第六話 決断
「あぁ……マジかよ……」
「どうした?」
しばらく車を走らせていると、運転していた遼がまたしても嘆いた。外からは何台ものクラクションが絶え間なく聞こえてくる。充希が前方を確認してみると、なんと目の前では渋滞が発生していた。こうして四人は足止めをくらうこととなってしまった。
「やべぇって、早く進めよッ」
遼も周りと同じように何度もクラクションを鳴らし始めた。街から離れたおかげで近くにヤツらの姿はなかったが、代わりに何人もの人が慌ただしく走って充希たちの車を追い越していく。
「みんな考えていることは同じみたいだな……」
襲われた人がヤツらとなって甦る、それを見た人たちは街から遠ざかろうとする。大勢が同じ方向を目指すのだ、この渋滞もそんな状況がもたらした当然の結果だった。
「でもどうしよう……しばらくしたらきっとここも……」
「大丈夫、きっとなんとかなるさ」
心配する彩乃を励ます遼だったが、決してこの状況を楽観視していたわけではない。そうこうしている間に後続の車が何台も来ており、後にも引けなくなってしまった。
「……どうするよ、充希」
「……」
遼が尋ねてみるも充希はあごを触りながら考えている様子で、遼の問いかけに答えなかった。
「私は……車の中にいるべきだと思う……」
すると突然、麻衣が車の中にいるべきだと意見した。
「それはどうして?」
「車の中には入ってこれないだろうし、それに……」
「……?」
「もう外には出たくない……」
あんな出来事があったばかりだ、ヤツらと対峙したくないという麻衣の気持ちはその場にいた全員も感じていたことだった。
「まぁ、確かに時間は掛かるかもしれないけど、車の中なら安全だろうし……」
遼が麻衣の意見に納得しかけその時、ずっと考え込んでいる様子だった充希が口を開いた。
「……いや、歩こうッ」
ヤツらのいる外へ出る、それがどんなに危険か充希が理解していないわけがない。しかし、何故そうも先を急ぐ結論に至ったのか納得できなかった遼は充希に尋ねた。
「……なんでそう思うの?」
「まずこの渋滞、原因も分からないし、いつ解消されるかも分からない。それに本当に車にいれば安全か? ガラスは割れないか、車を横転させられないか? もしもヤツらに囲まれたらいよいよ打つ手がなくなる。そうなる前に動いた方が俺はいいと思う……」
「たしかに……」
もちろん、充希もヤツらとは二度と対峙したくない。しかし先のことを考え、打つ手がなくなる前に行動すべきだと主張した。しかし、やはり麻衣は外に出ることに乗り気ではなかった。
「そんなの無茶だよ……歩いてどこへ行くの? それにもしまた襲われたら、今度こそ……」
「外へ出たらとにかく街から離れよう。なるべく人のいないところを目指すんだ。ただ外にはヤツらがいるわけだから、歩いて行動し続けるのはやっぱり危険だ」
「じゃあ、やっぱり車に残るべきじゃ……」
「……新しい車を探すんだ。こんな状況だ、乗り捨てられた車がたぶんあるはずだ。それから安全な場所を見つけようッ」
「そんな都合よくあるのかな……」
たしかに乗り捨てられた車はあるかもしれないが、言ってみればそれは一種の賭け。もしも車を見つける前にヤツらに囲まれでもしたら、それこそいっかんの終わり。大学で四人は幾度となく危機を乗り越えてはきたが、常にギリギリでいつ死んでもおかしくはなく、麻衣の意見も一理あった。
車に残るか外へ出るか、いずれにしろ安全の保障など全くなかった。意見がまとまらずしらばくの沈黙が続いた後、ついに遼が口を開いた。
「……もし外へ出るなら早くした方がいい。もう多数決で決めないか」
これに対し充希は小さく頷くも、麻衣と彩乃は何も言わなかった。きっと不安なのだろう、遼はそのまま決を取り始めた。
「……外へ出た方がいいと思う人」
遼がそう言うと充希と遼、そして彩乃が小さく手を挙げた。
「ごめん、麻衣ちゃん……」
「……たしかに充希の話を聞いて私も外に出た方がいいのかなって思ったよ……でもやっぱり外へ出るのは怖いよ……」
遼が申し訳なさそうに謝ると、麻衣が心中を語った。もしまたヤツらが現れて自分が、友達が襲われたらと思うと怖くてたまらないのだろう。すると、彩乃が麻衣の手を優しく握り、そして言った。
「みんないる、きっと大丈夫だよ」
目から小粒の涙を流し、そして麻衣は小さく頷いた。
「決まりだな……」
*****
何か武器になりそうなものはないかと車内を物色した結果、トランクには工具箱があり、充希と遼はモンキーレンチとスパナをそれぞれ一本ずつ持っていくことにした。
「行くか……」
こうして四人はまた出ることとなった、ヤツらのいる外へ――