01
ーーやばいやばいやばい!!どうしてこうなった!!!!!
貴族の時に履いていたヒールではない、動きやすいと平民に人気の靴で全速力で走りながら、思い出すのは先程の遠くに見つけたヤツの姿。
ーーなんのために平民になったと思ってるの!!!
少し前まで貴族だった私にはそこまで体力があるわけではないが、魔力はまあまあある。
身体強化も自身にかけ、風の魔力も使ってスピードを上げる。
それなのに。
「ソフィー、そんなに急いでどうしたの?」
「ぎゃあああああああああああ」
ふわり、といつの間にかヤツに抱きかかえられ、顔を覗き込まれる。
極上の笑顔をしながらヤツは私の頬にキスをしまくる。
「や、やめっ! やめやめっ!!!」
両手で顔を遠ざけようと両手でヤツの身体を押すも、びくともしない。
そうだコイツは体力も魔力も持ち合わせているチート的存在だった。
「くすぐったいよ、ソフィー。久しぶりに会えるからってそんなじゃれなくても大丈夫だよ。これから僕たちの時間はたぁーーーっくさんあるんだから」
私が魔力も込めながら全力で身体を押しているのでさえヤツにとっては少しくすぐったいなぐらいの効果しかないのだろう。
私からしたら恐怖でしかない言葉を甘く甘くヤツの姿はそれはとても甘く吐くヤツの姿は、他人から見たら物語もかくやといわんばかりのものなのだろう。
絵本の王子様を体現したような美麗な男がどろどろに甘く微笑みながら女をお姫様抱っこしているのだ。
例え実際は物語のような素敵なものでなくても。
ヤツにぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、どうしてこうなったのかと現実逃避をすることにした。
ヤツと呼んでいるルーカスは実は世界最強と言われる魔術師だ。
今となっては世界最強の名を欲しいままにしているけれども、過去の彼は今とは全く違った。
能力はもちろん、性格までもが。
ルーカスと出会ったのは魔力を持つ者が十歳になったら入学することになる王立魔法学院でのことだ。
魔力持ちは魔力持ちの親からしか生まれないため、魔力持ちは貴族ばかりである。
なので、貴族間のネットワークでルーカスのことは入学前から噂で聞いていた。
曰く、有能な魔術師を輩出することで有名な侯爵家の落ちこぼれ嫡男、と。
その噂を肯定するかのように、ルーカスは前髪で顔が隠れるようにしており、いつも隅の方に佇む、子どもらしくない子どもだった。
周りと打ち解けようとする様子もなく。
子供でも貴族の子息である、親の思惑などもあり、ルーカスは自分の意思とは関係あるのかないのか分からないが、いつも独りでいた。
そんな彼と貴族の中でも低位の子爵家の令嬢である私が関わりを持つこととなったのは、一年間同じ相手とずっとペア組まなければならない制度のせいだ。
落ちこぼれで家族から蔑ろにされているという噂があるとはいえ侯爵家嫡男、しかし上位貴族と組ませるのは色々と都合が悪い。
ーーそうだ!勉学はあまりできないがありあまる魔力で力技で全てをこなそうとするソフィー・エルグランドがいるではないか!それならば勉学はできるルーカス・ボルドがソフィー・エルグランドに勉学を教えるという名目にもなる!エルグランド家は子爵家だし家格としてもまあまあではないか?!
そんな教師陣のこちら側にすっけすけな思惑により私はルーカスと学園でのほとんどの時間を度に過ごすようになった。
最初は私もルーカスもほぼ相手のことを気にせずに過ごしていた。
しかし教師たちに苦言を呈されたので、とりあえず私がルーカスの近くにいるようにした。
近づいてみてわかることがたくさんあった。
まず彼が落ちこぼれと言われているのが、魔力の使い方云々ではなく、魔力自体がほぼないかららしいこと。使い方については勉学な得意なだけあってとても熱心に実践をしていた。
あと、食に対しての興味が異常なほどに無いこと。寮でも朝ごはんや夜ご飯の時間に食堂にいないとは思ってはいたが、昼ごはんさえサンドイッチを少しつまむくらいなのだ。
「ねえ」
ある日の午後。
いつの間にか出来ていた、二人一緒にいるけれども喋らないようにするとう不文律を破り、聞いてみた。
「なんでご飯食べないのさ? 今日もサンドイッチ少し齧っただけでしょ? 朝は? 部屋で食べてるの?」
「………ご飯を食べる必要性を感じない。お腹は空かないし、そもそもきみが食べ過ぎなだけなんじゃない?」
魔導書から目を離さないし皮肉もこもっているものの、ルーカスはそう答えてくれた。
「乙女になんてことを言うの! ルーカス! あんたこの後どうせ暇でしょ! こっちきて!」
座って魔導書を読んでいるルーカスの腕を掴む。
「は? ちょ、まて、こら!」
皮肉にイラッときたわけではない、ルーカスの食事情は本当に気になっていたのだ。
美味しいものを食べさせてギャフンと言わせてやる、心に決めた。
貴族令嬢らしくない行動をしようとしているのはわかっている。
決して食べ過ぎを指摘されてイラッとしたからではない。
「『転移』!!」
「ーーーーはっ?!」
有無を言わさず中庭から食堂へ転移をする。
食堂へ無事につき、ルーカスを見ると口をあんぐりと開けていた。
「ほら、行こう食堂! 私セレクトの美味しいもの食べよう! 食べたら身長伸びるよ多分!」
口を開けて何も話さないうちに畳みかけて、掴んでいた手を引っ張り食堂に引き込む。
入口で店員にいつも私が頼んでいるメニューを注文し、席に着く前までルーカスは何も言わずに何も抵抗せずに着いてきた。
さて席に座るかと言う時になって、
「何してるんだお前はーーーーーー!!!!!」
こんなに大きな声が出せるのかというレベルの大声でルーカスは叫んだ。
「馬鹿なのか?! お前は馬鹿なのか?! 馬鹿だったなお前は忘れてたよ!!!!! 転移魔法なんて上級魔法、なんでお前出来るんだよ! しかも俺まで連れてくるとかアホか!!! 危険だろ! 俺たち初等部がやっていいのは中級魔法の初歩だけだろ!!!! 何かあったらどうするつもりだこの馬鹿が!!!!」
手を繋いだままだったのでそれなりに近距離で叫ばれ、耳がキーンとなる。
「ちょっとルーカス、今は他に人がいないとはいえそんなに大きな声出しちゃ駄目でしょ」
「いやお前は分かってない、食堂に行くためだけに転移魔法を使うなんて馬鹿しかやらない!」
「えー…学園って広いじゃない? 転移なら家にいた頃から使ってるから大丈夫よ!」
「お前は……っ!!!!!
必死になって俺が馬鹿みたいだ! 大声出したら腹が減った気がする! 食べるぞ」
タイミングよく給仕の人が運んできたボリュームたっぷりのサンドイッチやクロワッサンやプリンなどのデザートが机に並ぶ。
ルーカスは行儀悪くガタンと音を立てて椅子をひき、座った。
それに倣い、私も椅子に座る。
少し乱暴だが綺麗な作法で食事をするルーカスをしばらく見つめた。
食事の合間合間にぽつりぽつりと彼は言葉を紡ぐ。
「魔力がほとんどないからお腹は空かないだろうと言われて育った」
「魔力がない分、知識で補おうとしたが魔力がない以上どうしようもなかった」
「弟が成長したら私は侯爵家の継承者からははずされるだろう」
「転移魔法は初めて体験した」
「きみとペアを組まされて惨めな気持ちになった。勉学はできないけど魔力が溢れるほどあって上級魔法も使えるとかなんなんだ。馬鹿なのか天才なのかどっちかにしてくれ」
「家では一人で食べることばかりだったが、一人じゃないご飯は美味しいんだな」
等々…。
可哀想だと思えばいいのか馬鹿にしてると怒ればいいのかわからないようなことを色々と語ってくれた。
本当は二人で食べようと思っていた食事をルーカスは一人でぺろりと平らげた。
どんどんなくなっていく食事を私は神妙に頷きながら見つめていた。
食べ物の恨みは怖いというが、生まれてきてからずっと溜まってきていたものもあるだろうと、今回だけは見逃すことにしてあげた。
それからだ。
ルーカスが私のことを"きみ"ではなくソフィーと呼ぶようになったのは。
朝も昼も夜も共にご飯を食べようというようになったのは。(ちなみに私にも社交があると言って断ろうとしたらにこりと微笑んではいたが、暗黒微笑というにふさわしい笑顔だった)
私以外の人と関わろうとしないところは変わりなかったが、私に対してはだいぶ気安くなった。
気難しい猫に気を許してもらえたようで少し嬉しいと思ったこともある。
未だに長くしたままで顔を隠していたり、長期休みでも実家に帰ろうとしないところはあるものの、少しずつでもいいから変わっていってくれたらな、と思っていた矢先だった。
ルーカスが魔力を暴発させたのは。




