第三話 再来
「あぁ、連絡は取れないけど、92C教室で中国語の授業を受けていたはずだからとりあえずそこへ行ってみようと思う」
「九号館……」
九号館、そこは充希たちが必死に逃げて来た場所でもあった。九号館と聞いて、不穏な表情を見せる充希に遼は尋ねた。
「どうした?」
「俺たちもさっきまで九号館にいたんだ……」
「マジかよ……」
「……急ごうッ」
二人は覚悟を決め、九号館へ向かうことに。その様子を心配そうに後ろから見ていた麻衣も二人のところに駆け寄って来た。
「逃げないの?」
「俺たちは今から彩乃ちゃんを探しに行く。麻衣は先に逃げてろ」
「……イヤッ」
「これからまた九号館に戻るんだぞッ、いいから逃げろッ」
「イヤッ!」
麻衣は一人で先に逃げることを頑なに拒んだ。
「……分かった。遅れるなよッ」
充希がしぶしぶ麻衣の同行を認めると、三人は九号館へと向かった。
*****
「隠れろッ」
先頭を走っていた遼は小さな声でそう言うと近くの低木に身を潜め、充希と麻衣もそれに続いた。低木の向こうには大きな広場があり、九号館へ行くにはそこを通らなければならないのだが、そこは既に地獄と化していた。血まみれのヤツらが何十人もいて、大勢の人がヤツらから逃げ回っている。
「……どうする?」
「……まだ逃げている人が大勢いるからヤツらの注意が分散してる。俺が先に行くから、突っ切ろうッ」
かなりの強行案だったが、ここを通るほかに道はなく、充希の提案に二人は小さく頷いた。
「近くにヤツらがいなくなったら出る。合図したら続け」
そう言うと充希は低木から顔を覗かせ様子を伺い、近くにヤツらがいなくなるタイミングを見計らった。
「今だッ」
充希が合図すると、三人は一斉に九号館を目指して走り出した。走っている最中、少し離れたところではヤツらに食われている者たちもおり、あちらこちらから断末魔が聞こえてくる。しかし、運よくヤツらの注意は他の生徒に向いていた。
「大丈夫かッ」
「あぁ、ヤツら俺たちを追ってこないッ」
先頭の充希が二人の安否を確認した、その時だった。
「充希ッ!」
一番後ろを走っていた麻衣が叫んだ。充希が後ろを確認するとヤツらが二人、麻衣の後ろから追いかけてきていた。このまま走り続けて九号館に辿り着いても、ヤツらに追われていてはろくに人探しも出来ない。それにヤツらは結構なスピードで迫ってきており、このままでは麻衣が追いつかれてしまいそうだった。充希がどうするべきか考えていたその時、
「クソがぁあッ!」
いきなり遼が叫び、走りながら落ちていたバックパックを拾い上げたかと思うと、急にヤツらへと方向転換した。そして、ヤツらの一人にバックパックを投げつけるともう片方へ自ら近付き、頬に右フックをお見舞いした。しかし、ヤツらは一瞬よろめくだけですぐに態勢を立て直した。
「彩乃を見つけてくれッ! 俺も必ず合流するッ」
遼は充希の方を見ながらそう言うと、ヤツらと距離を取り姿勢を低くした。
「……来いよッ」
ヤツらは遼の挑発に乗せられたかのように遼の方へ走り出し、そして遼は九号館とは別方向へと走っていった。
「行くぞッ」
遼が作ってくれた時間を無駄にしまいと、すぐに二人も九号館へと向かった。
*****
「着いたぞ……ッ」
九号館の目の前に着いた二人の息は切れぎれだったが、幸いなことに近くにヤツらの姿はなかった。多くの人間が外へ逃げたので、ヤツらもそれを追っていったのだろう。しかし、まだヤツらが中にいるかもしれないので、油断は出来ない。充希は一呼吸し、気を引き締めた。
「入るぞッ」
こうして二人はまた戻ってきてしまった、悪夢の始まった場所に――