を綻ばせた。


 いつも、私だけに見せている気を許した微笑み。


 明日からしばらくルーカスと会えなくなるとわかっているからだろうか、その微笑みにどきりと胸がはねた。


「ソフィー、とっても可愛い。綺麗だよ。俺の色を纏ってくれてるソフィーなんて、夢みたい」

 私のそばにきて、褒め称えてくれる様子も、見た目も、全てが物語に出てくる王子様のようである。なんだかそれに気がつくと今更ながらに恥ずかしくなってくる。

「ルーカスも、その、似合ってる、よ」

 視線をずらしながらもそう伝える。

「ありがとう。…じゃ、行こうか」

 エスコートされ、彼の横顔をチラ見しながら、思う。

 ルーカスが幸せな未来を歩んでくれますように、と。



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